■「悪役令嬢の十五年戦争」

■  177 「曽祖父の葬儀」 

 冠婚葬祭の中でも、葬に当たるお葬式は突然やってくる事が多い。
 私の父である麒一は、関東大震災に被災して亡くなったので、突然の部類だ。それに社会全体が大混乱だったから、寂しい葬儀しか出来なかった。
 一方で、私が生まれる前から隠居していて『鳳の老公』などとも呼ばれていた鳳蒼一郎は、風邪が遠因とは言え老衰死。しかも、そろそろ危ないと言うところから、丁度いい頃合いで旅立っていった。
 なんとも、生き様と性格を現すような最後だ。
 だから周りの人々の心の整理もしやすかったし、何より葬儀の準備を事前に滞りなく進めることができた。

 そして鳳一族は伯爵家だ。その上財閥だ。しかも1927年の春からは、大財閥と言える規模に肥大化している。
 そのうえ曾お爺様は、政財界に相応に顔が広かった。
 だから広い場所で葬儀をする必要がある。特に参列者数から考え、並みの葬儀では済まないので鳳の本邸では足りない。予定が詰まっている事が多い鳳ホテルでするわけにもいかない。

 それに相応の人物の葬儀なのだから、どこかの大きなお寺でするべきだった。鳳一族は殆どがヨーロッパ風の生活習慣をしていたけど、宗教をキリスト教に改宗などはしていない。神社や怪しい新興宗教もしていないから、お寺での葬儀が一番だ。
 また、財閥を率いているけど伯爵家の方を前に出すべきだから、社葬というわけにもいかない。

 そして本来なら宗派も考えないといけないけど、一族の開祖 玄一郎(げんいちろう)はその辺いい加減な人だった。大陸で長らく過ごしていたから宗教意識が薄かったからだろうと、生前曾お爺様は言っていた。
 だから最初は、毛利宗家と同じ三大禅宗の一つの黄檗宗と言っていたらしいけど、東京に居を構えてからは浄土宗に変更している。

 浄土宗にした理由は単純で、鳳の本邸を構えると決めた場所の近くで一番大きなお寺があったからだ。私的には東京タワーの近くにあると言う印象くらいしかない増上寺だ。
 そして決めてからは鳳の事実上の菩提寺としてお布施なども一通りしていたので、この半世紀ほどは浄土宗が鳳一族の宗派という事になる。
 そういえば、お父様の麒一の葬儀も増上寺でしたように思う。

 そして今回、根回しと準備を十分してあったので、増上寺での大規模な葬儀がいとなまれる事になった。
 喪主は一族当主で長男の麒一郎。以下、一族の者は幼子に到るまで全ての者が参加した。また、嫁いだ先の家からも大勢参加した。
 一族の有力者で参加しないのは、この春にドイツから帰国する予定のお兄様な龍也叔父様。それでも事前に曾お爺様が危ない事だけ伝え、その上で死に水を取るために早期帰国などしないよう、「任務疎かにするべからず」と言う言葉を添えて釘を刺されていた。
 私の位置は、喪主であるお父様な祖父の側。殆ど副喪主と言える位置になる。葬儀ですら、私の立ち位置を示す宣伝に利用すると言う事だ。

 そして既に曾お爺様の最期が近いことは関係者には、水面下ながらかなり広められていたので、参列しようと言う人はある程度予測してこの辺りの日程を開けていた。
 そして曾お爺様が高みへと旅立つと、すぐにもあらゆる手段で方々に伝えられた。鳳グループが有する皇国新聞でも大々的に報じて、発行部数すらかなり増やして配り歩いた。

 そして曾お爺様の知名度や鳳一族、鳳グループの最近の隆盛もあって、一族関係以外の参列者も、政財界から広く参列者があった。直接参加はなくても、代理の人を沢山の人が寄越した。
 あまりの多さに、葬儀は死去してすぐには行われず、死後半月ほど空けて行おうかと言う話が出たほどだ。

 死去から3日後の通夜でも、多くの参列者があった。そして葬儀では多くの人が来る予定なので、親族の最後の別れは通夜に実質的に済ませていた。
 葬儀の方は、大きな遺影が花で埋め尽くされた壇上の葬式用の祭壇に置かれなど、前世のニュース映像などで見た偉い人の大仰なお葬式のようだった。
 それもその筈で、この大規模な葬儀は、ある意味で鳳の宣伝のようなものだ。そして大げさな葬儀は曾お爺様の半ば遺言のようなものだったので、盛大に行われた。
 そして既に別れを何度も済ませた私にとっては、大げさなだけの葬儀はただのセレモニーに過ぎなかった。
 だから、それ以上に特筆するべき事もない。

「それにしても、物凄い香典の数よね。しかもこれなんて濱口様よ。あ、こっちは西園寺公望様。原敬様も」

「御使が遣わされたから知ってるだろうけど、こっちなんて皇族方だぞ。それだけ父さんの顔が広かったって事だな」

 その葬儀の後、お父様な祖父と私、それに家の者達が参列者や香典の処理などをしている。
 曽祖父の葬儀だけど本家がするものだから、本邸の人間だけで諸々を行う。と言っても、作業の殆どは家令でもある曾お爺様の執事だった芳賀が中心となって行なっている。
 時田も私の筆頭執事なので作業に当たっているけど、曾お爺様の事なので、あくまで手伝いとなる。それでも手伝うのは、時田が先代の曾お爺様の執事だったからだ。
 だから私の副執事であるセバスチャンは、日本の葬儀の知識がない事もあってタッチしていない。一方で、通常の業務を止めるわけにいかないので、時田の代行で商事の方の仕事をしてくれている。私のメイドであるトリアも同様だ。
 だからお父様な祖父と二人して作業をする。

「それは、この半年くらいに十分実感させられた」

「そうだったな。俺も爺さんが死ぬ頃に、似たような事したよ」

「本当は私にさせるような事じゃない、とか言わないでよ」

「言わないよ。まあ、祖父と親としての業とかそういう物があるなら背負いはするけどな」

 言っている事に反して、お互い口調は軽い。
 淡々と作業をしているという理由もあるけど、私とお父様な祖父にとって今更感情を高ぶらせるような内容でもないからだ。
 それに曾お爺様が高みへと旅立った事に対する、感情の整理がだいたいついているからでもある。

「そんなもの背負わなくていいから、仕事を背負ってよ」

「背負うよ。だから軍をやめて貴族院議員になるだろ」

「そうだったわね。じゃあ軍の方は、お兄様が?」

「どうだろうな。龍也は永田鉄山と近いが、周りに妙な考えの連中も多い。それにあいつは、頭がキレすぎて革新的な考えも持っているから、俺から見ると少し危なっかしいな」

「フーン。あ、そのお兄様から電報がきてたわよね・・・決まり文句しか打ってきてなかったけど」

 そう言って電報を探し出し、ついでにお父様な祖父に差し出す。それを受け取るとと、一見表情はいつもの昼行灯だけど目が少し厳しい感じだ。
 そして目以上に言葉が厳しかった。

「つまり、死に水を取れないのも葬儀に参加できないのも不満って事だな。軍人としては落第点だ。任務に私情を挟んじゃいかんよ」

「失格じゃないんだ」

「あいつほどの出来物が失格だったら、日本に軍人になれるやつはいなくなる。まあ、まだ30だ。もう少し年齢を重ねたら落ち着くだろう」

「それまでは、お父様みたいな情報収集や腹芸は期待しない方が良いって事?」

「そんなとこだ」

「あっそ。けどお兄様にそんな事期待してないんだけどね。・・・ゲッ、これ陛下からだ」

「表立ってではないのに、よく分かったな。紅龍が御進講で親しくなったから、それで表に出さない形でいただいたんだ。侍従長から内大臣から、それはもう陛下の近臣が総出で代理が来てただろ。あれに混ぜてたんだ」

「ウヘーっ、紅龍先生も大変ねー。ところでご進講する紅龍先生って、どれくらい偉いって事になるの?」

「定期的に、陛下にご進講する男爵様だからな。それに勲章とか位階とか考えたら、もう現時点で実質俺以上だ。しかも陛下と同じくらいの若さで直接お話しするわけだから、もはや宮中の異端児だな」

「じゃあ、陛下にうっかり政治的発言とかしたら、エライ事になりそうね」

「だろうな。だがその辺は、侍従長、内大臣、西園寺公あたりが釘さしているだろ。紅龍らしくはないが、学者同士で友達付き合いすればいいだろ」

「陛下と友達って・・・」

「今の陛下には、年の近い皇族以外で同年代の話し相手がいらっしゃらないん。それに宮中の外の雑談くらい聞きたいだろ。とはいえ、紅龍って確か研究馬鹿だから話題に事欠きそうだな」

「それなら、去年の12月に早速相談されたわよ。御進講のネタをくれって」

「なんだかなぁ、玲子相手とはいえ子供に聞くか、普通?」

「さぁ。あ、これでお仕舞いね。シズー、お茶入れて」

「はい、畏まりました」

 伸びをしつつ、近くで作業の補佐をしていたシズに声をかける。周りでも作業は終わりつつある。
 そして、とにかくこれで曾お爺様の葬儀も終わり、諸々を済ませれば鳳の本邸の近所にある青山霊園の鳳の墓地に入ったら、曾お爺様とも完全にお別れだ。

 旅だった時と通夜にめいいっぱい泣いておいたから、私の中にある感情の殆どは悲しいではなく寂しいだ。
 そして寂しさを我慢できなくなったら、墓参りの一つでもすればいいだろう。
 生きている者は歩みを止めるわけにいかないし、私にはやるべきことが山積みだ。

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