■「悪役令嬢の十五年戦争」

■  007 「目の前は破滅フラグだらけ?」

「龍次郎様をお救いできず、誠に申し訳御座いませんでした! 紅家を代表してお詫び致します!」

 地震から2週間ほどしたある日の事だった。
 私の目の前で5、60代の男が泣き崩れていた。しかし、私に対してではない。鳳の本家の全員の前でだ。

(正直みっともない)

 ドゲザしている人の隣で30度くらいのお辞儀で済ませている連れの若い方が、余程立派に見える。

 なおドゲザしているのが鳳一族の分家筋「紅家」の当主にして鳳学園理事長の鳳 紅一(こういち)。年配のオッサンのドゲザなど、テレビでしかお目にかかった事がない。
 この世界に、まだテレビはないけど。
 一方、お辞儀だけなのが、その息子さんの一人の鳳紅龍。なんだかチャイニーズな名前だが、この一族の長子は「紅」を入れるのが習わしで、さらに鳳本家に習って聖獣の一字を入れたからこんな名前になっている。
 血統的には普通の日本人で、(ファン・ホンロン)じゃなくて(おおとり・こうりゅう)と読む。でも、どこか中華風な雰囲気を持っていて、ラーメンとか作ってそうだ。

 そして二人とも鳳一族なので背が高い。そして大男のドゲザはやっぱりみっともない。
 それに対して、身長190センチに迫る肩幅広く胸板厚い紅龍さんの方は、長身がめっちゃ似合っている。手足も長いし、一瞬モデルかと思ってしまう。
 顔立ちもなかなかのイケメンだが、目付きが悪くて台無し。それに無精髭が多く、髪型もボサボサな残念キャラだ。

(まるで徹夜明けね)

 約二倍の身長がある大男に視線を向けていると、不意に向こうも視線を合わせてきた。ギロリって感じだが、瞳に力が込もっていない。どこか醒めた感じだ。
 目付きが鋭いから、目を向けるだけで睨みつけるようになるのは、かなり損だと思う。
 そしてそう思うように、この人も私は知っている。何しろゲーム登場キャラだ。
 屋敷にやってくる家庭教師の一人。不遇の天才研究医というキャラ設定で、伝染病や細菌学の権威になり損ねた人だ。しかも科学者でもある。
 見た目はともかく、この時代にいた凄く有名な近代医学の父を、少しだけオマージュした経歴の持ち主という事になる。
 この時点では20代半ばから後半くらい。ゲームより若い頃なので、イケメンぶりが際立っている。
 そんな私の分析を他所に、ようやくドゲザも終わるようだ。

「頭を上げなさい。最善を尽くしたのなら、尚更な」

 そう強めの言葉で言ったのは、曽祖父の蒼一郎。最年長者にして亡くなった財閥総裁の父親としての言葉だ。
 そしてその言葉を継いだのは、兄の麒一郎だ。

「それで龍次郎の死因は? 酷い怪我だったが、よく保ったと思うが?」

 普段は昼行灯な呑気なイメージがあるが、今の祖父の瞳は少し鋭い。何かあると見ている目だ。
 そしてそれを見返した紅一おじさんは、一瞬返答に詰まってしまう。
 だから隣の紅龍おじさんが代わりに口を開いた。

「内臓を一部傷つけていましたが、死因は肺炎からの合併症です。大怪我で体力が衰えたところに肺炎となり、あっという間でした」

「そうか、良く分かった。では父さん、俺は軍のお勤めがあるから、龍次郎には先に父が会ってやってくれ。俺は夜に会いに行くよ」

「そうしよう。他の者も玲子以外は私と行くように」

 そう言って暗黙の了解で解散となる。
 そして解散した場には、なんとなく私が残されていた。

(肺炎と合併症か。21世紀ならそこまで怖くもないわよね)

「ペニシリンってまだないんだ」

 医療漫画の事が頭をよぎり、思わず口に出してしまう。
 だがすぐに、存在しない薬、いや存在しない言葉である事に気付き、反射的に周囲を見渡してしまう。
 そして10メートルほど先の人と目があった。
 紅龍叔父さんだ。ちょうど部屋を出るところのようだが、こちらに振り向いて目線が私に向いている。でないと、10メートル先でも目が合う事はない。何しろ約二倍の身長差だ。
 とりあえずニッコリと幼女の笑みを浮かべておく。

(美幼女の笑みだぞ。オッサンは有り難く頂戴してサッサと消えてくれ)

 私の眼力と願いが通じたのか、特に笑みを返すでもなく挨拶をするでもなく、紅龍おじさんはそのまま去っていった。
 ペニシリンは、確か青カビの学名から取られた名だ。しかし全く同じではなかった筈なので、日本人なら青カビという言葉にすら気づかない、と思いたい。
 というのも、紅龍おじさんは細菌学の研究医だ。学名としての青カビの呼び名を知っていても不思議ではない。
 しかしその後、紅龍おじさんが私の元に来る事はなかったので杞憂だったと安堵した。

 しかしその頃から、私には少し変化があった。
 原因は分からないが、同じ悪夢を見るようになったのだ。
 私が「歴女」だからか、東京大空襲の夢。何故か日本本土にアメリカ軍が上陸する夢。そして私にとって極め付けなのが、どこかの牢獄で何かを呪いながら凍死する夢。
 夢は3つセットの場合もあれば、1つだけの時もあった。毎日という事も無かった。

 そしてその悪夢を見るたびに、今の体と転生前の自分自身がフィットしてくる感じ、一つになる感じが強くなっていった。
 そしてある日、唐突に理解した。悪夢は私の未来を暗示しているのだと。
 3つの可能性。3つの破滅。もしかしたら3つ全部合わせた破滅の可能性。

「ち、ちょっと待ってよ。ゲーム上での破滅だけじゃないっての?!」

「どうされましたか、玲子お嬢様?」

「う、ううん、なんでもなーい」

 思わず叫んでしまったが、3つの破滅のうち1つが私が全く想定していない破滅の情景だったからだ。

(なんでアメリカ軍が湘南海岸に上陸してるのよ。これってこの世界の第二次世界大戦の暗示? それとも予知夢? いやいや、待て待て。「歴女」の私の記憶が見せた、単なる妄想という可能性も・・・って、だったら何度も同じ悪夢を見るわけないか)

 口に出さないよう極力気をつけながら思考を進める。何しろ体が幼女なので、つい衝動的に思った事が口から出そうになる。
 というか、たまに出ている。マジ気をつけないといけない。でないと、そのうち狂人扱いされかねないだろう。

(けど、あれが本当に予知夢だとしたら、破滅の強制イベントのハードルがグッと上がってない? 悪役令嬢としての破滅を避けたところで、あれじゃあ日本そのものの破滅じゃない)

 そこまで思い至って、さらに考えた。幼女のおつむなので、考えると知恵熱(誤引用)が出そうだ。それでも考えるのをやめられなかった。

(けど何が悪いの。何が私の前世の日本と違うの? いや、答えは簡単よね。鳳一族というファクターが、私の前世には無かった。きっと、何かをやらかすのよ)

 加えて言えば、もうやらかしたとも言える。
 樺太北部には、それなりの規模の油田がある。これの有る無しで、戦争のタイミングや経緯が変わる可能性は高そうだ。
 逆に、私の前世の戦前日本より発展する要素にもなる。事実、鳳財閥という存在の分だけ、もしくはそれ以上に、この世界の日本は経済力、国力が増えている筈だからだ。

(けど、どうしよう。呑気に攻略対象の懐柔だけ考えている場合じゃないわよね。全然イージーモードじゃない! 悪役令嬢のバッドエンド回避だけすれば良いんじゃないの!?)

 精神安定の為、心の中で叫んだが、本当は口に出して絶叫したいほどだ。
 けど、行動しないといけない。
 日本の行く末は強制イベントなのでどうにもならないだろうけど、私自身のバッドエンド回避だけじゃなくて、最低でも鳳一族の破滅回避を考えないといけない。
 そうしないと強制バッドエンディング確定だ。

「無理ゲーって意味、心底分かった気がするわ」


前にもどる

目次

先に進む