■「悪役令嬢の十五年戦争」
■ 190 「11歳の誕生日会(2)」
「まずは玲子お嬢様へ歌をお贈りしたのち、お誕生日ケーキのロウソクの火を消して頂きます。では皆様、歌の合唱を宜しくお願い致します」
といった感じで、司会を買って出た執事ルックのセバスチャンの仕切りで、お誕生日会はつつがなく進む。歌には、今や天才少年音楽家として有名人となりつつある虎士郎くんのピアノ伴奏付き。 そして歌の最後に、ケーキに立てられた11本のロウソクの炎を吹き消すと、万雷の拍手と「お誕生日おめでとう!」の多くの声。
何年もかけて積み上げて来たけど、もはや完璧と言えるお誕生日会だ。 それに加えて、今年も動画、静画両方のカメラマンの撮影もしてもらう。誕生日会以外でも色々と撮影するようにしているけれど、やっぱり誕生日会は気合が入る。
そしてそのまま各テーブルに別れ、私の誕生日会の一幕目、夕食会が始まる。 子供だけで16人。給仕などの世話をする使用人を除く大人を合わせると30人近いから、鳳本邸の広い食堂でも追加の机と椅子を並べると手狭なくらいだ。 給仕やシェフなどをする使用人も鳳本邸の者だけでは足りず、鳳ホテルから応援を呼んでいる。
何しろ、この一年ほどは私の側近候補を含めても、この鳳本邸には6人しか住んでいない。 だからこれ以上の規模の宴会になると、鳳ホテルで催さないといけない。それに中等学校に上がったら、私の誕生日会は鳳一族による外向けのセレモニーとする予定だから、今年がプライベートでの誕生日会の最後になるだろう。
来年からは、私が小さな頃から日本での誕生日会の普及に努めて来た、次の段階への移行だ。 次からは、今までのように自由には出来なくなるだろう。けど、望んでした事だし、華族で大財閥の身となると大騒ぎなど出来なくなるのだから、子供としての誕生日会で十分だった。 けど、今日は別だ。最後だから存分に楽しみたいと、私自身が強く、深く思っていた。 そして吹き消した後で視線を一巡しつつ、在り来たりだけど心からの言葉をみんなに伝える。
「皆様、私の誕生日会にお越しいただき、本当にありがとうございます。このような近親者だけでの誕生日会は今年で最後になるかと思うので、存分に楽しんでいって下さい」
パチパチパチパチ。最後に下げた頭の向こうから、周りから響く温かい拍手。加えて、バラバラながら再度の「おめでとう」の声。 その声を受けつつ顔を上げ、全員をゆっくりと見る。本当に幸せだと実感する。前世でも一度にこれだけ大勢に誕生日を祝われた事はない。
そしてそうして見渡していると、目線の少し下辺りにハンカチが出現する。シズの手だ。そして差し出されると同時に、いつものクールボイスで「涙をお拭き下さい。お化粧が台無しになります」とのお言葉。 嬉しさのあまり、無意識に涙を流していたらしい。
「ごめんなさいね。嬉しくて、つい。それじゃあ皆さん、まずは夕食を楽しんでください」
「では、皆様、いただきます」
「「いただきます!」」
セバスチャンの声に、いくつものテーブルに別れた各所から、大人も子供も違いなく唱和する。 最初は夕食会なので、私のテーブルにはお父様な祖父の麒一郎をはじめ、時田、セバスチャン、貪狼司令など大人が囲む。珍しく、本当に珍しく、お母様な祖母の瑞子(たまこ)さんも出席していた。言葉は殆ど交わさないけど、意外に嬉しいものだ。 また、紅龍先生とベルタさんも同席している。
子供達とは、二次会で騒ぐ予定だし、お泊まりもあるので、まずは大人からだ。 ただ、殆ど私の幹部会状態だけど、気にしたら負けだ。 それに、唯一の外からの来賓扱いな勝次郎くんも同じテーブルだ。
料理の方は、基本的にはフランス料理のフルコース。子供には、最初は最新トレンドのお子様ランチかそれに似たものを考えたけど、子供といっても鳳の子供達と私の側近候補なので、よく考えるまでもなくマナーは躾けられている。 それでも今日は、私の誕生日という事で子供向けのメニュー構成になっていた。加えて通常のコースとの違いは、最後のスイーツが最初にロウソクを吹き消して一旦下げていた誕生日ケーキの切り分けになる。
「こんなに集まってくれるなら、善吉大叔父様と虎次郎大叔父様も誘えば良かったわね」
「そこまで呼ぶと、一族あげての行事になってしまうぞ」
「そうですな。紅龍様もおいでですので、紅家の方も呼ぶのが相応しくなりましょう」
「そっか、そうなったら昔の園遊会と変わらないわね」
「そうだな。だが、この屋敷が賑やかなのは、久しぶりだな」
上座の私に対して左右の一番手前がお父様な祖父と時田なので、自然と二人との会話になる。縦長の大きな机なので、机の反対側に座る人とは会話が難しいほどだ。
「本当そうね。けど、寂しいなら、一族のみんなを呼んだら? どうせ部屋の大半は使っていないんだし」
「無茶を言うな。いくら今日がお前の誕生日だからって、その願い事は聞けないぞ」
「もうっ、分かっているわよ。けど、最低でも善吉大叔父様は、警備を分厚くする為にもここで住む方が良いと思うのよ」
少し前に話した事を思い出しつつ、今後も踏まえて呼び水を流してみた。そうすると、流石は荒事大好き人間だ。すぐに反応した。
「……そう言われるとな。だが、今日する話でもないだろ。近いうちに話し合おう」
「はい。時田もお願いね」
「畏まりました。ステュアート、貪狼とも相談しておきましょう」
「よろしくね。ところで紅龍先生、馴れ初めとかお聞かせ願えますか?」
「お、おおぅ」
「アラアラ」
名前の上がった二人の目線を感じつつもすぐに話題は変えたけど、時田の隣に座っている勝次郎くんから少し強めの視線が私に注がれているのに気づいたから、話題を変えたのだった。 その後、私たちのテーブル私の話題よりも、紅龍先生とベルタさんの話しが中心となった。
他のテーブルは、玄二叔父さん、お兄様がそれぞれの家族で。私の家臣たちが別のテーブルで、賑やかに食事をしている。 私はその合間に、少しだけ顔を覗かせて短い歓談と洒落込み、2時間ほどで誕生日会は次に移行していった。
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お子様ランチ: 1930年12月に誕生。31年3月にお披露目。 この時期だと登場して僅か1ヶ月なので、一般に浸透はしていないだろう。