■艦隊建造予算

 「八八艦隊」の中核は論じるまでもなく8隻ずつの「戦艦」と「巡洋戦艦」です。また、計画までに建造された戦艦達もあります。
 史実においては、八八艦隊計画の最盛時の1921年度の日本の予算15.91億円のうち5.2億円、予算の31.6%が海軍予算に食いつぶされていました。これに陸軍予算を含めれば、実に国費の半分近くが軍備に投入されている事になります。平時であるのにこの数字がいかに異常かが分かると思います。
 彼女たちを囲うには、パトロンとなる彼氏(国家)は、非常にお金持ちでないといけないのです。
 これは、5年後の1926年の海軍予算が2.39億円、国費の14.4%しか占めていない事からもお解り頂けるでしょう。
 この数値からでも八八艦隊は海軍予算の平時の全額分を別に必要としたのです。
 ちなみに、反応弾の開発に合衆国が要した予算は20億ドル、つまり1930年代後半のレートで換算すれば40億円程度と言う事になり、この予算は連合艦隊を丸ごともう一つ作れる予算だとされます。

 しかし、この当時の軍艦の単価が不明なので、まずは1930年代後半の頃の値段で考えてみることにします。
 ちなみに史実の国家予算は、日本が1930年代半ばより高度経済成長に突入しつつあったため、1920年代のおおよそ二倍になり、その後も右肩上がりの成長を続けています。これは、日華事変の戦争特需を抜いてもある程度この数字は可能でした。
 つまり、ここからこの事だけから導きだせる回答は、もし日華事変も大東亜戦争もなければ昭和25年頃には、国富の増大により大和型戦艦の大量建造が、主に予算と言う面からなら実現していたであろうという事です。この事については、また別の機会に考察してみたいと思います。

 さて、合計16隻の戦艦の建造費用は、いったいいくらでしょうか? 有名な軍艦「大和」、「武蔵」の予算が合計で3億円と言います(実際の建造費や細かい数字についてはあえて触れません。)。また、同じ予算で同数の4万トンの空母が建造出来たとも言います(建造予算と排水量比率から算出される数字はまさにその通りです。)。もちろんこれは1937年の事ですから、1920年代の物価を考えるとかなり価格が低くなるのは間違いありませんし、限定的な量産を目的とした八八艦隊の各艦艇はさらに若干の価格低下を起こしていると思われます。さらに何度も同じドックで、つまり同じ工員が同じ船を建造すればその建造に習熟し、同じ船を造れば無駄な工数を省く事も可能で、建造期間が短縮するという可能性も高くなり、これも工数の減少と人件費の面から価格を低下させうる要因となるでしょう。おそらく、八八艦隊はこういったことも計算していたのではないでしょうか?
 ですが、いかに量産性を重視したとしても戦艦に膨大な予算が必要な事には間違いありません。そこで、ここでは一隻平均1.5億円かかったとして、16隻で24億円必要とします。これでは「大和」と同じではないかと思われるかも知れませんが、1920年代の日本にとっては、技術的、国力的に八八艦隊の戦艦でもそれぐらいに匹敵する大艦である事に間違いはなく、同等の値段としました。
 今まで建造した分については、後で維持費と言う事で関わってきますので、ここでは一律8000万円としておきましょう。つまり金剛型以後の8隻合計で6.4億円分です。それより旧式については、維持しても時期によっては予算のムダともなりかねませんが、各種合計で6隻、やや小型ですので一隻5000万円として約3億円。まあ、戦艦についてはこんなものでしょう。
 また、軍艦の建造価格は単純にその排水量で計算は出来ません。つまり7万トンの戦艦から50隻の駆逐艦の建造予算が捻出できるかと言うと、これは全く不可能です。列強以外の国がまともに大型駆逐艦による水雷戦隊を編成していないことからも分かると思います。これも頭の隅においていてください。

 次に戦艦で少し出た空母について考えましょう。「八八艦隊」計画ではあまり具体化していませんが、第一、第二艦隊に少なくとも30ノット発揮可能な空母が小型なら2隻、中型以上なら1隻ずつ必要です。航空機があまり注目されない時代としても弾着観測機の為に制空権の確保が必要ですので、最低限これだけは必要になります。
 また、他の第三、第四、第五などの補助、哨戒艦隊にも空母があれば言うことはありません。これにより索敵能力が高くなり、防空能力を持つのですから、これらの補助艦隊の運用が有効になるのは間違いないからです。
 しかし、そうなると最大7隻もの空母が必要になります。はたして、そんなに沢山建造可能でしょうか? 戦艦建造に予算を取られるので、恐らく不可能でしょう。
 また、史実においては、この時期建造されたのは「鳳祥」と「龍驤」だけです。史実だと、あと「赤城」と「加賀」が加わりますが、これらは戦艦になってしまうので、八八艦隊の世界では空母として存在しません。
 なお、中型正規空母なら予算的にトン当たり3000円として、1隻当たり5000万円、軽空母なら1隻当たり3500万円程度とします。旧式戦艦からの改装ならもう少し安くなるでしょう。
 ここから、中型2隻、小型2隻を新たに建造するとします。これで、第一、第二には中型空母1隻ずつ、他の艦隊には、「鳳祥」を含めれば3隻あるので、こちらも各1隻ずつ配備できます。よって建造に必要な予算は、1.7億円程度となります。ですが、これには航空機と関連経費の事は考えられていないので、実際は中身とその予備隊込みで2億円程度が必要になります。

 後は、他の補助艦艇ですが、巡洋艦や駆逐艦、潜水艦は何隻必要か? 少し考えながら予算を割り出していきましょう。
 巡洋艦は、第一、第二艦隊には各4隻から編成される2個戦隊、他の艦隊には1個戦隊必要です。これは、巡洋艦1隻と駆逐艦16隻から編成される水雷戦隊についても同数の編成が必要です。
 つまり、巡洋艦は合計で25隻、駆逐艦は112隻必要になります。
 また、潜水艦については、この当時は潜水艦隊という考え方がまだありませんから各艦隊に駆逐艦と同じ戦隊数が必要で、各巡洋艦1隻と12隻編成が7つで巡洋艦7隻と潜水艦84隻必要になります。
 これらを揃えるために必要な予算は、巡洋艦が8000トンクラスの大型偵察巡洋艦が最低8隻、5500トン型が18隻、3000トン級と防護巡洋艦が6隻となります。防護巡洋艦については既に建造済みですので、考えなくていいですが、残り27隻については、トン当たり4000円の予算が必要と考えると、合計で7億円程度になります。(もう少し高いようにも思いますが、戦艦とのかねあいからこの程度とします。)
 艦隊型駆逐艦はトン当たり5000円の予算が必要と言われますので(機関など装備が高価だからです)、1隻1350トン平均として112隻で15万トン、7.6億円も必要になります。
 また、潜水艦は駆逐艦よりさらに一割程度割高になるので、1隻当たり1000トン平均とすると84隻で8.4万トン4.6億円必要になります。
 分かりやすく言えば、水雷戦隊一つ1.5億円、潜水戦隊一つで1億円が必要なわけです。

 ここでようやく合計が出てきますが、戦艦が24億円、空母が2億、巡洋艦が7億、駆逐艦7.6億、潜水艦4.6億になります。
 つまり、大型戦闘艦艇だけで45億円も必要になります。もちろん、これらの艦艇を支援するために必要な給油船、給兵船、給糧船、工作船、各種母船などなどなども、史実の二倍の支援艦艇が必要になります。
 つまり、八八艦隊を一切合切揃えようとすると、既存建造分を除けば、1930年代半ばの物価で合計で50億円もの予算が必要になると言う丼勘定的な概算が出てきます。
 もちろん、数えた中には八八艦隊予算成立までに既に予算が組まれたり完成している艦艇もあるので実際は量産効果などを加味すると45億円程度と言うことになるでしょう。
 と言うことで、1930年代中ばの建造費で作られた場合の「八八艦隊」の建造予算は合計で45億円となります。
 ちなみに、軍艦「大和」を含む第三次海軍補充計画の総建造量約70万トンの予算8億650万円でした。これは39年に次の第四次が始まるので、2年分の建艦予算となります。
 これを強引に「大和」級8隻、「翔鶴」級8隻の昭和版八八艦隊と考えると、8年間で32億円の予算が必要と言うことになります。しかしこれだと、駆逐艦は60隻程度、巡洋艦は皆無の艦隊計画になってしまいます。つまり八八艦隊並のバランスにしようとすれば、40億円以上、米軍にマトモに対抗しようと考えれば50億円は必要となってしまいます。(しかもこれに艦載機を6万円程度の零戦と攻撃機500機づつぐらい用意しなくてはなりません。航空機を含めた空母の維持費は戦艦の五倍です。)

 1930年代半ばの八八艦隊の完成に必要な45億円と言う数字を、1920年代の物価と当時の予算から修正します。
 史実の1921年の海軍予算は5.2億円、26年だと2.39億円です。単純に考えると八八艦隊は、一年当たり史実よりも3億円余計にかかっている事になります。つまり、八八艦隊を8年で揃えようとしていたのですから、8年分で24億円必要と言う事になります。一年当たりの全体予算を5億円と考えれば、海軍全体で8年分で40億円です。
 また、物価格差は約1.5倍程度ありますので、45億円と言う数字はこの当時にすると30億円程度になります。
 反応弾の開発に、連合艦隊がもう一揃えできる予算がかかると言う言葉が某小説にもありましたが、まさに通りと言えるでしょう。
 しかもこの八八艦隊計画は、丼勘定で予算を出しているので、かなり贅沢な予算編成となっているからなおさらです。しかも戦艦を16隻も揃えようとしているのですからその額たるや・・・と言う事になります。
 さて、10年程度で建造しようとしているので一年当たり3億円。海軍全体だと平均5億円の経費が必要と言うことになります。史実とほぼ同じです。これで少し現実的な数字が見えてきたように思えます。
 さらに、これに艦隊以外の予算も必要ですが、これは全体的な予算にひっくるめたいと思いますので、次に譲りましょう。

 さて、ようやく艦隊建造に必要な予算が出てきましたが、軍艦と言うのは、その生涯を大過なく終えた場合、建造予算の3倍必要とされます。
 一概には言えませんが、軍艦の寿命は30年程度ですので、何とこの八八艦隊の維持には90億円以上もの資金が必要になります。これは、一年当たりでも3億円と言う数字になってしまいます。
 先ほどの数字はこの経費の事をあまり考えていなかったので、ここからはこの経費も盛り込んでみます。

 さて、後になってしまいましたが、ある意味建造費よりも重要な艦隊維持費です。史実で列強以外の戦艦を持つ海軍があまりパッとしないのは、この予算をまともに計上できないからです。この維持費だけを考えれば、高価な兵器や軍隊など戦時以外には必要ないとすら言えます。
 「八八艦隊」そのものは8年で建造を目的としていましたが、ここでは3年遅らせて1931年に完成としたので、結局11年近くかかる事になります。つまり、艦隊完成時の1931年に3億円の維持費が必要となります。おそらく艦艇の揃いだす1925年頃よりこの予算は鰻登りになるでしょう。
 つまり、「八八艦隊」中はその維持を含めると、1921年ぐらいからは、最低でも5億円(艦艇が建造中でまだ揃っていない状態)、最大6億円(13号艦建造頃)の艦隊予算を編成する必要に迫られる事になってしまいます。これに艦隊維持費です。
 つまり、海軍予算は最大9億円。史実のままだと、この頃(1931年)の国家予算が17億円程度ですから、実に半分以上と言う数字になります。しかも1931年以後建造を控えるようになっても、代艦建造は継続するのが当然ですので、7億円程度の予算編成は必要です。もちろん、これに陸軍予算は含まれていません。陸軍予算はおおむね海軍の半分としても3〜5億円の予算編成が必要です。日露以後史実より軍縮されても、最低3億円は必要でしょう。つまり最大国費の七割が軍事費に消えている事になります。
 しかも、これに八八艦隊の全艦艇を円滑に建造、運用するために、既存の軍港の拡張はもちろん、巨大な造修施設を持った軍港がもう一つ欲しい所です。民間造船所などについても言うまでもありません。
 一説には大神海軍工廠建設予算は24億円だそうです。これを、八八艦隊の頃に建造しても16億程度、つまり史実の国家予算が丸々必要です。さらに、史実の戦争直前および戦中に作られた膨大な数の民間造船所(戦後の造船日本を作り上げた原動力となるものです。)の建設予算は、他の海軍工廠の拡張を含めれば6億円となります。つまり、八八艦隊を養うために20億の別予算が必要です。これも、できれば5〜10年程度で全部揃える必要があります。(年割り2億の出費)
 もちろん、軍港以外の巨大造船所は、民間で日本の国富拡大に大きく貢献するでしょうから、その効果は言うまでもありませんが、艦隊を作るという目的の元では、あまりにも大きな出費と言えるでしょう。
 しかもこれでは、八八艦隊を作るだけで、延々と総力戦をしているようなもので、史実の日本の国力が干上がってしまうのは当然です。
 一説に日華事変に投下された予算が100億円に達すると言いますので、これを年割りにすると12億円程度になり、実は「八八艦隊」がまかなえてしまう事になります。
 ですが、日華事変は国民に増税と窮乏を強いた上で捻出された国費によりまかなわれたもので、さらにそれまでに予算的破錠を迎えるのは間違いないので、もう少しまともな予算編成を考えると、健全な国家運営で史実の二倍の国家予算が編成できなければ夢は実現出来なくなってしまいます。

 強引に結論に持ってきた所で、歴史改竄を始めていきましょう。
 目的は、「八八艦隊」建造までに日本の国力を史実の二倍にする事です。これが達成出来れば、浦賀沖に満艦飾をした16隻の鋼鉄の戦乙女たちを見ることが出来るワケです。
 また、これはあくまで八八艦隊を建造するのが目的で、時間犯罪を目的としているのではありません。この点をご了承ください。
 なお、国家予算二倍と言う数値は、ほぼ最低条件です(もっと少な目に見れば、1.5倍程度でもなんとかなりますが。)。
 二倍の国家予算があれば、軍事予算はピーク時で国家予算の三割、以後は二割程度でなんとか彼女たちを賄う事ができます。この数字なら、史実のワシントン条約後とそれ程違わない数値になります。それでも足りない分は、陸軍の予算を削れば何とかなるでしょう(笑)
 あと、莫大な国費を浪費したシベリア出兵(一説には戦費9〜12億円)もできるだけ小さく済ませましょう。艦隊を作っている時期にそんなことをすれば、ただでさえ遅れている建造計画が完全に狂ってしまいます。

 では、前置きが長くなりましたが、彼女たちのために時間犯罪を始めましょうか。


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