■「悪役令嬢の十五年戦争」
■ 140 「新しいメイド」
一族会議の後も、やる事はある。 小学生のする事じゃないけど、鳳の長子として、「夢見の巫女」として、何より私が起こした騒動の責任を取るため動き続けないといけない。 それは私自身が決めた事だ。 けど、働いているんじゃない。動いているんだ。 それでも休息は欲しいので、会議の翌日を1日休んでから次の事に取り掛かる事にした。
「ていうか! 長旅から戻って1日開けただけで曾お爺様に報告で、そのまま一族会議とか有り得なくない?!」
私の唯一の楽園、寝室でゴロゴロとしながら声を出して愚痴る。シズや他のメイドは外させているから、気兼ねなく大声も出せる。 たまにこういう事をしておかないと、精神衛生上よろしくない。 結果的に世界一周になった旅行中は、アメリカでの滞在中の半分くらいと、列車での長距離移動中、特に最後の帰国の船旅はする事がないので、かなりゴロゴロと過ごした覚えはある。 けど、大声を張り上げる事はしていない。 いや、船のデッキからは何度も大声をあげた。大声で歌ったり叫ぶのは、私的にはかなりのストレス発散になった。前世ではカラオケという大声をあげられる場所があったが、それがないせいだと思う。 特にアメリカでの終盤の精神的な不調の原因は、ちゃんと発散しなかった影響も大きい筈だ。
そして今後の為にも音楽用のフル防音な部屋を作ろうとか、なんか少し論点のズレた事を考えいる時だった。 「コンコンコン」とノックが3回。鳳では日本で何故かお約束な2回ノックではなく3回が基本。そして音の鳴らし方が、シズのものだった。
「どうぞー」
「お休み中のところ失礼致します」
「「失礼致します」」
シズの声に続いて、発音の綺麗な英語でハモった声が二人分。シズだけならそのままベッドの天井を眺めていただろうが、視線だけでも向けざるを得ない。 そして私が視線を向けた先には、シズの後ろに二人の白人女性が控えていた。 片方は綺麗な金髪ストレートで水色の瞳、ゲルマン系かいやアングロサクソン系のご先祖様を持ってそうだ。 もう片方は、少し癖のある赤毛で翠の瞳。そういえば、赤毛で翠の瞳という組み合わせは、白人でも凄く珍しいと何かで聞いた。魔法使いの色だと聞いたこともある。聞いたという事は、多分前世の記憶なんだろう。
「シズ、新しい人なら、私が上っ面を取り繕う時間くらい頂戴よ」
「はい、申し訳ありません。しかし、最初から有りのままをお見せする方が良いと判断致しました」
私の抗議も、いつも通りの綺麗な一礼と共に流されてしまう。 仕方ないのでベッドから半身を起こし、90度回ってベッドに座る形を取る。そして私の側まで来たシズが、細かいところを整えてくれる。 もう私も慣れたもので、だらけていてもちゃんとお嬢様だ。
「それで、そちらの二人はどちら様? メイドのデリバリーを頼んだ覚えはないんだけれど?」
「初めてお目にかかります。ヴィクトリア・ランカスターと申します。トリアとお呼び下さいませ、お嬢様」
「私はエリザベス・ノルマン。リズとお呼び下さい、お嬢様」
私の言葉に続いて間髪入れず二人が名乗る。金髪がヴィクトリア、赤毛がエリザベス。ありがちネームで、どちらも女王様と同じ名だ。 もっとも、綺麗な英語だけどブリテンの上流じゃない。特にトリアは、アメリカ東部の上流階級の話し方の方だ。リズの方はお仕着せな丁寧米語っぽい。それに最初から愛称で呼べと言って来るんだから、アメリカ人で間違いないだろう。
「初めまして、鳳玲子です。二人とも私の新しいメイドで良いの? ここまで入れるメイドって、多くないのよ」
「はい、ご当主様、時田様よりもお許しを頂いております」
私の少し乱れた髪を梳きながらシズが答える。
「あとは私だけね。二人が認めたなら好きにして。これから宜しくね、トリア、リズ」
(名前が女王様と王朝名と同じなのに、続けて呼ぶと『取り敢えず』みたい。変なの)
「どうかされましたか?」
二人が真面目に礼をしているのに、妙な事が気になってしまった。
「ううん。二人とも名前が女王様みたいだなって思っただけ。それで、あなた達はどこの王様から寄越された女王様なの?」
「私達はステュアート様の部下です。今回、玲子お嬢様のお言葉に甘え、お膝元に馳せ参じました」
代表したのかトリアの方が答える。 けど、わざとだろうけど演技っぽいのが丸わかりだ。
「その言い方、確かにセバスチャンっぽいわね。それで、本当のところは?」
「とある筋の方が、玲子お嬢様とのパイプを持つ事をお望みです」
予想して聞いたのだけれど、あっさりと仮面を脱ぎ捨ててくれた。だけど、態度自体は全く変わらない。二人の細かいことは、セバスチャンを虐めて聞けば良いだろう。 きっと嬉しそうに答えてくれるに違いない。
「とある筋とか言わないで。私の暗殺でもしないのなら、別にこっちも何もしないから。それで、主人はアメリカの王様達で良いの? それとも二人だから、どちらかは別口?」
「はい。私はモルガン様より遣わされました」
「私はロックフェラー様より遣わされました。ですが、玲子お嬢様が道を違われぬ限り、我々の忠誠をお信じ下さい。この命も、喜んで投げ出す所存です」
トリアに続いてリズが言い切った。しかも、なんだかセリフを丸覚えしてきました的な平たい発音。 それはまあいい。
(私との商売が終わるまで、私に何かあったら困るって事ね)
「了解。あなた達とあなた達の主人の両方を信じます。それで、何年くらい仕える予定? 私の使用人になるのなら、年季明けとか婚期とか考えないといけないんだけど?」
そう。女性使用人には大切な事だ。けど、二人には呆気にとられてしまった。だから言葉を重ねる。
「アメリカじゃあどうか知らないけど、日本に来た以上、日本の流儀には従ってね。それで、契約期間は?」
「はい。3年とお考え下さい。場合によってはそれ以上も」
気を取り直したのが早かったトリアが答える。
(私の買い物には3年かかると見ていて、残した金を使う可能性も考えているって事か。全部毟り取る気だろうなあ)
「了解。気の済むまで居て。ただメイド自体は足りてるから、他の仕事が中心になると思うけど、それで構わない?」
「はい。私はハーバード出身ですので、セバスチャン様同様にアメリカのビジネスについて補佐できるかと。リズは護衛と諜報、防諜を担当します」
(ウヘーっ。力と技のコンビって事ね。まあ、こき使えばいいか)
軽く品定め目線で見ていると、さらにリズが言葉を重ねる。
「それと婚期などの件ですが、私は一度結婚して子供はすでに2人おりますので、ご懸念は無用です」
(アララ、随分若く見えるんだ。良いなあ綺麗な白人は。ていうか、もう殆ど完璧なエルフだよね)
「了解、暇な時に家族の話も聞かせてね。リズは? どう見ても若そうだけど?」
「ご懸念は無用です。相手もいませんし、ステイツでの婚期は多少遅くても問題ありません」
「良いわねぇ。私なんて、きっと20歳になったら即結婚よ。ま、良いわ。とにかく宜しく。それと、メイドとしてはシズがあなたの上司よ。シズも、よく指導してあげてね」
「「「はい、畏まりました」」」
「あ、そうだ、もう一つ」
「はい?」
「今日は私、ダラダラするって決めているから、呼ばない限り食事とおやつ以外は部屋に来ないこと。じゃあ、行動開始!」
「はい、お嬢様」
三人は恭しく頭を下げ、そして私は一人の時間と空間を取り戻した。 お気に入りの空間での静寂が心地い。
「あれ? あの二人、今日紹介する必要ってあったの?」
もちろんだけど、私にとってもっともな質問に答えてくれる人はいない。