■「悪役令嬢の十五年戦争」
■ 123 「西ヨーロッパ横断」
「ねえ、レーコ。これはどう言う風になっているの? これも、ずっと聞きたかったの!」
「えっと、それはこうなっていて・・・いや、こうだったかな?」
「それじゃあ分からない。もっと、展開図にして下さらない?!」
「えーっ!」
皆さま、こんにちは。 不意打ちのチャーチルとの対決を終え、私にとってのイギリス旅行も一通りチェックポイントもクリアしたので、ドーバー海峡を押し渡りヨーロッパ本土へとやって来ました。 チャーチルって、ほんと何で私に会いに来たんでしょうか。まあ、それも過去の話。心機一転でいざ花の都パリへ。 そう思ったのに、落ち着く暇もなくココ・シャネルに突撃を受けいます。 そう、あのシャネルです。女子的には、もはや最強英霊とすら言える人ですが、もはや私にとっては五月蝿いおばさんに格下げです。心の奥底でババア呼ばわりになる日もそう遠くない気がします。
内心で思わずモノローグを語ってしまいそうになるが、本当に訳が分からない。 私が私の為に日本で広げようとしていた21世紀のファッションの「ごくごく一部」を、なぜかココ・シャネルが手に入れていた。そしてそれに強くインスピレーションとかカルチャーショックとか色々受けたらしい。
「ジャポネにはこんなに奇抜なデザイナーがいたの?!」
と言ったとか、言ってないとか。 まあ、時代の違う産物だから、そう思っても不思議じゃあないとは思う。 けど、日本でまだ広まってもいないし、中には私が作ってもらってもいない服のデザイン画を、何でココ・シャネルが手に入れているのか、本当に訳分からない。 そして描いた中には結構うる覚えや適当なやつもあったのだけど、私的には「こんな感じでよろしく」的にモチーフとか元ネタくらいに思ってくれれば良い程度のものが、ココ・シャネルの心にヒットしたらしい。全部じゃないので助かっているけど、そうした私が適当に済ませたもののツケを、何故かパリの高級ホテルのスイートで払わされている。
そして女同士の話なので、紅龍先生は早々に逃げ出した。護衛も八神のおっちゃんも、紅龍先生の護衛と言ったが間違いなく逃げた。ワンさんは律儀にいてくれるが、まるで仁王像のように一言も発しようとはしない。 て言うか、シズですら静かだ。いつもの十倍くらい静かだ。まるでマネキンかオブジェと化したように感じそうなほどだ。
それもこれも、このおばさんが騒がしすぎるせいだ。 「ねえ、聞いて下さる?!」な勢いで、言葉が流暢なフランス語なだけで、超弩級にうるさいおばさんだ。
それで、どうしてココ・シャネルが、私のデザイン画はともかく私の所在とか知っているのかと思ったが、後で知ったのだがチャーチル繋がりだった。 あのジジイ、私を売ったに違いない。て言うか、ココ・シャネルが英国貴族と関係深いなんて、オタク女子が知る訳ない。私が歴女でも、近代ヨーロッパは守備範囲外だ。マジで欧米の上流階級は恐ろしい。 有名投資家からチャーチルにつながり、今度はココ・シャネルだ。次はドイツだって疑いたくなる。ドイツといえば、早くお兄様に会いたい。 そんな現実逃避をしつつ、シャネルおばさんもといココ・シャネルの相手をさせられている。
「あの、シャネルさん、私パリで観光をしたいんですけれど?」
「ハアっ? パリをぶらつくより、あなたは世界中の女の為にするべき事あるのよ。もう少し付き合いなさい!」
「あ、ハイ」
あまりのワガママぶりに、思わず気圧されてしまう。 しかも容赦無く続く。本当に、本物は馬力が違うと感じ入るより他ない。
「そんな事より、この服なんですけれど、縫製が今ひとつしっくりイメージ出来ないのよね。実際仮縫いくらいしたいんだけれど。あっ、そうだわ、私の工房に来ない? いいえ、来なさい。来るべきよ。いっそのこと、一生雇ってあげるわ」
「……あの、私、あなたより随分お金持ちなんですけれど?」
「えっ? そうなの? そう言えば、ウィンストン卿のお知り合いですものね。東洋人でも貧乏って事はないわよね。ごめんなさいね。東洋人だとどうしても、植民地の人だと思ってしまいがちで」
「いえ、気にしていません。それと警備上の問題もあるので、観光以外は他の場所にはいけないのです」
「あらあら、まるでお姫様ね。けどあなた、東洋人にしては美人になるわよ。肌も白くて綺麗だし、もう少し顔の彫りが深ければヨーロッパでも成功できたのに。惜しいわねえ」
「ありがとうございます」
澄また顔でお礼を言っておくが、この人、結構普通に天然でディスってくる。この時代の普通の白人の反応なんだろうけど、他意がないだけにこっちの感情の処理に少し困る。 それでも駆け引きゼロで生の感情をぶつけてくれるのは、少し嬉しくもある。私に普通に接してくれるのは、せいぜい従兄弟たちくらいだ。一族以外だと、もしかしたら初めてかもしれない。 だから私も、この少し我儘で奔放で自由な美の巨人に付き合うことにした。
そんな事を思ったのだが甘かった。 パリに到着してから一週間と言うもの、私達がチェックインしたホテルのスイートから身動き一つさせてもらえなかった。 そして全てをやり切り、お互いロングソファー寝転がる。
「レーコやるわね。私にこれだけ文句言ってきた東洋人は、あなたが初めてよ」
「ココこそ、私をここまでコキ使ったのは、あなたが初めてよ」
「そういえば、お金持ちだったわね。良いわ、あなたが売ってくれるなら東洋での販売権をあげる。東洋じゃなくて日本だったわね、日本の女性を綺麗にしてあげて」
「うちには商社があるから、そこで扱わせるわ」
「ええ、後でうちのスタッフと、その辺の話はしてちょうだい。それとまた今度、そうね大人になったらいらっしゃい。もっと綺麗にしてあげるから」
「ええ、楽しみにさせて頂くわ」
いい加減切れた私が時間を切ったせいで、後半2日はほぼ徹夜という馬鹿さ加減となったせいだ。お互いに目の下に隈を作って、お洒落とは無縁な酷い格好で、体力的にもボロボロで、互いの健闘を称え合って何だか良く分からない一時、いや一週間は終わりを告げた。
(まあ、シャネルだから、インスピレーションとかモチーフくらいで歴史が変わる事もないでしょう)
そして、眠りに沈む直前の私がこう思えたのは、ちょっと強くなったからだと思いたい。
その後、丸一日眠りを貪って、バスタブに熱いお湯を張ったお風呂に入って、日本食を堪能してから、ようやくパリ観光へと向かった。
「もう、パリの街は行き尽くしたんだがな」
何故かこの一週間でパリを堪能し尽くした紅龍先生も付き添う。
「そんな事言って、ムーランルージュとか通ってたんでしょ?」
「そ、それくらい構わんだろ。こっちは大人だぞ!」
「何、顔赤くしてんのよ。別にいいわよ。それに男の人は、そういうところで気分転換も必要なんでしょ」
「……なあ、もう少し言い方があるだろ?」
「これでも随分と婉曲に表現してあげたつもりなんだけど?」
「そうなのか? しかし、それはそれでどうなんだ? 玲子、お前時折私の母や叔母みたいになっているぞ。知識はともかく、そういう態度は他では出すなよ。色々疑われるかもしらんし、大人はその、お前の言葉で言うところの、ドン引きだ」
「な、母みたいって、流石に酷くない?! そ、そりゃあ、ちょっとすれた言葉だったとは思うけど」
紅龍先生にはかなり心を許しているので、ついつい私の前世のアラフォー女子が首をもたげる。 それとパリも前世で2度来ているので、私にとっては今回で3度目だ。それに21世紀には無くなっている観光名所もパリには殆どないので、街並みに違いはない。 車道を走る車が古臭いくらいかもしれないが、後一つ気づいたのは本当にフランス人ばかりだと言う事だった。この言葉には語弊があるが、白人しかいないパリの街というのも時代の変化を感じてしまった。
そんな妙な感想と納得の中、2日ほどでパリを離れ、一路ドイツへと向かう。 ドイツでは、留学中のお兄様こと鳳龍也叔父さんと落ち合う予定だった。
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ココ・シャネル 20世紀を代表するファッションデザイナー。 多くを語る必要もないだろうが、『タイム』誌の「20世紀の最も重要な100人」にファッションデザイナーとして唯一リストされているそうだ。
ムーランルージュ パリはモンマルトルにある、世界的にも有名なキャバレー。 現代でも営業中。