■「悪役令嬢の十五年戦争」

■  179 「部下の統制」

 私は、少し気分を高ぶらせつつ、自分達が行ってきた事に対する質問を続ける。
 それに、セバスチャンとトリアが交互に答える。

「製鉄所建設の状況は?」

「川西財閥による鉄道敷設の計画が順調に推移中。現地は、当面の整地と道路建設は終わっております。アメリカからの重機とダンプなどの第二次陣が到着しましたので、それを使い建設速度を引き上げました。ただ今後の工事では、日本中で重機が引き手数多となっており、周辺工事での不足が懸念されます」

「鳳の新型工場って、まだ動いてないんだっけ?」

「フォード式の新しいトラック工場は、既に稼働しております。ですが、部品生産をする下請け工場の作る部品の精度が低く、大量生産の効果は十分とは言えません。また、稼働して半年程度では工員の練度も十分ではありませんので、十分な数の量産にも至ってないのが実情です」

「それもそうね。じゃあ鳳での重機の生産も無理?」

「重機のディーゼル・エンジンは鳳のエンジン工場で生産は進んでおりますが、重機自体の生産体制がまだ十分ではありません。小松製作所の大規模な工場が、大人口地帯で稼働してからとなるでしょう」

「そう言えば、そんな報告上がってたわね。近くの金沢に作ってたわよね」

「左様です。またお嬢様のご命令で、富山の氷見に場所を物色中です」

「私じゃなくて鳳グループね。それに仕切ってるの、虎三郎じゃない」

 言い訳と共に、ちょっとふくれっ面をしてみるけど、二人はお前がボスだろという表情しかしていない。だからすぐに表情を戻す。
 これだからアメリカ人はやりにくい。

「まあいいわ。何にせよ足りないのね。それじゃあ、足りない分を割り出したら、追加でアメリカに発注しましょう」

「畏まりました。それと、他にアメリカに追加発注の許可を頂きたいものがあります」

「何? 次の鉄鋼コンビナートと化学石油コンビナートは、まだ先よ。自動車の工場も」

 私がポンポンと次の計画を口にしたせいか、セバスチャンが両手を出っ張ったお腹のあたりで小さく否定ゼスチャーする。

「いえいえ、そのような大きなものではありません。ガソリンと軽油の輸入の許可を頂きたいのです。特に軽油はディーゼル・エンジンに必要ですが、国内生産が足りておりません」

「あー、うちが重機を沢山買い付けたからかぁ」

 思わず天を仰ぐ。本当に、彼方を立てれば此方が立たず、だ。

「はい。輸入の際に合わせて軽油の生産と輸入も増やしたのですが、機械の方の稼働率が予想を大きく上回っており、需要に追いついておりません。このままでは半年後には供給が完全に追いつかなくなります」

「了解。けどさあ、それって政府がする事なんじゃあ?」

「しております。ですが動きが遅い上に、こちらが陳情すると国産油田が沢山あるのだから何とかしろと言ってくる始末で」

「誰だその能無し、いや、脳ミソなしは?! ・・・しゃーない、出光さんに頼むしかないか」

「よろしくお願いします」

「お願いされました。って、そう言えば、うちの油田ってどうなってるんだっけ?」

 ついでなので、追いついていない情報を継ぎ足そうとセバスチャンを見る。すると軽く頷かれた。抜かりなしって表情だ。重機の話しが出た時点で予測ていたんだろう。
 ちょっと嬉しそうだ。けどまあ、それはいい。

「ご存知の通り、日本近在の油田の多くは重質油です。精製しても、多くが船舶の燃料として使われております。海軍などは国産油田のおかげで、洋上訓練が倍に、洋上出動が三倍に増えたと喜び嘆いているそうです」

「いや、喜べよ。何で嘆くの?」

「機関の痛みが早くなるからです」

「あ、なるほどね。軍縮条約があるから、近代改装も片手を縛られていて自由に出来ないし、改装するのに中途半端な改装はしたくないってところ?」

「まさに。まあ海軍はともかく、商船会社どこも大喜びですね」

「他に使い道は? 重油発電とかアスファルト道路の材料とか、クズの油にも使い道あるでしょ」

「はい。それに量は限られますし質も今ひとつにはなりますが、ガソリン、軽油もそれなりの量は生産されています。それと、まだ確定ではありませんが、一つ朗報が」

 最後に少し目を細めた。朗報という割に明るい表情じゃないので、何かあると言う事だ。

「何? 新ネタよね?」

「はい。鳳石油の研究チームが、世界に先駆けて触媒を用いた石油精製の実験に一部成功しました」

「一部か。何がどうなったのか、私にも分かるように言って」

 机に肘をついて頭を乗せつつ、お嬢様モードで聞く。
 セバスチャンは、私のこういうポーズがお好みなのはリサーチ済みだ。
 ただし、私には別に言いたい事があった。けど、セバスチャンがこの話をトリアも居る前で言った事には意味があるからだと了解して続けさせる。

「端的に申し上げれば、本格的な精油前の触媒を使った処理で、重質油を通常の原油と同様に処理が可能となりました。今後の研究課題は、その触媒の大量生産と二度目の触媒反応による、高品質精製物の大量生成になります」

「触媒の量産が当面のネック。オクタン価の高いガソリンを沢山作るには、次の実験待ちね。いつくらいに使えるとか分かる?」

「今すぐは無理です。出光様は3年以内に触媒の量産を、と考えておられます」

「オーケー。じゃあ化学石油コンビナートの建設スケジュールは、その辺に合わせて修正よ。それでさ、トリア」

 トリアへの呼びかけを、なるべく自然に、けど無視出来ないように行う。すると、トリアの姿勢が改まる。
 セバスチャンが話し始めた時から表情が強張っていたけど、さらに緊張しているのが分かる。
 しかも私の視界の隅、部屋の隅では、音もなくシズの姿勢が変化している。私はごくたまにしか気づかないけど、こういう時はシズが私の護衛なのだと気付かされる。
 そしてシズには気づかないトリアが、軽く頷いてから慎重に話し始めた。

「委細承知しているつもりです。今のお話は、いつまで黙っていれば宜しいでしょうか。願わくば、私が帰国する半年前ほどには、最低限の情報はお知らせさせて頂きたく」

「……そうね。あなたには、お子さんの為にも長生きして欲しいわ。・・・今の話しは1年間箝口令ね。我慢してちょうだい。ただし、等価交換出来るだけのお話が先方にあるなら、前倒ししてもいいわよ。次、セバスチャン」

「ハッ、出過ぎた真似を行い、誠に申し訳御座いません」

 私の叱責に90度のお辞儀。
 けど、こいつの場合、私が怒っても何だか嬉しそうな気配がそこはかとなく漂っている。下げた顔は、笑ってんじゃないだろうかとさえ疑う。

(何だ? マゾか? それとも、幼女に叱られると嬉しいって変態性癖の持ち主なのか?)

 思わずそんな埒も無い現実逃避したくなるけど、私の軽い叱責程度は織込み済みだろう。そしてトリアが、色々としている事についても。
 今の遣り取りは、私にトリアに釘を刺させるのが目的だ。そしてそれを3人全員が分かるようにしたところがミソだ。

「トリアには、ここで初出しのネタよね」

「左様です」

「賭け事がお好きなのは個人としては構わないけど、他人の運命までベットしない事。トリアの背中は汗だくよ。ねえ」

「ハイ。しばらくは、大人しく致したいと存じます」

「くれぐれも、よろしくね。けど、あなたの本当のご主人様のご意向もあるでしょうから、節度を守ってくれたらいいわ。そう言う事よね?」

「いつもながらの見事なご采配、感服致しました」

「お膳立てしたくせに、何言ってるの。トリアも、このデブは私に100万ドルをポンとくれるようなモンスターよ。気をつけなさい」

「肝に銘じます」

「宜しい。じゃあ、仕事にかかってちょうだい。忙しくなるわよ!」

「「イエス・マム」」

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