■「悪役令嬢の十五年戦争」

■  077 「クリスマス(2)」

「メリー・クリスマス!」

 部屋にいた全員が、私の方を向く。そして1人を除いて全員に驚きの表情が張り付いていた。

 場所は鳳学園に隣接する小学生寮の一室。もう2学期の終業式の後なので、ここに残っているのはお正月も帰るところのない子供達。
 鳳学園の小学生全員だと、1学年平均100名ほどなので相当な数になる。けど、寄宿舎住まいは全体の約2割。さらに年末年始ともなると、多くの者が帰郷する。だからこの時期は、全体の一割以下の人数しか残っていない。
 そして古びた木造二階建ての小学生寮は、低学年と高学年に建物が分かれていて、私が出向いたのは低学年の方。残っている人数は、せいぜい20人ほど。
 そして時間は、夕食が終わってこれから自由時間といったあたり。寄宿舎の管理人に事前に連絡して、こうして食堂に集まったまま待ってもらっていた。

「メリー」

「め、メリー・クリスマス?」

 一人の例外の返事を切っ掛けに、他の全員もぎこちなく同じ言葉を返す。中には直立不動で最敬礼な子までいる。
 そうした中で淡々と動き始めたのも、私に動じなかった白銀の髪の持ち主だ。その子は頭良すぎなので、多分気づいているだろうとは思っていた。だから私も、いつも通りに振る舞う。

「ありがと」

「お疲れ様」

 お互いに挨拶しつつ、彼女、お芳ちゃんの用意した椅子に腰掛ける。
 その間私に付き従って来たシズと数名のメイド達が、持って来たものをテキパキと用意し始める。
 そして本当は、この為にサンタドレスを用意したのだ。この子達のサンタクロースとなる為にという私の内心での言い訳を満たす為に。

「玲子様、今晩はどのようなご用でしょうか?」

「みんなとクリスマスパーティーを楽しみに来たの。お邪魔だった?」

「い、いえ、とんでもありません。それじゃあ、この料理や、その、見たことのないお菓子は?」

 みっちゃんが、私の側まで駆け寄るようにきて問いかけるけど、周りへの説明の為にもこの子とのやり取りは便利で良い。
 それにひきかえ、同じように私の側に来た輝男くんは、相変わらず無言だ。みっちゃんが聞いている以上、自分が重ねて聞く必要もないと考えているんだろう。無口キャラなのも無駄口を叩かないからだ。

「今日はクリスマス・イブだから、みんなと一緒に食べようと思って」

 鳳は抱え込んだ孤児や身寄りのない子を、それなりに大切にする。特に衣食住には気をつけている。お正月には、おせちとお雑煮どころかお年玉まで用意している。
 けど、流石にクリスマスケーキやらパーティーまでの支給はされない。だから私はケーキやお菓子、ジュースといった類を余るほど持って来た。
 そして同じものを学園の寄宿舎に残っている、すべての学生達に届けさせてある。だから、少し離れた別棟の寄宿舎からは、歓声も聞こえてきている。

「なぜですか?」

 輝男くんが、メイド達によりテキパキと準備されるテーブルを見つめつつ、私に問いかける。
 合理的だから理解できないと言った感じだ。完全な無口キャラになるには、まだまだ修行が足りていない。

「私、今日は家で一人だから、みんなと騒ごうと思ってね」

「お嬢様には、一族の方々がいらっしゃいますよね」

「大人は今夜は接待で忙しいんだよ、輝男。ねえ、お嬢」

「お芳ちゃんが正解。今年は大人もクリスマスを派手に騒ぐし、鳳は以前からクリスマスは大人のお付き合いがあるのよ。
 もちろん、屋敷にはシズ達がいてくれるけど、彼女達も住み込み以外は家に返すから、毎年屋敷が静かなのよね。それに、仮に大人達が居てくれても、年寄りだけじゃあ騒げないもの」

「なんで去年は来なかったの?」

「……思いつかなかった」

 お芳ちゃんの質問に私が正直に答えるも、お芳ちゃんのいつものシニカルな笑みは収まらない。淡い色の不思議な色合いの瞳も、面白そうに私に注がれている。
 一方の輝男くんは、まだ少し不思議そうに私を見ている。

「そりゃ、去年はさぞかしお寂しかった事でしょうね」

 いつもと違う言葉を少し煽り口調で言ってくる。けど、私にこういう風に言ってくれる人は殆どいないので、不快になるより心地いい。
 だからちょっと拗ねておく。

「そうよ。お金で心は満たされないのよ」

「今や何でも買えるほどお金があるのに、残念な人だ。・・・仕方ない。じゃあみんな、今夜はこの残念な人の為に騒いでさしあげよう!」

 お芳ちゃんが少し大げさな身振りでみんなに訴えかけるも、皆んななんだかんだで行儀と鳳への忠誠を仕込まれているので、どう対応していいか分からないでいる。

「分かりました」
「は、はい?」

 すぐに返事があったのは輝男くんの平坦な声と、みっちゃんのやや理解してない感じの声。けどそれ以外は、互いに目線を交錯させていてまだどうしていいか迷っている。
 ただ、学年や学級が私と違う子も多いから、混乱するのは仕方ない。

(これは私が一声かけるしかないか)

 内心でみんなとの距離を実感し、口を開こうとする。
 その時だった。

 一人また一人と小さな声だけど返事を返し始める。そうするとお芳ちゃんがさらに煽る。

「んんーっ? お嬢が声が聞こえないと仰せだぞ!」

「「はいっ!」」
 
(まあ、普通の小学校低学年ならこんなものよね)

 みんなの言葉に、指導教官の役目を自ら果たしたお芳ちゃんが、私に視線を寄越す。これくらいで勘弁してやってくれ、と言う事なのだろう。
 だから私は視線を一瞬向けた後で、みんなに笑顔を向ける。

「今日は無礼講よ! 喧嘩と暴力以外は何でもあり。騒ぎましょう! 騒げないって子がいたら、命令しに行くわよ!」

「「は、はい!」」

「いい返事ね。じゃあ、みんなでゲームをしましょう。まずはビンゴゲーム! やり方は教えるから、ビンゴした順にクリスマスのプレゼントも用意してあるのよ」

 ビンゴは頼んで作ってもらった箱の中からカードを取り出すタイプのものだけど、みんなの喜ぶ顔を見ていると、この年のクリスマスイブは賑やかに過ごせそうだと思った。

 そして予想通り羽目を外して楽しめた。

 けど、翌日のクリスマス当日、イブの夜に騒ぎすぎた上に興奮してあまり眠れなかったので、諸々のお仕事が大変だった。
 学校は祝日で休みだったけど、寄付した各教会、キリスト教関連施設への各宗派への挨拶、恵まれない子供へのプレゼントを渡すセレモニーの出席などが怒涛のように待っていたからだ。
 これも鳳が、ミッション系でもないのに教会、キリスト教を重視している一環で、この日は鳳の他の子供達も他の場所を回った。

 もっとも、全てを終えて疲れ果てた頭で思ったことは、『そうだ、イチゴのハウス栽培をしよう。そうしたらクリスマスケーキにイチゴが間に合う!』と言う、半ば現実逃避だった。

 クリスマスケーキに赤い色がないのは、やっぱり少し寂しいと思う。


 
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ビンゴ
元々は「ビーノ」と呼ばれていたそうだ。
一説では1929年のアメリカで、初めて「ビンゴ」に変化したらしい。
もしそうなら、主人公はここでも歴史を先走っている事になる。

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