■「悪役令嬢の十五年戦争」

■  138 「親子の決別」

「それで、なんで今日だったんですか?」

「決まっているだろ。一族会議の場には使用人や護衛は入れない上に、一族の中で一番戦闘力のある龍也までいない絶好の機会だ。しかも会議中は、防諜の問題もあるから控えの部屋の者も最低限だ。
 それ以外の機会だと、お前の側には最低でもシズが居る。他のお付きも、大半は護衛も兼ねている。俺の周りも似たようなもんだ。お前のひい爺様の周りもな」

 私の疑問を予想していたのだろう、立て板に水での解説だ。

「シズや一部の人はそうだと思ってたけど、護衛の人って私が思っているより多いのね」

「その通り。まぁ、今回の件が落ち着いたら色々話そう。ただ、ついでに言えば、この本邸の使用人の何割かも実質護衛だ。その上、うちの新聞社の記者連中の一部は、お前も知っている通り実質的には警護や護衛を生業としていて、大半が退役軍人か荒事に関わってきた連中だ。正面から腕力で鳳を潰そうと思えば、日本のヤクザ程度じゃ物足りんぞ。陸軍の1個小隊は用意してもらわんとな」

 そこで少しドヤった顔をする。
 何となくオモチャを見せた子供みたいだ。この人が軍人をしている理由が少し分かる気がする。金儲けよりも荒事が本能的に好きなのだ。
 そしてこの屋敷で働く使用人が多いと思っていたが、思っていたより警備要員が多かったせいらしい。

「まあそれは横に置いとくとして、哀れな玄二叔父さんは、お父様の掌の上で踊らされている事にも気づかず、最後に煽られて簡単に暴発したって事で良いの?」

「そう言う事だな。ただなあ、俺が思っていたほど玄二は悪党じゃなかったよ」

「えっ? 何それ?」

「ん? お前が東京から離れるたびに護衛を付けただろ。で、たまに襲おうとした連中もいたんだが、玄二は関わりなかった。ちょっと安心したよ」

(えっ? イヤイヤイヤ、何それ。私そんなに襲われそうになってたの? 八神のおっちゃんとかが、私の知らないところで悪者を撃退してたっての? て言うか、玄二叔父さんをかなり前から疑ってたの? 色々怖すぎでしょ)

「あー、多分だが、お前が今思っている通りだと思う。まあ、今回は一番穏便に事が済んで良かったよ。ほんと」

「えっ? これで穏便なの? 実質撃ちあったのに?」

「そうだ。家の中の事で済む。万が一外に漏れても、華族特権でどうにでもなる。それ以前に、事が外に漏れる事はないがな」

「まあ、話す人はいないわよね。いや、いたって事?」

 そこまで言ってお父様な祖父を見ると、少し面白そうな表情をしている。本当にこの人は荒事大好き人間だ。

「今、事情聴取中だ。もっとも、先に玄二に付いて来た執事ともう一人は、先にふん捕まえて別室で軟禁中だ。気になるのは、紅家の気弱な使用人連中だな。それに、もう色んなところに手は回してある。漏れはない筈だ。お前の護衛を半年してきた連中も、都合よく日本にいるから頑張ってもらっているぞ」

「本当に私の知らないところで全部処理できたって事ね。ちょっと癪だから、玄二叔父さんと話して良い?」

「ん? 何を話す? 俺も付き合うが良いか?」

「横で叔父さんを威圧しないなら」

「やれやれ、子にも孫にも怖がられるとか、お爺ちゃん泣くぞ」

 そう言いながら、どっこらしょとばかりに立ち上がり、視線で私を促した。合わせてくれると言う事だ。

「お爺ちゃんじゃなくて、お父様でしょ」

 そして数分後。
 私はほとんど降りた事のない地下階。基本的に食料庫、ワイン倉庫、普通の倉庫として使っている区画で、使用人が使う部屋もあると聞いている。しかしその一角に、実質的な『牢屋』がある。正確には金属扉の部屋。軟禁室だ。それが地下の一角に3部屋ばかり並んでいる。
 鳳の一族の暗い面を現す部屋と言えるだろう。
 そしてそこには、今はガタイの良い男性使用人が番についていた。

「ご苦労さん。玄二の様子は?」

「何も御座いません」

 短く答える使用人に仕草で指図して扉を開けさせる。
 中は四畳半ほどの一見普通の部屋。ただし完全な地下なので、換気口こそあるが窓がない。地下全体同様に電気の照明は入っているが、どこか薄暗く感じる。
 それでも床は木張りの上に絨毯も敷いてあるし、据え付けながら普通の調度品が並んでいる。
 そして玄二叔父さんは、ベッドに俯いたまま座り込んでいた。扉が開いても、こちらを見ようともしない。

「玄二、多少は頭が冷えたか?」

「お邪魔、します」

 なんと言って良いか分からないので、妙な言葉を吐いてしまった。
 しかし二人の声を聞いても、腑抜けたような状態の玄二叔父さんに反応はない。
 お父様な祖父も、どうしたもんかと考え込んでいる。そこに私が視線を向けると顎をクイッ玄二叔父さん方向に回す。

(好きにして良いって事ね・・・さて、取り敢えず煽ってみるか)

「玄二叔父様、私から出せる条件は2つです」

 まだ反応はない。

「責任は玄二叔父様お一人で負って下さい。玄太郎くんと虎士郎くんには何も話さないで下さい。それで私は全部忘れます」

 二人の息子の名前が出たところでピクッと反応があり、緩慢にこちらへと視線を向ける。そうして向けた顔には、全てを失ったと思い込んだ表情が色濃く浮かんでいた。

「……お前が忘れてもどうにもならん。分かってて言ってるだろ、この化け物め」

 罵倒してくるが、全然迫力も覇気も憎しみすら感じられない。
 だけど、何かを言わないとと思ったところで、お父様な祖父に手で制される。

「当たり前だろ。お前の処分を決めるのは当主であり、ついでにお前の父でもある俺だ。取り敢えず病気療養とするが、ケジメはつけてもらう。何しろお前に加担して首を縦に振った連中は、もう処分した。
 あ、一応言うが、殺したりはしてないぞ。自宅待機を申し付けた。今後は依願退職か降格、減俸と、程度によりけりの処分で済ませる予定だ。何も知らん連中だったしな」

 そこで「えっ?」て表情になるが、本当に掌の上で踊らされていた事に気付いてなかったようだ。
 そして今まで以上にガックリとうなだれる。

「……それで、その後は?」

「お前には病気が全快しないと言う理由で、財閥総帥からは降りてもらう。半年もしたら、当たり障りないどこかの財団の責任者になれ。お前の好きな美術関係が良いだろう。お前の子供達は、そのまま一族内の競争を続けさせる。力があれば、実力で勝ち抜くだろう」

「娘の慶子(けいこ)は?」

 そういえば、この夏に潔子(きよこ)叔母さんが玄太郎君達の妹を産んでいた。その子が4歳になるまでは、私が会う事のない新しい一族。

「同列に扱う。決して他の下には置かない。潔子と息子二人もな。責を負うのはお前だけだ」

「そうか。なら僕は全部受け入れる。あ、そうだ、一応謝っておくよ玲子ちゃん。僕は君を殺すつもりだった。それに君が一族に幸だけをもたらすとは、今も思ってはいない。ただ、恨みや憎しみがない事だけは分かって欲しい。僕にとっては、君は理解できない怖いだけの存在なんだ。
 それと勝手なお願いだが、子供達には今までと変わりなく接してくれると嬉しいよ。それだけだ」

「二人、ううん、三人とは仲良くします。潔子叔母様とも」

「うん。ありがとう。それで父さん、鳳会社の次の社長は? 鳳の総帥は?」

「鳳会社はホールディングスと商事の方に実質吸収合併して、総帥は地位ごと廃止する。もともと、鳳ホールディングスと鳳会社の実質二重体制はよくなかったからな。その上、今後の鳳の前線司令部になる鳳商事は、時田が指揮をとる。それに、鈴木のところの金子さんも副代表に上がってもらう。
 鳳一族で上に座るのは婿養子の善吉だけになるから、表向きは鳳の直接支配は薄れるように見えるだろう」

 そこまで言ったろころで玄二叔父さんが、「フフフッ」と力無く笑ってから言葉を続ける。

「流石父さん、抜け目なしだな。父さんの方が玲子よりよっぽど狡猾だ。今回の僕の暴発も織り込み済み?」

「まあな。だが、もう何年か先だと思っていた。お前、辛抱なさすぎだろ」

 お父様な祖父が少し冗談めかして言うと、それにも玄二叔父さんは力なく笑う。

「所詮掌の上か。そう言えば死んだ兄さんが、死ぬ一年くらい前に似たような事を言っていたよ。父さんは昼行灯の振りをしているけど、頭がキレすぎる。龍也くらいじゃないと掌から逃れられない、ってね。それが分かるだけ兄さんは頭がキレたけど、僕はそれすら理解出来てなかった」

「買いかぶりだ」

「そうかな?」

「そりゃそうだ。本当に頭がキレるなら、お前をこんな風にはしていない。それにこの子に敢えて辛い目に合わせ、その上こき使ったりしていないよ。まあ、全部今更だ。……玄二、俺が隠居したら、ゆっくり酒でも飲みながら愚痴を言い合おう」

「うん。言い合おう」

「おう。じゃあな」

 そう言ってお父様な祖父は私の背を大きな手で軽く押したので、ただただ親子の会話を横で聞いているしか無かった私は、それに従うしか無かった。
 そして少しだけ思った。
 こうして本音を言い合える親がいるだけ、玄二さんは私より恵まれている、と。

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華族特権
色々あるが、この場合は「家範」。華族各家が定めた法規の事。

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