■「悪役令嬢の十五年戦争」

■  166 「1930インターバル・サマー(3)」 

「凄かったわね!」

「はい、姫! 昨年よりさらに磨きがかかっておりましたな」

「玲子ちゃん、去年も来たんだぁ。いいなぁ」

「じゃあ遥子ちゃん、来年も来ましょう。いや、次の公演に行きたいくらいね!」

「うんっ!」

 宝塚歌劇を見てみんなテンションマックスだ。
 ただ全員はいない。観たのは女子の全員とワンさんだけ。男子どもは、お付きと護衛を半分連れて、近くの六甲山で楽しんでいる筈だ。虎士郎くんは悩んでいたけど、男の子同士の付き合いもあるから宝塚は断念していた。

 なお、神戸のすぐ北側にあり大阪からも近い六甲山は、明治に入ると早くから初期は外国人居留地、時代が進むと観光地化が進んでいる。
 私たちがやって来た頃には、有馬温泉から伸びるドライブウェイも出来たので、かなり気軽に山の上の方まで行けるようになっていた。

 一方こちらは、前回のワンさんとの約束通り宝塚歌劇団の公演を楽しんだ。
 今回は、21世紀の頃の前世の私でも知っていた『すみれの花咲く頃〜♪』の歌で有名な『パリゼット』初演の年で、凄く盛況だった。事前にチケットを手回しして置かなかったら、とてもではないが観れなかっただろう。
 それと前回以上に、私が前世でよく知る宝塚になっていた。特に女優さん達の化粧が、まさに宝塚な感じになっているのは私的にポイント高い。
 ワンさんも、前回に増して大絶賛だった。
 そして一緒に連れて来た側近候補の女の子達も、基本的にこの時代は娯楽に乏しいし、宝塚が目新し過ぎたせいか、殆どが心ここに在らずだった。
 しかし、後列を歩くお芳ちゃんが小さく挙手する。

「それはいいけどさあ、お嬢、流石にここは遠過ぎない?」

「今年中には東海道本線の特急が新型になるから、ぐっと近くなるわよ」

「12時間が9時間になるとは言っても、最低でも2泊3日は変わらずでしょ? 夏休み毎に来るのか?」

 冷静なツッコミの連打を前に、腕組みさせられる。
 確かにこの時代の移動時間はネックだ。それならば作戦変更だ。

「それじゃあ、そのうち東京にも宝塚は公演に来るし、他に似たような少女歌劇団があるから、そっちを見に行きましょう」

「まあ、それなら良いんじゃない」

「日比谷公会堂でしてるの?」

 お芳ちゃんを納得させたところで、並んで歩いている遥子ちゃんが首を傾げる。日比谷公会堂は、今年の春に一緒に公演を観に言ったところだ。
 ただ、あんな高尚なところで少女歌劇は難しいだろう。それにこの時代、帝都の庶民の娯楽の殿堂といえば浅草だ。
 遥子ちゃんは浅草には浅草寺くらいしか行った事ないから、こんな質問になるんだろう。
 まあ私も、浅草は浅草寺しか行った事ないけど。

「えっ? ううん。確か浅草。日比谷はクラシックの演奏とか中心でしょ」

「あ、そうか。虎士郎くんの公演もあそこだったもんね」

「そうよ。鳳もあそこの建設に寄付したから、虎士郎くんの公演も割り込ませやすかったのよ」

「えっ? 虎士郎くんって鳳のコネで歌ったの? あんなに上手なのに?」

 目を大きく見開いて驚いているが、虎士郎くんの歌声の評判はもはや完全にプロだからだ。去年くらいから引っ張りだこで、会える時間も減っている。
 歌もピアノもバイオリンも、そして私が影響した作曲も出来てしまう天才少年なので、いずれ東洋のモーツァルトなどと呼ばれるかもしれない。
 ただ、この時代の日本では、まだ西洋音楽はそこまで普及していないのが現状だ。

「上手さより、出来てすぐに楽団と一緒に歌うとか、簡単に出来ないよ。観に行った時の観客も、上品な人ばっかりだったでしょ」

「確かにそうね。でも私、庶民的って場所行った事ないのよね。映画とかも観に行きたいけど、後は帝劇くらいだし」

「ホントそうよね。今度学校で映画の上映会しましょうか。上手くいけば、アメリカからディズニーの新作のフィルムが手に入りそうなのよ」

「ホント! 流石玲子ちゃん。でも、普通の映画館でしないの?」

「あー、それは私がディズニー様に寄付したあくまでお礼だから、ちゃんとした配給じゃないの。だから私たちの学園で私的に観るのが精一杯ね。まあ、フィルムがあれば、本邸でも観られるわよ」

「お屋敷や教室より映画館が良いなぁ。って流石に我儘ね。それより、これからの予定は?」

 そう聞かれて少し上を見つつスケジュールを思い出す。

「悪ガキどもは一日六甲山で暴れて来るから、合流はホテルで。トリアが凄く良いホテルを手配してくれているんだって」

「へーっ、楽しみ。じゃあ私達はホテル?」

「ううん。その前に、ここで遊んで行きましょう。何年か前に植物園が出来たし、「ルナパーク」って遊園地があるのよ。他には・・・なんだっけ?」

「動物園、図書館、屋外プールだね。まあ、暇つぶしには良いんじゃないか?」

「いや、遊ぶのと暇つぶしには、すごーく大きな差があると思うんだけど」

 後ろのお芳ちゃんは完全に把握していたけど、どうにもこの娘の感覚のズレが私と同じ過ぎて、私の精神衛生上の為にもツッコミを入れずにはいられない。
 そしてそんな感情を見透かしているかのように、お芳ちゃんは「そうかもね」と小さく笑みを浮かべるだけだ。
 天才というのも面倒臭いものらしい。

 そして夕方まで色々と遊んで見てまわったけど、21世紀のアミューズメントを知る私にとっては、遊園地のアトラクションの全てがこぢんまりとしていて迫力に欠けている。技術や安全性を考えたらこんなもんなのだろうけど、絶叫マシンとしては今ひとつだった。
 見た時はそう思っていたけど、体が子供だけあってか存分に楽しんでいる私がいた。面倒臭い奴は私の方だ。 
 それにしても、阪急電車の小林一三が築き上げたばかりの時代の娯楽は、京阪神の方が圧倒していると実感させられた。

 そして最後に宝塚温泉でさっぱりしたら、迎えの車に分乗して宝塚を後にする。

 到着したのは、甲子園ホテル。建物は21世紀も現存していたと思うけど、帝国ホテルを設計したフランク・ロイド・ライトの愛弟子さんの設計で雰囲気がとても似ている。
 子供が泊まるのは憚られるようなホテルだけど、鳳伯爵家の名を出せば無理も押し通ってしまう。
 て言うか、私が予約したんじゃない。
 どこに行きたいかだけを私が告げると、後は全部シズとか他のメイドや使用人が手配する。最近はトリアが行う事が多く、このホテルもトリアの選択だ。
 ただし、一流ホテルだから全員というわけにはいかない。警護の必要もあるので最低限の大人も泊まるが、使用人と護衛、それに私の側近候補達は近くの旅館へ。

「まあ、大勢で泊まれるようなホテルじゃないのは見ればわかるけど、出来れば先に言って欲しかったなあ」

「申し訳ございません、お嬢様」

「うん。シズは別に頭下げないでね。帰ったら、プランを練ったトリアに文句言うから。それと言った通りにしてくれた?」

「はい。お嬢様のご要望通りに」

「うん。ありがと。あのね遥子ちゃん、私夕食から少し人と会わないといけないから、みんなと先に寝ておいてね」

「えーっ! 一緒に寝られないの?」

「たまには龍一お兄様と一緒に寝てあげて」

「いや。玲子ちゃんが良い」

 即答すぎて、後ろで龍一くんがマジ凹みしている。
 他、虎士郎君は仕方ないなーくらいの何時もながらの天使の表情だけど、玄太郎くんの視線が少し厳しい。
 その眼鏡越しの視線は、少しお父さんの玄二叔父さんに似ていた。

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甲子園ホテル
当時の関西屈指のリゾートホテル。帝国ホテルと東西の双璧と言われるほどの超一流ホテルだった。
現在は甲子園会館となっている。兵庫県西宮市にある近代建築。フランク・ロイド・ライトの愛弟子遠藤新の設計。
1930年開業。主人公達が行った時は、実は開業していたか確認できず。(多分4月開業だと思う)

東京にも似たような劇団:
松竹歌劇団(しょうちくかげきだん)
1928年から1996年まで日本に存在したレビューおよびミュージカル劇団。
大阪府に現存するOSK日本歌劇団(旧・大阪松竹歌劇団)は姉妹劇団。

日比谷公会堂
1929年秋完成。戦前の東京では事実上唯一のコンサートホール。
当時東京市長だった後藤新平の主張に安田善次郎が共鳴して寄付している。

遊園地「ルナパーク」
後の宝塚ファミリーランド。
当時の宝塚は温泉もあり、その後の日本各地に作られる娯楽施設の見本になるようなアミューズメントパークだった。

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