■「悪役令嬢の十五年戦争」

■  114 「豪華客船(1)」

「これっ、一回してみたかったのよねーっ!」

「危のうございます、お嬢様!」

「えーっ、凄く気持ちい良いよーっ!」

「姫は無邪気でいらっしゃる」

「いや、流石に馬鹿だろ?」

「……全くだが、良いんじゃないか?」

 私は今、豪華客船オリンピック号に乗っています。
 この船、あのあのタイタニック号の姉妹船。
 それならば、やるべき事は一つ。
 というわけで、外洋に出て速度が出るまで待ってから船の一番前で「あのポーズ」をしてます。
 お相手は、私を馬鹿呼ばわりした紅龍先生に振られたので巨漢のワンさん。体格の差があり過ぎて、私は添え物のようだ。

 などと脳内解説をしているが、まあこれくらいしないと気も晴れない。そしてここに立って分かった事は、気が晴れるより純粋に怖い。こんな細い船首で強い横風とか来たら、あっという間に風に掻っ攫われそうだ。
 もっとも、船自体が速い速度で海を進んでいるので、むしろ後ろに押し戻されそうになる。船の先端に来るまでも、かなりの苦労をさせられた。
 後で聞いたが、速力は21ノット、時速40キロメートル程度らしい。そしてずっと同じ速度でぶっ飛ばし、6日ほどでニューヨークからイギリス西部の港サウザンプトンへと到着する。

 部屋の方は、成金らしく一番高い一等特等室(風呂付きとなしがあるので、当然風呂付き)をとったけど、船賃は飛行船よりお高かった。しかし部屋はまるで王侯貴族の寝室だ。
 それもその筈で、就役した頃の(第一次)世界大戦の前は、貴族社会の仕来りやマナーにより単なる金持ちは部屋を取ることすら許されなかったものらしい。
 その影響で、お付きを隣の部屋にという事はマナー的にも出来ず、また船に乗っている間は特に用事のない使用人も多いので、私と紅龍先生それぞれの部屋以外は、部屋だけは二等船室を取った。
 しかし最低限の護衛とシズは、就寝時以外は私に連れそう。また船会社、船長と話しを付けて、護衛の同行と配置を特例で認めてもらっていた。
 そして使用人と護衛の大半は半ば休暇配置にした。

 ちなみに、私だけが少し残念に思った事に、オリンピック号の船室はタイタニック号と違う点があった。
 タイタニック号にはさらにグレードの高い特等室が2部屋だけあったらしく、どうやらその部屋がタイタニック号を題材にした映画の中で最もヒットした作品でヒロインが使っていた部屋のようだった。
 また、この船の一等室はプロムナードデッキが外側にあるので、そこまで出ないと海を直接見る事ができない。ちょっとガッカリだ。

 なお、欧州行きは私と紅龍先生、それにシズ、八神のおっちゃんとワンさん、あとは私と紅龍先生のお付きの人と、私達の護衛の人達でお終い。
 時田とセバスチャンは、太平洋ルートで先に日本に戻った。
 私達は、紅龍先生がフレミング博士にお祝いを言いに行くという建前で、ヨーロッパを経由して世界一周する形で日本にゆっくりと戻る予定だ。
 紅龍先生がノーベル賞を逃したし、欧州へ行くのは当初の予定に無かったので、比較的のんびりした旅の予定だ。

 うまくいけば、ドイツに留学中の龍也お兄様に会えるかもしれない。
 そしてうまくいけばと言うように、今回のヨーロッパ行きは突発自体という事になっている。アメリカの株価暴落で商売どころでなくなったので、浮いた日程を観光で消化するという流れだ。
 まあ、半ばアリバイ作りと言えなくもない。
 それでも、この船に乗ったのは大正解だ。

「いやー、堪能したわ。ありがとうワンさん」

「なんの。豪華客船にあのような楽しみ方があるとは、何時もながら感服致しました」

「ワン、感服するな。それで姫、この船では何を?」

 まだ聞いてないぞ、という八神のおっちゃんの視線が少し厳し目だ。護衛としてよりも、何をふざけているのかと聞きたいのだろうか。

「船はただの移動手段よ。タイタニック号じゃああるまいに、逆に何かあったら困るわよ」

「フムっ、本当にないんだな? 要人と密談や、貨物室に何かを運んでいるとか?」

「あー、そっか。突然の旅行だから詳しい事は聞いてないんだったよね」

 私の少し申し訳なさげな声と表情に、八神のおっちゃんが「やっとそこに気づいたか」と言いたげな視線を突き刺してくる。
 外見に似合わず仕事熱心すぎだろ。

「本当にないわよ。秘密もなし。突然のことだから、私をどうこうしようってお馬鹿さんも、悪さをしようもないんじゃない? シズが調べた限り、乗客の中に怪しい人はいなかったそうよ。だから乗る前から言ってるでしょ。交代で自由にしてもらっても良いって」

 その言葉を受けて、シズが静かに二人にお辞儀する。
 色々知っているシズには、事前に色々と手回ししてもらっている。
 そして私の言葉に、八神のおっちゃんがようやく表情を緩める。

「では、しばらくは羽を伸ばさせてもらうとしよう。ワン、今日は頼むぞ」

「今日と言わず、ずっとでも良いぞ」

「ダメよワンさん、休暇を取るのも仕事のうちだからね」

「ご配慮痛み入ります。では本日は、私めが護衛を務めさせて頂きます」

 その言葉を聞きつつ、八神のおっちゃんは手をヒラヒラとさせて何処かへと消えていく。
 護衛の責任者の八神のおっちゃんとワンさんは、一等船室のエリアに入る事ができるのでこの船なら退屈はしないだろう。

「じゃあ、私たちも行きましょう。まずは腹ごしらえよ。みんなで食べましょう!」

「はい、お嬢様」

「ご相伴承ります」

「うむ、飯に行くか」

 船内での二人もそれらしい貴人の格好をさせているので、こうしていると親子とはいかなくても、それなりの一行には見えるだろう。
 紅龍先生についても抜かりない。
 そしてこの船に乗ってから、私も少しワクワクしていた。
 ニューヨークでの滞在が憂鬱だったので尚更だった。この船のチケットが取れて、飛び上がって喜んだほどだ。

 オリンピック号は3姉妹の長女で末娘のタイタニック号の方が豪華だけど、この客船も十分以上に豪華だし内装の大半はタイタニック号と同じだ。
 乗客用区画と施設の大半が一等船室用という差別があるが、お値段を考えると相応のものになる。
 そして建造された時代を思えば、色々と先取りしていた。
 全長約270メートルと大和さんよりほんの少し長いが、幅は28メートルとスリム。その中は10階建になっていて、まさに動くリゾートホテルだ。

 中には、運動不足解消の為にテニスルーム(昔の室内競技用)や運動ジムがあるのはこの時代の他の豪華客船も似たようなものらしいけど、船内の下の方には屋内プールまで用意されている。プールは別に屋外にもあり、船尾の方のデッキに設置されている。
 そして屋内プールの横にはトルコ風呂があるけど、密室に熱気を充満させる乾燥浴を行うもので、広いサウナのようなものだ。戦後昭和の時代にあった如何わしいものでは断じてない。

 また暇つぶしと言うのなら、紳士の皆様の為の広大な喫煙室に始まり、ビリヤード台があったりカードゲームなどをする娯楽室、談話室、図書室、そして広いラウンジがある。
 このラウンジが広いのは当たり前で、ラウンジが一番の上流階級の皆様の社交場だ。その気になればダンスも出来る広さだけど、豪華な絨毯が敷かれているように、ごく普通に寛ぐ場所だ。
 前世の記憶で見た何かの話ではダンスホールになっていて、そしてここで踊ろうと言う人などの為にドレスなどの衣装レンタルもあったと記憶してい他けど、どうやら違ったらしい。
 それにタイタニック号でも有名な楽団も一等食堂に簡易編成の人達が居た程度だから、ダンスパーティーは無理だろう。

 変わった部屋としては、筆記室と理容室がある事だろうか。他にも、自前の服でも調整してもらえたりする。もちろんだが、船内売店もある。
 あとは、郵便と手荷物を扱う場所もある。上流階級は、とかく荷物が多かったりするからだろう。
 そして旅の一番の楽しみといえば食事だが、一等船室のレストランは一箇所じゃない。船体の左右いっぱいに使った広い一等大食堂以外に、見晴らしの良い場所にもう一つ、さらに外に面した場所にはベランダカフェもある。
 そして甲板上のデッキは広く開放されているので、欧米人が大好きな日光浴が行える。

 なお、私達がとった風呂付きの一等特別室は船の前の方にある(船の上層は大半が一等船室の区画だ)。一方で大食堂は上から数えて5層目の真ん中あたり、他のレストランは後ろの方。各施設は、それこそ船内各所に置かれている。
 それでも船体内の前や後ろ、さらには下の方にある二等や三等の客室に比べたら全然問題はない。

 とはいえエレベーターはないので、超ゴージャスな大階段を降りて船体中央部を目指す。
 この大階段、船の前後二箇所あって宮殿のような豪華で仕上げられている。天井は総ガラス張りな丸いドーム状の天窓だ。
 時代を考えれば、高級ホテル以上の贅沢さと言える。
 そして一等船客専用の絢爛豪華なレストラン「アラカルト」も、期待を裏切らない贅沢さだ。

 そして一斉に注目された。
 アメリカ同様、派手な振袖はガキが着ていても十分目立つ。シズに手伝ってもらって勝負服の振袖に着替えた甲斐があったと言うものだ。
 それに一緒に来た紅龍先生とシズ、ワンさんも十分に目立つ。男二人は、白人視点からでも大柄だし、紅龍先生は日本人にしては濃いめの顔立ちなのでタキシード姿になると日本人離れしている。
 ワンさんはいかにも東洋系の顔立ちだが、とにかくガタイがでかいフィジカルモンスターなので、スーツを着こなしているのにその下の筋肉が存在感をモリモリ示している。こうしていると、アスリートっぽい。
 シズもいつものメイドスタイルではなく、この場に相応しいフォーマルなドレスで化粧も万全にさせてあるので十分に生える。と言うか、普段はあまり化粧もしないので、予想以上の美人ぶりに私ですらちょっと驚かされた。

 そしてそんな4人だが、他の使用人が諸々の手続きや手配をしてくれているので、流れるようにレストランのボーイに案内されて特等席へ。
 東洋の小国の有色人種であっても、莫大な富を持つ上流貴族とあっては、誰も粗略に扱う事などしない。それに船長以下、最初からチップ付きで言い含めてある。
 多分と言うか確実に、アメリカの上流階層からもそれなりのメッセージも伝えられている筈だ。
 だから他者の目を気にする事なく、四人で優雅に夕食を取る。

「ワンさんって、前に一族とか言っていたけど、やっぱりその一族を率いる人なの?」

 ワンさんのスーツ姿もそうだが、食事など諸々のマナーが万全なので思わず聞いてしまった。
 それにワンさんは、片眉を上げて済まして答える。

「私など、平原の田舎者に過ぎません」

「田舎者は西洋のマナーに通じているとは思えないんだけど?」

「これは敵いませんな。御察しの通り、地元ではそれなりの出になります。しかし、こうして外に出ると、自らの卑小さに身が縮む思い。それに引き換え、姫はどのような方にも堂々と立ち向かわれ、この王(ワン)破軍(パイジン)ますます姫に惚れ込みましたぞ」

 そう言って破顔する。そしてその笑顔で思い出した。そういえばこの人、ゲームキャラだった。
 大陸のマフィア関連で出てくる北斗七星なキャラ名の人の一人だったけど、マフィアがらみじゃあないのは何故なのかと色々考えさせられる事はある。
 だけど、なんとなくフィーリングの合う人なので、話していると面白い。

「そんな事言って、故郷に良い人いるんでしょ? て言うか、結婚してるわよね?」

「これは益々敵いませんな。実は姫より小さい息子と娘がおります。いずれ、目通りさせて頂く事になるかと」

「えーっ、幾つ? 見たい、じゃない、逢いたい!」

「こら玲子、雇い主が勝手な事を言うもんじゃない。命令になるぞ」

「あ、ごめんなさい、ワンさん」

「勿体無いお言葉。お言葉を聞かせるだけで、我が子らも喜びましょう」

 そんな感じで、和気藹々と食事も進む。
 鳳本邸の屋敷での食事はあまり話し相手がいないので、学校の給食以外だとこう言う機会は貴重だ。この旅では常に誰かと賑やかに話しながら食事をしていたが、気心が知れている人ばかりなのが嬉しい。
 そうして夕食は楽しく過ごしたが、その後上層のラウンジでちょっとしたハプニングがあった。

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オリンピック号
タイタニック号の姉妹船。3姉妹のうち沈まなかった唯一の船。
速度より豪華さを重視したゴージャス3姉妹の長女。
客船というより現代のクルーズ船の先駆けとも言えるらしい。
なんと、WW1でUボートを返り討ちにしている。

就航1911年6月14日 1935年引退
総トン数 45,324トン 全長 269.0 m 全幅 28.2 m
速力 21ノット

タイタニック号にはそれなりに思い入れがあるので、ちょっと書きすぎました。
オリンピック号は幸運船ですが、悲劇の豪華客船は人を惹きつける何かがありますね。

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