■「悪役令嬢の十五年戦争」

■  076 「クリスマス(1)」

 11/10に昭和天皇の「天皇即位礼」があった。
 鳳は伯爵家で一族当主が将軍クラスの軍人なので、式典に参列している。
 当たり前すぎるけど、子供の私に出番はない。参列すらしない。お父様な祖父から話を聞いて、新聞の記事を読んだ程度で知るのみだ。

 なお、先代の大正天皇が崩御された12月25日は、その翌年から「大正天皇祭」として国民の休日に、つまり昭和に入るとクリスマスが偶然休みとなった。

 日本人一般がクリスマスを祝う、もとい騒ぐようになったのは日露戦争頃からだという。私はてっきり、戦後すぐに進駐軍が騒いだのが発端くらいに思っていたけど、かなり違っていた。
 それはともかく、大正時代には定着してきたけど、転生してからの記録を調べた限りでは、大正時代はまだ子供の催しだった。教会での行事などが新聞で紹介されるなど、比較的普通というか大人しかったのだそうだ。
 ただキリスト教の生誕祭という宗教行事ではなく、「子供の日」、子供の行事として定着していった。
 日本にとっては、最初から宗教ではなく風俗だった。

 その後、第一次世界大戦のドイツ軍捕虜が日本各地に収容されると、彼らがドイツ風のクリスマス(などドイツの習慣)を日本に持ち込んだ。ラジオでも、クリスマスソングを流したりするようになった。
 一方で、帝国ホテルでクリスマスの晩餐会が贅沢に催されるなど、徐々に大人も加わる「祭り」と化していく。
 平和な時代だったこともあり、能天気に祭りは拡大していった。この辺りの日本人の感覚は、今も昔も変わっていないらしい。

 そして昭和に入ると、大正天皇が崩御された日が大正天皇祭となる。それでも崩御翌年は一周忌という事もあり、やんちゃな人達が少し騒ぐ程度だった。
 解放されたのがこの年、1928年だ。
 リアルタイムで追いかけて見ると、報道からキリスト教会の記事が消えて、大人の「祭り」となっているのがよく分かった。そして30年代に入るとさらに酷くなっていくけど、まあ今は28年。
 それでも色々調べて知った時は、昔も今も日本人全然変わってねーと思ったものだ。だから私の知る21世紀のクリスマスを演出しても問題ない筈だ。
 そして当然だけど、イブに楽しむのも問題ない筈だ。

「もう何回も見たけど、でかいなー」

「そりゃあ15メートルもある、特大クリスマスツリーだもんね」

 こういう時の第一声は大抵龍一くん。それに私が返して、他3人が続くことが多い。

「けど、すっごくキレー」

「うん。素敵だよね」

「やり過ぎだと思うがな」

「祭りなんだから、派手なくらいが良いのよ」

 そして玄太郎くんの辛口コメントに私が反論して締めるのも、なんだか様式美になりつつあるような気がする。
 そしてみんな喜んでくれたように、クリスマスイブの日の夕方頃、鳳の子供達は鳳ホテル前に設置された巨大クリスマスツリーに見入っていた。
 周りには同じような人がたくさん見物に来ているので、私達を守る鳳の使用人達が少しピリピリしているけど、少しくらいは許して欲しい。

 このクリスマスツリー自体は、12月1日に設置された。
 飾り付けは私が描いた絵も参考にしているので、可能な限り21世紀仕様だ。当然だけど、21世紀仕様らしく電飾やライトアップも忘れていない。
 流石にLEDはないし電灯も色々な問題から沢山つけるわけにはいかないけど、この時代としては十分派手に仕上がった。おかげで今や帝都の名物と化していて、このまま保存してはという話まであるそうだ。

 また、ホテル内レストランも完全なクリスマス仕様。各レストランは、クリスマス料理を出している。
 ホテル自体も、外を電飾で飾り、中もロビーには見上げるほど大きなクリスマスツリーが飾られ、お約束な飾りを各所にしている。
 ホテル従業員も、1週間くらい前からは私プロデュースなサンタ衣装をモチーフにしたサンタ帽を着用し、当日は子供に無料でお菓子を配る人などは、お馴染みのコスプレをしてもらう。
 このクリスマスの賑やかさは、開業間もない鳳ホテルの良い宣伝となった。

 そして私が驚いたのは、サンタはこの頃すでに赤かった。
 コカ・コーラの宣伝は確か大恐慌より後の話なので、青か別の色だと思っていたけど違っていた。念のため教会で聞いてみると、殉教者の為の祝日には赤い司祭服を着用するのだそうだ。それが19世紀の間に、欧米でサンタの衣装として定着したらしい。
 つまりコカコーラがサンタの衣装を赤くしたというのは、宣伝として利用しただけのようだ。だからこの時代でもサンタは赤い衣装だった。
 まんまと私も騙されていたようだ。やるなコカ・コーラ。今後も美味しく飲んでやるとしよう。

 ただ現時点では、私のよく知るサンタの衣装と違うし、昔の絵など見ても統一性に欠けているから、コカ・コーラの宣伝以後に統一されたのかもしれない。
 そして私が描いたのは21世紀のサンタさんなので、日本ローカルだけどコカ・コーラを先取りした事になるけど、気にする必要もないだろう。

「それで、なんで玲子がサンタクロース姿なんだ?」

 龍一くんが、クリスマスツリーに続いて私にまで突っ込みを入れる。頭の固いことだと嘆いても良いけど、ヒラリと一回転して見せてあげる。

「いや、そこは普通に褒めてよ。可愛いでしょう。特注で仕立ててもらったのよ」

 そう言って、21世紀風なヒラヒラのフレアスカートを両手で摘んで見せる。

「かもしれないが、子供でも足を出し過ぎだ。慎み持てよ」

 玄太郎くんも厳しい。これくらい許されても良い長さだと思ったのに。

「玲子ちゃんのお洋服可愛いよね。でもね、私は着ちゃダメってお兄ちゃんが言うのよ」

「当たり前だ。瑤子は、この変人のマネなんかしちゃダメだぞ」

「ボクは見てみたかったなあ。瑤子ちゃんのサンタクロース」

 3対2で私の勝ちだ。
 しかし男子唯一の票を入れてくれた虎士郎くんは、今夕、教会のイブのミサでその歌声を披露する事になっている。白い聖歌隊の服を着たら、本当に天使に見える事だろう。いっそのこと、背中の羽と天使の輪を付けたら良いと思う。
 ただ、私が聖歌隊姿の虎士郎くんを見ることはない。
 私がこの衣装なのも、鳳ホテルでのイベントの為だ。決して遊びで着ているんじゃない。だから少しくらい趣味を反映させても構わないと思う。
 けど、私が周囲の注目を集めているのは、単に小さく可憐なサンタクロースだからではない気がヒシヒシとする。

「ヘクチッ!」

 それに少し寒かった。

 寒さを避ける為ホテル内に入ると、中も私プロデュースの飾り付けもあってクリスマスムード一杯だ。ロビーからも別の入り口からも入れるレストラン街は今日はどこも満席状態で、夕方が迫っている事もあって人出も多い。
 私が参加する催しのある大宴会場は2階にあるけど、当然のように満員御礼だし、そもそも各客室も満室だ。
 更に言えば最上階の展望レストランは、紳士淑女の皆様の席で埋まっているとの事。21世紀と全然変わってない。

 そして今日のここに、レストランに来る親子連れ以外の子供の居場所はない。
 私以外の鳳の子供達も、今夜はそれぞれの家族と過ごす。龍也お兄様の家も、お兄様が今はドイツに武官として留学中なので、仕事にかこつけてこちらから家族水入らずを邪魔することを辞退した。
 お兄様がいて誘われたら断れなかったけど、奥さんの幸子叔母さんはそこまで強引に私の事を構わない。それが普通だからだ。
 玄太郎くん、虎士郎くんの父親の玄二叔父さんは、私など存在しないように扱ってくれる。二人にも、私に近寄るなと口酸っぱく言っているそうだ。
 まあ、こっちも玄二叔父さんのところに行きたくない。

 それに私には、今晩行くべきところがあった。

前にもどる

目次

先に進む