■「悪役令嬢の十五年戦争」

■  221 「子供達の初盆」 

 8月15日。お盆本番。鳳の本邸では、昨日からたくさんのお坊さんを呼んで法要を営んだ。
 昨日は来客が沢山あったけど、今日は本当に親族だけだ。
 まあ、昨日の来客も、今日は自分たちの家のお盆をしている事だろう。
 勿論、鳳一族が集まれるだけ集まるので相当な数になるけど、正月や5月のパーティーでも似たようなものだから、服装が黒一色という以外は慣れたものだ。
 お盆自体も毎年しているし、今年は少し盛大というくらい。
 そして墓参りも13日に済ませたし、14日も法要には一応参列している。それに法要と言っても、一日中しているわけじゃない。
 だから今日は、親族達と暢んびり過ごす日に等しい。特に子供は夏休み中だし、この夏私は親族達にあまり会えていないので、この機会は貴重だった。

「というわけ。だから、上海のお土産はないの、ゴメンね瑤子ちゃん」

「ううん。大変だったんだね。玲子ちゃんに怪我とかなくて、本当に良かった」

 そう言って抱きついてきてくれた。10歳超えてもまだスキンシップ継続中なのは、本当に嬉しい。思わずこちらもギュッと抱き返してしまう。
 そんな二人を、男子どもが色々な表情で見ている。

「それでも上海では競馬、上海、大連とも高級ホテルか。海外に行った事がない身としては、やっぱり羨ましいよ」

「だよな。俺は連合艦隊とすれ違ったってのが、一番羨ましい。作戦行動中の艦隊と出会うなんて、滅多にない事だぞ」

「そうなんだ。でも、それだけ玲子ちゃんは物騒な所に行っていたって事でしょ。ボクはすれ違いたくないなあ」

「そうかもしれないが、なぜ玲子だけなんだ? 先祖由来の場所を見に行ったというなら、お前達も上海に行くべきだろ?」

 うん。一人、親族じゃない子がいた。あまりにも自然にいたから、気にもしていなかった。他の親族達も同じだ。

「僕達は、中等学校に上がってから行くよ。玲子は鳳の長子だから、なんでも一番なんだ。お父さん達の代もそうだったって、先日聞いた」
 
「そうなのか。うちは長子はあまり関係ないが、重いのだな」

「重くないわよ。取り決めが出来た頃の鳳はそんなにお金持ちじゃないから、資産分散を防ぐ為にご先祖様がお決めになったのよ。ていうか、なんで勝次郎くんまでいるの? そっちのお盆大丈夫なの? 今更だけど」

「大丈夫だ、問題ない。昨日済ませてある。逆に昨日は、近所にも関わらず鳳の初盆に顔を出せなかったので、こうして馳せ参じた次第だ。それに俺の遠い叔母の一人も、鳳の出だからな」

「そういえば、そうだったわね。他の家からも、嫁いだり嫁いできたりな人もいたものね」

「だが、子供は勝次郎だけだ。改めて礼を言う」

 そう言って龍一くんがぺこりと頭を下げる。お兄様な龍也叔父様に、色々と仕込まれていのが分かる仕草だ。それに、さらにゲームの雰囲気に近づいているのが改めて分かった。
 ゲームでの龍一くんは、油断すると脳筋になるけど軍人を目指して幼年学校通いだから、折り目正しい立ち振る舞いだからだ。

「気にするな。未来の嫁の曽祖父だ」

「なら、気にする」

「だから、気にするな。それにお前達にも俺の親族で、年齢の近い者を紹介するから。それで両家盤石じゃないか」

 龍一くんの即答返しに、勝次郎くんがドヤ顔の俺様宣言を下す。
 そして腕を組んでウンウンと一人納得する勝次郎くん。彼の頭の中では、三菱財閥と鳳グループが連合して、日本経済を牽引して行く姿でも浮かんでいるのかもしれない。

(まあ、それも悪くないか)

 そう思ったところで、言葉がスルリと出てしまった。そのまま「それも良いんじゃない」と。
 すると、勝次郎くんが我が意を得たりと笑みを浮かべ、残り3人の男子がそれぞれ私に強い視線を向ける。虎士郎くんですら、意外だったみたいだ。瑤子ちゃんが「それもありかもねー」と続いているのが、違和感を感じるくらいだ。
 そして続いて「どう言う意味だ?」とは玄太郎くん。だから、思った事をそのまま返答してあげた。

「だって、次の次の一族当主は、血筋的にはちょっと厳しいけど龍一くんがすれば良いし、次の次の財閥総帥は玄太郎くんでしょ。虎士郎くんは音楽の道に進むなら、出来るだけ好きにすれば良いと思うし」

「玲子はどうするんだ?」

 3人は納得げになったけど、今度は勝次郎くんが少し不満げだ。
 だからこちらにも、私の将来構想を紹介してあげる事にした。勿論と言うか、私の中では理想論だけど、子供達には話して良いだろう。

「成人か結婚する頃には、私はただの女、凡人になっているから、鳳のあとの事は二人に任せるだけよ」

「鳳を率いる気は無いのか?」

 さらに勝次郎くんの厳しさが増す。この際だから、勘違いを訂正してやるべきだと感じるほどの感情の強さだ。

「そうよ。長子は遺産相続と管理が第一。だから私は、せいぜい金庫番。そもそも男子しか爵位は継げないから、当主にはなれないでしょ。それに財閥をずっと率いたら、気苦労で老けちゃうわよ」

「じゃあ、今している事はなんなんだ? 政治にすら足を突っ込んでいるんだろ?」

 どこで聞いたのか、勝次郎くんと言うか山崎家の情報網の一端が、この一言からも分かろうと言う言葉だ。

「……まあ、色々とね。けど、それも成人するまでよ。それに今苦労しているんだから、大人になったら楽させてよ」

「いや、なんか、言っている事の後半が決定的におかしいぞ?」

「けど、玲子ちゃんらしいよね。ボクは良いと思うよ」

 龍一くんの即ツッコミが入り、虎士郎くんがそれを笑う。玄太郎くんまで苦笑している。

「まあ、こんな事言っていられるのは、今のうちだけだな。なんにせよ僕らは、最低でも15になるまで実質何もさせてもらえない。それまでは、玲子は好きにすれば良いと僕も思う。勝次郎も、それまではあまり玲子に拘らずにいてやれよ」

 そして玄太郎の言葉を聞いて、勝次郎くんが順番に3人の男子を見る。そして浮かんだのはかなり深い苦笑だ。

「ホント、お前ら仲良いな。そんなんじゃあ、俺が入り込む隙がないじゃないか」

 そんな勝次郎くんに、玄太郎が少し居住まいを正す。表情も少し大人っぽい。この表情を私に向けられたら、心拍数が上がっていた事だろう。
 ただ現状は、11歳の男子が向かい合うボーイズ展開だ。

「そんな事はないだろ。でも、分かっていると思うが、玲子は鳳の長子だ。嫁入りは絶対にない。となると、勝次郎は鳳の婿養子だぞ。そうなれば、僕か龍一と競争だ。それで良いのか? 三菱を継ぐ道を進む方が順当じゃないのか?」

(そうなのよね。ゲームや、たぶん私の体の主のループの中だと、鳳が破産寸前まで傾くからこそ、他の財閥へ嫁ぐってフラグが立つわけなのよね。今まで触れなかった事に触れるとか、玄太郎くんも私が知らない間に強くなったなあ)

 などと、少し中の人に戻りすぎていた私の耳に、言葉の爆弾が聞こえてきた。

「ボクも勝次郎くんは、順当に三菱を継ぐ道を進む方が良いと思うよ。どうしても年の近い鳳の血筋と結ばれたいなら、瑤子ちゃんがいるじゃない。瑤子ちゃんなら長子じゃないから、お嫁さんにもらえるよ」

「こ、虎士郎くん、勝手な事言わないで! えっ、いや、勝次郎くんが嫌いとかじゃないのよ。えっと、なんて言えば良いのかしら。モーッ! 虎士郎くんのバカ、大馬鹿!」

「そ、そ、そうだぞ虎士郎! な、何てことを言うんだ!」

 遥子ちゃんは言葉が多いけど、メンタルダメージは龍一くんの方が遥かに大きそうだ。そんな二人にニコリと笑う虎士郎くんのメンタルは強キャラ過ぎる。

「突然ごめんねー。でも、ボクは前からそう思っていたんだ。玲子ちゃんが、お兄ちゃんか龍一くんと結ばれて、勝次郎くんが瑤子ちゃんと結ばれれば、一番なんじゃないかなあって」

(さ、さすが、天然、空気を読まない。いや、むしろ天才かっ! ってツッコミすら忘れるほどね。……けどまあ、今のまま進めばそれもありよね)

「心の問題はともかく、それぞれの家としてはそれも有りなんじゃない。けど、私を貰えなかった方と、虎士郎くんはどうするの?」

 あまりに大人びた発言だから、思わずいらぬツッコミをしてしまう。

「ボクは、出来れば同じ道を進んでいる人か、音楽が大好きな人が良いけど、二人がどうしても玲子ちゃんが嫌だって時に話を進めさせてもらうかもね。ボクも玲子ちゃんは大好きだから」

 そしてこの返しな上に、天使の笑みで締められた。
 もう(い、一番大人だ)と、ただただ感嘆するしかない。そして思わず頭を深々と下げてしまう。

「参りました。虎士郎くんが一番正しいわね。……と、オチがついたところで、別の話しにない? 今日は曾お爺様の法要よ。草葉の陰で、曾お爺様が私達の今の話を笑っていらっしゃるわ」

「違いない。今日に相応しくない話だったな。済まない」

「そ、そうよね」

「瑤子ちゃん、半分は冗談だから、もう気にしないでね」

「き、気にするわよ。今まで気にした事もなかったのに!」

「アハハ、ごめんごめん」

 そんな感じで丸く収まりそうな中、二人の男子が微妙な表情だ。

「なあ、片方があぶれる僕らの事は聞かないのか?」

「珍しく、玄太郎と同じ意見だ。ちょっと話そうか、玲子」

 二人の目が少し本気だった。

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