■「悪役令嬢の十五年戦争」

■  257 「12歳の誕生日パーティー」 

「それでは、鳳玲子嬢のご入場です」

 涼太さんを貪狼司令の元に連れて行き、昼間の和気藹々な子供だけの誕生日パーティーの後、休憩を挟んで夜の誕生日パーティーが開催される。今回は試験的要素もあるので、子供の部と大人の部に分けて開催する事になっていた。
 1日2回のパーティーとか、結婚式でもしているような気分にさせられる。した事はないけど。

 けどこれは、単なる客寄せパンダになるだけのイベント。行事自体を見世物にして、誕生日パーティーというものを日本に広めようと言う私の目論見だ。
 当然、鳳の宣伝になるし、私の宣伝にもなる。そして何より最初となる今回は、私が全くの子供じゃなくなったと言う宣言でもある。

 だから衣装から何から気合を入れた。ガッツリと写真と映像を撮った。さらに今回は、録音すら始めている。まるで、ちょっとした映画の撮影みたいだ。
 司会者も、マイクとスピーカーを使い始めていた。ただマイクと言っても私の知る形とは全然違い、丸と四角を組み合わせたどこか幾何学的な道具だった。

 昼間のパーティーは、身内だけ鳳の子供達だけじゃなくて、鳳グループ枠とそれ以外枠のそれなりの地位にある親を持つ子供達も呼んだので、100人からの大宴会となった。
 子供がどうこうよりも、親達が鳳グループもしくは鳳伯爵家、ごくごく一部が私とのコネを作る為のもの。けど、個人的に何かをするわけじゃない。お手紙など頂いても、私は直筆サイン一つする程度で、『今日は来てくれてありがとう』という返事をしてお終い。

 それでもこれは、子供向けのイベント。
 司会進行もプロがいるし、私は上座に座ってニコニコしていればいい。それにビンゴゲームなど、私自身もそれなりに楽しめた。
 子供達も、お子様ランチに大きな誕生日ケーキ、ケーキのろうそくを吹き消すイベント、みんなで歌うお祝いの歌など、大いに驚き楽しんでいた。

 そして子供のパーティーにも顔を出してくれたマイさん、サラさんがいてくれて良かった。何しろ、彼女達の母親のジェニファーさんは生粋のアメリカ人。家でも半ばアメリカ風の生活習慣だし、当然自分達の誕生日会も毎回している。
 よく考えたら、もっと早く二人と仲良くなって、日本に誕生日会など私馴染みの洋風文化を広める仲間になれば良かったと、軽く後悔させられた。

 ただ、今年になったからこそ、二人と私は交流が持てるようになったとも言える。私とサラさんですら6歳差は、一族集合の時にちょっと話したり遊ぶ程度ならともかく、深く交流とはいかない。ましてやこっちは、まだ幼女や童女だった。
 けど今回の件で、私達がガキンチョでもないと認めてもらったので、二人は勝次郎くん達と同席して、私そっちのけというスタンスで過ごしてくれている。当然、悪巧みの為だ。

 夜の方も、基本的には同じ。ただ、誰かが「これって、半ば社長会だよな」と言っていたけど、確かにその通りだった。
 けど社長会と同じではなく、鳳グループからの参加者は無理して来るなと強めに止めていたし、数も限られてる。逆に鳳とつながりのある、各方面の人を多く招待している。
 それでも今回は、金持ちによる派手な誕生日会、日本の上流階級に対する西洋風のイベントの紹介でしかない。
 だから、疲れたからとか着替えとかの理由で控え室に下がって、どこかの重要人物とコッソリ個人的に面会する、などと言う政治的なイベントは入っていない。むしろ会いたい話したいとかいう連中は、シャットアウトした。

 それにこの春は、政治面は『血盟団』の一件で少し揺れているけど、政権自体は一応落ち着いている。経済面は、鳳の大規模事業拡大に興味津々だけど、鳳の社長会『鳳凰会』の方に注目が集まっている。
 そして、私の化けの皮の下を知っている者は、財界人のごくごく一部だ。しかも周りに言いふらすようなお馬鹿さんは、せいぜい『鳳の巫女』という与太話があるという事しか知らない。そして、子供には見向きもしない。
 それでも鳳の事業拡大は気になるので、私のパーティーに半ば強引に割り込んできた人もいるけど、その人達は出席者の大人の方に興味が向いていた。

 私はあくまで話しのダシ、客寄せパンダとして「お誕生日おめでとうございます」と愛でて鳳との関係を確認なりしておしまいだ。
 それに上座の私のテーブルの近くは、お父様な祖父を始めとした多くの親族が固めている。またその一部は、昼間に続いて子供達も親族枠で出席している。

 そして親族枠でマイさん、サラさんも、勝次郎くん達と一緒のテーブルで参加していた。私としては、自分の誕生日会よりも、マイさん、サラさん達の方が気になった。

「あんな感じで良かったのかしら?」

 本日の全日程の終了後、鳳ホテルのスイートで集まれる人だけが再び集合していた。と言っても、もう夜の10時。子供達は全員、家族と一緒にホテルの何処かに宿泊しているか、家に帰った。
 だから私のスイートにいるのは、メイド達を除けばマイさんとサラさんだけとなる。まあ今夜は、私の誕生日の我儘の一環として、ようやく親しくなった少し大人な親族の女子との女子会って設定だ。大人達も、家に帰るかホテルに宿泊している。

「3月の引越しの時の事が、もう向こうに伝わっている可能性があるって総研から報告があったから、この話もすぐに伝わると思います」

「そんなに早く伝わるのね。けど、ちょっと気味が悪いわね。私達の周りに、覗き見している人達がいるなんて」

「でもさあ、周りは日本人ばかりなのに、どうして?」

「そりゃあ、日本人を何らかの方法で雇うか利用しているからですよ。私なんて、あっちに報告する為に寄越されたメイドがいるし」

 そう言うと、部屋の扉辺りで待機するリズが軽く会釈する。
 それを見て、ちょっと引かれた。
 私など、メイドのトリアとリズ、特にトリアが毎日のように色々とご報告してくれているので、ちゃんと見てくれているか心配する必要すらないほどだというのに、虎三郎は子供には甘過ぎないだろうか。
 今回の件も、トリアとリズの両方から、既に話は向こうに渡っている。それにリズは、向こうの害にならない事だと私達の味方とすら言えるから、今回の件でも利用させてもらっている。
 鳳の巫女が、三菱の御曹司と鳳の分家の令嬢の逢引を手引きしていた、と言った感じにだ。

 それに話は、お父様な祖父も周知だ。予想通り、私達が最初に話していた日に虎三郎との間に話もあった。
 そして引越しパーティーの夜に報告したら、楽しそうに話を聞いて、少しばかり修正を指示してくれたりもした。お父様な祖父は、本当に謀(はかりごと)が大好きだ。

「うちの使用人やお手伝いさんは、その、大丈夫なのかしら?」

「一族の近くに仕える人は、必ず身元を洗っているから、変な人はいないですよ。敢えて放し飼いにしている、覗き見する人はいるかもしれないですけれどね」

「そ、そうなんだ。知らなかった。でも、大丈夫なんだよね」

「ええ。お金持ちである以上、仮に見つけても畑のカボチャくらいに思っておけばいいと思います」

「……玲子ちゃん、強い」

「それにちょっと格好いい」

 私的にはもはや日常的な会話に近いけど、目上の人から尊敬に近い眼差し。苦笑いで返すけど、ちょっと考えさせられる。

(お父様にも言って、虎三郎の家の当人達の考え方を含めたセキュリティを少し考え直してもらわないとなあ)

「どうかした?」

「ううん。うちは、ここ5年ほどで一気に大財閥に上り詰めた成り上がりだから、今までは良かったけどこれからは周りの視線とかには気をつけて下さいね」

「あ、うん。それはうちの執事にも言われた事があるわ」

「玲子は、やっぱり鳳の長子なんだね。時々、凄く大人っぽい表情になってる」

「お父様に仕込まれていますから。それに、一部とはいえ他人が稼いだ金で贅沢するんだから、ちゃんとしないとって思うし」

「ウッ、私達に突き刺さる言葉ね」

「ま、まあ、私達もこれからは心するから。それより、もう寝るの?」

 サラさんの言葉に、ちょっと考える。
 確かに気疲れはしたけど、別に眠くはない。体も大人になりかけているから、子供のように夜更かしが難しいと言う事もなくなってきている。

「二人さえよければ、色々お話して欲しいです」

「なに今更、子供ぶってるのよっ! でもお話は賛成」

 サラさんに頭を小突かれた。こう言うやり取りは今までになかったから、ちょっと新鮮だし嬉しくもある。マイさんも自然な笑顔だ。

「じゃあ、お茶とお菓子を用意しましょうか。シズお願いね。あっ、夜中だったら夜食って手もあるけど、どうしますか?」

「この時間に食べるの?」

「……体重が気になる時間よねえ」

「うん。だからこそ、その背徳感が絶妙のスパイスになるんです」

「……玲子ちゃん、その発想は多分大人のものよ。でも賛成。ディナーの方は、ちょっと気を使ったから、あんまり食べれてないのよね」

「私もー」

「じゃあ、決まり。リズ、下の食堂でラーメン頼んできて」

「ラーメン?」

 二人が怪訝な顔だ。横浜山手に住んでいても、この時代はまだ中華街がないから馴染みも薄いんだろう。

「うん。支那そばだけど、アレンジは日本風。ここの食堂街の人気店なんですよ」

「ふーん、じゃあ食べてみますか」

「そうね。お願いできる?」

「だって。みんなの分も頼んで、交代で食べてちょうだいね」

「畏まりました」

 その後日付が変わっても、3人で色んな事を話した。この時代の陽キャなセレブの二人とのひと時は、前世の学生時代に戻った気分にさせてくれた。
 ついにイベント化した公な誕生日会だったけど、最後に少し救われた気分になった。

__________________

横浜中華街:
孫文亡命の地ではあるけど、明治・大正時代の中華系は外国人の一派程度。
関東大震災以後に本格的に中華系が増える。
本格的な中華街の形成は戦後になってから。

前にもどる

目次

先に進む