■「悪役令嬢の十五年戦争」

■  141 「鳳情報部?」 

「このビル、もう出来ていたのね」

「春開業予定ですが、去年の暮れから一部は既に稼働しております」

 一日休暇を取った翌日、鳳ホテルの向かい側で建設中の鳳ビルヂングの中へと入っていた。
 建物自体の外観は既に完成。現在絶賛内装工事中といったところだ。
 その一角を時田の案内で進む。お供は最小限で、他にはシズしかいない。セバスチャンなど白人の皆さんは、挨拶回りや日本での業務準備なので挨拶に来た新人メイドもいない。

 そして中に入ったビルの内部だが、関東大震災すぐの建築物なので、やたらと柱が太く壁が分厚い。しかしこの建物の場合は、耐震建築だけじゃなくて、私が指示した対テロ対策も兼ねている。
 だから正面玄関の前の小さな庭のような空間には、一番手前に溝というには深い掘りが、その先には高さ1メートル弱とはいえ分厚い『壁』がある、庭もオブジェとかベンチとかの名目で、車両用の障害物がある。
 手前にある警備員の建物も、実質的には軍のトーチカに匹敵する。

 頑丈で重厚な建物自体も異常なほど頑丈で、多少の爆撃にすら耐えられる構造を持っている。頑丈な建材を選んでいるので、100年経っても大丈夫だそうだ。
 そして1階は、天井が高いだけでなく窓も少ない。銀行のようになっているけど、鳳ホールディングスが1階のかなりの区画に入っているのだから、防犯対策として受け入れられている。
 また防火扉という事で、各所は防火シャッターを標準装備。正面の大きく派手めな正面扉以外の扉も、防火対策として別に防火扉が設置してある。
 さらに窓の一部は防犯用として、オシャレなデザインの鉄格子付き。鉄格子は2階、3階もかなりが付けられている。勿論、ビル火災に備えて緊急時の強制排除手段も用意してあるけど、内から壊しやすく、外から短時間で壊せない。
 また防火対策として、実質的に日本初の屋内用のスプリンクラーを設置している。外から消化する放水銃もあり、こいつはその気になれば警察の放水車のような真似が出来る。勿論、外に向けて。さらに各所には、防災装備として手斧とかまで置かれている。
 『要塞』や『司令部』呼ばわりも、的を得た例えだ。
 そして中身も鳳グループの『司令部』となっていた。

「地下二階は動力など建物の機能を集約、地下一階は今後を見据えて半分程度を駐車場、残りはゴミ処理施設などとなっております」

「けど、実際は違うと」

「左様です。地下一階、二階、さらに一部三階には、鳳グループの司令部中枢を設定しております」

「屋上にアンテナとか立てるんでしょ? よく、政府やお役所の許可取れたわね」

「苦労致しましたが、必要でしたので」

「鳳の屋敷にも無線アンテナ立ててたものね」

「あちらはアマチュア無線で御座いますが」

「あれがアマチュアだったら、世界中の軍や政府の大半がアマチュアでしょうよ」

 私の言葉に、時田は小さくお辞儀をするのみだ。
 そして言葉を返さなかったように、金にあかせてかなり無茶をしている。私が金が出来たんだから出来る限りのものを作ろうと提案したら、お父様な祖父が大喜びで賛同。そして悪ノリして、軍隊真っ青なものを作ってしまった。
 だから、私の城というよりはお父様な祖父の城だ。私は少しアイデアを出した程度だ。

 そうして地下に来たが、地下一階の関係者用の扉を潜って少し進むと、防火扉と言うには頑丈過ぎる金属製の扉。その手前には取次用の小さな窓。そこで許可を得ると、さらに5メートル程先に同じような扉。
 しかも最初に通った扉が閉まりきってから、次の扉がようやく開くという特別仕様。何かのスパイ映画で見たことある構造だけど、どう見ても軍事施設そのものだ。
 そしてさらに小ぶりのそこまで頑丈そうでない扉をくぐると、広い空間に出た。

「本当に作るとは思わなかったけど、未来の軍隊の司令部みたいね」

「そうなのですか? 最新のものを導入しましたが、今後の技術発展も見越しての設備ですからそう見えるのかもしれませんな。未来の情景の場合、これにあと何が加わりますかな?」

「そうね。色々な映像を映すモニター、電子的な画面が一杯。あとコンピュータって言う電子頭脳も必要ね」

「興味深い話ですな」

 私と時田の会話に、突然低くボソボソとした感じの声が割り込んできた。
 気配も何もないけど、時田とシズは気づいていたらしい。
 私は気づかなかったので、そちらに少し慌てて、けどなるべく落ち着いたフリをして視線だけ向けると、おっさんが一人佇んでいた。

 スーツ姿に、丸メガネがでかい鼻に乗っている。髪は短めだがスポーツ刈りより長いくらい。特に禿げてはいないが額は広い。年齢は40代といったところ。ちょっと軍人っぽい。メガネの奥の目は細く少しつり目だが、顔全体の造形からどこか爬虫類を思わせる。口からトカゲみたいな舌が飛び出しても、むしろ納得するだろう。

「どなた?」

「失礼を。貪狼(どんろう)純一と申します。貪欲の貪に狼と書いて貪狼。妙な苗字なので、いちいち説明するのが癖になっております」

 言葉の最後で笑みを浮かべるが、カミソリみたいな薄い笑みだ。部屋を薄暗くして、丸メガネを光で反射させたら迫力ありそうだ。

 そして何より、この人もゲーム登場人物。北斗七星の名前「貪狼(どんろう)」を持つ、鳳凰院家の荒事担当なキャラの一人。
 情報、防諜担当で悪役令嬢側に付く事が多い。見た目や役職に反して、意外に忠誠心というか職業意識が高く、この人を味方に付けるのがゲームで地味に重要だったりした。
 そして今は、大きくなった組織のトップ。私の手駒というわけだ。

「よろしく、貪狼さん。ここの司令官さん?」

「お雇い司令官ですな。もっとも、私個人としては、足で情報を探す方が性に合っていますがね」

「鳳総合研究所よねえ。私初めて。けど、情報はいつも使わせてもらっています。正しく客観的で助かっているわ」

「鳳の巫女にそう言って頂けるとは望外の喜び」

(その辺も知ってるって事か。やりにくそう)

「ところで足で情報って事は、元はブン屋?」

「ブン屋もしておりましたが色々転々とし、最初は陸軍で憲兵などしておりました」

「なるほどね。確かにお父様と同じ雰囲気があるわけだ。あっ、一応正確な確認だけど、鳳総合研究所の所長でいいのよね」

「副所長兼当部署の責任者と言ったところです。ぶっちゃけ、自分は後ろ暗い方の担当ですな。鳳総研はすべての情報を扱いますので、所長と表の担当は別となります」

「そうなんだ。私、一応ちゃんとした方も随分手を出しているから、そっちの人とも顔合わせした方がいいわよね」

「そちらはまた後日に行います。建物全体が完成し、引越しした4月以降の予定です」

 そこでようやく時田が会話に入ってくる。
 だからそのまま聞くことにした。

「時田のオフィスは?」

「そちらも4月以降となりますな。ですが、正式には社長会の後になりましょう」

「じゃあ、色々動く4月の前に私をここに呼んで、貪狼司令と会わせた理由は?」

「玲子お嬢様が、日本においでにならなかった間の日本、海外の情勢を聴いていただく為でございます」

「だから時田も?」

「左様にて。玲子お嬢様同様、私も旅先では情報に疎くなっておりますからな。貪狼」

 時田の言葉に反応して、貪狼司令がごく小さくお辞儀する。

「では僭越ですが、早速ご説明させて頂きます。と言いたいところですが、このような散らかった場所に玲子お嬢様を留め置くわけにも参りませんので、こちらへ」

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