■「悪役令嬢の十五年戦争」
■ 168 「1930インターバル・サマー(5)」
「玲子、いつもあんな感じか?」
金子さんとの会食ディナーが終わった後、何故か私と遥子ちゃんの部屋に男の子3人が来ていた。 おかげで部屋が狭いので、私達が寝るまで居るはずだったシズとリズが席を外している。ワンさんともう一人の護衛は、念のためホテルの中と外を巡回中だ。 だから部屋には鳳の子供達しかいない。
そして私はベッドに仰向けに寝転がり、ぼーっと天井を見ている。その隣のベッドでは、遥子ちゃんが私のために寝る準備とか色々してくれている。そして机と椅子のあるリビング状のエリアで、男の子3人が突っ立っているという構図だ。 人数と人物が少し違うけど、ゲーム『黄昏の一族』でもよく見たようなシーンだ。
「(玲子ちゃん、疲れているんだって)」
「(俺もそう思う。あれは本気で疲れてるぞ)」
「(分かってるって。でも)」
まる聞こえのヒソヒソ話しが子供らしいけど、こっちはかなり神経をすり減らしているから、リアクションするにはもう少し充電しないと無理そうだった。
「甘いもの飲む?」
「……そうしよっか。頭に栄養回ってない気がするし」
遥子ちゃんに答えて上半身を起こすと、すぐ前にコップを持った遥子ちゃんの手があった。
「ありがとう。遥子ちゃん」
「どういたしまして。それにお疲れ様。いつもあんな事してたのね。全然知らなかった」
「いつもじゃないけどね。それに金子さんは内輪みたいなもんだし、私の味方してくれるから楽な方よ」
「あれで楽なんだ。そう言えば5月のパーティーでお部屋覗いた時も、さっきよりずっと気楽そうだったものね。・・・ねえ、今まで他にどんな偉い人と話した事あるの?」
「そうねえ、普通の議員や社長さん達は、言っちゃあ悪いけど有象無象の類。5月に見た感じね。全力が必要だったのは、大蔵大臣、現総理、それにアメリカの王様達、あとイギリスの元大臣かな。あ、でも、お兄様、じゃなくて龍也叔父様の連れてくる軍人さんは、みんな頭良いから凄くやりにくいわね」
「そ、そんなに?! やっぱり曾お爺様の代わりに?」
「うーん、どうだろ。これからが、むしろそうなるのかなあ。善吉大叔父様が曾お爺様と同じ事するのは無理というか、したら多分過労か心労で早死にしそうだしなあ」
「玲子ちゃんは大丈夫なの?」
「全然。けど私は、基本大人になるまでだから」
そう言ったところで、私の視界の隅で人の動く気配。
「大人にって、どう言う事だよ」
「そうだ」
「聞いていい?」
女子同士の会話を少し離れて傍観していた男の子達が、ようやくきっかけを掴んだとばかりに話しかけてきた。 口火を切ったのは、やっぱり龍一くんだ。 私は近づいて来た男の子3人を少し見上げる。
(これが3人じゃなくて5人なら、ゲーム画面と同じね。ゲーム主人公の視点で、なんだけど。そう言えば月見里姫乃さん、今頃どこで何してるんだろ)
見上げつつ益体もない事を思いつつ、別のことを口にする。それは私ではなく、ゲーム主人公の言葉だ。
「だって大人になったら、この中の誰かが私をもらってくれるんでしょう? それとも、どこかの御曹司に取られてもいいの?」
「そ、それは・・・」
「ボク、今まで考えた事も無かった」
龍一くんと虎士郎くんがそれぞれらしい返答に対して、玄太郎くんは目線がもう一段階以上真剣だ。
「今の質問の答えになっていないぞ」
「そう? だって私が大人になったら誰かさんにもらわれて、こんな仕事から解放されて、我儘三昧で暮らさせてくれるんでしょう。だから今頑張れるのよ」
「結婚したら、仕事を引退するのか?」
「そうよ。女の仕事は、子供を産む事と家の中を切り盛りする事。仕事をするのは、他に働き手がいない時か、亭主が不甲斐ない時くらいでしょ」
(後は、男を立ててやる事かな? そう出来れば良いんだけどなあ)
我ながら本当の気持ちを言っていないのが丸分かりだけど、口にした事自体は昭和初期のこの時代なら、ごく普通の事だ。21世紀とは違いすぎて戸惑った事もあったけど、この時代で生きてみると普通の事だと思えてしまう。 とは言え、華族にして財閥な私は家事や育児に精を出す必要はないだろう。一方では、普通に考えたら女が財閥運営も有り得ない。 けど、目の前の3人の男の子達は、私の言葉を全然信じていない表情だ。虎士郎くんですら例外じゃない。
「何? ご不満?」
「ああ、不満だ。隣で赤子が寝ているベッドの上から、鳳を指図している姿しか目に浮かばない」
(うわっ! 私ってマリア・テレジア並みなの? 個人的にはエカテリーナ2世の方が好きなんだけどなあ)
玄太郎くんの言葉は私にとってもリアルすぎて、ぐうの音も出ないから現実逃避する。ただ、そこまでの情景が実現出来ていれば、私的には勝利条件クリアだから喜ぶべきだろう。 だからちょっと笑ってしまった。
「何がおかしいんだ?」
「そんな感じの女王様が、歴史上にいたのを思い出したの」
「ああ、僕も意図して言った。それで本当に今の間だけなのか?」
玄太郎くんはさすがインテリキャラだった。そして私が彼が意図した言葉に気づいたから、ちょっとご機嫌が戻っていた。 私も少し気持ちを軽くしつつ3人を順に見ていく。
「そうだなー。みんなが不甲斐無かったら、私がするしかないとは思ってる。けどね、基本私って巫女ってやつでしょ。道を示すのが役目で、実務って別の人がするものなのよね。なのになんで私、直接人と話したり指図してるんだろうって、やりながら結構思ってる。それに我ながら思うんだけど、全然お嬢様じゃないでしょ?」
「いや、全く玲子らしいぞ」
「だよね。ボク、さっきの玲子ちゃんを惚れ惚れと見ちゃった」
「その点は二人に同感だ」
虎士郎、龍一くんの言葉を玄太郎くんが苦笑しつつ肯定。しかも私の横では、陽子ちゃんがクスクス笑っている。 なんか理不尽な気がしたので、軽くむくれてやる。
「そんな顔するなよ。僕は玲子に置いていかれたくないし、何かできる事があればしたいってだけだ。僕は先を見る事も出来ない、ただの子供だからな。それに虎士郎は音楽家、龍一は軍人を目指すから、玲子と同じ道は僕しかいないだろ」
「なんだ、求愛してくれるんじゃないんだ」
さらにツンとした表情をしてやるが、真面目くさった玄太郎くんの表情に変化はない。
「しないって。それは15の時に考える。ただ、後一言だけ言わせてくれ」
「何?」
「僕は玲子から道を譲られたくはない。必ず追い越すから」
「なんだ、もらってくれるんじゃないんだ。だってさ龍一くん、虎士郎くん。競争相手が減ったよ」
「い、いや、そうは言ってないだろ!」
ヘタレてくれたが、この辺りが10歳児の限界らしい。 可愛いから、もう少しつれない表情を続けようと思ったけど、空気が変わったと思ったのは他のみんなも同じだった。
「言ってるようなもんだろ。だが玄太郎、心配するな。俺が玲子と結婚するから、お前は財閥、じゃなくてグループを率いろよ」
「いや、それだとファンドの権利が!」
「財布は俺と玲子で管理する。それにその方が、権力分散で俺は良いと思うけどな。陸軍省と参謀本部みたいで」
「あ、なるほど。お兄ちゃん一人に集中するのは危険だもんね」
「私も玲子ちゃんが本当のお姉ちゃんになる方が良いかもなあ」
「お、お前ら! 徒党を組むとは卑怯だぞ」
「組んでないぞ。俺は事実を言ったまでだ。玄太郎は別の財閥の人と関係を結ぶ方が、鳳の為になる。俺は軍人になるから、他からもらっても玄太郎ほど影響力は作れない。それなら俺が玲子と結婚して一族当主になって、玄太郎がグループを率いるのが一番だ。それにこれなら遥子も虎士郎も、相手探しに多少自由がきく。それに何より、勝次郎に付け入る隙を与えないで済む。完璧だろ」
理詰めで考えていたらしく、めっちゃドヤ顔で説明を言い切る龍一くん。そういう理詰めは、ちょっとお兄様な龍也叔父様に似ている。 しかし、だ。
(違う、そうじゃない)
チラリと見ると、遥子ちゃんも同じ考えなのが以心伝心で伝わった。そして代表して私が、龍一くんの肩をトントンと人差し指で叩く。
「龍一くん」
「なんだ? 文句ないだろ?」
「乙女心は理詰めじゃないの。やり直し!」
隣で遥子ちゃんが強く頷く。龍一くんの隣では虎士郎くんが、処置無しと肩をすくめている。
「えぇーっ」
そして良く聞く龍一くんの嘆き声。そこにトドメをさしたのは、私ではなく玄太郎くんだった。
「龍一、口にして良い事と悪い事くらい分かっていると思っていたんだが、買いかぶりだったみたいだな」
まあ、こんなオチがつくのも今のうちだろう。 何しろ一族や親同士で相手を決めるのが、華族や財閥界隈の常識だ。仕事とは真逆に、子供の間にしか出来ない事もあるという事を、血を分けた鳳の子供達が教えてくれる情景を、愛おしく眺めてしまうのだった。
「いや、当事者お前だろ」
モノローグで締めてやろうと思ったのに、龍一くんに混ぜっ返された。 どうやら、今夜は長くなりそうだ。