■「悪役令嬢の十五年戦争」

■  247 「鳳の屋敷(2)」 

 改修により、帝都東京でもトップを争うほどの屋敷となったわけだけど、やや一貫性にかけるのはご愛敬だろう。
 なお、引越しによって鳳の本邸内は以下のような配置となる。
 
  ・本邸:
 本館  :善吉夫婦、玲子、書生
 離れ  :麒一郎夫婦、家令(芳賀)
 旧館  :玄二一家
 別館  :龍也一家

 使用人棟別館:筆頭執事(時田一家)
 使用人棟:使用人
 (使用人棟新館:(建設中))

 ※作業棟、業務棟、車庫などは人の住まない建物は割愛。
 ※地下には駐車場、射撃場、牢屋など盛りだくさん。自家発電機くらいは当然と言った感じ。でも駐車場以外は秘密。

 あと、使う建物が増えたので、セバスチャンが本館内にもう1室を得た。セバスチャンが使う人が増えた影響だ。ただし当人の家は、本邸のすぐそばに別にある。
 また私のメイドの中では、トリアだけが本邸の近くから通う事になる。

 一方で、住む一族の人間が大幅に増えたので、純粋な使用人と実質的な護衛の数も大幅に増えた。漫画やアニメのように、ズラリと並ぶ使用人達みたいな事が出来るほどの数だ。
 お兄様、玄二叔父さんも、使用人は最低限でいいと言ったけど、伯爵家にして大財閥の本邸住まいだから、強引にある程度の増員は認めさせていた。

 また一方では、鳳の本邸の近くには、古くからの鳳グループに属している人の家が、大名の城下町の家臣団のごとく以前から何軒もあったりする。
 他にも、生田に移転する大正時代の半ばまでは、紅家の大学、病院などがあったけど、いまひとつ使い道のない状態で置かれていた。
 さらに関東大震災以後、周辺の一部の土地が乱雑な再開発状態だったので、27年辺りから全て合わせてゴリゴリと土地を買い上げ区画も整理し直した。

 再開発は東京市とも強く連携して、鳳グループによる六本木6丁目全体の再開発状態になっている。関東大震災後に手を入れられなかった地域の開発を兼ねているけど、なんだか某ヒルズ建設のフラグを思いっきりへし折っている心境だ。

 さらに似たような事は、山王の鳳ビルの周りでも精力的に行っていて、そろそろ鳳ビルに匹敵するオフィスビルが複数完成しつつある。
 そのうち三菱の丸の内のビル街のミニ版みたいになる予定だ。しかも、財閥の肥大化により建物が足りないらしく、虎ノ門の方へと大きく侵食しつつあるのは、ちょっと気になるところだ。

 そして、山王から虎ノ門方面にかけては新たなビジネス街にするけど、鳳の本邸がある六本木6丁目界隈には近くからの移転の形で学校も作ったし、緑地帯と合わせた公園と美術館も新設した。
 何より、鳳の紅家が運営する大規模な鳳病院を旧病院跡地を中心にして新設した。かなりの規模の総合病院で、研究所も併設されている。

 そして、区画整理と合わせて道の整備も東京市に寄付金を付けて行ってもらい、町の整備と防火を兼ねた街づくりをした。
 他との兼ね合いもあるから道路幅が広げられなくても、自分達の土地を削る形で広い歩道やちょっとした緑地帯にしてある。将来的には、車道を最低でも1車線は増やせるだろう。
 公園と合わせて、土地もかなり東京市に献上した。これだけ数百万円になるだろう。

 他にも、私の発案のモダンな鉄筋コンクリート製の、この時代としては高層のアパートメント群なども建てられている。エレベーターも設置させた最先端のモダンな建造物なので、入居の際の抽選率が異常に高かったらしい。
 中でもランドマーク用にと、高さ制限ギリギリで横幅も広い大きく豪華なアパートを一棟作らせた。これは新参の成功者の象徴として『六本木鳳アパート』と通称され、私を内心苦笑させた。
 ただし、これらの建物は、区画整理と合わせて万が一の際の防災対策というより、私的には大規模な空襲対策の一環だった。だから公園に植えた木も、外周には火災に強いイチョウを多く植えさせている。

 一方では、鳳の本邸から大きな道を挟んだ北東側には、三菱財閥総帥の小弥太さんのお屋敷がある。
 だから三菱財閥とも協力して、隣接する区画の再開発も並行して行い、この辺り一帯の再開発が進められている。この為か、最近は鳳の城下町とか三菱・鳳の城下町とか言われつつある、らしい。
 ここではかなり自腹を切ってあるので、人気取りと言われたり、逆に篤志家として評価されてもいる。
 ついでだから、周辺も含めてアスファルト舗装道路をいっぱい広げておいた。
 アスファルト道路については、お上の公共事業という形ながら鳳がモリモリと日本中で急速に広げつつある事業の、おまけみたいなものだ。

「けどこれって、下手をしたら卵を一つの籠に盛る行為よね」

「かもしれんが、普通の一軒家や使用人をあまり置けない小さな屋敷だと、万が一にも襲撃されたらひとたまりもないぞ」

 お父様な祖父と二人で、本邸の庭の一角から屋敷全体を眺めつつのちょっと危ないトーク中。
 他には、去年から飼い始めているジャーマンシェパードが2頭、のんびりと寝そべっている。この屋敷には4頭のジャーマンシェパードが飼われていて、番犬以上の役割、つまり警備犬として任務に就いている。
 そのうち1頭を撫でつつ、言葉を返す。

「かと言って、完全武装の陸軍1個小隊が攻めてきたら、どちらにせよ対処できないでしょ」

「この屋敷とうちの使用人達なら、それくらいなら十分時間稼ぎは出来るけどな。それに完全武装した軍隊相手とか、普通は誰も対処できないだろ」

「そうだけど、こうも近くに陸軍の駐屯地があると、良からぬ事を考えた小隊長が一人いればって思ったりしない?」

「そんな事言い出したら、近衛歩兵第3連隊なんざ、大手町から移動してきた中央官庁街のすぐ側だし、宮城の北側には近衛歩兵第1、第2連隊だぞ。それにだ、その事はまだ考えなくて良いだろ」

 お父様な祖父には、私の前世での『二・二六事件』の話はしてあるから、気兼ねなく話す事も出来る。そしてそうしたクーデター対策の一つが、今回のお屋敷の大改装と引越しだ。
 加えて、『夢』では直近に迫った『五・一五事件』への念のための対処でもある。『血盟団事件』が、かなりしょぼいながらも実現したので、多くを前倒しにした結果が今回の引っ越しでもあった。
 連動して鳳の本邸以外でも、鳳ビル、鳳ホテルなどでも対策の強化が実施されている。
 何しろ鳳ホテルの事実上のお隣は、首相官邸だ。

「それもそうね。今は布石を打つだけよね。それで、みんなの引越しは?」

「知ってるだろ。3日後には善吉、その後今月中に玄二、龍也の順だ。もう、新しい家具とかは入れ始めている」

「そっか。私は、玄二叔父さんとこの慶子(けいこ)ちゃんと龍三郎(りゅうざぶろう)ちゃん、龍也叔父様の麒次郎(きじろう)ちゃんと麟子(りんこ)ちゃん。それに龍吉叔父さんのお子さんも。みんなに会うのが楽しみ」

 龍三郎(りゅうざぶろう)ちゃんは去年の11月に、麒次郎(きじろう)ちゃんと麟子(りんこ)ちゃんは2月に生まれたばかりの双子ちゃんだ。
 龍吉叔父さんは、善吉大叔父様の長男で今まで挨拶以上はしたことのない人だ。善吉さんには他に2人、私の叔母がいるけど、どちらも既に嫁いでいる。だから鳳の本邸に住むのではなく、引っ越し後の挨拶の時に会えるかどうかだ。
 こうして見ると、鳳一族はなかなかに頭数の多い一族だ。
 この上、蒼家には虎三郎の一家もいる。

「何はともあれ、人が増えて賑やかになるな。こんな鳳の本邸は久しぶりだな」

「そうなの?」

「俺達の代が結婚して最初に子供が出来た頃は、賑やかだったぞ。日露戦争の前で、鳳はあんまり金持ちじゃなかったが、みんな仲は良かったよ」

「お父様にもそんな時代があったのね」

「当たり前だろ。それにお前にも、そのうちやってくるぞ」

「そうね。平和なままやって来てくれるように、もう少し頑張らないとね」

「それは大人の台詞だ。子供も増えるんだから、お前ももう少し子供らしくしろよ」

「はーい」

 のんきに返事しつつ、もう中学生だから子供じゃないと言い返したくなる自分がいる事に、自分自身が少し驚いていた。
 (子供とはかけ離れたことばかりして来ているけど、随分子供なメンタルになってたんだなあ)と。

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小弥太さんのお屋敷:
岩崎家鳥井坂本邸。昭和4年(1929年)に建設。
現在の旧岩崎邸庭園。国際文化会館がある。
今は庭だけで、屋敷の方は1945年5月の空襲で焼失。
設定上は、同じ空襲で鳳の屋敷も焼失する。
この位置関係なので、作中の勝次郎は鳳の家にやって来やすい。

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