■「悪役令嬢の十五年戦争」

■  250 「引っ越し祝い」 

 3月末。鳳蒼家の引越しが完了した。
 残すは夏までに完成予定の使用人棟新館だけで、一族自体に直接の関係はない。
 そこで年度が変わる前に、一応のけじめを付ける事になった。

「本当なら、そちらに引っ越し蕎麦を持っていくところなのにね」

「そういう風習、俺の家ではした事がないな」

「ご本家の大邸宅だと、お相手が上野の西郷さんか帝大になるものね」

「まったくだ。だが、鳥居坂への引越しの時もしてないしな。この辺りは、庶民との違いを痛感する」

「その代わり、誕生日会とか別の行事をしているじゃない」

「それもそうだな。ところで、鳳の近くに、うち以外のご近所は来ていないのか? 俺以外は殆ど見かけないが」

「さあ? 市電の北側は陸軍の駐屯地や青山霊園はあるけど、屋敷の周りってほぼグループの土地なのよね」

「そういえば、鳳の城下町とか言われていたな」

「そうなのよねえ」

 引越し祝いを兼ねた身内だけの宴で、勝次郎くんと呑気に話す。数がそれなりに多いので、久しぶりの外での立食パーティーだ。
 ほぼ唯一のご近所さんにして身内ではない勝次郎くんが来てくれていたけど、鳳の子供達は今はそれぞれの家族団らん状態なので、私がその相手をする。

 なお、勝次郎くんが名代で、当主の小弥太さんは仕事で来られてはいない。
 だからこうして、後ろにメイドを配してだけど駄弁っている。
 私の側近候補も呼んであるけど、今は全員で豪華な料理を攻略中だ。

 別の場所では、一族以外の大人達がタバコタイム中。時田とセバスチャンもそこだ。この時代、本当に男はタバコをよく吸う。
 しかもセバスチャンは、葉巻を吹かしていた。二人とも私の前ではタバコを吸わないし、匂いも出来る限り消してきているので、こうしてタバコを吸う姿が見られるのは珍しい。
 ただ、身内はあまりタバコはしない。もしかしたら、ゲーム上の設定の影響なのかもと思う。タバコを吸うのは、善吉大叔父さんと虎三郎くらいだ。

 そういえば、今日は虎三郎一家も訪問してくれている。
 私の叔父と叔母達、虎三郎の子供は男女2名ずつ。全員アメリカ生まれだけど、すでに日本国籍だ。けど、まだ誰も結婚していない。
 名前はどこか西洋っぽい、というより21世紀っぽい。ゲーム上と同じ名前だけど、メタ的には古めの名前のパターンが尽きてきたからと言われていた。
 長男の晴虎(ハルト)叔父さんは、今年で24歳。アメリカ留学から帰ると、修行という事で別の財閥の会社で働いている。竜(リョウ)叔父さんは、帝大を卒業したばかり。この春からは、帝大の大学院に通うと聞いている。

 長女の舞(マイ)叔母さんは、今年で21歳。虎三郎兄弟の中で一番両親というか両一族のDNAの一番いいとこ取りをしたかのように、目が覚めるような美人さんだ。
 今は鳳大学に通っているけど、あまりに容姿がずば抜けているからモデルのような事もしている。21世紀なら、街中を歩くだけでスカウトされただろう。学業もできると聞くし、鳳の血族は本当にチートばかりだ。そのせいか、アメリカの王様達の系譜の人から縁談話がきているという。
 次女の沙羅(サラ)叔母さんは一番下、と言っても18歳。鳳大学の予科に通っている。舞叔母さんが一見黒髪ロングながら少し金色が混ざったブルネットっぽいのに対して、沙羅叔母さんは母親譲りの見事なブロンドが波打っている。

「改めて見ると、玲子の一族は見た目が派手だな」

「確かに、虎三郎以外はゴージャスよね」

「ごーじゃす? 妙な英語を使うんだな。でもまあ、一番華があるな。だが、玲子も十分綺麗だぞ」

「ハイハイ、いつも有難う。たまには瑤子ちゃんも褒めてあげてね」

「玲子がいない時は、ちゃんと褒めている」

(なるほど、そういう分別というか区別しているんだ。いや、嫁宣言している私に気を使っているのかな?)

「なんだ?」

「ううん、何も。ただね、うちは背の高い一族だから、目立つのは確かだなって思う」

 そう言いつつ改めて見渡すが、遠目でもみんな目立つ。これが他の人達と一緒だと、頭一つか頭半分は上に出るから見つけるのが楽だったりする。逆に、護衛は大変らしい。
 かくいう私も、12歳を目前にしてこの時代の日本人の成人女性の平均身長を既に上回っている。この1年以内に、前世の私の身長も超えるだろう。

「容姿共々日本人離れしているよな。しかも鳳紅龍博士の奥方も、北欧スウェーデンの方なのだろう」

「ベルタさんね。紅家とは滅多に会えないけど、5月の宴会で会えるから楽しみ」

「そうなのか?」

「うん。紅家の人とは、来てくれないと中々話しもできないからね」

「その辺は、鳳も相応に面倒臭いな。だが、紅家の事業は拡大中なんだろう。仕事の話で、会う機会が多いんじゃないのか?」

「事業拡大は蒼家も同じ。機械は虎三郎大叔父様の担当だけど、経営は苦手だから鳳商事から人を派遣したり、鈴木の方からも引き抜いたり、若手を抜擢したりで、大変らしいのよね」

「何を他人事みたいに。拡大はお前がさせているんだろ」

「仕方ないでしょう。私は、グループ自体の人事には何も言えないもの」

「その辺はまだ子供扱いなんだな。で、次は何をする?」

「それは斥候としてのお役目?」

「そうだ。是非、有益な話の一つも聞きたいものだな」

 少し挑戦的に見つめるが、そこは俺様キャラなので堂々と返された。
 とは言え、私がここで話せるような事業の事を、三菱の中枢が知らないわけない。知らないとすれば、政治や軍事の水面下の話くらいだろう。しかも三菱なら、その辺りもかなりは知っている筈だ。
 それでも何か話そうと思ったところで、視界の端に映った情景を見て変えた。

「そうしてあげたいところだけど、先約みたいよ」

「ん? 挨拶は先ほどしたんだが、なんだろう」

「アレ? じゃあ私?」

 そこまで話した辺りで、こちらに近づいてくる人達に微笑まれた。虎三郎の長女の舞叔母さんと次女の沙羅叔母さんだ。
 けど私も女なので、若い二人を叔母さん呼ばわりはしない。体の主ならしたかもしれないけど。

「逢引中をお邪魔してご免なさいね」

 代表してか、長女の舞さんが悪戯っぽく口を開く。
 立ち振る舞いも綺麗だけど、何をしても絵になる美少女だ。

「ただの友達なので大丈夫です。それより、どちらにご用が?」

「二人と、ちょっとお話をしたいと思ってね。玲子ちゃんとも、こう言う機会は滅多にないし、山崎家の御曹司の方となると、人目のない場所で話せる機会は滅多にありませんから」

「それでしたら、私目当てという事で今度遊びにいらしてください。勝次郎くんを呼びつけておきますから」

「それはないだろう玲子。いや、これは失礼を舞様、沙羅様」

「お気になさらずに。けれど、玲子ちゃんの前だと、随分雰囲気が違われますのね」

「あ、いや、これはお恥ずかしい」

 頭をかきながらな勝次郎くんだけど、沙羅叔母さんも隣でクスクスと笑っているので、顔を赤くしっぱなしだ。
 まあ、綺麗なお姉さん二人を前にしたら、思春期に入りかけの男の子なんてこんなもんだろう。思わず微笑ましく見てしまう。
 そうすると、私も笑われてしまった。

「二人は仲が良いのね」

「はい。幼馴染みたいなものですから」

「そうなのね」

 そう言って舞叔母さんが私を一瞬、そして勝次郎くんを長めに見つめる。沙羅叔母さんも同じ感じで、その後で沙羅叔母さんが舞叔母さんに何かを耳打ちする。そして舞叔母さんが、言葉を聞いて小さく頷き。
 私達二人を見る。雰囲気は周りに気取られないようにそのままだけど、目が真剣だ。

「本当にお友達ですか? もしそうなら、山崎勝次郎様にご相談があるのですが」

「俺に、ですか? 何やら深刻なお話のご様子。場所を変えますか?」

 
 勝次郎くんは、二人が私に用があって彼氏に彼女をお借りします、くらいのやり取りを想像でもしていたと思っていたけど、それは私がそれくらいに思っていただけだった。
 私以上に、勝次郎くんは二人の深刻度合いを見抜いていた。
 そして勝次郎くんの言葉に、二人も小さく、しかし真剣に頷いた。

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この時代の成人の日本人女性の平均身長:
1930年代だと、女性で150cmくらい。
男性でも160cm前半。
主人公は、ゲーム主人公をリアルに上から目線しないといけないので、まだまだ伸びていきます。

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