■「悪役令嬢の十五年戦争」
■ 063 「陸軍のネームド達」
「少しばかりお時間宜しいでしょうか、玲子様」
「っ!!」
聞き覚えのある声に思わず強く反応すると、顔を向けた方向に軍人が3人ばかりいた。右端は西田だ。この大らかなツラに騙されてはいけない。日本を奈落の底に突き落とす革命大好き男なのだ。
「突然お声かけをして、誠に申し訳ございません。友人達が紹介して欲しいと言うので、声をかけさせて頂いたのですが、どうかされましたか?」
「い、いえ。なんでもありません。私に紹介して下さるのは、そちらの方々ですか?」
ちょっと訝しまれたけど、一瞬で取り繕ったので私の内心には気づかれていない。いや、西田への警戒はある程度気取られているみたいだけど、向こうは気にしていない。 というより、大人が幼女に群がるのを警戒した程度に取っているのだろう。そう思いたいところだ。
それに西田は、壮行会の最初の私への挨拶でもそうだったけど、やたらと丁寧だ。貴人の扱いに慣れているというのもあるのだろうけど、崇拝対象の一人をお兄様に変更した影響だと思う。 だが今は、紹介したいという二人だ。 うち一人は、前世の広大なネットの海で見覚えのあるイガグリ頭と丸メガネ。ネットの海で見た写真より若いけど間違いない。
「初めまして、服部卓四郎と申します。鳳龍也先輩には、幼年学校時代から良くしていただいています。先輩が話しておられた玲子様にお会いでき、光栄です」
私が警戒していない方も警戒対象だった。 いや、ある意味警戒は不要なのだけど、危険人物なのは間違いない。 それよりも、だ。
「自分は辻政信と申します。鳳龍也大尉殿との面識は薄いのですが、こうして親睦を深める機会を与えて頂きました。同時に皆様が話しておられた玲子様にお会いでき、感慨深く感じております」
「あの、服部様、辻様、龍也叔父様は、私をどのように?」
一応そう聞くと、二人よりも西田が半歩前に出る。 (ええい、お前はお呼びじゃない)という私の心の声をよそに、満面の笑みでちょっと怖い。 「ねえ、怪しい薬キメてない?」と聞きたいくらいだ。
「僭越(せんえつ)である事は重々承知しておりますが、鳳先輩、いや鳳龍也先輩の道筋を照らされたのが玲子様だという事を、自分が皆に伝えたのです」
(お前か! お前が原因か! しかも、危険人物ばかり引き寄せやがって!)
心は大噴火一歩手前だが、全身全霊でそれを封じて笑顔を向ける。
「以前お会いした時にもお話ししたかもしれませんけれど、幼く拙い私の戯言を龍也叔父様が最大限好意的に取り上げて下さっただけですの。見ての通り、私はまだ小学生ですもの」
「ご謙遜を。鳳の一族は神童、天才の宝庫と巷(ちまた)でも有名ですぞ。その次代を担う玲子様方のお噂は、既に知る人ぞ知るです。自分もこうしてお会い出来、それが真実だと確信させて頂きました」
「ええ、その通り。これからも鳳龍也先輩に、よきご助言、ご助力をお願いします」
辻が余計な言葉を添え、二人が頷く。西田ウザい。 て言うか、マジか。
(えっ? 私、ボロは出してないわよね。せいぜい虎士郎くんが音楽の才能を見せたくらいじゃないの?)
軽くかわいい感じに首を傾げて、一応聞いてみる事にした。
「何故、皆様は、私達をそれほど高く評価して下さるのでしょうか?」
「自分達は玲子様に、子供としてではなく対等、大人として接させて頂いております。そして玲子様は、自分達の言葉を完全に理解された上でお答えだ。しかも玲子様は、自分達がどう言う者かを最初から良くご存知のご様子。 あまり言うべきではありませんが、8歳の子供では非常に難しい事ばかりです」
3人が一瞬目配せしあった上、代表して服部が分析するように宣った。
(うん、その通りだよね。サンキュー超秀才参謀)
鳳の大人達や賢い子供達と話す事が多いせいで、世間とのズレの大きさをスッパリ忘れていました。 もう乾いた笑いしか出てこない。
「あ、アハハハ、鳳の教育が厳しいと小学校での噂を聞いた事はありますけれども、多分そのせいでしょう。いつも誰かに見られていると自覚しろと、お父様にも良く言われておりますの」
そう言い訳したけど、目の前の3人は全然私の言葉を信じてない。けど、年齢差から厳しくツッコムほど分別がないわけでないのは正直助かった。 辻も、幼女相手に流石に辻ムーブはしてこなかった。
なお、なんで辻が来たのかというと、辻が陸士首席で将来有望と陸軍内でも見られていて、西田が中心となって若手将校の有望な者に声をかけて回った結果だった。 軍に残っていようが、日本を変えようという布教活動に熱心なのは変化なし、らしい。
つまり今回は服部とセットだったんじゃなくて、西田が連れて来たんだ。さすが西田。危険物発見装置としては極めて優秀だ。この調子で、ハーメルンの笛吹きよろしく危険物をまとめて海に放り込んでくれないものだろうか。
それにしても、これからも派手に動くのなら、もう子供な事を隠れ蓑にする時期は過ぎ去りつつあるのだろう。ちょっと凹みそうになる。 だが世の中、さらに容赦無かった。
「やあ、玲子。済まないね、こんな大人ばかりの会に付き合わせて」
しばらく西田達デンジャラスな連中との軽快なトークを楽しんだ後、ジュースで一服している時だった。
「いいえ。素晴らしい方々ばかりなので勉強になります。それに、お菓子もいっぱいなので十分満足ですわ」
お兄様相手にお嬢言葉はあまり使いたくないけど、後ろにイガグリ&メガネが二人も居るとなれば、そうせざるを得ない。 しかも永田鉄山と東条英機、油断したら震えがきそうな組み合わせだ。けど二人とも、頭良さそうな顔に人好きのする笑みを浮かべている。 うん。こういう時は幼女で助かる。
「それよりお兄様、そちらの方々は?」
「俺が大変お世話になっている永田鉄山大佐と東条英機中佐だ」
「初めまして鳳玲子様。永田鉄山です」
「初めまして。紹介に預かりました東条英機です。鳳玲子様」
「こちらこそ、永田様、東条様、鳳玲子と申します。叔父がいつもお世話になっております」
この二人も私を幼女扱いする気はなさそうなので、相応に大人ぶっておく。 けど、相好を崩すって表情は変わらない。この年なら、普通にお父さんが子供を見る目線にもなるんだろう。子供がお澄ましして大人ぶって挨拶の一つもすれば、こうなるのはある意味普通の反応だと思う。 いや、思わせて欲しい。私の精神衛生上の為にも。
「それで龍也叔父様?」
だが、一応呼び水も忘れない。顔見せと挨拶だけならそれで構わないけど、公の立場上でのお兄様は無駄な事は極力しないからだ。家族と一緒の時や二人の時には甘くなってくれるけど、大勢の前でそういう事はしない。 超チートエリートな二人のオッサンも同じだろう。 そして予想通りだった。
「うん。まだまだ先の事だろうけど、玲子はいずれ鳳を背負う立場に立つだろう。このお二人も、いずれ日本陸軍、いや日本を背負って立たれる。だから、早めにお互いを知っておく方が良いと思ってね」
「お二人は当然と私も思いますけれど、私の事は買い被りですわ。私よりは龍一さんこそ、次の鳳を背負う立場ですのに」
「かもしれないね。だから龍一にはもう会わせてあるよ。ただ龍一は軍人を目指すから、経済や産業の事となると玄太郎か玲子になるだろう。玄太郎はまた後日となるから、こうしてお二人を連れてきた」
「龍也君はそう言っているが、純粋に私が玲子さんと話してみたかっただけだよ。よければ、小父さんのワガママを聞いてもらえるかな?」
真面目そうな人が、精一杯の誠意とお茶目さを見せているのを令嬢たる私が断れようはずがない。 だから満面の笑みで答えるしかなかった。
「そんな。こちらこそ、宜しくお願い申し上げます、永田様」
そしてその後、かなりの時間を日本陸軍最強の男とその舎弟と軽快なトークをする羽目になった。 けどこっちは、終始自分の発言に細心の注意を払いながらでの会話だから、めっちゃ神経がすり減った。 チート野郎達を嫌いになりそうだ。
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辻政信 (つじまさのぶ) 陸士首席だから頭はチート級。行動力と迷惑度は超チート級。 この時期(28年12月)に陸大入学。陸大同期に秩父宮がいる。 服部との経歴上での関係はノモンハン辺りから。