■「悪役令嬢の十五年戦争」

■  252 「海の向こうからの縁談話(2)」 

「そちらの家の事情は分かった。それで、二人としてはどうしたい? 数年間かりそめの婚約や関係が必要なのか、短期間の噂程度で構わないのか、それとも本格的に話を進めても構わないのか。それによって俺は、父上か、さらには一族の他の者に話さないといけない」

 そうは言っているけど、勝次郎くんに最初に話している時点で、答えは見えているようなものだ。勝次郎くんの表情も、分かっているけど確認の為に聞いたって表情だ。
 また私もセットなのも、相手の情報を出来る限り確認して、どの程度の話をデッチ上げるか決める為だろう。
 あと付け加えるなら、大人を巻き込まずに、出来るだけ大ごとにせずに済ませたい、と言ったところだろうか。
 その辺りまで推測を進めてから、それぞれの顔を見ると誰もが同じ意見と感じ取れた。だから思った事をまずは口にした。
 そして全てを聞き終えると、マイさんが頷く。

「噂通りね玲子ちゃん。話して良かったわ。……そこまで分かってくれているなら、もう一つだけ良いかしら?」

「まだ問題があるのか?」

 そう聞くと、マイさんは少し恥ずかしげに、そしてサラさんが少し面白がるような表情になる。まあ、そんな見え見えな態度をされては、いくら前世ではその手の経験の薄いアラフォー女子でも察せてしまう。
 ただし勝次郎くんにはまだ早かったらしく、早く言えと促しそうな表情だ。

「勝次郎くん、マイさんはもう想い人がいるのよ。そうですよね」

「う、うん。何でもお見通しね」

「いやいや、お姉ちゃんの表情見たら、誰だって分かるって。ねえ」

「ここの男子は、まだ気づけてなかったみたいですけどねー」

「いや、言ってくれなければ分からないだろ。こう言っては何だが、二人とは挨拶以上した事がない。だが、了解した。ただ、俺や玲子ほどじゃないと思うが、そちらの家の方は問題ないのか?」

「全然。トラとジェニーは恋愛結婚だもん、文句言うわけないじゃん」

(あっ、横浜弁。サラさん、時代の先端走ってるなー)

 私はしばらく傍観している横で、勝次郎くんが考えを巡らせ始める。具体化し始めたと言ったところだろう。
 そして10数秒思案後。

「今、俺と歳が近い従兄弟は、毅太郎12歳と輝弥10歳がいる。同じ分家筋だし交流もあるから、俺が直接話せる相手だ。舞さん、沙羅さんに歳が近いとなると、本家の勝太郎さんだな。歳は今年で18。一高に通っている。ただ、俺は関係は薄い」

「本家の御曹司は、本気じゃないと鳳としても冗談では済まないわ。あ、ごめんなさいね」

「ううん、その通りね。でも9歳差か。年が同じなら、勝次郎君にお願いできないかしら」

「私は、出来れば、従兄弟さんのどちらかを紹介してもらえますか」

 「フム」と考えるフリをしつつ、勝次郎くんが私を見る。
 だから(いや、私は嫁じゃないからね)という気持ちを視線ビームで一度叩きつけておく。

「要は、衆目の場で何度か会って仲がよさそうな姿を見せ、連動して適当に噂をばら撒く。その後で、まだ早いとか話を進めるのを待って欲しい、くらいでお茶を濁せば良いんじゃないの。
 さらにその後か同時に、お兄さんがアメリカ行きに積極的な話を振れば、向こうはそっちに乗ってくるんじゃない? こう言ったらアレだけど、向こうはそれなりの鳳の者なら誰でも構わない筈だから」

「玲子よ、案としてはそれで構わないと思うが、最後は本音を出し過ぎだ。思わず二人に俺が謝りそうになったぞ」

 めっちゃジト目で見られた。前に座る二人は、二人とも美人さんだから相応にプライドを傷つけられた感じだ。

「うん、反省はしてる。二人とも御免なさいね。けど、こういう事は最初に共通認識を作っておかないと、後々誤解したら事だから。それで次だけど、マイさん」

「はい」

「お相手ってどんな人ですか?」

「えっと、同じ鳳大学に通う同い年。最初は男の人が群がってきて大変だったから、お付き合いを偽装してもらう為の人だったんだけど……」

 そこで軽く平手を上げて、話をシャットアウト。今聞きたいのは、その話じゃない。これだから乙女はと、アラフォーな前世に戻りそうになる。

「うん。御免なさいね。経緯と惚気話は、また今度手間賃がわりに根掘り葉掘りじっくりたっぷり聞かせてもらいます。それより彼氏さんの家柄、家の財力、当人の能力や意思とか、そういう諸々。
 万が一、アメリカの王様達がマイさんに関心を示した時に、彼氏さんの方を何とかできる算段を考えないと、だから、えっ? 何か?」

「……玲子、凄いし容赦ないわね。けど、嫌いじゃないわよ。お姉ちゃん、やっぱり玲子に相談して正解だったでしょ」

 そう言うサラさんの顔が、口元に笑みを浮かべつつも少し引きつり気味。私は少しくらい傷ついても、バチは当たらない表情だ。
 マイさんもかなり引いている。

「そうね。トラが太鼓判を押すだけあるわ。じゃあ、話を続けて良いかしら」

「うん。けど、鳳の大学通うくらいだから、能力面は何とかなるんですよね?」

「うーん、ちょっと厳しいかな。鳳の奨学金を受けていて、学力はそこそこ。でも帝大はもちろん、慶應、早稲田でも無理ね」

「お姉ちゃんも、意外に容赦ないわね」

「し、仕方ないでしょ。本当の事だし。あ、それでね、彼の家はサラリーマン。高校までは、自力の経済力で来ているわ。血筋、血縁は特になし。それと、私への感情は本物よ」

 既に身元を調べてあるのは、まあ当然だろう。けど、最後は自信満々ながら少し顔を赤らめるところが、めっちゃ可愛い。ちょっとお持ち帰りしたい。
 もっとも、そう思うのは頭の片隅だけ。主にどうするべきかを考え巡らせる。

「……後は、その人の学部と特技、出来るだけ客観的な性格。それに進路希望は?」

「学部は経済。統計学を学んでいるわ。特技は……苦学生ってわけじゃないけど、働きながらの大学通い。それと高校から一人暮らしだから、家事や料理は得意ね」

「うん、そこは後回し。もう少し散文的に」

(ダメ出しが一回ではダメとか、どんだけ乙女なんだよ。羨ましいなあ、このやろう)

「あ、はい。根性はあって、一匹狼気質があるかな。大学最後の年だから、就職活動の予定」

「官僚にはならないんですね?」

「ええ。このご時世だから、どこかの会社に入れればって感じ」

 「フム」と、聴き終えて腕組みをして考え込む。

(乙女フィルター抜きで考えて、親はリーマンだから、この時代だとそれなりのエリート。高校まで自力なら、ギリで中産階級かな。当人もリーマン希望。鳳の奨学金受けているなら、返金考えたら鳳グループに入るのが一番よねえ。鳳商事とか私の周りに置いたら、付いて行けないかなあ)

「あの、縁故の就職は希望していますか?」

「ううん。露骨な事は何も。ただ就職活動が全滅した時は、一時雇いくらいはお願いしたいって」

「そっか。まあ、今年も鳳グループは大規模な事業拡大続くから、経済学部卒ならどこかには入れますね」

「玲子、相変わらずお前のところは強気だな」

「えっ? だって、高橋様が積極財政するのよ。公共投資するのよ。ウハウハじゃない」

「うはうはが何か知らないが、なんとなく分かった。それと、お前の頭の中が、俺が想像する以上に散文的な事もな」

 勝次郎くんが、心底といった感じで言葉を口にする。呆れはしていないけど、何かを悟ってそうだ。

(人が一生懸命考えているというのに、ていうか、この案件ってどちらかって言えば勝次郎くんなのになあ。ま、いいけど)

「ねえ、根性あるんですよね?」

「ええ、どっちかというと反骨心かな」

 そう言いつつ、人差し指を口元に持ってきて考える仕草。相変わらず、クソ可愛らしい。なんだこの女優みたいなやつは。気がついたらファンになりそうだ。

「反骨心ねえ……で、統計学か……。よしっ、1枚推薦状書くから、なるべく早く行かせて下さい」

「えっと、就職活動?」

 「そうです」と言いつつニヤリと笑みを浮かべてあげる。

「ちなみに、どこ? 玲子の近くって事?」

「うん。鳳総合研究所。副所長が私の顔なじみなんです。けど、クセが強くて、部下が務まる人が少ないの。それに彼氏さん、統計学でしょ。総研には打って付けですよ」

「そうけん? 聞かない会社ね。何をする会社?」

「鳳グループが集めた情報を分析するんです。重要な会社。そこの分析情報を、グループ各企業が動く際の参考にするんです」

「なんだか大変そうだけど、並の大学卒に務まるの?」

「そこも規模拡大中だから、人並みの事ができれば五年もあれば係長くらいにはなれますよ。多分」

「多分って、まあ彼次第って事ね。分かったわ」

 そう言いつつ、納得げな、そして肚を決めた表情を浮かべる。強気な表情も、またくそ可愛らしい。

 (ゲーム開始時期が10年違っていたら、メインヒロイン確定ね)などと一瞬思いつつも、口では散文的な言葉しか出てこない。勝次郎くんの言う通りだ。

「あとそれと、内定出たら今のアルバイト辞めさせて、総研での就業体験に回ってもらって下さい」

「そうすれば、玲子ちゃんと連絡が取りやすいわけね」

「うん。あと、この界隈のどこかの空き部屋に引っ越してもらってもいいですよ。今なら部屋は幾らでもありますから」

「就職後も考えたら、一考の価値ありね」

「いいの、お姉ちゃん?」

 同棲でもしているのか、サラさんがマイさんに少し心配顔。その表情だけで、マイさんと彼氏さんがどれだけラブラブか分かろうと言うものだ。
 けど、マイさんはもう決めたとばかりに、さっぱりとした表情をしている。

「いいのよ。彼の為にもなるし。それに車を転がして会いに行くから」

「へーっ、マイさん車運転できるんだ。じゃあ、横浜から鳳大学まで?」

 話が一山超えたので、軽く雑談へと傾く。この辺りは、見た目がハーフでも日本人だから乗ってくる。

「ええそうよ。彼の方は、大学の近くで一人暮らし。だから、今とあまり変わりはないわ」

「けど、横浜から六本木までそれなりに時間かかるし、いいんですか?」

「問題ないわ。私の車、凄く速いから」

(あっ、ドヤ顔。て言うか、何か羽か尻尾が見えた気がする。虎三郎の娘さんだもんなあ)

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横浜弁:
「〜じゃん」が使われるようになったのは、昭和になってからだそうだ。

勝太郎:
岩崎勝太郎 (いわさき かつたろう)
1932年時点で18歳。一高通い。
本家の弥太郎の孫。岩崎弥太郎と似た性格。
本編の勝次郎の名前のモチーフの人。

毅太郎:
岩崎毅太郎
岩崎輝弥の長男。1932年時点で12歳。
軽く調べた程度だと詳細が今ひとつ分からず。子安農場長。

輝弥:
岩崎英二郎 (いわさき えいじろう)
岩崎輝弥の次男。1932年時点で10歳。
子供の頃は体が弱かった。学者になる。

アルバイト:
ドイツ語だけど、明治時代から使われている。
旧制高等学校の学生の間で使われ始めた言葉。

就業体験:
インターンシップの言葉は、流石にこの時代はないだろう。

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