自縄自縛<序章>

 燃えさかる紅蓮の炎。
 木陰でそれをじっと見ている者が二人いた。
「…落ちたな」
「ああ」
 二人ともなかなかの容姿の青年である。
 言葉少なに会話を交わし、お互いに視線を落とす。
 と、背後で葉が擦れ合う音がした。
「!」
 二人とも焦って振り向いたが、その音の原因を見るとふと表情を緩ませた。
 子供だった。
 年端もいかない少年が二人の方へ向かって走っていた。
 二人の内の片方が少年の姿勢に合わせて膝を折る。
「…どうしたんだい?」
 少年を怯えさせないように笑顔で尋ねる。少年は下を向いたままで視線を合わそうとはしなかった。
「…兄ちゃんの…」
「?」
 何事か呟きながら懐に手を入れる。懐から出てきた手には短刀が握られていた。
 二人の背筋に戦慄が走る。
「…兄ちゃんの…敵めッ!!」
「!」
 少年が振り下ろす途中にためらった所為もあった。
 青年が反射的に腕に力を入れた所為もあった。
 短刀は青年の腕には刺さらず、軽く当たっただけで地に落ちた。
「お前…」
 もう一人の青年が少年に歩み寄る。と、膝を折ったままの姿勢で青年は制止した。
「止めて、蘿。私は大丈夫だから」
 蘿と呼ばれた青年は一瞬何か言おうとしたが、そのまま引き下がった。
 それを見届けると青年は少年の方に手を置く。
「…君のお兄さんはあの城に勤めていたの?」
「…違う」
「じゃあ何故」
 青年は少年の瞳を覗き込むようにして聞いた。
 少年はぐっと言葉に詰まるとほんの一瞬、視線を後ろにずらした。
「…兄ちゃんも…あちこちの城を転々として仕事を引き受けていて…兄ちゃんはあんた達とは別の城に、この城を落とす手伝いをしろと…」
 青年は先程少年が視線をずらした方をちらりと見た。そしてにっこりと微笑んで少年から手を放した。
「…あそこの草むらに隠れている兄上にこう伝えてくれる?『商売敵くらい自分で始末できないようでは、相手が私でなくても依頼は上手くいかなかっただろう』って」
「!!」
 少年は驚愕の表情を浮かべた。その瞬間、青年の背後で鋭い金属音が響く。
「…ぐっ…」
 小さなうめき声と共に一人の男が倒れた。その男を蘿が見下ろす。
「兄ちゃん!!」
 少年はその男に駆け寄ると、目に小さな涙を浮かべて蘿を睨んだ。蘿はちらりと少年の方を見た。
「…鳩尾に一発入れただけだ。殺してはいない。そのうち気がつくだろう」
 ぶっきらぼうにそれだけ言うと、蘿は青年に歩み寄った。
「…行くぞ、利吉」
 うんざりしたように溜息をつくと、蘿はそのまま青年――利吉の腕を引っ張っていった。
「ああ…」
 利吉は引っ張られながらも、ずっと先程の兄弟を見つめていた…

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