■「悪役令嬢の十五年戦争」

■  233 「喫茶にて」 

「アレ? 玲子じゃないか」

 鳳ビルの地下駐車場で、私を呼ぶ聞き覚えのある声。

「龍一くん。それに玄太郎くんと勝次郎くんまで。なんでここに?」

「それはこっちの台詞だ。僕達は隣のホテルに用がある」

「ここで会ったのも何かの縁だ。一緒にどうだ?」

 勝次郎くんの言葉に、二人が少し嫌そうな表情を浮かべる。だいたいの察しはつくけど、こっちも用がある。

「どうするお芳ちゃん? 多分、お茶のお誘いだけど」

「お嬢、様がお決めください」

 お芳ちゃんもこのメンツにはある程度化けの皮がバレているけど、それでも取り繕われた。

「まあ、急ぐ用事でもないし、1時間くらいならいいわよ。リズ、貪狼司令にそう伝えておいてくれる」

「畏まりました。ですが、お店まではご同行させて頂きます」

「すぐ近くだし、ここは鳳の本丸だから、って私が言っちゃあダメなのよね」

「はい、お嬢様。リズの申す通りです」

 かくして男女5人と使用人が同じ数、鳳ビルの地下2階から道を挟んで隣にある鳳ホテルの1階へと向かう。
 この二つのビルは、地下一階で地下通路でも繋がれているから、外に出ずに行き来ができる。

 (この地下通路って、銀座線を作る時に無くなるのかなあ)と通るたびに思いつつ、無骨な鳳ビルから華やかな鳳ホテルへ。そしてエレベーターで1階上がると、広い正面ロビーに出る。けど、ホテル自体に用はない。用があるのは、ロビーから伸びる通路の奥、飲食店街だ。
 開業から3年半ほどだけど、銀座界隈や三菱の丸の内ビルの飲食店街と並んで、今や帝都を代表する食の流行発信拠点となっている。

 そしてホテルラウンジの喫茶の反対側、つまりホテルビルの角に目的の店がある。その窓側はビルの北西方向に神社があるから、緑が見えて景色が良い。
 店自体は私自身が凝らせたので、外観も内装も本格的。大英帝国全盛期の姿を彷彿とさせる佇まいだ。

「「お帰りなさいませ、お嬢様、ご主人様!」」

 そしてメイド総出でお出迎えされた。鳳の本邸でも滅多にない光景に、全員が思わず目を白黒する。

「ただいま。ねえ、いつもこんな感じ?」

「いや、違う。出迎えてくれるのは、2人くらいだな」

「それ以前に、ご主人様よりお嬢様が先というのは初めて聞いたぞ」

「まあ、玲子が真の主人だって、詳しい社員なら知っているよなあ」

 とは、勝次郎くん、玄太郎くん、龍一くんのコメント。
 一応、ホテルのボーイを先ぶれに出したせいか、やっぱり普通の接客とは違っていた。
 だがしかし、気にしたら負けだ。それに私はお嬢様。メイドにお出迎えされるのは慣れっ子だ。だから自然に案内される。お芳ちゃん以外の他の3人も慣れたものなので、私に続く。ただ3人の場合は、単にこの店に慣れている様に見えてしまう。
 そして案内されつつ店内を見渡すと、確かに男子が多い。女子がいても、女子同士という事はない。

「私、このお店に来るの、開店して以来なのよね」

「自分で作らせておいて、意外に薄情だな」

「そうは思うけど、予想通りお邪魔虫だもん。店のメイド達にも気を遣わせているし」

「そうだな。僕達だと、ここまでじゃない。メイドが何人か入れ替わるくらいだ」

「その者達は、護衛を兼ねているからな。だが、安心して寛げるという点でも、この店は良い。俺達くらいになると、こうして市中の店に気軽に入るのは難しいからな」

 私の言葉に、龍一くん、玄太郎くん、勝次郎くんが論評を挟む。お芳ちゃんは、静かにしている。というより、少し緊張している。だから小声で問いかけようと思ったけど、周囲を見るとその必要はなかった。
 変わったブレザー姿のアルビノ美幼女に、周囲の男どもの視線が集中していたからだ。しかも大半がチラ見。その挙動から雰囲気から、そして一部服装から、私が前世で何度も遭遇した「オタク」の先輩達だ。

 私もそれなりに注目されているけど、お芳ちゃんほどじゃないし、何より前世の私は女オタクだから、同類は慣れたものだ。
 あと、私達のそばで待機している本物のメイドのシズにも注目が集まっていた。リズもいたら白人という事もあって注目されただろうけど、今さっき鳳ビルへと伝言に行っている。

(オタク的には、シズの方がポイント高いだろうなあ。何しろ、本物のバトルメイドだし)

「どうかしたか?」

「確かに客は男の人ばっかりね。よく来るの?」

「月に一度来るかどうかだな」

「……意外によく来てるのね」

 あえて軽くジト目を送ると、真面目な表情で返される。

「学校が違うようになると、気軽に会えなくなるからな」

「そっか、二人は一中に行くんだっけ」

 そう、玄太郎くんと勝次郎くんは、学習院をそのまま上がらずに、東京帝国大学へと続く一中(東京府立第一中学校)でトップを目指す。なんでも、学習院はぬる過ぎなのだそうだ。
 龍一くんは、陸軍幼年学校に進むので、面倒だからそのまま学習院の中等科に1年通う。本来は受験時で満13歳という規定があるけど、小学校を特進した秀才は1年若くてもオーケーという特殊な制度のお陰だ。
 それにしても、この時代は中学受験も大変だけど、二人とも試験結果は首席と次席だった。インテリキャラの沽券に賭けてなのか玄太郎くんが首席なのは、ゲームの設定と同じだ。

「玲子は、そのまま鳳の女学校か?」

「そうよ。どこに行っても一緒だし。それに私の家庭教師のうち2人はハーバードよ」

「それは本気で羨ましいな」

 勝次郎くんが表情でもマジ顔だ。セバスチャンとトリアの事だけど、今の日本でハーバード出身などアメリカ大使館にいるかどうかだろう。

「ヴィクトリアさん、すごく厳しいよな」

「セバスチャンさんも容赦ないだろ。笑顔のまま、しごいて来るしな。しかも全教科カバーしてて隙がない」

 とは鳳の二人。この二人も、午後の学習会で月に数回のセバスチャンとトリアの時は、必ず顔を出しに来る。ネイティブの英語での授業というのが、何よりポイント高いみたいだ。お芳ちゃんですら、この二人の授業には顔を出す。
 ただ、リズも英語の授業に参加してもらったら、大失敗だった。何しろお仕着せの丁寧米語をかなぐり捨てると、前世の映画で時折聞いたニューヨークの下町訛り、いわゆるブロンクス訛りだった。
 軽く引きつつ素性を聞いて見ると、子供の頃は大都会の野生児だったとの事。そりゃあ、トミーガンも似合おうと言うものだ。
 まだトーキーの映画が日本には殆ど入ってきていないので、その言葉遣いには鳳の子供達全員が目を丸くしていた。

 まあ、そんな感じでしばらく談笑する。
 普通の談笑は久しぶりな気がするけど、たまにはこういう事も必要だと思い知らされる辺り、私は相当のワーカーホリックになっているのかもしれないと、内心で逆に凹みそうになる。

「それで、今日は何の用で鳳ビルに?」

「え、ああ。お芳ちゃん」

「えっ? 私ですか。えーっと、総研に政争の最新状況を聞きに行くところでした」

「……」

 3人揃って絶句された。まあ、小学生が言う言葉じゃないだろう。私もそう思う。他人が口にするのを聞くと、確かに納得させられる。

「……聞いてどうする?」

 最初に立ち直った勝次郎くんの声がかなりマジだ。

「ただの興味本位。お父様は奔走していらっしゃるけど、流石に私は見ているしかないもの」

 その言葉の横で、お芳ちゃんがちょっと苦笑いしている。何しろ、本日の言い出しっぺだ。
 それに対して龍一くんと玄太郎くんは、まだ少し動揺が続いている。

「そう、だよな。ちょっと驚いた」

「全くだ。玲子はついに元老みたいな事に手を出したのかと思ったよ」

 聞きながら、動揺する時点で、普通の子供じゃないと私は思う。だからそのままの気持ちで、気軽に問いかけてやった。

「そんなわけないでしょ。それよりお茶が済んだら行くけど、みんなもどう? みんななら問題ないと思うわ。ただ、勝次郎くんの場合は、後でちゃんと小弥太様にお話しして、げんこつをもらわないとダメかも、だけど」

 そう言うと厳しめだった勝次郎くんの表情が崩れて、苦笑気味になる。

「是非同行させて頂くが、それは言わないでくれ」

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メイド喫茶:
カフェとすると、1930年くらいだと店の形態が殆どキャバレー化してしまうので使えない。
この世界では、なんと呼ばれているのやら。

この地下通路って:
一番古い(地下が浅い)銀座線を横切るから、使えなくなっている可能性が高い。
恐らく、新橋=渋谷間(昭和14年運転開始)の工事が始まったら(昭和10年開始)アウトだろう。
というか、首相官邸のあたりは地下鉄通り過ぎ。21世紀には地下6階までとか、ほとんど地下都市レベルに思える。

陸軍幼年学校:
受験資格は、受験時に満13歳から15歳未満。
この世界は小学校が1年飛び級入学できるので、飛び級の場合の特例が存在していると想定。

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