自縄自縛<其の二>
「なんですって?」
少女は思わず声を荒げた。そのまま老人に詰め寄る。
「どうして?どうして兄様がふるわれなきゃならないの?どうして?」
「落ち着いて下され、藜(あかざ)様」
老人はおろおろしながら少女の名を呼んだ。少女――藜は一瞬言葉に詰まり、老人から一歩下がる。
「――ごめんなさい、爺…でも、信じられないの…兄様が…何故…」
「藜様――」
藜は長いまつげを伏せてしばし黙りこくった。
「藜様…非常に申し訳ありませんが聞いて下され。お父上からの仰せじゃ」
老人は言った。
「これより後、藜様が蘿様として生きるようにとのことで…」
「何ですって!?どういうこと?」
藜は再び老人に詰め寄った。老人はばつが悪そうに言う。
「こうなっては跡継ぎが藜様しかおりませぬ…どうかそれ以上は何も言わずに仰せに従って下さいませ…」
老人からの無言の圧力。藜は首を縦に振るしかなかった…
――あれからだったな…兄上が急に変わってしまったのは…
“蘿”は空を見上げて溜息をついた。
と、その視界が急に暗くなる。
「利吉!?」
“蘿”は思わず顔を背けた。利吉はクスリと笑って言った。
「いや…さっき様子がおかしかったし…具合でも悪いんじゃないかと思って尾けてきたんだ」
「尾けてきた!?」
“蘿”は利吉を見た。利吉は相変わらず微笑んでいる。
――尾けてきた、だと?
――私はそれに気付かないほどに…
“蘿”は動揺していた。いつも通りなら気付いているはずの利吉の尾行に気付かなかった自分が信じられなかった。
「――蘿…一つ聞いて良い?」
利吉は“蘿”に視線を合わせるようにして言った。
「どうして…どうしてそんなに自分を追いつめているの?」
蘿が落とされてから半年後のこと。
藜はいつものように鍛錬を行い、そして家路についていた。
「ただいま戻りまし…」
戸を開けた瞬間、藜の表情は凍り付いた。
家の中が紅に染まっていたのだ。
そして床には――
「父上!?父上!?」
藜は床に倒れている人物に歩み寄った。変わり果てた父の姿。と、藜の後ろでごとりと音がした。
「誰…ッ!!」
藜は振り向いて、絶句した。
そこには血刀を提げた兄、蘿の姿があったのだ。
蘿は刀をふいと払うと、ゆっくりした足取りで家を出ていった。
藜はそこに硬直したまま、兄が去っていくのをただ見つめているしかなかった――