■「悪役令嬢の十五年戦争」

■  178 「次なる日の出」

 鳳蒼一郎没後の鳳一族、鳳グループの外からの評価は、政治力の大幅な低下とされていた。
 一族内で存命な唯一の政治経験者が、曾お爺様一人だったからだ。その上、仮にお父様な祖父の麒一郎が軍人から貴族院議員に鞍替えしても、政治力は到底及ばないと言われていた。

 そもそも鳳は1927年までは精々中堅財閥なので、華族という点を利用した政治力しかなく、財閥としての政治力に欠けていた。
 それなのに26年秋の選挙では、政党の鞍替えをして恨みを買っている。
 
 また、飲み込んだ鈴木も政治力は高くなかった。
 だから政治力において、他の大財閥に大きく遅れていると言われていた。そしてそれが、今回の蒼一郎の死去により一層強まるというのが一般評だ。
 しかも皮肉な事に、鳳一族、鳳グループで今最も高い政治力を持っているのは、陛下の御進講を仰せつかった紅龍先生なのだそうだ。
 
 そうした政治力の低下を少しでも補う為に行われたのが、1930年度予算での莫大な国への献金だろう言われていた。
 政治力をなくした成金なので、打てる手が金しか力がないのだ、と。

(『ですから、わたくしは言って差し上げましょう。それがどうかなさいましたの? 邪魔立てするようでしたら、辞世の句を読んでからいらっしゃい』って、ところかなぁ)

 総研からの色々な分析資料に目を通していると、曾お爺様の存在感の大きさを実感させられると共に、鳳がいい感じに嫌われているの事も実感させられる。
 

「どうかされましたか、お嬢様?」

「ううん。羽虫の音が五月蝿いなあって思っただけ」

「羽虫? この寒い時期に、虫がいるとは思えないのですが?」

「そうね。春になったら出てくる虫の方が可愛げあるわね」

 そう続けると、シズも察してくれた。
 私が総研からの色々な資料に目を通しているのは気づいていたからだ。
 季節は2月の終盤。曾お爺様の葬儀から2週間ほどしたとある日の午後。一年で一番寒い時期は過ぎたけど、春にはまだ早くまだまだ寒い時期だ。

 部屋には私とシズだけ。お芳ちゃんはリズをお供という名の護衛として、総研に入り浸っている。トリアはセバスチャンと鳳商事だ。
 みっちゃんと輝男くんは、私が屋敷にいる時は基本的に鍛錬や学習に励んでいる。他の側近候補の子供達も、同じように鍛錬か学習をしている筈だ。

 チートが売りのお気楽設定な小説やアニメなら、簡単に能力や技能を手に入れられるのだけど、ゲーム『黄昏の一族』の具現化世界と私が思っているこの世界では、そういう便利なシステムやルールは存在しない。そう言えば、ゲームのステータス画面とかも見たことはない。
 現実と同じく、努力と研鑽、そして鍛錬あるのみだ。
 それは私や私の血縁者も変わらない。

 けど、小学生の特に低学年の頃まではほぼ毎日していた鳳の子供達による勉強会は、私が忙しくなってきた29年くらいから不定期になっている。特に私が29年夏から30年冬の半年以上日本を空けていた影響で、鳳の本邸で勉強をする機会は減った。
 それに小学生の高学年になると、玄太郎くんと龍一くんはそれぞれのカリキュラムに熱心に取り組むようになっていたので、みんなで仲良く勉強会という事そのものが難しくなっていた。
 そして虎士郎くんは自由奔放な上に音楽のレッスンや、プロの音楽家の皆さんとの練習が多くを占めていた。

 遥子ちゃんは週に何度か来てくれるけれど、私との学力が開き過ぎていて同じ勉強は難しい。だから勉強ではなく、女子として華族としての習い事を一緒にしている。
 この女子の習い事には、その場にいた時だけだけど、私の側近のお芳ちゃん、みっちゃんも「命令」で参加させている。そしてたまに、一緒にいる無抵抗な輝男くんを巻き込んで玩具にする。
 この習い事の時間は、平日の午前中だけ通う小学校と並んで、私の癒しの時間だ。

 そしてもう一人の攻略対象である山崎勝次郎くんだけど、それぞれのお誕生日会と、玄太郎くん、龍一くんと一緒に遊びにくる時に、時折会うだけだ。
 次に会うのは、四月の私の誕生日になるだろう。いや、その前に私のお兄様な龍也叔父様がドイツから帰国するから、帰国を祝うパーティーに招待しても良いかもしれない。

 この鳳本邸も、私以外ではお父様な祖父の麒一郎とその奥さんの瑞子(たまこ)さん、それに私の側近候補3人でおしまいだ。曾お爺様のが身罷られたので、使用人の数も少し減った。
 大きな屋敷なので、かなり寂しいのが現状だ。

 そんな屋敷が、少し騒がしくなった。
 来客か誰かが戻って来たみたいだ。

「お嬢様、朗報です!」

 部屋に入ってくるなり、トリアを連れたセバスチャンが明るい表情でそう言った。

「内容は?」

 だから内容を問いかけると、「これは失礼を」と苦笑しつつ謝罪の軽い一礼。多分、この遣り取りをしたかったんだろう。
 こっちが苦笑してしまう。
 そんな私の苦笑を見つつ、セバスチャンが今度はちゃんと報告する。

「オーストラリア北西部の内陸山岳地帯にて、極めて大規模な鉄鉱石の鉱床を発見。極めて有望なり。との事です」

「おっ! 遂に来た! やるわよ、セバスチャン。みんな!」

 吉報を聞いて、思わず両手で机にバンッと叩いてから立ち上がる。

「はい、お嬢様。引き続き周辺部も調査中ですが、お嬢様のご指摘した場所通りの所に、人類が使い切れないほどの鉄鉱石が眠っている可能性があるとの報告です」

「しかも鉱石の質も高く、大規模な露天掘りが可能です」

「そりゃあマウントホエールバックだもの、当然よ!」

 吉報だらけの報告に、思わず前世の社会科で学んだ名称を口にしてしまった。けど、大丈夫だ。問題ない。
 場所の説明の時に、『鯨の背に似た山がある』と言ってあるから、それをそのまま口にしたも同然だからだ。
 セバスチャンとトリアも特に驚いてはいな・・・くはなかった。セバスチャンはウンウンと満足げに頷いているけど、驚き顔のトリアがポツリと口にする。

「当然なのですか?」

「え、ええ。私の読みに狂いはなかったって事でしょ。違う?」

「はい、その通りでした。そこまで見通されていたのですね。・・・もしかしてですが、テキサスの油田も?」

「まあね。ごく偶にしか当たらないけど、当たる時はドンピシャリよ。それとトリア、あなたのご主人様は私のこの話は多分ご存知よ。けど、それでも伝えるのなら、追加で教えてあげなくもないけど?」

「……是非に」

 こちらは軽口ついでだったけど、思いの外真剣な眼差しと表情。
 とは言え私としては、『しかし残念だったな』とコメントを付けたくなる。私が知っている場所で、まだ未発見じゃないと、ダメなのだ。

「アメリカで私が掘り当てられる地下資源は、テキサスだけよ。他は知らないから」

「なるほど……では、ステイツ以外は?」

 さらに踏み込んでくる。
 隣のセバスチャンが、スーッと怖い顔になっているのに気付いているんだろうか。
 心の片隅でそう思いつつも、少し悪い顔をしてあげる。

「あなたの忠誠次第。それと、あなたのご主人様の示して下さる、鳳への友情次第で返答は考えましょう。もちろん、今じゃないわよ」

「はい、そのお言葉だけで十分です。誠に有難うございます」

 そう言って深々と一礼する。
 公認スパイというかパイプ役としては、成果も必要だろうという私の配慮だ。それに私としては、アメリカの王様達にそろそろ次の有言実行をしないといけないと考えていたところだから、今回の報告は本当に朗報、吉報だ。
 だから私は笑顔になる。

「そんな事よりも、あなたのご主人様に連絡繋いで。ビジネスのお話よ。それとセバスチャン」

 既に表情をノーマルに戻していたセバスチャンが、私が聞きたい事を諳んじる。

「はい、お嬢様。チャーチル様へのご連絡は、既に第一報は届けております。オーストラリア自治政府の方は、同行した案内人から自分達の自治政府への報告済み。恐らくですが、既にアメリカの王達もお嬢様の為に動き始めているかと。
 また、吉田茂様を通じて、日本の側からのアプローチも開始する手筈は整っております」

 万全の言葉に、思わず軽くグーにした手の甲で、セバスチャンの太鼓腹を軽く叩く。

「オーケー。さすがセバスチャン。じゃあ、すぐにも動いて。将来を見越した大型船用の港を作って、鉄道を引いて、その為に重機とダンプカー、ベルトコンベア、汽車と貨車の発注と、あと何が必要だったかしら?」

「労働者ですね。世界中が不景気に突入しましたので、働き手には困らないでしょう。アメリカの王の一人からは、なんなら重機の扱いに長けた熟練労働者を100人単位で出稼ぎに出すと言うお話も頂いております」

 とのお言葉はトリアだ。アメリカの話しは、トリア経由で来ることが多い。気をつけないといけないパイプだけど、今のところ便利な事は便利だ。

「オーストラリアは、日本人労働者入れられないものね。そのお話は進めてちょうだい。現地の指揮は?」

「鳳商事として、私めの部下の一人を中心に編成します。またすぐにでも、私とトリアは現地の視察と交渉に赴きます」

 セバスチャンが、立て板に水の答え。それに満足した私は、次への質問へと移る。
 事前に色々と動いている結果を聞くだけだけど、物事が一気に動いていくのを感じる。
 そうだ。曾お爺様がいなくなったからと言って、鳳は、いや私は止まっている場合ではなかった。

 それにこの先の事を考えると、止まっている時間はなかった。

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