■「悪役令嬢の十五年戦争」

■  251 「海の向こうからの縁談話(1)」 

 引越し祝いの日、みんながいるパーティー会場の芝生から離れ、場所を変えて鳳の本邸の庭の一角にある温室の中。
 3人に私が屋敷の庭を案内している、というシチュエーションになるのだろう。
 私のメイド二人と勝次郎くんのお付きの人は、温室の入り口で待機してもらい、4人だけになる。

「ここなら、外からも一応見えているから、心配もされないと思います」

「ありがとう玲子ちゃん。大人もいないし、もっと砕けて話さない?」

「大人なら、ここに一人いるけどねー」

「心は乙女よ」

 そう言うと姉妹二人で笑う。虎三郎の娘さんだけあってか、なんというか普通な、庶民的な雰囲気がある。
 だったらこっちも、肩肘張る必要はなさそうだ。

「助かります。肩凝るんですよね。そこに座ります?」

「そうね。けど、子供だけは殆ど初めてよね。玲子ちゃんとこうしてゆっくり話すの」

「お父さんとは、一度長旅に行ったんでしょう?」

「旅というか社会勉強を、ちょっと」

 言葉を濁すと笑みを返された。これは、私の秘密を知っているという笑みだ。

(どこまで知っているんだろ?)

 そう思って聞こうかと思うけど、隣には勝次郎くんがいる事をすぐに思い出す。そして自然視線を勝次郎くんへと向けると、二人も同じように視線が勝次郎くんへ向く。
 これは、私の事を虎三郎から聞いていると見て間違いなさそうだった。

「勝次郎君、あなたは鳳一族の事をどれくらい知っているのかしら?」

「玲子が鳳の巫女で、色々と先の事を見通せるという事くらいは知っている。うちの者は、鳳が他を煙に巻く為の作り話か、せいぜい話半分にしか信じていない。だが俺は、全面的に玲子を信じている」

「そうなのね。さすがは三菱。それに勝次郎君も凄いわね」

 深く切り込むまでもなく、舞さんの言葉に俺様ムーブで言葉を返す。こういうところは、勝次郎くんらしい。
 となると、私としては一応二人に確認したいところだと思うと、沙羅さんの方と目があった。

「私達、というか家族全員、お父さんから一通り聞いてるわよ。玲子ちゃんが『夢見の巫女』で、色々と鳳の為に頑張っているって」

「虎三郎、大叔父様って、隠し事出来なさそうだもんね」

「大叔父様とか付けなくても良いわよ。お父さん、気に入った人には呼び捨てにさせるから。沙羅も、家だとお父さんじゃなくて、トラ呼ばわりだから」

「お、お姉ちゃんだって同じでしょ。あ、家族全員そうよ。何しろうちは、お母さんじゃなくて、ジェニーはアメリカンだからね」

「じゃあ、みんなファーストネームで呼び捨てって感じですか?」

「うん。だから玲子ちゃんのことも玲子で良い? 私もサラでいいから」

「あ、うん。じゃあ、サラさんで」

「ま、そんなとこね。私も舞でいいから」

「はい、マイさん。それでお話は勝次郎くんにでしょうか。それなら、私は席を外しますけど」

「ううん。玲子ちゃんにも。ちょうど二人だけで話していたから、こうして声をかけたの。そうじゃなかったら、どこかで呼んでもらう事になっただろうから、目立たずに済んで助かったわ」

 頭を振ると、細くて柔らかいのに素直なストレートに少しだけ金色の混ざったブルネットがキラキラと揺れる。日米というか、日本人と白人のいいとこ取りな髪は羨ましい。
 ゲームにはほぼ登場しない人だけど、私が転生してから会った女性の中で一番の美人さんだ。お兄様の奥さんの幸子叔母さんも超美人だけど、あの人はやっぱり人妻で、少女としての美しさではマイさんが際立っている。

(ていうか、この体が同じくらいの年になっても、負けている気がするなあ。ゲーム主人公でもどうだろう。せいぜい互角ってところかなあ)

「どうかした?」

「あ、いえ、その、どうして私と勝次郎くんなのかって。全然見当がつかなくて」

「そうなの? 玲子って神童なんでしょ。トラも、凄く驚いてたわよ」

「買い被りですよ。ちょっと賢しい子供なだけですから」

「子供が、自分から賢しいとか普通は言わないぞ。それと俺から見て、玲子は鳳の子供の中でも今のところかもしれないが、頭一つも二つも抜きん出ている。そこらへんの帝大生を捕まえてきても、まず勝てんだろ。だいたい、ハーバード出身の大人と普通に会話している時点で、少しおかしい」

 常々思っていたんだろう。かなり、ぶっちゃけられた。
 そしてそれを、私達の前に座る二人がクスクスと笑う。

「玲子と勝次郎君は、ホント仲良いんだ。どうするお姉ちゃん?」

 サラさんの質問に、マイさんが少しだけ難しい表情になる。けど、何かを決意したかのように私と勝次郎くんを見つめる。
 凄く真剣な表情だ。

「まずは、これから話す事は、当面でいいから口外しないで欲しいの」

 当然私は、表情を引き締めて首を縦に振る。勝次郎くんは「心得た」と笑顔付きで快諾。こういうところは、勝次郎くんの美徳だ。

「ありがとう。まずは玲子ちゃん。玲子ちゃんは、アメリカに行って色んな人と会って話したって聞いたけど」

「はい。誰かを紹介して欲しい、とかでしょうか?」

 その質問返しには首を横に振る。

「ううん。今から言う人と会った事があるのかとか、向こうの情報を知っているなら教えて欲しいだけ」

「分かりました。それで、その人って?」

「私の縁談予定の相手方かな?」

(そういえば、そんな話があったなあ。まあ、先に知っておきたい、って感じでもなさそうね。それに、勝次郎くんは何の為?)

 思ったところで視線を勝次郎くんに向けると、勝次郎くんも私に向けてきた。その目は何も知らない目だ。だから二人して、マイさんへと視線を向ける。
 そうすると苦笑いを浮かべている。

「あのね、凄く我が儘勝手なんだけど、私日本を離れたくないの。日本で結婚して、日本で暮らしたいと思ってる」

 右巻きをキメてる人なら『素晴らしい愛国心だ』とでも絶叫しそうだけど、そこまで言われたら合点が行く。
 口を開いたのは勝次郎くんだ。

「だから俺が、一時的に舞さんの表向きの婚約者か想い人になればいい、と言うことですか?」

 それで正解だろうと私も思ったけど、その横にもう一人。今度は小さく控えめな挙手と、申し訳なさげな表情。

「できれば私も。私の方はまだ大丈夫だけど、念の為。取り敢えずって言葉はとても失礼なんだけど、アメリカからの話を突っぱねられるくらいの人なら、その、あの、受け入れるから」

 凄く歯切れが悪いけど、マイさんだけじゃなくてサラさんにも魔の手が、もとい縁談話が来つつあるようだ。そして何故この二人なのか、すぐに推測できた。
 アメリカの王様達の誰か、もしくは総意として、鳳一族と血縁を結びたいのだ。そして年齢的にまだ子供の私じゃなくて、適齢期に入っている二人に。しかも二人は白人とのハーフだから、お互いに人種差別などの心理的な壁が低い。
 向こうからしたら、お買い得物件といった所だろう。
 そして二人は、それが嫌だと言う。それなら私のする事は決まっている。
 念の為勝次郎くんを見ると、小さく頷かれた。

(流石俺様キャラ。決断も早い。こう言うところは、ホント頼り甲斐があるのよね。けど、まだ私にまで、王様達の政略結婚の情報きてないのよねえ)

「それで、どれくらい話は進んでいるんですか?」

 私のど直球の私の合いの手に、マイさん、サラさんの順で続く。

「今はまだ、こんな人はいるがどうだろうか、ってくらい。相手がアメリカ人だし、距離の壁があるのが助かったわ。最低でも直接一度合わないと話は進められないし、恋愛とは言わないまでも何度か会いたいってのが向こうの意向らしいの」

「これが日本だったら、親同士で決めておしまいだもんね。それに、お父さんがトラで助かったよねー」

「虎三郎が防波堤になってたんだ。て事は、話はフォードさんあたりからで、虎三郎の家ではもう総意は取れているのね」

「ええ。それとハルト兄とリョウ兄は、別にアメリカ行っても構わない派なの」

「でも、長男は婿養子に出せないから、うちからはリョウ兄さんだけが、アメリカ人との結婚は構わないって感じね。けどリョウ兄さんの場合は、この春から通う帝大の大学院よりアメリカの大学に通いたいってのもあるから、結婚はアメリカの大学を出た後ね」

「縁組を全て無下にはしないって事ですね。それなら、いけるかもしれません。けど、リョウさんが乗り気なのでしたら、その話だけすればお二人は断れるんじゃあ?」

「それは私も考えたけど、念の為ね。相手の意向も、まだ良く分からないから」

「確かに。相手が相手だから、表向きでも理由があった方が良いでしょうね」

「でしょう」

 そうマイさんが返事をしたところで、しばらく黙って聞いていた勝次郎くんが反応した。

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