■「悪役令嬢の十五年戦争」

■  137 「謀反未遂の顛末」

 
 シズに案内されたのは、お父様な祖父の部屋。
 滅多に入った事がないが、それは祖母の瑞子(たまこ)との部屋だからだ。しかし私の部屋同様に、寝室用の部屋と執務用の部屋があるので、そのうち執務用の部屋が目的地だ。

「ご当主様、玲子お嬢様をお連れしました」

「おお、入れ」

「失礼します」

 部屋は私の執務用の部屋とレイアウトは似ているが、当主の部屋だけあって一回り大きい。それに豪華さが違う。
 置かれているのは、窓際に大きな机と椅子。前の方に低い机とそれを囲むソファーが幾つか。壁には本棚、酒棚などなど。剣と盾、猟銃などもオブジェとして立てかけられていたり、基本的に洋風だ。
 そして奥の机で、お父様な祖父の麒一郎が書類に目を通している。
 他に人は、お父様の執事とさらに一人、どちらも警護を兼ねてだろう控えている。

「おお、思ったより元気そうだな。まあ、座れ」

 そう言って席を立ち、部屋の手前の机の方へと移動する。こちらも、私が座ってシズがお父様な祖父の側近の位置まで移動して控える。

「他の人は?」

「ん? ああ、虎三郎は厄介ごとはごめんだと、どっかの部屋で不貞寝している。佳子もどっかで不貞寝だな。善吉は時田と一緒に事実上の前線指揮。玄二は地下で軟禁中。紅家の連中も、屋敷のどこかで留め置いている。当座の結論が出るまで外に出すわけにいかんからな」

「玄二叔父さんの件はシズから聞きました。あ、そうだ、あれからどれくらい、ってまだ2時間か」

「目の前の突発事態に頭の処理が追いつかず、追いついた途端に緊張の糸が切れたんだろ。頭が良すぎるのも考えものだな。それで、話は聞けそうか?」

「はい。頭は冴えていると思います。それに動揺はしてないとも、思います」

「自己分析は過信してはいかんが、シズが連れて来たんなら大丈夫だろ」

 お父様な祖父がそう言うと、後ろでシズが一礼する気配があった。確かに自己分析だけを頼りにしてはいけない。

「それじゃあ一通り話すが、気分が悪くなったりしたらちゃんと言えよ。気分の良い話じゃないからな」

「はい。自分が子供なのは分かっている積りです」

「うん。それともう一つ。本当は、今回の件は全部お前に一切知らせず処理する事もできた。だが、あえて見せる事にした。子供には物凄く酷な事をしたと思っている。だから、許せとも察しろとも言わない。怒るなら怒れ。恨むなら恨め。感情を押し殺さなくて良い。むしろ俺には、殺す以外の全部をぶつけろ。お前の祖父である前に今は父からな」

「……はい。それで、今回の件はクーデター未遂ですか? 私かお父様の殺害未遂ですか?」

「いきなりそれ聞くか? まあ順に話すが、お前を殺す気だったらしい。俺は添え物だ。あいつの言を信じるならな」

 察した風な私の言葉に、お父様な祖父が思わず苦笑を浮かべる。
 予想通りクーデターと殺害の両方だったと言う事に、逆に少し安心した。玄二叔父さんは、私を敵視してくれていたからだ。
 加えて凡人の純粋な反応が見られたのも大きな収穫だと、私の中の合理的、打算的な部分が告げていた。こう言う時に冷静に判断を下す私の体の主の悪役令嬢のチート頭脳は役にたつ。
 そしてそれ以上に、強い嫌悪感を感じる。

「それでどうするんですか?」

「玄二か? 一族の目の前だったからな。急病で入院。考えを改めてくれれば、監視は付けるが当たり障りない部署に限り前線復帰といったところだな」

(自身が企んで一族全員の前で暴走させたのに、息子に対して厳しいよね。まあ、私に今回の件を見せている時点で私にも同じ扱いか。もっと優しい世界に転生したかったなあ)

 思わず心で愚痴っていると、お父様な祖父がそんな私の目を見てくる。けど、気遣っているんじゃない。話して大丈夫なのかと、冷静に見ているだけだ。

「あ、私もそれで良いわ。それと続き話して。事の発端というか、今回の件の原因は私で、直接の引き金引いたのも私なんでしょ?」

「その通り。箱根で腹を割って話したそうだが、あれが決定的だっららしい。そこまで思い詰めるとは思わなかったが、玄二が凡人すぎたのが原因だな」

「私が言うのもあれだけど、鳳一族って両極端に飛び抜けた人が多いもんね」

「まあな。玲子は知らん筈だが、分家ごと潰して全部隠滅した家もあるぞ。あと、幽閉者はどの時代でも必ず1人はいる。その代わりというか何というか、天才や秀才に事欠かんがな」

 なんか気軽に、どエライ事をのたまった。ゲーム上でも出てこない話だから、この世界の鳳一族の裏の面なのだろう。そして今回の件を話すと決めたので、私に話すのを止めていた事も隠す気が無くなったと見て良いのだろう。
 ただ、いきなりブラック過ぎる話題だ。

「そんな目で見るな。鳳の長子なら、今知るか何年か先に知るかの違いだ。まあ、年齢的には流石に早過ぎるとは思うが、お前なら大丈夫だろ。正直、お前の父の麒一より大人に思えて仕方ないんだ」

 両手を上げて降参の姿勢を見せながら軽くおどけるが、私としてはお父様な祖父の洞察力の高さに内心舌を巻く。私がアラサーの転生者だと、「天然」で見抜いているのと同じだからだ。
 しかし前世の私は凡人だ。つまらない何処にでもいるモブだ。精神的にも年齢不相応な子供だったと思う。
 だから今度は、少し膨れっ面をしてやる。大人だったら、こんなに色々考えない。

「怒るな怒るな。まっ、緊張をほぐすのはこれくらいで良いか。じゃあ話すぞ」

 さらに軽くおどけるお父様な祖父に、私は強めに頷いた。それに応じたお父様な祖父の目線も、仕草とは裏腹に真剣なものになる。
 そして話した内容は、こうだった。

 玄二叔父さんは、私が最初に一族の会議に呼ばれた時から警戒していた。何しろ、兄が死んだのはショックだが、自分の息子を最低でも一族当主に出来ると楽観していたら、いきなりな状況の出現だ。
 それでも最初は、鳳一族として長子存続を強引に押し通す為の与太話くらいにしか思ってなかったのに、先を見通す『夢見の巫女』として認識を改め、そして私を徐々に恐れるようになった。何しろ、外れる事なく大きな成功を重ね、息子どころか自分の存在ですら霞んでしまったからだ。

 そして決定打が、玄二叔父さんから私を何とか理解しようと接触してきた、箱根旅行での一件だ。あれで玄二叔父さんは、私を理解できない不気味な存在と見るようになった、らしい。
 まあ、それは私も感じた事だ。

 それでも排除や、ましてや殺害までは考えていなかった。それに玄二叔父さんも鳳一族の繁栄を考えているし、私と息子のどちらかとの結婚によって、いずれ自分が主導権を握れると考えていたからだ。
 ただ、一度鎌首をもたげた私への不信感、不快感は消えるどころか大きくなるばかりで、私が成功を積み重ねるごとに大きくなる一方だった。
 その懸念の多くを占めるのが、今は成功しているが、やる事の多くが大博打ばかりだからだ。だからいずれ、一族と財閥を奈落の底に突き落とすのではと疑心暗鬼に捉われるようになったらしい。
 悪夢まで見ていたそうだ。
 まあ、凡人な上に豆腐メンタルだったんだろう。私自身も、鳳の大人たちはメンタル強過ぎると思う事は多かったくらいだ。けど、その上に、ちょっと以上に胡坐をかき過ぎたと反省もする。
 玄二叔父さんとも、もう一回くらい話し合っても良いかもと思う。

 しかし玄二叔父さんは、間違った方向に踏み出してしまう。
 原因は、私と時田が29年の夏から渡米して日本に不在となったからだ。特に時田は、曾お爺様の筆頭執事をしていたし、色々な鳳財閥の事業、鳳家の事に深く関わっているので、家と財閥双方に深い関係を作り上げている。国に例えれば、私達一族が王族なら時田は宰相や筆頭家老といったところだ。
 そんな時田が長期間日本を空けたのを、千載一遇の機会と捉えたらしい。

 玄二叔父さんは一族の中心には工作せずに、一族の遠い分家や、嫁ぎ先の財閥、グループ内の最近の変化に不満を持つ社員などの水面下を動き回った。そして一族会議で実権を握った後の話を色々吹き込んだらしい。鈴木のところの金子さんにも内々に『相談』があったそうだが、私と直接会って話している金子さんは、表向きの理由で『丁重に謝絶』したそうだ。
 だが、一族の中枢の話を知らなければ鳳一族が株で大儲けしたという話だけになるので、一部の者は乗せやすかったそうだ。

 ただし、私がアメリカで何をしているのかを、玄二叔父さんは本当のところは全然理解していなかった。もっとも私も、玄二叔父さんに手紙を出した事もないし、お父様な祖父達がちゃんと話をしたとも思えない。何しろ玄二叔父さんは、アメリカの株式市場で何が起きたのかを理解できてなかったそうだ。
 馬の耳に念仏でしかない。経済人が聞いて呆れる。
 だから、玄二叔父さんの『工作』が止まる事はなかった。しかも12月に曾お爺様が風邪で寝込んだので、さらに活動を活発化させた。
 曾お爺様が老い先短いと見て、クーデータしやすくなったと考えたんだろう。
 これでお父様な祖父もキレて、腹を括ったのだそうだ。

 そして、言うまでもないが、祖父が一枚以上上手だった。何しろ日本一のエリート集団である陸軍を泳いでいるばかりか、全ての方面での反主流派なのに相応に出世できるだけの能力の持ち主だ。
 その上、一族の裏工作の大半に関わっている。当然だが、その多くを玄二叔父さんが知らないというオマケもつく。
 だから、玄二叔父さん達から見て、うまく行っていると思わせていた。全く危険がないわけじゃない場合もあるが、その時は危ないものは事前に潰しつつ不穏分子と煽られた愚か者の炙り出した。

 なお、この一件では紅龍先生もグルだった。私達の旅に同行する使用人と護衛の全員を完全に白黒はっきりさせられなかったから、護身術などの心得がある紅龍先生も、私を守る側に回っていたらしい。私が旅の連れに丁度いいと言った事は、渡りに船だったのだそうだ。
 私を守ると言う点では、八神のおっちゃんやワンさんもグルだし、シズですら知っていた。
 シズには深く一礼して謝られたが、護衛や側近に何かを言うつもりは私もない。どのみち、お父様な祖父や曾お爺様の命令を聞くしかない立場の人に、どうこう言っても始まらない事くらいは分かっている。

 ただ、一つ分からない事があった。

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