■「悪役令嬢の十五年戦争」

■  165 「1930インターバル・サマー(2)」 

「まるで修学旅行だな」

「小学生に修学旅行はないだろ」

「じゃあ遠足だね」

「遠足って言うには遠すぎでしょ」

 大人数で子供が多いせいか、鳳の子供達が勝手に論評する。
 話す順も、だいたい龍一くん、玄太郎くん、虎士郎くん、遥子ちゃんと変わらない。
 ただこの4人は気楽でいい。こっちは、その子供達の実質引率をしないといけない。躾けられた側近の候補と言っても、まだ10歳程度だ。しかも元々身寄りのない子供ばかりだから、自由な遠出などした事もないからどうしても心ははしゃいでしまう。
 それを止める積もりはないし、むしろ楽しんで欲しいけど、多少は締めておかないといけない。
 もっとも、統制自体はシズ達大人のメイドがしてくれる。私はボスとしての態度をそれなりに見せておけば良いだけだ。

「リズさんと一緒だと、私目立たなくて済むから楽でいいよ」

「いやヨシコの方が、私以上に目立っていると思う」

「そうかなぁ?」

「ステイツでも、アルビノは見た事なかった」

「俺にとってはどちらも珍しいぞ」

「まあね。でも、ワンさんが一番目立ってるでしょ」

「なんの、俺などまだまだ。姫の後光を浴びてそう見えるだけよ」

 こっちはこっちで、ちょっと面白い取り合わせだ。
 グラサンかけたアルビノの見た目美少女、メイド姿の赤毛のアメリカ人、それにスーツを決めた2メートルに迫る往年のアメコミヒーロー並みのマッチョな巨漢が楽しげに話している。
 そして私を挟んで、シズとみっちゃん、輝男くんが、6人の側近&護衛候補の引率をせっせとしている。
 他に、私を含めて鳳の子供達の世話をする普通の使用人とメイドが数名、さらに大人の護衛数名が加わり、合わせると30人ほどの大所帯となる。
 大人と子供の数がほぼ同じになるが、女性の大人は全員白と黒のツートンカラーなビクトリアンメイドスタイルなので、誰が見ても金持ちの一行だ。多分。
 ただ大人の男性となると、使用人の男性よりもワンさんが異常に目立っている。

「どうされましたか、お嬢様?」

「いやさあ、もう一人くらい男の引率の人頼めば良かったかなあって
思って」

「確かに、ワン様が一番目立っておられますね」

 シズもワンさんの目立つ姿に少し困り顔だ。

「とはいえ、今からどなたかをお呼びだてするわけにも参りません。それにワン様が周囲から引率と見られても、実質はお嬢様である事に変わりありません。お気になさらずとも宜しいかと」

「ま、そうなんだけどね。ワンさん」

「はっ、御用でしょうか、姫」

「うん。見た目でワンさんが一番引率の大人っぽいから、その辺頼んでいい?」

「姫のご要望とあらば喜んで。と言いたいところですが、わたくしはあくまで姫の護衛としてこの場に参じております。姫のお側を離れるような事になり兼ねないお役目は、如何ともし難いかと」

「それもそうか。じゃあ我儘お嬢様で行くから、覚悟しておいてね」

「ハハッ、喜んで」

 そう言ってニカッと強面の顔に満面の笑みを浮かべる。

「玲子が我儘お嬢様って、まんまじゃないか」

「全くだな。だけど似合っているから、命令役は譲るよ」

「ボクも、指図するのは玲子ちゃんが良いと思うよ」

「私、玲子ちゃんに付いていくから安心してね。こんな薄情な男子なんて、気にしなくて良いわよ」

「遥子ちゃん、ありがとう! じゃあ命令権も承認してもらったところで、皆んな移動するわよ! フォローミー!」

「イヤイヤお嬢、新しいお付きの為に日本語で命令してやれよ」

 命じるまでもなく皆んなが集まり始めていたせいで、お芳ちゃんから入らぬツッコミを受けてしまった。

「で、最初の目的地はここか?」

「そうよ、天下の名湯、有馬温泉!」

「……もう夜だし、妥当なところだろう」

「ボク、早く温泉入りたいなあ」

「私も。でもここって凄い匂いよね。箱根や熱海より強いかも」

 旅館を前にして私が腕を組んでみんなの前で断言したというのに、反応が微妙だ。鳳の子供と一緒なせいか、側近ズの反応が薄いのは分かるけど、もう少し何かあっても良いと思う。
 ただ前回来た時と違い、ちょっと外れた場所の宿だ。

「それよりシズ、なんでこんな外れた場所の旅館なの?」

「はい、今回は人数が少し多いので、旅館を一つ貸し切っております」

「ここ丸ごと?」

「はい、少し手狭にお感じになるやも御座いませんが」

「いや、この人数の貸切でこの規模なら、広すぎるくらいでしょ。この位置からして、警護のこととか考えての事でしょ?」

 話すと長そうだから、言い切る前にその後を継ぐ。

「流石は姫。何時もながらのご慧眼、このワン感服致しました」

「あ、そうか、ワンさんが警護を取り仕切っているのね」

「左様に御座います。ご不便もあるかと思いますが、何卒ご寛恕の程を請いたく存じますれば」

 そう言って、とうとう片膝を付いてしまった。周りもドン引きだ。
 姫と従者ごっこも、やりすぎというものだ。

「ワンさん、やりすぎ。普通で良いよ。周り全部、一族か使用人だし」

「そうでしたな。では中に」

 言葉とともにすっくと立って、ニカッと満面の笑みを浮かべる。

 

 そして温泉に入り、旅館らしい夕食をとり、子供だけとなる。
 私の要望で、子供全員一緒の大部屋に布団を敷いた状態とした。

「玲子の考えはさっぱり分からん」

 いつも通り龍一くんが、立って部屋を見渡しつつ断言する。
 そして横では玄太郎くんが目を閉じてウンウンと頷く。

「珍しく同感だ。だが、何か企んでいるんだろ?」

「企む? 違うよお兄ちゃん、遊ぶんだよね?」

「私、女の子同士が良かったなあ」

「今夜以外は男女別にするから今日は我慢して」

「なら問題なし。流石玲子ちゃん。それで何するの?」

「そうだなあ。強いて言えば思い出づくり?」

 遥子ちゃんに抱きつかれたで抱きかえしつつも、何となく言葉にしてみる。単に旅行の筈だから、基本目的などない。強いて言えば、羽根を伸ばすくらいしかない。
 そんないつもの会話だけど、女子同士の会話になったところで龍一くんが割り込んでくる。

「なんだそれ?」

 最近、妹の遥子ちゃんが少し反抗期気味だから、相手にして欲しいのが見え見えで可愛い。地味に遥子ちゃんが睨みつけているのに気付いていないのが、さらに可愛い。
 まあ、それはともかく、私達の前には私の側近候補の子供達が、布団の上に正座待機している。
 私は軽くわざと咳払いをしてから、側近候補の子達の方を向く。

「緊急事態を除き、この部屋には大人は入ってこないから、もっと緊張を解いてね。せっかくの旅行だし、大人の目もないし、無礼講で良いから。もし聞けないとか言ったら、命令で無礼講にするわよ!」

「そんな無茶苦茶な」

 言い切って軽く見回す隣で、龍一くんがゲンナリ気味にツッコミ入れてくれる。けど、期待していた通りの反応でむしろ有難い。
 そしてツッコミとほぼ同時くらいに挙手があった。まだ真面目顔なままのみっちゃんだ。

「玲子お嬢様、何をするんでしょうか?」

「逆に何がしたい? 怪談? 枕投げ? トランプ? 花札? ホラそこ、将棋とか取り出さない。取り敢えず、この部屋で皆んなでできる遊びにしてね。男女一緒に遊べるのなんて、子供の間だけよ。満喫しないと」

「はぁ、遊ぶんですか?」

「他に何があるの?」

「何かこう、今後の事を話し合うのかと思っていました」

「せっかく旅に来たのに、仕事は忘れてちょうだい。遊ぶのよ、子供らしく!」

 真面目なのも結構だが、それを捨て去るのが旅だ。その気持ちが言葉に乗っているのを自覚する。
 ただ、私の仁王立ちの宣言も、同情しか買わなかった。玄太郎くんの容赦ない一言が突き刺さる。

「玲子が言うと、なんか真に迫っているな」

「あ、分かる分かる」

「勉強もろくにせずに働き詰めだもんな」

「玲子ちゃん、ちゃんと寝てる?」

 他3名の言葉の追い打ちに、流石に凹みそうになる。

(言われてみれば、子供の頃からせっせと働く悪役令嬢とかマジ有り得なくない?)

 しかもさらに自身の深層心理を覗き見ると、口では思い出作りとか言っているくせに、慰安旅行な気分が多分に含まれていた。
 そそもそもこの旅行も、7月の選挙が終わって夏休みに入るのを待ち構えるように実施した。現世から逃げる為だ。
 流石私。伊達に中身がアラフォー女子じゃない。

「ハァ」

 なんか一気に脱力して、ぺたんと座り込んでしまう。
 そこにポンポンと肩を叩くのは、お芳ちゃんだ。目線も「同士よ」と言わんばかりな成分が含まれている。子供ながらに働いていると言う自覚の目だ。
 ただそれよりも堪えたのは、輝男くんの一言だった。

「お嬢様、女装をすれば前みたいに笑ってくれますか?」

「……き、気持ちだけ頂いておくわ。ありがとう、私の味方は輝男くんだけみたい」

 夜遊びする気力すら無くさせる心への一撃だ。

「……なんか、疲れた。温泉入ってくる」

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主人公が現実逃避したいだけの旅なので、山なし落ちなし時代ネタなしで締めです。
せめて別の温泉に向かうべきだったかも。
それにしても、調べてみると学校のイベントって戦前でも意外にあるんですね。(小学校の修学旅行はありませんでしたが。)

それにしても、悪役令嬢って本来働かないものだと思うけど、この手のお話だと大抵働き者な事自体に皮肉を感じてしまう。

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