■「悪役令嬢の十五年戦争」

■  191 「11歳の誕生日会(3)」 

 私の誕生日会の二次会は、男の大人達の大半がタバコタイムなのもあって、屋敷の喫煙室に駆け込む。意外だけど、紅龍先生だけが禁煙者だった。
 そしてここからは、子供だけの時間だ。

 子供達は、膨大な量のお菓子がテーブルの上に山積みされたパラダイス状態の大広間で騒ぐことになる。さらにその合間に、大人も入って私に誕生日の贈り物をくれる事になっていた。
 そして大人達の殆どは、別室でタバコタイムかお酒タイムだ。
 ただ、家族全員できた玄二叔父さんの奥さんの潔子(きよこ)さんは、食事の間も別室で眠っていたまだ小さい慶子(けいこ)ちゃんの様子が気になるので、メイドに任せていられずに今日泊まる客間に下がっていたりもした。

「今年分の我が忠誠をお贈りします」

「また?」

「うん。毎回するって決めてるからね」

「なら、お好きなように。あっ、他の子は真似しないでね。特に、側近の子は何もしなくて良いから。ていうか、しないで」

「「は、はい?」」

 今ひとつ分からないまま、私とお芳ちゃんのやりとりを見て、そしてよく分からないまま返事をする。
 一方で、鳳の子供達と勝次郎くんは、先に釘を刺された形になったらしく、動きが少しキョドッている。そんな中の一人である龍一くんを、妹の瑤子ちゃんがジト目で見ている。
 我関せずで、天使の笑顔でお菓子を頬張るのは虎士郎くんだ。そして部屋の空気を全部無視してきたのは、輝男くんだった。

「僕も毎年しようと決めているので、今年分の我が忠誠をお贈りします」

 と、毎回、騎士っぽい忠誠の儀ポーズを取る。頭脳担当なお芳ちゃんと違って、体を鍛え武術を磨いているから動きが本当に良くて、思わず見とれそうになる。
 そして男子どもから妙な視線を感じたので、軽く咳払いで誤魔化す。

「はい、いつも有難う。で、他の男子も、私に忠誠を捧げてくれるなら、しても構わないわよ」

 言葉の後半、反撃の為にお嬢様ムーブなドヤ顔で見返してやる。
 そうすると、龍一くんはげんなりと「エェ」って感じで、玄太郎くんは少し躊躇するような表情で、勝次郎くんは手でヒラヒラと「それはない」と言い切る。
 意外な事に、玄太郎くんがやや脈ありと分かった。

「さて、お約束も終わったし、お菓子を食べましょう。今年も新作用意したから。シズ持ってきて」

 「畏まりました」の言葉で、シズと数名の給仕役のメイド達が下がる。命じてから、冷蔵庫に入れてあるお菓子を持ってきてもらう手筈だったからだ。
 そして私の演出に、私担当の突撃隊長な龍一くんが、げんなりとした表情を持続したまま問いかけてくる。

「また何か作らせたのか?」

「抹茶のほろ苦い味わいを練りこんだ、大人の味をあなたの口に!」

「なんだその売り文句?」

「鳳喫茶の新作だったら、もう食べたぞ」

「えっ? 勝次郎くん、メイド喫茶行った事あるの?」

 意外過ぎる言葉に少し唖然とする。
 実はオタク属性があったのかと疑うと同時に、日本最強のブルジョアなら自分の屋敷で食えよとも言いたくなる。
 しかし、さらなる衝撃が待っていた。

「ああ。玄太郎、龍一と、学校の帰り際に時々寄っている。玲子が提案するという菓子や飲み物があるんだから、俺が行かねばならないだろう」

「……みんなでお茶するんだ」

「め、女々しいとか言うなよ」

「言わないわよ。この脳筋」

「の、脳筋っ!……ってそれはいい。でもあの店、男の客がやたらと多いぞ。こないだなんて、紅龍叔父さんに会ったし」

「紅龍先生、甘いもの好きだものねー。じゃあベルタさんと一緒に?」

「いや、一人だった。周りを無視して黙々と食べてて、ものすごい量の皿を重ねていたな」

(何してんだ、あのおっさん)

「玲子ちゃん、顔がすごい事になってるよ。でもね、男子もたまには甘いものの一つくらい食べたくなるんだって諦めよう」

 相当顔が崩れていたらしい。もしくはジト目にでもなっていたんだろう。
 少し顔を引き締めてから、私の天使の瑤子ちゃんを見つめる。もう10歳だけど、いつもながらの天使だ。

「ま、まあ、紅龍先生は別にいいわ。それより私達も誘ってよ」

 そう言うと、玄太郎がメガネキャラ定番ポーズの『メガネクイッ』で反論体制に入る。これでメガネがキラリと光れば満点だけど、ゲームやアニメの世界じゃない証拠にエフェクトはかからない。
 ただ、部屋の熱気のせいだろうか、少しほっぺが赤い。

「お茶に行くようになったのは、玲子が長旅に出た頃だし、最近はここでの学習会もあんまりないだろ。それにな、男子同士の付き合いもあるんだ」

「何を偉そうに。じゃあ、虎士郎くんは?」

「ん? 僕は別にいいよ。同じ学級の子達と遊んでいるから。それに3人とは進む道も違うしね」

「……虎士郎くんが一番大人ね」

「アハハハ、最近は演奏とか練習で、大人の人と一緒が多いからなだけだよ」

 さすが天然。私の大人発言に、一瞬精神的に崩れかけた他の男子どもへのフォローを一瞬でしてしまった。
 天使なだけじゃなくて、天然&天才だけが成せる技だ。ちょっと私も見習いたい。けど、見習えないからこその天然&天才だ。

 そうして改めてすぐ側にいる虎士郎くんを見て、違和感に気づいた。いや、この部屋に入ってから何かを感じ始めていたけど、その正体に行き当たったと言うべきなんだろう。
 私に忠誠の儀をした時の輝男くん以外、そして虎士郎くん以外の男子の様子が少しおかしい。
 しかもこの感覚は、私が前世を含めて感じたことのない感覚だった。だから、何が原因なのかを突き止めるべく、注意深く様子を見回す。

 そうすると、隣の瑤子ちゃんに軽く肘で小突かれた。
 私が視線を向けると、すぐ耳元に瑤子ちゃんの口元があり、そしてこう言った。

「今日の玲子ちゃん、ちょっとエロよ。だからお兄ちゃん達、子供のくせに困ってるのよ」

 男子には口元を中心に顔が見えないようにした瑤子ちゃんが、面白そうなものを見たと言う表情を浮かべている。
 一方の私は、ようやく合点がいった。

(なるほどね。シズ達の衣装選びが私的に今一つだったから、コーディネート全般を自分で選んで化粧も頑張ったおかげか……いや、単に私が成長してきたって事よね)

 そう思い直しつつ、お嬢様っぽく周りを睥睨(へいげい)するように見渡す。そして少しだけ幼女でも女子でもなく、女としての優越感に浸る。
 私は去年くらいから、幼女から女への体の変化が始まっていた。そして半年もすると、かなりの勢いで身長が伸び始めている。1年で10センチくらいの勢いだけど、最終的に160センチ台後半のデカ女になるから、この勢いは数年間止まらない。早くも、出るところが出始めてもいる。
 そして現時点では、基本的に女子より成長の遅い男子より身長が優っていた。見下ろすほどじゃないけど、目線は私の方が上。今だけのレアな視点だ。

 そして私が意識して3人を順に見つめると、まともに見返してきたのは勝次郎くんだけ。それでも少し意識しているのが垣間見えた。
 ただ、すぐに気持ちも萎んだ。

 瑤子ちゃんにエロと言われたように、少し大人っぽいドレスにして大人っぽい化粧をするにはした。
 けど今日は、私が子供でいるための日だった。男子どもに妙に距離を開けられる為に、おめかしをしたんじゃない。あくまで、子供が背伸びをする為だ。
 だから、腰に手を当てて大きめのため息をつく。そして指をさして言い放ってやった。

「何、子供が意識してんのよ。来年になったら、滅多に一緒に遊んだり出来なくなるのよ。今一緒に過ごさないでどうすんのよ。ばっかじゃないの。ねえ、虎士郎くん」

「ん? 良く分かんないけど、今日の玲子ちゃんは綺麗だよ。あと5年が待ち遠しいくらい」

「ありがとう、虎士郎くん。私も5年後の虎士郎くんの姿が楽しみよ」

 二人して満面の笑みを向けあう。虎士郎くんの天然は、本当に癒しだ。
 そしてそのやりとりで空気もようやくほぐれて、賑やかな二次会を楽しむ事が出来た。

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喫茶:
昭和初期の頃から、カフェはキャバクラもしくはそれ以上の風俗のような業態になっているので、間違っても『カフェ』と言ってはいけない。
この時代のカフェの女給は、後ろを大きなリボンを「蝶結び」した白いエプロンを付けていたそうだ。
これが『夜の蝶』の由来なのだと言う。

エロ:
1930年頃から「エログロナンセンス」の言葉が言われるようになる。
つまり、この頃の流行語。ただし早くも1936年に、政府の指導で使われなくなる。
右も左も、政治に関わる連中は統制が大好きらしい。

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