《白鳥の湖》台本

この台本の基本的コンセプトは、チャイコフスキーの音楽を、削らず、追加せず、順序を変えずに演出するためのものである。
テイストは、ダンスにクラシックバレエの要素を含みながらも、構成はロマティックバレエに準拠。コンテンポラリーバレエの要素は皆無である。
物語のべースには、シェークスピアの《ハムレット》が存在する。

【時・場所】18世紀のドイツのとある小さな領邦
第1幕:城の中庭 夕方
第2幕:湖のほとり その日の夜
第3幕:城の大広間 翌日の午後
第4幕:湖のほとり その日の夜

【登場人物】
第1幕:
領主権を持つ女公<女王> Sovereign Princess
ジークフリート公子<王子>(彼女の息子) Prince Siegfried(her son)
ヴォルフガング(ジークフリートの家庭教師) Wolfgang(his tutor)
ベンノ(ジークフリートの幼友達であり彼の小姓) Benno(friend of the Prince and page)

4人の村娘たち(貴族の娘たちの変装) 4 village girls(actually disguise of aristocratic daughters)
 オデット(実はオディーリア) Odette(actually Odilia)
 グレッチェン(実はマルグレーテ) Gretchen(actually Margrete)
 トルーシェン(実はゲルトルート) Trutchen(actually Gertrut)
 クレールヒェン(実はクララ) Clairchen(actually Clara)
ロートバルト男爵 von Rothbart
王子の友人の騎士たち(4名)Knights
伝令官 Messenger
女公付き侍女たち(4名) maids with Princess
村の若者たち(男女9名づつ) village youth ・・・女性は第2、4幕では白鳥として
村の子供たち(男女12名)village children・・・第4幕では白鳥の子供たちとして
ベンノの使用人たち(男女2名づつ)

第2幕:
ジークフリート Siegfried
白鳥の女王オデット Odette(Queen of the swans)
白鳥たち(女性コールド18名+白鳥スタイルの花嫁候補3名) swans

第3幕:
女公 <女王>Sovereign Princess
ジークフリート公子<王子> Siegfried
ヴォルフガング Wolfgang
ベンノ Benno
式典長 Master of Ceremonies
道化たち(2名) nains

4人の花嫁候補とその家族・従者 4 bride candidates and their parents, followers
ロートバルト男爵と彼の妻・従者 von Rothbart and his wife, followers
オディーリア(彼の娘) Odilia(his daughter)
ゾマーシュテルンと彼の妻・従者 von Sommerstern and his wife, followers
マルグレーテ(彼の娘) Margrete(his daughter)
シュタイン男爵と男爵夫人(彼の妻)・従者 Baron von Stein, The Baroness(his wife), followers
ゲルトルート(彼の娘) Gertlute(his daughter)
フライガー・フォン・シュヴァルツフェルスと彼の妻・従者 Freiger von Schwartzfels and his wife, followers
クララ(彼の娘) Clara(his daughter)

旅回りの役者たち(男女2人ずつと白鳥のダンサー)

招かれた貴人たち Gentry of both sex
召使 servants
舞台上のラッパ手( 3名の楽団員) buglers
男女4人の旅回りダンサー

第4幕:
ジークフリート Siegfried
白鳥の女王オデット Odette(Queen of the swans)
白鳥たち(2幕と同じ18名+3名) swans
白鳥の子供たち(12名) cygnets

エピローグ:
ベンノと騎士たち

【序奏】

舞台は幕。その前に垂らされたスクリーン上にモノクロ無声映像が映し出される。もちろん音は音楽だけ(スクリーンが無いときはプログラムにシノプシスを記載するにとどめる)。
音楽が始まると映像が映し出される。
始め:物語から10年前の城の居間。公爵とその妻(現在は女公=女王)、そして10歳になるその息子ジークフリートが楽しく朝食をとっている。父は息子に「これから森の奥の湖に白鳥を狩りに行く」と言う。母は「気を付けて行ってらっしゃい。夕飯には美味しい白鳥を食べましょう」と言う。
9小節:食事を終えた公爵は身支度をして弓矢を持ち、家来たちの待つ中庭へ向かう。
18小節:窓から母子は見送る。
31小節:一行は湖へ向かう。その中にロートバルト男爵もいる。
36小節:湖岸で白鳥を探していると、突然強い嵐になる。
46小節:水煙の中で、誰かが伯爵を刺し湖に突き落としたようだ。
50小節:そのとき、城では、伯爵の妻が言いようのない不安に駆られ床へ倒れる。
そのまま映像はぼやけて、過去の中へ消え去る。


《白鳥の湖第1幕》
【No.1:情景】
始め:スクリーンは上に引き上げられ、幕が現れる。
17小節:幕が開く。
21小節:舞台は城の中庭で、明るい照明に照らされている。書割(背景画)には、豪壮な城の建物と木々と快晴の空が描かれている。上手(舞台に向かって右側)は、2ヵ所出入りが可能となっている。その2つの出入り口の間にテーブルが2つ、椅子が8つ置かれている。下手も2ヵ所出入りが可能となっていて、客席側の入口には小さな綺麗な橋が架かっている。そして、下手奥に向かって低い土手になっていて川は見えない。土手は舞台奥から上手に向かって続き、だんだん高くなっていて2,3段に腰掛けられるようになっている。したがって、下手奥の出入り口からは舞台中央へは出られない。舞台中央は踊りのためのスペースである。
舞台奥の土手には、若い村人の衣装を着た男女9人づつのコールド(corps de ballet:舞踊集団)がジークフリート王子の登場を座って待っている。彼等は王子の20歳の誕生日の祝いに駆けつけた若者たちで、女性たちはそれぞれ王子への祝いの品や綺麗な花を持っている。上手のテーブルの周りの椅子には王子の友人の4人の騎士たちとベンノが座って談笑している。
39小節:王子が上手奥から登場。家庭教師ヴォルフガングが続く。一同立ち上がって王子の登場に注目。登場を拍手で迎える。ベンノは王子に駈け寄る。王子は宴会を設定したベンノをねぎらい、一同に挨拶する。実は、ベンノは女王の命で、この王子の祝いの場を設定したのである。
53小節:下手から橋を渡って、4人の村娘の衣装を着た娘たち(オデット・グレッチェン・トルーシェン・クレールヒェン)が、それぞれ花束を持って登場。彼女たちは女王が選んだジークフリート王子の花嫁候補であるが、公式の場だけではなく、私的な設定の中で王子と顔合わせすべきだというベンノの発案で、村娘に扮して登場したのである。女性本来の姿を見てほしいということで、彼女たちの素性はジークフリートには知らされていない。
なお、女性コールド9人は第2・4幕では白鳥として登場し、グレッチェン・トルーシェン・クレールヒェンの3人は、第2幕では「大きな白鳥」役でソリストとして登場する。
村娘に扮した4人の貴族の娘たちは、それぞれ王子に花束を贈る。ベンノは、王子のお礼としてそれぞれに綺麗なリボンを渡す。
78小節:王子は一同に酒や飲み物をふるまうよう促す。ベンノは使用人に王子の意向を伝え、さらに彼は、王子の祝いのためにワルツを踊ってくれるよう村人たちに頼む。


【No.2:ワルツ】
始め:男性コールド9人が位置に着く。
10小節:男性コールドが踊り出す。
34小節:騎士4人が踊りに加わる。
83小節:男たちが踊っている中で、女性コールド9人が出て来て、それぞれが順番に王子に花束を贈る。
121小節:男女のコールドの踊り。
137小節:コールドの踊りが終わり、4人の村娘が出て来て踊り出す。コールドは両側端に並んで踊りの合いの手。
169小節:コールド・4人の騎士・4人の村娘の踊り。
201小節:女性コールドの踊り。
218小節:ベンノの踊り。
236小節:女性コールドの踊り。
252小節:子供たちの踊り。
269小節:ジークフリートの踊り。
287小節:子供たちの踊り。
301小節:徐々に全員が加わっていく。使用人男性2人が五月柱(長いカラフルなリボンが頂上から13本垂れ下がっている飾り棒)を持ち出す。
321小節:娘たち(女性コールド9人+4人の村娘)がリボンを1本づつ持ち踊りながら廻る。
377小節:五月柱は引っ込められ、最後のポーズで、男性コールド9人は女性コールド9人をリフトし、4人の村娘は王子を囲む。


【No.3:情景】
始め:踊りの熱気の後、みんなで酒を酌み交わす。
13小節:騎士の一人が城から誰かがやってくるとベンノに伝える。一同ざわめく。
19小節:伝令官が登場して、女王の出座を伝える。一同取り急ぎその場を取り繕って女王の出座に備える。
30小節:女王が女官を従えて登場。
36小節:一同恭しく一礼。王子は女王を迎える。女王はベンノの策に支障がないかを確認する。
44小節:女王は優しく王子に告げる「あなたは立派に成人したので、光輝あるわが血統を絶やさないため花嫁を迎えなければならない。明日城の大広間で、王子のための花嫁選びの舞踏会が開かれる・・・」
60小節:王子は不安である。
64小節:「候補は4人呼んであるので、その中から好みの女性を選べばよい」と女王は付け加える。
77小節:王子は同意する。女王は手筈通り上手く進行しているのを見届けたので、後はベンノに任せてその場を立ち去る。
85小節:一同は女王が去ったので、以前の通りめいめいが談笑する。王子自身は女王に同意したものの、突然のことで不安である。
93小節:ベンノは「今を楽しみましょう」と王子を励ます。
102小節:興奮を落ち着けた一同は踊りの態勢を組む。
108小節:祝いに集まった全員が華やかに踊る。


【No.4:パドトロワ】
<I. イントラーダ>

始め:ベンノは憂鬱な王子を慰めようとする。王子には明日のこと以外に、何か心の中にもやもやとした想いが残っているようだ。王子は喧噪を避けて小川のそばの土手へ行く。と、そこに4羽の白鳥が泳いでくる。
客席からは、川は見えないが、奥から橋に向かって土手はだんだん低くなっているので、白鳥の姿は土手の高い方から現れゆっくりと泳いで橋のところまで来たら戻って行くのが見える。白鳥は模型で,機械仕掛けで操作される。
《白鳥の湖》では、ハープは白鳥を象徴する。ハープが演奏されるときは常に白鳥がイメージされる。
王子は泳いでくる白鳥たちを見て「何かやらねばならないこと」が彼自身にあることに気付く。
11小節:王子の悩みを知らないベンノは、王子を慰めて元気を取り戻すよう声をかける。下手奥からロートバルト男爵と付き人が秘かに現れる。彼は娘のオディーリアを見に来たのである。
27小節:ロートバルトは、王子のしぐさを見て、1つのアイデアを思い浮かべ、付き人に話す。付き人は良い考えだと同意する。
41小節:ロートバルトと付き人は急いで立ち去る。ベンノは煮え切らない王子を急き立てて祝いの席に戻るよう促す。
61小節:王子は「自分の悩みが何であるかが分からない」とベンノに語る(クラリネットの長いトレモロ)。

<II. アンダンテ・ソステヌート>
始め:ベンノに踊りを所望されたグレッチェンとトルーシェンが踊り始める。バクパイプの音楽のような民族的な踊りである。(チェロの5度保続音はバクパイプのように)
9小節:2人が踊っている間に、ベンノは王子に女性の扱い方などを教える。
41小節:初めの踊りに戻る。
57小節:この2人は王子に気に入られていないようだとベンノは感じる。

<III. アレグロ・シンプリーチェ>
ヴァリアシオン1、グレッチェンの踊り。

<IV. モデラート >
ヴァリアシオン2、ベンノの踊り。

<V. アレグロ>
ヴァリアシオン3、トルーシェンの踊り。

<VI. コーダ>
3人の踊り。3人は常に単独で踊る。2人の村娘は王子の花嫁候補であることをベンノは知っているから。


【No.5:パドドウ】
<I.>*ワルツだが、テンポは遅くモデラートのようにと指示されているので、1小節3つ振りで指揮される。
始め:ベンノは、3人目の村娘オデットを踊りに誘うよう王子に言う。王子とオデットは気恥ずかしそうにゆっくり踊る。
83小節:ベンノは踊り方を口頭伝授する。音楽のテンポは徐々に速くなり、普通のワルツのテンポになる。
93小節:オデットがクルクル回ると王子の恋心が萌え上がる。

<II. アンダンテ>
始め:王子とオデットのデュエット。
80小節:オデットが白鳥のように羽ばたくと、王子に10年前のことが蘇る(cis音の連続は王子を10年前の記憶を蘇らせる)。
91小節:オデットのヴァリアシオン。

<III. ワルツ>
始め:王子のヴァリアシオン(王子の記憶の旅)。夢を見るように踊る。
84小節:突然皆が踊りに参加しようとし、王子は我に返る。

<IV. コーダ>
始め:オデットは32小節のフェッテ・アン・トゥールナン・アン・ドゥオールを踊る。
35小節:王子が踊る。
59小節:2人を中心に全員で踊る。


【No.6:振り付きの芝居】
始め:あまり酒が強くない家庭教師のヴォルフガングは、4人の村娘が王子の花嫁候補であるとは知らないので、酔っぱらってクレールヒェンに「一緒に踊ろう」と言い寄り、よろよろしながら舞台の中央へ彼女を連れ出す。古風でフラフラしたステップ。
41小節:慣れぬ踊りを踊ったためにさらに酔いが回る。クレールヒェンは面白がってヴォルフガングをクルクル回す。
50小節:ヴォルフガングはその場に倒れる。一同大笑い。
52小節:クレールヒェンはヴォルフガングの踊りの振りを真似て急速なテンポで軽快に踊り出す。皆の笑い。
60小節:コールドの女性たちはクレールヒェンに振りを合わせてヴォルフガングの周りで踊りに加わる。一同大爆笑。


【No.7:シュジェ】
舞台の照明がだんだん赤くなっていく。夕暮れが近づいたのである。
気を失ったヴォルフガングは、騎士たちに引きずられて、椅子の一つに運ばれる。ヴォルフガングは、第1幕が終わるまでそこで眠ったままである。
ロートバルトの使用人がオデットを迎えに来る。彼女の衣装の寸法を測らなければならないためである。オデットは王子にいとまを請い使用人と退出する。
騎士の一人が、杯を持って最後の踊りを踊ろうと提案する。それぞれが杯を持ち酒を酌み交わしながら踊りの態勢に付く。


【No.8:杯の踊り】照明は、この踊りの間中ゆっくりと赤い色から青い色に変わっていって、夕暮れを表現する。
始め:ポロネーズの様式で杯を持った全員が順番に踊り出す。
59小節:グレッチェンが踊る。ベンノの使用人がランタンに灯を点す。踊り終わると王子に挨拶をし、ランタンを貰って橋の方から退場する。
76小節:トルーシェンが踊る。ベンノの使用人がランタンに灯を点す。踊り終わると王子に挨拶をし、ランタンを貰って橋の方から退場する。
76小節:クレールヒェンが踊る。ベンノの使用人がランタンに灯を点す。踊り終わると王子に挨拶をし、ランタンを貰って橋の方から退場する。
106小節:コールド女性にランタンが配られ、再度ポロネーズの態勢となる。
122小節:最初と同じようにポロネーズが踊られる。曲の終わりに向かって徐々に、コールドは男女ペアごとに王子に挨拶をして去っていく。最後まで舞台に残るのは、王子・ヴォルフガング・ベンノ・使用人・騎士である。


【No.9:フィナーレ】薄暮から月夜へ
始め:騎士の一人が書割の空に白鳥が飛んでいるのを見つける。皆が空を見上げる。
19小節:もう一人の騎士が、森の奥の湖へ白鳥狩りに出かけようと提案する。
26小節:王子は、湖へ行けば何か分かるのではないかと思いつく。
42小節:王子・ベンノ・騎士たちは、酔いつぶれて寝ているヴォルフガングを使用人に任せて、森へ白鳥狩りに出発する。
幕。

《白鳥の湖第2幕》
幕の前にスクリーンが降りている。
【No.10:情景】スクリーンが無い場合は【No.10:間奏曲】として、幕が閉まったまま演奏される。プログラムにて状況を説明。
満月の煌煌とした月明かりの下で、上空からの城や森や湖の遠望が映し出される(飛んでいる白鳥目線で)。
やがて視線は地上へ降りていく。白鳥狩りに行く6人(王子・ベンノ・4人の騎士)の姿が見える。
6人は湖のほとりにたどり着くが白鳥は見えない。王子は酔い疲れて切り株のそばで寝てしまう。
5人は白鳥を求めて別の方へ探しに行く。
スクリーンが上がり、幕が開くと湖のそばの荒涼とした空き地。書割は青い大きな湖で空には満月。空き地の周りには木々があり、下手の切り株のそばで王子は寝ている。上手には古びたチャペルがあり、そこから出入りが出来るようになっている。


【No.11:情景】
始め:王子が目を覚ますと、周りには誰もいない。王子は立ち上がって周りを見て歩く。
17小節:王子は湖岸にちらりと白鳥を見付ける。
22小節:王子は撃とうとして銃を構える。
24小節:白鳥は消えてしまう。
34小節:湖上に白鳥たちが泳いでいる姿が見える。それは舞台奥の書割の前に設置された機械仕掛けのレールで操作される。レールは客席からは見えない。白鳥は模型で、そのうちの1羽は王冠を戴いている。彼らはレールの上を動いて現れ、去っていく。
42小節:チャペルの中から青白い怪しい光が見える。王子は銃を構える。と、チャペルの中から突然、白い衣装(チュチュ)を身に装い、宝石をちりばめた王冠を頭に着けた美しい娘が登場する。
48小節:彼女は「なぜ私を撃とうとするのですか?」と尋ねる。
56小節:何事が起っているのか解らない王子は、慌てて銃を引っ込める。
63小節:仰天した王子を娘は落ち着かせて自分の身の上話を聞かせようとする
100小節:『オデットの身の上話』(《ウンディーナ》の後日譚)
ー聞いてください。私はオデットと言います。私の母はウンディーナ(Undina)という水の妖精です。ウンディーナは騎士フルトブラント( Huldbrandt)と恋をし、彼女の父(私の祖父)の心配をよそに、強引に結婚をしてしまいました。彼らの娘が私だということです。祖父の心配とは、もし男が水の精を裏切ったとしたら、水の精は彼を殺さねばならないという掟があるからでした。
176小節:実際、父は母を裏切り別の女と結婚してしまいました。そのため、父を殺すに忍びなかった母は自らの死を選んでしまったのです。祖父はたいへん悲しみ、彼の涙でこの湖ができたのです。
223小節:一人ぼっちになった私を祖父は憐れんで、世間の人たちとは触れ合わないように、この湖のそばへ、自分のそばへ連れて来させて私を外部の人たちからは白鳥にしか見えないように変えてしまったのです。なぜなら、祖父は、私が母と同じ運命にならないように願っているからです。そして、白鳥たちが私を護ってくれているというわけです。
261小節:でも、貴方は私を人間として見ていらっしゃるようですね。何故でしょう。貴方を見ると何か悪い運命が待っているような気がします。ー


【No.12:情景】
始め:白鳥のコールド18名+ソリスト3名の登場<イワノフ版>
白鳥たちは、オデットの侍女あるいは友人ではなく、祖父がオデットに遣わした者たちであり、祖父の心情を表現しており、さらにはオデットの深層心理をも表している。
57小節:白鳥たちが王子を不審な目で見ているのに対して、オデットは落ち着くように言う。
65小節:大勢の白鳥の敵視に王子は銃を捨てる。
82小節:オデットは王子に「とにかく今宵はここで楽しく過ごしましょう」と言う。白鳥たちは不本意ながら了承して踊りの位置に着く。

【No.13:白鳥たちの踊り】
<I.>
白鳥コールドのワルツ<イワノフ版>

<II.>
オデットのヴァリアシオン<イワノフ版>

<III.白鳥たちの踊り
白鳥コールドのワルツ<ほぼイワノフ版だがオデットも踊りに加わる>

<IV.>
四羽の白鳥の踊り<イワノフ版>

<V.振り付きの芝居>
始め:不安な白鳥たちとその中での王子とオデット。
9小節:オデットの愛の告白。オデットの独舞。時々王子が支える。
34小節:2人がだんだん親密になっていく中を白鳥の一部は先行きの不安を訴える。
43小節:より大胆なオデットの独舞。王子はかなり親密にオデットを支える。
57小節:不安な白鳥たちがさらに増える。
66小節:オデットは王子の気持ちを確認しようとする。
72小節:白鳥たちも王子の気持ちを知りたがる。
76小節:王子の恋の告白。王子とオデットのデュエット。
101小節:白鳥たちの期待と喜びの踊り。

<VI.全員の踊り>
オデットは白鳥たちに安心するように言う。白鳥全員のワルツ<ほぼイワノフ版>。3人のソリストは、それでもなお不幸な結末を心配する(8〜11、24〜27小節・・・オデットと3羽の白鳥の絡み)。

<VII.コーダ>
白鳥たちは、王子がオデットを幸せにすることを願って最後の踊りを踊る<イワノフ版>。ここでは<イワノフ版>オデットの独舞のための繰り返しは無い。
白鳥たちは去っていき、幕が閉じる。


【No.14:情景】
スクリーンが降りてきて、映像が映る。
王子は元のところに眠っている。5人が戻ってきて王子を起こす。一同白鳥が見つからなかったことを残念がる。城へ帰る。


《白鳥の湖第3幕》
スクリーンが上がる。
【No.15】
始め:幕は閉じている。
17小節:幕が開く。舞台は城の大広間。後方には一段高い通路があり、真ん中に舞台へ降りる階段がある。午後。舞台には、式典長、3人のラッパ手、給仕や案内人(騎士)がいる。多くの貴人たちが登場してくる。彼らの間では、今日のイベントである、王子の花嫁が誰になるかの話でもちきりである。
86小節:女王、王子、ヴォルフガング、廷臣たち、道化たちが登場する。女王と王子は貴人たちにあいさつし、席に着く。

【No.16:コールドバレエと道化の踊り】
始め:舞台上の3人のラッパ手の合図の吹奏。式典長の開会の宣言。
5小節b:もう一度、同様のこと。
9小節:貴人たちが位置に着く。
18小節:貴人たちの踊り。
79小節:余興に道化たちがサーカス的な踊りをする。
121小節:貴人たちの踊りの繰り返し。

【No.17:花嫁候補たちの登場とワルツ】
仮装舞踏会の始まり。花嫁候補者たちはそれぞれ思い思いの仮装をして順次登場する。
始め:3人のラッパ手がファンファーレを吹く。
9小節:通路にゾマーシュテルンと彼の妻・マルグレーテ・従者たちが現れる。全員ハンガリー風衣装。
20小節:彼らは階段を降りる。
25小節:女王と王子、それに貴人たちに挨拶する。
29小節:マルグレーテは案内人の騎士の一人とワルツを踊る。
69小節:ラッパ手がファンファーレを吹く。
77小節:通路にシュタイン男爵と男爵夫人・ゲルトルート・従者たちが現れる。全員スペイン風衣装。
90小節:彼らは階段を降りる。
93小節:女王と王子、それに貴人たちに挨拶する。
97小節:ゲルトルートは案内人の騎士の一人とワルツを踊る。
120小節:ラッパ手がファンファーレを吹く。
128小節:通路にフライガー・フォン・シュヴァルツフェルスと彼の妻・クララ・従者たちが現れる。 全員ナポリ風衣装。
140小節:彼らは階段を降りる。
144小節:女王と王子、それに貴人たちに挨拶する。
148小節:クララは案内人の騎士の一人とワルツを踊る。
184小節:3人の花嫁候補者マルグレーテ・ゲルトルート・クララと3人の案内人の騎士たちが踊る。
237小節:女王に促された王子は舞台中央に出て候補者たちの挨拶を受ける。王子はどの候補者に対しても気に入らない素振り。
262小節。もう一度女王に促され、王子は候補者たちの挨拶を受ける。またも王子はどの候補者に対しても気に入らない素振り。
313小節:貴人たちや候補者家族を含め全員がワルツを踊る。

【No.18:情景】
始め:一同のざわめく中、女王は自分が選んだ候補者が一人少ないことを不審に思ったが、どの娘が気に入ったかを王子に尋ねる。王子はどの娘も気に入らないと答える。
31小節:突然ラッパ手がファンファーレを吹く。
39小節:ロートバルト男爵と彼の妻・オディーリア・従者たちが大急ぎで現れ、遅刻を詫びる。オディーリアは白鳥のチュチュ。その他はポーランド風衣装。
48小節:王子は、この娘が湖で見たオデットに似ていることに驚く。ベンノに尋ねる。ベンノは湖では女性には会わなかったと答える。

【No.19:余興としての劇中劇】
旅回りの一座(ダンサー男女2名ずつと白鳥のダンサー)が登場し、《スペードの女王》の挿入バレエのような『ギリシャ神話風田園的小劇中劇』を演ずる。
<イントラーダ>
田舎芝居風の演目紹介とダンス。

<Var.I.>
女性ダンサー1の踊り。

<アンダンテコンモート>
物語を演ずる。

<Var.II.>
女性ダンサー2の踊り。

<Var.III.>
戦いと死の踊り

<Var.IV.>
戦いの後を浄める白鳥の魔法の踊り。

<コーダ>
一座全員の祝福の踊り。


<以下の4曲は花嫁候補者たちのプレゼンテイション>
【No.20:ハンガリーの踊りチャルダッシュ】
ハンガリー人に扮したゾマーシュテルンと彼の妻・マルグレーテ・従者たちの踊り。


【No.21:スペインの踊り】
スペイン人に扮したシュタイン男爵と男爵夫人・ゲルトルート・従者たちの踊り。


【No.22:ナポリの踊り】
ナポリ人に扮したフライガー・フォン・シュヴァルツフェルスと彼の妻・クララ・従者たちの踊り。


【No.23:マズルカ】
ポーランド人に扮したロートバルト男爵・彼の妻・従者たちの踊り。94小節から117小節の間で白鳥の衣装を着たオディーリアが姿を現す。


【No.24:情景】
始め:一同のざわめく中、女王は王子が最終決定するように迫る。
36小節:王子はオディーリアのところに行き、踊りに誘う。
38小節:二人はワルツを踊る。
68小節:突然ワルツの音楽が止む。あたりは騒然となる。
102小節:突然白鳥がことの真実(父殺しの犯人)を明らかにする。
122小節:王子はロートバルトを狙い銃を撃つ。父をかばおうとしたオディールが銃弾にあたって倒れる。失敗した王子はもう一度銃を打ちロートバルトを殺す。王子はオディーリアを抱きかかえるが彼女はこと切れている。
138小節:錯乱した王子は城を飛び出し湖へ向かう。幕。


《白鳥の湖第4幕》
スクリーンが降りて来る。
【No.25:間奏曲】
映像。荒涼とした湖の岸辺。誰もいない。

【No.26:情景】
始め:幕が開く。第2幕と同じ湖畔。月夜。
白鳥たちが4羽や8羽の小グループに分かれて、忙しく舞台を出入りする。
41小節:オデットが現れる。悲しみに打ちひしがれている。
49小節:白鳥たちがオデットを慰めようとする。
54小節:子供の白鳥たちが現れる。

【No.27:小さな白鳥たちの踊り】
始め:子供の白鳥たちの踊り。
17小節:白鳥たちが加わり、子供の白鳥たちに踊りを教える。
25小節:オデットの踊り
41小節:子供の白鳥たちがオデットを慰める。
49小節:白鳥たちが加わる。
69小節:最初の子供の白鳥たちの踊り。
85小節:白鳥たちが加わる。

【No.28:情景】
始め:突然風が吹き出し、雲が現れ月を隠す。
39小節:さらに悪い運命の予感。
54小節:嵐の到来。

【No.29:最後の情景】
始め:王子が走りながら登場。オデットを探す。
27小節:王子は許しを請う。
88小節:2人は抱き合う。
93小節:嵐となり、湖が溢れ2人を飲み込む。

<No.29:エピローグ>
189小節:嵐はしずまり、月明かりが射す中、舞台奥に模型の白鳥が泳いでいる。
203小節:太陽が昇る。
206小節:舞台上手からベンノや騎士たちが王子の遺体を担架に載せて登場。そこには王冠を戴いた白鳥の死骸が寄り添っている。
幕。






《白鳥の湖》に様々な演出がある理由とは?

 オペラでも様々な演出が採用されている。北欧神話を背広を着て歌ったり演じたりすることも不思議ではなくなっている。しかし、音楽は書かれているとおりに演奏され、歌手は楽譜通り歌うのだ。ところが、バレエの舞台ではオペラでは考えられないことが繰り広げられているのである。なにも《白鳥の湖》に限ったことではないが、バレエでは、音楽は背景の書割や小道具、衣装などと同様、振付家によって自由にさまざまに工夫を凝らされてきたのである。多くのバレエ団が取り上げるドル箱バレエである《白鳥の湖》などは、初演以来物語自体も様々に改変されてきたため、バレエ団ごとに話の内容すら違っているというわけである。そこでは、削除、曲順の入れ替え、別の作品の挿入、はたまた音楽そのものの改変など、自由気ままに手が加えられている。本稿では、チャイコフスキーの音楽に『何も差し引かず、何も加えず、順序を変えない』状態、すなわち『楽譜通りに上演する』ことをコンセプトとして台本を提示したが、そもそも、なぜ、そんな当たり前のことが初演以来無視されて来たのかということを考えてみることも必要かと思う。

【@《白鳥の湖》をチャイコフスキーが作曲した動機からくる無理】

 まず第一には、チャイコフスキーは『バレエを好き過ぎた』ということだ。すなわち作曲者側の理由である。作曲家にはどうすることも出来ない舞踊の分野にまで踏みこんだ無謀なまでの理想の追求がチャイコフスキーにあったことは疑いのないところだ。彼は、踊りを見せるための単なる口実に過ぎなかったそれまでのバレエ作品のずさんな筋立てに飽き足らず、もっと内容の濃い、深い含蓄を有する物語を、高度な作曲技法によって作られた音楽を中心とした幻想的なドラマに仕立て上げる、いわば『舞踊付交響詩』あるいは『交響的バレエ音楽』を目指して《白鳥の湖》を構想したのであった。

 チャイコフスキーは若いころからバレエをこよなく愛しており、特にロマンティックバレエの頂点に位置し、現在でもよく上演されるアダンの《ジゼル》が特に好きであったと伝えられている。彼は大好きなバレエ作品を彼自身も作ってみたいと常々願っており、まず、《シンデレラ》というバレエ作品に1870年に着手したと伝えられているが、これは作曲途上で破棄されてしまったと見られ、全く痕跡は残されていない。また、1873年の劇付随音楽《雪娘》では部分的にバレエが取り入れられており、これは現代でも上演されていてCDでも聴くことができる。《白鳥の湖》は、彼のバレエの完成第1作であるとはいえ、事前の試行錯誤は十分になされていたのだ。チャイコフスキーはロマンティックバレエの作曲法、特に調性関係や主題関連法を深く研究し、その成果を《白鳥の湖》のなかに充分取り入れた。また、当時の最新の音楽界の動きにも敏感であった彼は、ヴァーグナーがオペラを楽劇というような新しい形に発展させようとしたように、バレエの世界にもそういった改革を実現しようと、新たな方向性の追求を目論んでいたに違いない。それは単に従来から上演されてきた『幻想的バレエ』の焼き直しではなく、バレエという表現形態を媒体として、持てる作曲技術を存分に駆使しながら音楽で人間の根源性を追求するドラマ、すなわち『交響的バレエドラマ』として世に問おうとしたのではないだろうか。言い換えれば、『踊りの合間に劇をやる』のではなく、『音楽による無言劇の中に踊りを取り入れる』という、バレエ関係者に言わせると本末転倒的考え方であっただろうと推測される。このことは《白鳥の湖》のスコアを詳細に検討してみると、作品の隅々からひしひしと感じられる印象なのである。

 しかし、このことは作曲家一人で成就するわけではなく、チャイコフスキーと同等の才能と創造力を持った構成作家、振付家、演出家の協力がぜひとも必要であったにも拘わらず、当時のルーティンな活動に終始していたバレエ関係者にはそのことがまったく理解されず、また、その能力も無かったため、彼らの方法に無理やり修正された上で上演されたのである。当時のバレエ関係者の立場から言えば、音楽は舞台装置や大道具・小道具あるいは舞台衣装と同様バレエ上演に欠くことのできない要素の1つであり、より立派である方が望ましいには違いないが、その役割を超えたものであっては困るだ。いくら立派な衣装であっても踊りに支障を来すデザインでは踊れないのと同様に、彼らが目指す舞踊世界を超えた音楽は、そのままでは到底受け入れられなかったのである。「過ぎたるは及ばざるが如し」というわけか。


【Aクラシックバレエとのギャップ】
 第二の理由は、当時の意欲的バレエ指導者が目指していたものは、筋書きや音楽の多様化、複雑化などではなく、舞踊そのものの完成、すなわち洗練された舞踊スタイルの確立と高度な様式化にあった。そもそもチャイコフスキーとは方向の違ったものを目指していたのである。ということは《白鳥の湖》においては、チャイコフスキーと彼らの間は「同床異夢」の状態にあったというわけだ。より具体的に言うと、クラシック音楽の世界は古典派からロマン派へと展開する2つの時代にその最盛期を迎えるのであるが、バレエの世界では、逆にロマンティックバレエからクラシックバレエへ発展するのである。ロマンティックバレエとは、幻想的な夢幻的な物語を素材として、その中で踊りの場を設定してバレエを見せるものであり、様式化したマイム(身振り)による無言劇とさまざまな地域で踊られている多様なステップの踊りを発展させたものの組み合わせとして成り立っていた。それに対して、クラシックバレエは、踊りの部分をよりレヴェルアップし、パドドゥを中心として体系化、高度化をはかり、定型化、形骸化したマイムの部分を踊りに直結したものとしてスリムにし、出来得るものは踊りに融合させ(パダクション)、全体を『舞踊を中心とした劇』として完成度の高いものに変貌させた。その違いは、たとえば《白鳥の湖》第2幕の湖畔の場のNo.13《白鳥たちの踊り》が、プティパやイワノフによって、どのように音楽の組み替え変更がなされ、様式化されたダンスに変貌したか、を比較してみることで一応の理解が得られるだろう。

 もちろんチャイコフスキーの目指したこと、すなわちロマンティックバレエの音楽的、劇的な面での充実・完成は、当時のバレエ関係者がクラシックバレエの様式を完成させようと努力していたこととは、いささかその方向性を異にしていたのであるから、バレエ関係者は彼の音楽をそのままの形では受け入れるはずはなかったのだ。そのため、この作品は失敗と見なされ、そのままでは使い物にならないと断じられた。しかし一方で、その音楽の素晴らしさと、物語の着想のバレエとしての適合性については誰もが認めるところだったので、それを生かして《白鳥の湖》をクラシックバレエとして再構成しようとする動きはチャイコフスキー生前からあった。改作を求められたチャイコフスキーは、それに同意したにもかかわらず結局はその約束は果たされず、彼の死後、プティパ等によって本格的に作り変えられたのが、いわゆる[プティパ=イワノフ版]である。これがバレエの世界では唯一の原典として、その後のさまざまに変更を加えられた多彩な演出の『おおもと』となって現代に続いているのに対して、チャイコフスキー自身が創造した元の姿はバレエにはふさわしくないものとして、バレエ界ではほとんど無視されてきたのである。初演時の振付は一切忘れられてしまった。それがどのような構成だったかも全く研究されていない。プティパ=イワノフ版以来のクラシックバレエの方法にのっとったダンスが現代のバレエの源泉なのである。

【B現代におけるバレエ志向】
 第三の理由としては、バレエを制作するのは結局のところバレエ関係者に尽きるということである。オペラのようには音楽関係者がバレエ制作にはタッチしないのである。それはダンスの都合が最優先するからだろう。現代では、バレエは表現力をもっと膨らませたダンスに発展した。モンテカルロ・バレエに見られるような、伝統的な演出とは一線を画したコンテンポラリー的な風味で独自の物語を展開する方法も出現している。クラシックバレエを出所としない《白鳥の湖》などは、自由な創意を盛り込みやすい素材なのだろう。しかし、新しいダンス技術に基づいたバレエは、チャイコフスキーの描いたものとはさらにかけ離れたものとなっていくのは当然の帰結だ。そこでは、音楽の示すところとは全く違うダンスが繰り広げられている。


【C《黒鳥のパドドゥ》の存在】
 《白鳥の湖》をポピュラーにした最大の『発明』は、第3幕で踊られる《黒鳥のパドドゥ》に違いない。ところが、これは『発明』と述べたように、バレエの演出の中で編み出されたものであって、実はチャイコフスキーの原曲には存在しないのである(詳しくはソベシチャンスカヤ伝説とチャイコフスキー・パドドゥの項参照)。この強烈な『発明』は、現代のバラエティーに富んだ様々な演出の《白鳥の湖》においても、ドグマとも言えるような存在であって、ここからは離れることが出来ず、また離れてしまうと成功はおぼつかないのである。現実的に、『黒鳥』を無視する演出というのは非常に危険な挑戦となるだろう。たぶん、チャイコフスキーの原曲に準拠した演出が現われない最大の原因はこれであると思われる。

とはいえ、チャイコフスキーの原譜をそのまま上演しようという試みはロシアを中心として何度となく試みられてきたことも確かであり、それらの中でもっとも成功し、今日まで影響を及ぼしているものが1953年に発表された[ブルメイステル版]である。ブルメイステルは、チャイコフスキーのスコアの曲順にほぼ即した形で全く新しくバレエを組み立てたのであるが、細かい筋立ては別として、彼は原曲上演としての決定的ミスを2つ犯してしまった。そのひとつは、第3幕で『黒鳥』を踊らせるために原曲には無い《パドドゥ》を導入したこと。今ひとつは、当時の政治状況にも影響されてのことだが、『崇高な自然賛美』であるはずの全曲の結末を、『矮小な人間ドラマ』と化したハッピーエンドにしてしまったことである。

ただ、バレエとして見た場合、この2つのミスは、この版が現在まで命脈を保つことが出来た理由でもあるので、単なるミスとして切り捨てられるものではなく、一定の評価がなされるべきだろう。第3幕において、諸国の踊りは単なるディヴェルティスマンとしてではなく、ドラマに上手く組み込まれていること、すなわちロートバルトの策略として、彼の手下達が王子を籠絡するために踊り、その頂点にパドドゥが配されていることは、ドラマとして非常に説得力がある。プロローグのオデットが白鳥にされた理由とハッピーエンドによって彼女が元の人間に戻ったという結末も、非常に解りやすい物語として受け入れられやすかったことである。

 この[ブルメイステル版]は、初演の当初こそ一定の評価を得たが《白鳥の湖》演出の主流とはならなかった。この版の当初の形は、その後かなり改訂されて現在ではその改訂版でしか見ることが出来ないため、どのようなものだったかは想像するしかないが、第2幕は[プティパ=イワノフ版]とほとんど同じものに替えられ、他の3つの幕も相当ドラスティックな削除が行なわれため、現在では[プティパ=イワノフ版]より更に原曲より遠い形で上演されている。いみじくも、伝統的な台本に基づいて、ただ単に音楽だけを作曲された順番に並べても、チャイコフスキーの意図したとおりの『幻想的ドラマ』にはなり得ないことを証明してしまったとも言えるのである。その最大の原因は第1幕にある。もし原曲通りなら、第1幕だけで1時間を要する長丁場となる音楽に、初演台本やプティパ=イワノフ版のために作られたモデスト・チャイコフスキーの台本に基づいた、物語的に貧弱な内容で構成しようとしても、それは観客には耐えられないものしか出来ようがないというわけである。


【DCD全曲演奏への影響】

音楽そのものしか無いCDでは、本来チャイコフスキーの原曲通りに収録されるのが筋というものだが、私が聴いた限りではどの全曲版CDにも何かしらのケチが付く。いちばん多いのが、序奏+全30曲をそのまま録音するのではなく、スコアの付録にある数曲を本体の中にはめ込んで録音している演奏だ。購買者の便宜を図ってなのか、雑多なバレエ上演に影響されてか、CDの企画によくある網羅主義なのか、要するに余計なお世話なのだ。実際、どのバレエ上演の中にもその曲がその場所に必ず付いているのならまだ許されようが、バレエの選曲なんて皆てんでバラバラなんだからどうしようもない。とある演出に基づいた恣意的追加は御法度だということだ。付録をもし加えたければ、全曲が終わった後に、別途付録として加えるべきなのだ。その他にも、とあるバレエの演出の影響とみられるような演奏法も避けるべきだろう。スコアにはト書きがあり、それもスコアの一部なので、それに合わない演出を想定した演奏もいかがかなと思うのだ。