電気工事屋時代の話
その1
| 入社する | 愛知県名古屋市に本社を持つ東○電気工事株式会社(現・株式会社トー○ネック)に入社して 社員研修寮に入る。社員寮は名古屋市南区大同駅前にある。初日の夜にいきなり宴会を開いて 怒られる。ちなみに全員高卒なので当然酒もタバコもご法度だ。翌日からのみんなの頭の中には どうやって寮内に酒を持ち込むかの作戦がめぐっていた。最終的には「騒がない・火の始末を する・翌日に持ち越さない」を守る事で大目に見てもらうことに。それでいーのか?(笑 |
| 地上6メートル | 所属が外線工事…つまり街中で見かける電柱に登って仕事する業務だったので登れないと 仕事にならない。実際の電柱よりも低い6m柱で練習を始めるがほとんど例外無く電柱に貼りつき 「蝉」呼ばわりされる。大体電柱は地中に根元部分が埋まっているので実高さは4メートルほど。 それでも大抵の人間は未体験の恐怖にさらされるらしい。命綱はついてても信用してないのか? さらに電気屋特有の道具を腰に下げて、だからなおさらだ。それでも研修中の道具などたかだか 3kgにも満たないのだ。実作業においては10数kgの道具を下げると聞いたのは先輩が研修生 指導のために訪れたときだった。勤まるんだろうか……少し、いやかなり不安がよぎった。 |
| 徹夜する | と言っても仕事ではない。土曜が休みだったので同僚と二人で名古屋駅前の映画館「シネラマ 名古屋」に金曜の夜から出かけて行く。劇場版「宇宙戦艦ヤマト」が土曜日から封切だったのだ。 こんな時間から行く奴はいないかもな、とか言いながら到着して見れば既に何人か並んでいて、 あまつさえ整理券の代りに名前を書くノートがあった(笑)……14番だった。悔しいので次があれば もう少し早く来よう、等と思いながら並んでいると外人は話しかけてくるわ暴走族はもの珍しげに 見ていくわお巡りさんは職務質問しに来るわもう大変。やはりみんな「先着○名様景品プレゼント します」と言う広告に負けたんだろうな。東海テレビの取材に対して先頭の大学生らしい人物は 「一週間前から並んでます」と言い放った。これだからオタクはよー。←お前もだ |
| 配 属 | 半年の研修が終り辞令の交付を受けて名古屋の南、大府市に赴任する。営業所に配属された 新人4人のために歓迎会を開いてもらうがどうも肉体労働者の基本は酒らしい。ビールで乾杯、 コップで日本酒。飲めば喜ばれるし飲まないと嫌な顔をされる。と言うより先輩として新人よりも 飲める事をアピールしたかったのかも。あまり飲め飲め言われるので丼に注いでもらい飲み干し 御替りを求めるとさすがに勧めなくなってくれた(笑)伊達に小学校から飲んでないっつーの(^^) |
| 自動車学校 | さすがに運転できないと不便なので全員免許を取りに行けと研修班班長の指示で自動車学校に 通う事に。この時の私はどれがアクセルかブレーキかすら知らない状態でブレーキ踏んだら後の 赤いランプが点くと言う説明を聞いたときなど夜中は全員ブレーキ踏みながら走っていると言う 勘違いをしたほどだ。さて、たまたま担当が何も教えない教官だった。最初の一言が「お前、高校 時代に無免許運転してただろう?」だったくらいだから「した事ない」と答えたら「えー、最初から 教えるのかよー、やってらんねーなー」みたいな顔をされてそれきりだった。この後卒業するまで この教官と話した事はついに無かった。やむなく他の人に運転の仕方や操作方法を聞き倒して 何から何まで自分で覚えて卒業した。最初から本人の自立をうながすためにわざとあんな態度を 取っているとしたら実はとてもすごい教官なのかもしれない。が……別の日、別の教官がたまたま 代りに教習に来てくれた時話をしたら「あ〜、そりゃ仕方ねえなあ、あいつは男だとすぐに扱いが ぞんざいになるから……」 ……どうやらただのすけべだったらしい…… |
| 車を買う | 免許を取ったら車が欲しくなる。当然の話だ。同期生4人のうち3人は早々と手に入れた。車は スカイライン/コスモリミテッド/ルーチェである。バリバリのスポーツカーに乗った同僚を 尻目に先輩からチェリーX―1を4万円で譲り受ける。無論現金だ。他の3人のようにローンも無く 18q/Lの燃費はとても経済的で安月給の我々にはありがたかった。しかしこの安物の車が実は とんでもない車だと知るのはもう少しあとになるのだった。詳しくは「旧車の本」(ん企画発行)に。 |
| 走る〜走る〜 俺〜た〜ち〜♪ |
で、車を買ったら走りたくなる、と。平日、週末はひたすら走りまわる。同僚3人の車とも競争したが 少なくとも直線のパワー勝負以外では負けた事がなかった。その当時流行っていたテクニックに 「ヒール&トゥ」なんて物があったがペケ(チェリーの愛称)はそんな事しなくてもアクセルのオンオフ だけでコーナーを回れた。いわゆるFF車に特有の「タックイン」が特に強く出ていて楽しかった。 また、暴走族もよく走っていて競争してみたり、とか。ここで一言いっておくがその当時の暴走族は 本当に暴走していた。走ってナンボ、の連中だ。現在そこらへんをの〜ろの〜ろと移動している 根性無しの集団ではない。先日見ていたら信号無視をするのに左右確認して車が途切れてから 突っ込んで行った。根性無しめ。我々は見境無しに自分の運だけを信じて突入していったものだ。 多くの命が散って行ったが私は、我々は、生き残った。走れないのなら暴走族を名乗るなっての。 |
| 春先の恐怖 | 入社1年。高圧活線作業(電気が通っている状態で仕事する事)の資格を取る為に試験を受ける。 講習があって実技試験があるのだがいくらゴム手袋や長靴を使っていても、もし感電したら高圧 (6600ボルト)の直撃を受けるのだ。慎重に進めてどうにか終了したときには研修生4人とも全身 汗でびっしょり。結果そのものは見ていた試験官がすぐに判定する。全員無事に合格。その時、 合格のほうびに良い物を見せてやると言って先輩が変電室の扉を開けたら何と空っぽ!電気は 最初から来ていなかったんだね。一気に気が抜けたのは言うまでも無い。民明書房刊(謎 |
| 準活線工事者 | そう言う資格を持つ立場になった。と同時に研修班は解散、4人はそれぞれ別々の班へ移動して ……けど下っ端は下っ端。雑用と簡単な仕事しか回ってこない。それはそれで楽ではあるが。 しかし日にちが経つに連れどんどん仕事量は増えて行く。電気工事は力仕事だ。全ての仕事を こなすには生半可な力ではまかなえない。腕力の塊のような先輩達を見ていると自分もいつか ああ言う風になれるのだろうか、等と思ったりしていた。電柱には電線が乗っているがその電線は 碍子と呼ばれる瀬戸物のような部品に取り付けられていてその碍子は腕金と呼ばれる金属製の 角パイプに取りつけられる。ちなみにこの腕金、長い物では2.7mもある。重量にして7〜8kg。 先輩の一人はこれを2本金具で組んでさらに塩害用10号碍子と言う重さ2kgの碍子を6個付けて これに電線固定用の懸垂碍子(1個1kgほど)を24個、さらに避雷針の代りになるアレスタと言う 金具を6個(合計10kg弱)取りつけた状態で柱の上にロープで引っ張り上げていた。化け物だ。 余談だが数年後に赴任した春日井の営業所には50KVAの変圧器(当時のは重量80kg以上)を ロープで持ち上げる人がいた。地上でなら小指2本で持ち上げていたほどだ。上には上が。 |
| 感 電 | 同期生のいる班と合同作業。停電作業だったのでたいして気を使わずに作業できたが突然柱の 上から道具が落下。上を見ると同期生が感電して気絶していた。……感電?停電している筈の 場所で感電?……調べたところ大口需要家の工場が自家発電装置を回したところ反対に電気が 流れたものと判明。そんな事もあるんだなー。幸い同期生は火傷だけで済んだ。 |
| 情報、その@ | 会社入口の掲示板に何か貼ってある。社内の情報誌と言えば聞こえは良いがまあつまり新聞か 回覧版のような物だ。工事中の事故とかが速報で載る事がある。今回出ていたのは電柱の穴を 掘っている最中に水道管を破ったとか言う一般的なもの(オイオイ)ではなかった。落下事故だ。 ……が、読むほどに間抜けな事故だった。概要は、不要になった電柱を撤去する工事で命綱を 撤去する金具に掛けたまま金具を下の草原に放り投げたら自分も飛んでった、と言う事だった。 |
| 徹夜、再び | 昨年に続き「さらば宇宙戦艦ヤマト」を見るためにシネラマ名古屋に並びに行く。今回は有休を 使って3日前に出かけた。……12番だった(T_T)回りを見渡したら全員去年のメンバーだった(笑 先頭の彼は今回10日前から並んだそうな。夕方交代で食料とおやつの確保に出かける。銭が 乏しかったので何気に見つけたパチンコ屋で玉を拾って二台終了させて袋一杯のお菓子を持ち 帰った。実はこの時が初パチンコだった。隣で並んでた中学生(あ、この時はもう高校生になってた な)の女の子が大層喜んでくれた。夜はそのままこっちにもたれかかって寝てしまい、ロリな私には この上ない拷問だった。余談だが私を同人の道に引きずり込んだのは他でもないこの娘である。 今も元気かなあ?風の便りに結婚したらしいと聞いたけど。 |
| 車の特性とは | 前にも言ったが当時の愛車はペケと呼ばれる小さな車。……梅雨時は大変だった。何しろ外の 雨が直に降り込んで来る……までは無いがそこかしこの穴から水が容赦なく進入してくるのだ。 こんな穴だらけの車、今なら考えられないが昔は珍しくなかった。当然意味が無いのでクーラーも エアコンもついてないのでもう夏はタイヘンな事に(笑)それに比べりゃ同じ愛知県に住んでいた 兄が買った車は新車だけあって乗り心地は良かった。所で兄の車で夏休み田舎に帰省する事に なった。途中一度だけハンドルを握る。山口県萩市の国道の直角カーブでついチェリーのつもりで 曲がろうとしたが……あ〜〜〜〜〜〜〜れ〜〜〜〜〜〜〜〜〜(泣)7回と半分ほどスピンして、 そのまま橋の欄干に激突して止まった。FR車ってタックインしないんだね。……修理代35万円。 |
| ご招待 | 映画の時の例の彼女が色々と送ってくれる。アニメ上映会の案内とかイベント情報とか。ある日 手紙に同封されていたのは文化祭のチケットだった。名古屋駅の近く、中村区の某高校。久々に 学生時代に戻ったような一日だった。中庭でポスターの叩き売りがあって渡り廊下から見ていたら 「ヤマトのポスター50円」と言われてつい「買った!」と叫んでしまう場面も(笑)招待券をくれた当の 本人を見つけるまでしばらく歩き回ってしまう。しかしこの日から当分の間、何故か「お兄ちゃん」と 呼ばれる事になる。後日届いたのは名古屋市公会堂で開催される「コミックカーニバル(コミカ)」の 案内だった。そしてこれから帰り道の無い長い同人の道へはまり込んで行くのだった。 |
| 買い替え | 雨が降ると車内が水没しそうになるのに閉口して車を買い換えた。ペケの後継でチェリーF2だ。 それまでに比べると確かに乗り心地は良い。静かだし広いし。けどつまらない車だった(泣) 車を「おもちゃ」と割り切ると面白味に欠けていたのが悲しかった。 ちなみにペケは5万円で同期生に売った。4万円で買ったくせに(笑) |
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