自縄自縛<其の三>
「――藜様!!」
藜は聞き慣れた声にふと我に返った。老人が心配そうに自分の顔を覗き込んでいる。
「…私……」
藜は自分のすぐ側に横たわる父の姿を見て、そして目を閉じた。
「父上…兄上…」
胸の奥からぐっとこみ上げてくる物を必死でこらえようとするがやはり嗚咽が漏れる。
――何故こうなってしまったの…?
こらえきれずに涙を流す藜の肩に老人は手をのせた。
「爺……私は…私はどうしたらいいの…?」
藜は涙で潤んだ瞳で老人を見つめた。
老人はやるせなさそうに言った。
「藜様――叔父様がお呼びですじゃ」
藜は赤く染まった手の甲でそっと涙を拭った。
「俺が…自分を追いつめている?」
“蘿”は怪訝そうな目で利吉を見つめた。利吉はこくりと頷く。
「蘿…蘿はいつも自分の気持ちを犠牲にしていない?」
“蘿”ははっとして利吉を見た。
「この前の時もそうだったよね?蘿は本当はお兄さんを助けてあげたかったんじゃない?しっかり話をして…それで昔のことを何もかも精算しようとしていたんじゃなかったの?」
「違う!!」
“蘿”は思わず大声を上げた。利吉は驚いた様子で口をつぐむ。
「あの時は俺自信、兄貴を捕らえ、拘束するつもりだった!!…あんなヤツには…何を話しても解る筈がない!!」
「ほら、また嘘をついてる」
利吉は“蘿”の言葉を遮った。蘿はぐっと言葉に詰まったようだった。
「蘿はお兄さんを止めるって言う指令を受けたって言う話をしたとき、凄く悲しそうな顔をしていたじゃないか…少なくともあれは、お兄さんのことを恨んでいるような人の表情じゃなかったよ…」
利吉は“蘿”の顔をじっと見つめた。見つめられて、“蘿”は思わず目をそらす。
「…俺は…俺は忍びだ…常に自己の意志は二の次に…それが当然だろう?」
「…それは…確かにそうかも知れないけれど…でもね」
利吉は下を見て暫く黙っていた。そして、意を決したように言った。
「君は忍びである以前に一人の人間だよ?一人の女の子だよ?一人の人間として…一人の女の子として生きることも出来るんじゃないかな?」
「止めろ!!綺麗事は聞きたくない!!」
「綺麗事なんかじゃ…」
“蘿”は立ち上がった。利吉は止めようとしたが、振り払われた。
「それに…」
後を追おうとする利吉を振り返らず、蘿は言った。
「もし…もし俺が今から一人の少女として暮らすことに同意したら…今までの俺の人生の意味はどうなってしまうんだ?」
「!!」
「何もかも…何もかも遅いんだ…俺は…“蘿”としてしか生きられない…」
“蘿”はそれだけ言うと、またどこかへ行ってしまったのだった。