■「悪役令嬢の十五年戦争」

■  122 「戦争屋との歓談(2)」

「悪くなります。もし可能でしたら、チャーチル様に出番が回ってこない事を祈るばかりですね」

 チャーチルへの私からの歴史を見た上での言葉を紡ぐにあたり、少し演技がかった言葉を選ぶ事にした。

「私に回ってこない、か。それは興味深い」

 悪くなると断言した事を無視して、違う言葉に笑みを向ける。
 けど、やはりチャーチルだと思えてしまう。

「はい。ですが、全く他意は御座いませんので」

「ああ、勿論分かっているとも。しかし、私に出番が回る事態が訪れるかな? 何しろ選挙に負けたばかりの身だ」

「しばらくは雌伏の時が続くかと。来るとしたら10年ほど先でしょう。5年ほどしたら、チャーチル様を呼ぶ暗雲が見えてくるとは思います」

「なるほど」

 そう言ってチャーチルが、かなり深く頷く。
 ちょっと怖いので、つい釣られて言葉が出てしまう。

「何か?」

「ここまで先が読めるとは。まさに予言だ」

 チャーチルは、そう断言した。
 そしてニヤリとどうにでも取れる笑みを浮かべる。そしてその笑みから少し間を置いて、私に軽く指を突きつける。

「それでプリーステス(巫女)は、私に対するように他でも色々と言って回るのかね?」

(私が預言者気取りだと言いたいのかな? いや、煽っているだけよね。これって)

 この人と話していると、何となく頭の芯が冷めてくる。
 そう誘導しているのだとしたら、さすがはウルトラ・ネームド。最強のボスキャラの一人だ。
 確かに歴史を作るのはこう言う人なのだろうと、心から感じてしまう。だからこそ、本当の事を話そうと思えた。

「いいえ。聞いてもらえないのは、日本でもアメリカでも理解しました。私個人としては、行動あるのみだと認識を新たにしたところです」

「行動あるのみ。実に良い言葉だ。ではなぜ私には言葉を?」

「言っても無駄なお方だと思ったからです」

「ハハッ。そりゃ良い!」

 なんか、今日一番嬉しそうだ。しかも楽しげに笑っている。
 こっちは神経すり減りっぱなしだと言うのに。

「ええ、本当に。無駄だと分かるからこそ、気兼ねなく言葉を叩きつけられます」

「うん。実に良い。それで、その基準は? そこを是非伺いたいもんだ。対面した者の信念か何かを見抜けたりするのかね?」

 何が良いのか私には分からないが、まあそれで良いんだろう。
 そう思いつつ私の口からは自然と言葉が出てくる。

「いいえ。見えたら苦労しません。ですけど、信念なんて自分で言うような馬鹿な方には言いません。それこそお話しても無駄ですし」

「ならば何かな?」

「まず何より、私などが敵う筈のない人ですね。それに先が見えていて、頭が良くて、行動力があって、自分の行動に疑いを持っていない人です」

「それに私が当たると?」

「チャーチル様の場合、不屈の闘志もお持ちだと思っています」

「おおっ、これは良い事を言って下さる。他の事はあまり自信はないが、その一つには少しばかり自負がある積りだ。しかし、基準が些か高いようだな。話したものは多くはないのでは?」

「何であれ歴史を動かすだろうと私が思った方の中では、チャーチル様でお二人目です」

「たったの二人?! して、そのもう一人とは?」

「名は明かせませんが、私の言葉を面白がるばかりで、本当のところはご理解いただけませんでした」

(石原とか言う、先の見えすぎるオッサンだけどね。あの人に権力があったら、本当に何をするんだろ?)

 つい、1年ほど前の事を思い出す。それが顔に出ていたらしい。

「そのもう一人は、面白そうな御仁のようだな」

「そう、ですね。頭がキレすぎるくらいキレる人ですが、足元が少し見えていないように思えました。チャーチル様とは少し違う資質をお持ちの方だと思います」

「そのようだな。私は万人を圧倒するような頭のキレなど持ち合わせていない。しかし、そんな私を必要とする時代が10年で来ると?」

「来ない方が良いと本当に思います。誰も幸せにはなりませんから。けど、撃鉄は起きてしまいました」

 少し強めに言葉を重ねる。
 それが通じたのか、チャーチルは強めに首を縦に振る。

「確かに撃鉄は起きた。いや、私の場合は起きたと言う事を、今体感的に知った思いだ。今の所、誰もが楽観論を言うか、口を濁すだけだった。ありのままを伝えてくれて感謝する」

「殆ど何も言っていないと思いますが?」

「これ以上ない言葉を聞いたよ。あなたが言うところの馬鹿が聞けば、予言などと思うやもしれんがね」

 そう言ってニヤリと笑う。
 けど、私から出るのは小さな溜息だ。

「ですから、滅多には言わないのです。それに私は、チャーチル様にお会いする気は全くありませんでした」

「それはアーサー王の思し召しだな。あなたがここに来なければ、私もここには来なかった。だが、我らが祖先には、大いなる感謝を。
 それで、私にとってのサクソン人はどこのどいつですかな? やはり赤いイワン? それともフリッツ? フロッグや植民地人と言う事はないか。それとも?」

(それともは日本って事? まあ、私の前世だと日本も含むけどね)

 なんだか面白がると言うより少し煽ってきているので、ちょっと考えるそぶりを見せておく。
 この人に伝える言葉は、当人が言った言葉しか思い浮かばないが、それを簡単に言ってやるのも何やら少し癪(しゃく)に思ったからだ。

「分からないのかな?」

「……国や地域までは。ですが、それを倒す為ならば、チャーチル様は悪魔とでも手を組むかもしれません」

「悪魔とでも手を組む? 私がコミュニストどもと手を組まねばならんほどの敵が? こればかりは皆目見当がつかないな。他に何か?」

 首をゆっくり横に振っておく。これ以上は無用だと感じたからだけど、煽り過ぎても意味がないとも思ったからだ。

「分かりません。ですけれど、今回のアメリカを震源とする混乱は、世界中を暗い影で覆い尽くす筈です。だから、既に存在するものではない何かが、世界を大いに苦しめると私は予測しています」

「フム……」

 何かを言っているようで何も言わないように気をつけつつ言葉を続けたけど、チャーチルは深く考え込んでしまった。
 そして数分経過しただろうか、私が二度ほど目の前の冷めた紅茶に口をつけた後だった。

「雲を掴むような話だな」

「私にも何かは分かりませんので、説明のしようがありません。申し訳ありません」

「いや、何となくだが言いたい事は分かる。確かに未曾有の混乱は訪れると私も見ている。それでプリーステスは、どう行動される?」

「日本を少しでも良く出来るよう努めます」

「もう少し具体的に言って頂けると参考になるのだが?」

「私は財閥の娘です。であれば、する事は一つ。少しでも日本の産業を発展させ、万が一の事態に備えます。そしてこの国と違い、我が祖国はまだまだ途上国ですから、私のような者でも出来る事は幾らでもあると考えています」

「剣を鍛える準備か。確かに必要かもしれん。もっとも我が国は、国民の怯えた心を10年かけて何とかしないといけないだろう。そして怯懦を捨てなければならない時、それが無理な時にこそ私の出番なのかもしれんな」

(凄い。全部分かっているんだ)

「ん? 私の顔に何か付いているかな?」

 私が妙な表情でも浮かべていたんだろう。チャーチルが面白がって尋ねてきた。
 そして私言える言葉はこれしかなかった。
 「チャーチル様の方が、私より預言者に向いておいでかもしれません」と。

 そう言うと、チャーチルが破顔した。

「私に『war monger(戦争屋)』以外の才能があるとは、意外な発見だ」

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