■「悪役令嬢の十五年戦争」

■  051 「鳳金融持株会社」

 鳳と鈴木の事実上のトップ会談から約二週間後。
 その後も鳳と鈴木は料亭などでの会談、秘密会合を重ねてその日を迎える。
 1対1ではなく、徐々に会合する人数も増えていった。

 そしてその最中の3月23日、昭和2年度の追加予算案がギリギリで成立した。予算通過で揉めたのは、震災手形の処理から特定財閥分を外すかどうかだ。
 当然、大量の不良債権を抱える財閥は反対した。しかし、最終的に最も多くの不良債権を持つ鈴木商店が折れたので、事は決した。
 ここでは鈴木を三井が徹底抗戦するように説得するという、珍事とも言われる事までが起きたりもした。
 しかも三井は、鈴木を倒すため法案通過に反対していたという噂が、まことしやかに水面下で語られていた程だったから、上げて落とす気だったんだろう。

 また政府側としては震災手形の決定より先に、国に溜まっていた外貨を元手に日銀券の発行増を決定。これにより一定量の赤字国債が発行され、主に軍事費と公共事業費が増額された。だから鈴木以外の財閥も、震災手形の件を飲み込んだのだ。一部の危ない銀行も、これで一息ついたという。
 そしてその後、政友会と関係の深い三井財閥などが田中首相や高橋蔵相の元を何度も訪ねたのだが、目的は全く達成できなかった。

 3月26日の夕方、当時の帝都東京最高のホテルである帝国ホテルに、集められるだけの報道関係者が集められていた。
 やるなら派手にしようという私の発案だけど、要するに前世知識でこういう事はホテルに大勢集めてやるもんだろうという発想からだ。
 本当なら鳳のどこかが良かったが、ある意味で質実剛健な鳳財閥の建物で相応しいと言えるのは学園くらいしかなく、急いで会場を押さえた。
 そしてその会場に長い机、たくさんの椅子を並べて、臨時の記者会見場とする。
 借りたのは、帝国ホテル内でダンスパーティーなどをする孔雀の間。本当は舞台のある演芸場が良かったが、急な事で大きな空間で空いているのがそこしかなかった。

「ここまで派手にする必要はあったのか?」

「新たな門出ですから、派手な方が宜しいでしょう?」

 ちょっと令嬢っぽく、聞いてきた善吉大叔父さんに返す。そうすると苦笑と言える、あまり肯定的ではない笑みだけ返してきた。
 こうして二人で会話するのは凄く珍しいけど、話してみると善吉大叔父さんは確かに鳳の一族ではないと思えた。これが血統というやつなのだろう。
 そして私自身が、鳳の一族なのだと再認識もできた。

 なお、善吉大叔父さんは鳳財閥の総帥なので、一応今回の主役の一人だ。他に一族代表として、珍しくスーツ姿のお父様な祖父の麒一郎、こちらも珍しくスーツ姿の虎三郎大叔父さん、鳳の次代を担うと鳳以外からは見られている玄二叔父さん、軍服姿の龍也お兄様も来ている。

 そしてお兄様を見に来たのか、会場の隅には西田税とその仲間達みたいな連中が、一応私服で詰めていた。さらによく見ると、何だか前世のネット上で見かけたお兄様より偉い軍人も数人紛れている。イガグリ頭に丸メガネ多数というのは、かなり私の心臓によろしくない。

 また舞台袖になるが、紅家の人も当主の鳳紅一さん以下の主な人も来ている。箔付けの為、紅龍先生もパリッとした姿で席に腰掛けていた。
 曾お爺様も記者会見には出ないが、私と共に舞台の袖にいる。ただし女子もしくは子供は私一人。

 一方で鈴木商店の方は、金子直吉さんと他数名。財閥一族に当たる鈴木家からは2代目当主の鈴木岩次郎さんが来ている。
 鈴木商店が、金子さんに率いられているのがよく分かる布陣だ。

「えーっ、お集まりの皆様、ご静粛にお願いします。これより会見を始めさせて頂きます」

 司会の音頭取りで記者会見が始まる。
 私の前世ならテレビカメラが何台も並ぶところだが、今の時代ではモノクロカメラが砲列を敷いている。
 ラジオはNHK一局だけだが、この時代に記者会見をラジオの生放送したりはしない。ブン屋とも言われる新聞各社の人達ばかりだ。
 他に一部企業人も混ざっているが、その中には海外の財閥や企業の人もいる。中には好意で招いた人もいる。何しろ見せつけるのが目的のかなりを占めているからだ。
 その演出の一つとして、うちの使用人達を多数入れている。

 帝国ホテルに鳳の使用人達を入れた発端は、急に会場を借りるのはいいが人手が足りないので断られかけたのを、うちが人を出す事で了承してもらった事から来ている。
 そして孔雀の間とその周辺は、うちの使用人のメイド服の群れが忙しげに働いている。ついでなのでメイド服を女子全員に支給して、さらに各所から臨時動員もかけたので相当数がいてかなり圧巻だ。
 会場に来たブン屋の皆様も、自然と目を奪われている。
 中には会場撮影にかこつけてメイドを撮影しているカメラマンもいる。

 私が居るのも演出の一環だ。お忍びで来たわけじゃあない。記者会見後に行う花束贈呈の大役を仰せつかっていた。
 そしてこの記者会見は、花束が必要とされるおめでたいものだ。
 それと私が壇上に出るのはもう一つ理由があるが、我ながらちょっとあざといと思う。
 

「鳳財閥と鈴木商店は、この度組織を大幅に改変する事を決定致しました」

「それは鳳が鈴木を買収合併すると言う事ですか?!」

 鳳財閥総帥である鳳善吉の言葉に対して、すかさず記者の誰かが大声で問いかける。他社の記者を含めて全員が渋い顔になるが、それを言ったのが、いや、言わせたのが三井の息がかかっている事を誰もが知っていた。加えて、鈴木商店と三井財閥の仲の悪さを知らない者など、財界人とブン屋にはいない。
 だからだろうか、善吉大叔父さんは特に気にした風もなく淡々と続ける。

「途中の発言はお控え頂きたい。質問は会見終了時に設定しておりますので、その時お願いします。また、途中の質問やお声は全て無視させて頂きます」

(この人、鳳の大幅な改変に、基本質問するだけで文句も非難もしなかったのよね。奥さんというか佳子大叔母さんがガチギレしてたのに。ゲーム上では、どうだったかな。ゲームだと印象薄い人だったのよねえ)

「改めて申し上げますが、鳳財閥と鈴木商店はこの度組織を大幅に改変する事に決定致しました」

 今度は邪魔はない。
 鈴木と鳳を敵視する側としては、軽くジャブといったところだったのだろう。
 しかしこれからは、そのゆとりを持てるだろうか。
 思わず人の悪い笑みが浮かぶのを自覚する。

「同時に、鳳銀行は大幅な増資と組織改編の上で『鳳金融持株会社』、イングリッシュで『Financial Holding Company (ファイナンシャル・ホールディング・カンパニー)』に改名。これに合わせて、幾つかの銀行を吸収合併致します。その上で、鳳財閥、鈴木商店の各会社は、『鳳FHC』が機関銀行となります」

 一気に言い切ったところで、会場は大きなざわめきとなった。
 大半の者が、言っている意味が今ひとつ分からないのだ。「何を言っている」「どういう事だ」などの囁き声が、色んなところから聞こえる。
 何しろ財閥が財閥を辞めて、銀行を中核とした企業の集団に組み変わると言っているのだ。しかも、企業集団という言葉すら意味が分からない者が大半だろう。だから、財閥の自殺、いや財閥一族の自殺とすら取れる発言と考える者もいるのではないだろうか。
 まあ私も、20年も早く自分で財閥を事実上解体した上に、70年以上早く金融ビックバンもどきをする事になるとは思わなかった。

(いや、昭和金融恐慌って、ある意味近代日本初の金融大合併、金融ビックバンみたいなものよね。そう思えば、史実通り銀行の統廃合って事件を起こしたと言えるのかも)

 そう思うと不意に腑に落ちた。これも歴史の因果なのかもしれない、と。

 そして鳳ホールディングスだが、第一次世界大戦後、関東大震災後、その双方で経営の怪しい小さな銀行は沢山あるので、資金ができた頃から積極的に買収、合併は繰り返していた。
 ここまでは、他の体力のある財閥の銀行も似たり寄ったりだ。

 昭和金融恐慌があろうがなかろうが、小さく雑多な当時の日本の銀行は淘汰の時代でもあった。
 それが昭和金融恐慌で財閥集中が加速したが、今回の鳳の発表ではそれを人為的に見せる形で、買収と統廃合をしばらく伏せて貯め込み、今回の発表で公表している。
 他の財閥も多少はこの動きを知っていただろうけど、全部は知らない筈なのでかなり驚いている。多少話をしてある三菱にすら、全部は話していなかった。衝撃を受けて当然だ。
 だが、衝撃が続くのを無視して会見は続く。そういう段取りだ。

「また、主に鈴木商店の系列企業の不良債権処理を鳳FHCで進めると同時に、鳳と鈴木の業務提携、場合によっては企業の合併、統廃合を大規模に実施します。この場合、鳳の名を冠する予定ですが、現時点はまだ未定です」

 これだけ聞くと、鈴木商店は鳳銀行を機関銀行とする事で鳳の軍門に降っただけになる。実際そうなのだが、一族による支配ではないと、どれだけの人が気付くだろうか。

「そして全体としての名称ですが、『鳳企業集団』もしくは海外向けに『鳳グループ』と致します」

「鳳による鈴木の合併とどう違うんだ。そのものじゃないか!」

 記者の誰かがたまらず叫んだ。

(そりゃそうよね。実質そうだし。そう見えるだろう。けど、一応違うんだけどなあ)

 そうは思うが、今日の私はお飾りのお人形なので、舞台袖で100%ジュースを飲みつつ見物するだけだ。
 ちなみに、この時代に日本で財閥一族もしくは財閥同士による「持株会社」が普通なのは、私の前世で20世紀の終盤くらいに登場するようになる「物言う株主」が普通の時代だったからだ。
 前世知識やこの時代の常識や知識を総合してみると、どうやら前世の戦後昭和時代の会社と株主の関係の方が変わっている事が分かる。
 資本主義なんだから、株主は文句を言うものなのだ。

 そこで今回の改革では、あえて一部株式の公開と公募の実施を発表する。財閥の持株が多く、株式の非公開も多いこの時代に、それを一部改めると発表したので、またも場内が騒然となった。
 もはや「こいつら、何考えてるんだ」レベルだ。
 そこで殺し文句として、「欧米企業の基準に一部改める事で、資本を集中し、資金を集め、海外に打って出るためです」と説明された。

 もっとも、海外でもコンツェルン全盛だし、アメリカなんて「石油王」のように「なにがしの王様」が何人も、何一族も居たりするのだから、かなりアヴァンギャルドと言えるだろう。
 そんなアメリカからは、鳳の株式投資の成功から「東洋の投資王」と言う言葉が囁かれ始めているらしい。今回の発表は、その噂話に花を添えてくれる事だろう。
 などと思っていると、そろそろ私が花を添える時間になっていた。

「それでは、今回の「鳳企業集団」設立を祝い、鳳伯爵家ご令嬢、鳳玲子様から鳳金融持株会社初代社長 鳳善吉様、鳳財閥の新総帥 鳳玄二様、鈴木商店2代目 鈴木岩次郎様に花束を贈呈していただきます」

 拍手と共に、私はシズを連れて記者会見場の中央へ向かう。
 ものすごいフラッシュを浴びせられるが、マスコミの皆様に愛想笑いの一つも浮かべてあげる。これもサービスだ。
 そして、善吉大叔父さん、玄二叔父さん、鈴木岩次郎氏に、背後に控えるシズから供給される大きな花束を順番に渡していく。
 この順番が、これ以後の序列だ。
 けど、私の見るところ3人とも今ひとつだ。

 善吉大叔父さんは、堅実で隙のない手腕は確かだけど「華」がない。玄二叔父さんは、28歳にして財閥総帥就任で喜びと緊張がごちゃまぜの表情だけど、一族内での評価が芳しくないように主に能力面で力不足なのは間違いない。
 鈴木岩次郎氏の事はあまり知らないけど、鈴木商店は良くも悪くも金子さんのものだ。この人は、金子さんが誠心誠意担ぎ上げているお神輿である事を自覚しているようにも思える。

 そんな寸評をしつつ笑顔で花束を渡し終えると、最後に記者の皆様の方に向かって、子供らしく大きくお辞儀をしてやる。
 この後から記者からの質問を受け付けるが、花束贈呈のセレモニーは、一種のガス抜きだ。
 会見終了とともに質問を浴びせようと構えていた人達も、間を開けられてしまうことで多少は冷静にもなる筈だ。
 それに、幼女と他の多くの記者がいる場所で無茶をするバカは居ないという読みもある。

 そして私が下がってから記者からの質問が始まるが、ワンクッション置いても尚、怒涛のような質問、疑問、半ば文句が次々に浴びせられられ、質問は深夜にまで及んだと言う。
 しかし、これにより「鳳企業集団設立」は設立され、鳳財閥と鈴木財閥は財閥の新たな形態によって実質的な合併を果たした。

 これで鳳は、事実上三井、三菱、住友の3大財閥に並ぶ巨大財閥へと一気に躍進したのだ。

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外貨を元手に日銀券の発行増

この時代の日本は経済的に貧弱なので、財政の裏付けのない国債は間違っても発行できない。
下手をすると、大インフレをもたらしてしまう。
また「外資」は、ドルかポンド。第一次世界大戦以後、大抵はドルを指す。金本位制で黄金と繋がっている国の貨幣。
黄金は最も価値があるので、最大で3倍くらいの借金なり国債発行が可能となる。

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