■「悪役令嬢の十五年戦争」

■  258 「女学校開始」 

 新学年が始まった。女学生としての学生生活の始まりだ。
 女学生、というか中学生になるのが二度目というのは少し複雑な気分だけど、3歳児から人生やり直したせいか、違和感を感じる事はない。

 そして9日から、早速授業が始まる。と言っても、私は小学校と同様に授業の一部免除を受けている。ただし義務教育じゃないから、一定程度の成績を出しておかないといけない。
 そこで通常の定期試験以外に、学力試験も受ける事となる。これは私の側近候補達も同じだ。また、制度としての授業免除でも、同じ事が行われるのが鳳学園の特徴でもある。
 だから同じような勉強スタイルの者も、若干名だけど存在している。

 ただしこの点では、いくら試験で好成績を出しても、鳳学園が外から評価されない一因になっている。それに鳳学園から公立の大学(高校)に進む者が少ないのも、評価の低い大きな要因だ。
 この方針は、創業者の実力主義の反映なのだけれど、日本に馴染まないのは当然だろう。
 けど私にとっては都合がいい。それに一部の天才、秀才にとっても、分かり切った勉強をする必要がないので、有り難がられる事がある。

 そして俄かに、鳳の教育方針が注目された。
 理由は当然、紅龍先生だ。日本初のノーベル医学賞受賞者を輩出したとなれば、話は別だ。
 今、日本の教育界では、鳳のエリート教育方針が正しいのか、単に紅龍先生が特別なのかで議論の的となっている。
 そして本来なら私とお芳ちゃん、そしてもしかしたらもう一人、注目されるべき子供がいるけど、少なくともお芳ちゃんの成績そのものは伏せられている。そもそも、その容姿と鳳との関わりもあって帝大に行く気はゼロだ。
 私の方は、小卒だと流石に格好がつかないから、上の学校に通うようなものでしかない。
 そして私的には、もう一人が気になった。

(うわっ、やっぱりいたよ、月見里(やまなし)姫乃(ひめの)ちゃん)

 さらなる側近候補を自分でも探してみたいと、成績付きの名簿を見せてもらったら、間違いなくその名が刻まれていた。この時代だから顔写真はないけど、珍しい苗字だし下の名前も一緒だから、違うと言う事はないだろう。

「お眼鏡に適う人はいた、お嬢?」

「ん? いや、どうかな。数は増えたし生徒の質も大幅向上って感じではあるけど、私達以上はいないかな」

「お嬢より上がいたら、ちょっと怖いね」

「目の前に一人いる気がするんですけどー」

「それは気のせい。首席入学はお嬢だし、どうせ私の成績は外には伏せられるし」

 わざと1問間違えたくせにしれっと言う、真っ白美少女のお芳ちゃん。そしてお芳ちゃんが居るように、学園の資料を閲覧する部屋には、私の側近候補達もたむろして、同じように資料を見ている。
 私だけじゃあ調べるのも時間がかかるし、私以外の視点で優秀な人を見つけてくれるかもと言う淡い期待があるから。

 何せ鳳グループの規模拡大は、既に私の予想や想定以上。しかも、雪だるま式に膨れ上がりつつある。だから私も、側近は多いに越した事はない。そして今回は、他に行き場のない子供達以外の側近候補を直に見つける最初のチャンスだ。
 マイさんの彼氏さんだって、学力はともかく信頼は置ける人を見つけられないかと言う二次的な目的もある。

 そしてゲーム上、もしくは私の体の主の三度ループ上で現れたであろう姫乃(ひめの)ちゃんは、私的にはちょっと拍子抜けだった。

(成績はトップクラスではあるけど、神童や天才って程じゃないなあ。なんで? これから覚醒していくパターン? それとも、私みたいに後で中に別の人がインストールされるの?)

 思わず首を捻ってしまう。
 何しろゲーム上の姫乃(ひめの)ちゃん、傾いた鳳が期待を寄せるほどの天才美少女の筈だ。巫女の力は、来た後で分かったものだ。
 けど、思い出してみると、姫乃(ひめの)ちゃんの子供の頃の成績の設定は無かった。小学校を飛び級した上に女学校の4年時点で満点の首席、というだけだ。

 だから現時点では、接触を持つ必要もないモブ学生の一人と判断せざるを得ない。単なる秀才程度のままなら、鳳が書生として抱える意味も必要性もない。あなたの人生を頑張ってね、と言う程度の人だ。
 そして幸いと言うべきか、あれ以来見かけてもいないし、クラスも違うからこちらから顔も拝んではいない。

(気が向いたら接触してみるか)

 それが当面の結論だった。
 体の主に具体的にどうしたいのかも聞かないと何も出来ないし、出来れば何もしたくもない。傍観もしくは無視が、私としての最善だ。
 もちろん、ゲーム『黄昏の一族』を愛好した身としては状況の再現を目指したくはある。ただ、それをすると、私は自身の破滅回避の為に姫乃(ひめの)ちゃんをバッドエンドに導いていかないといけない。
 けど、血肉の通った人同士となると、やはり傍観もしくは無視が最善だ。それに、私自身の破滅フラグを立ててくる人が立ち塞がらないのなら、他の事に努力を傾けたい。

(ゲームで、主人公が攻略対象の誰かと結ばれるけど、悪役令嬢が追放されないエンディングって、確か裏ルートであったわよねえ。でもあれって、エンディングで戦後まで語られてないから、トレースしちゃあダメだろうしなあ)

「ん? なに、みっちゃん」

「あ、いえ、考え事をされているみたいでしたので」

「うん。もういいよ。何かあるの?」

「ハイ。追加の護衛候補の子が必要でしたら、学業や経歴だと分からないから部活動を回って探してみたいと思うのですが」

「うん。お願いね。他の子達も、暇ならみっちゃんを手伝ってあげて。あっ、みっちゃんって、部活動するの?」

「いえ、午後は鍛錬に時間を費やします。それに」

「それに?」

「学校の部活だと物足りないですし、油断すると相手を怪我させてしまいそうなので」

「あっ、そうなんだ」

 みっちゃんの言う通り、私の側近候補は鳳の今は警備会社所属のもと兵隊さんや荒事の達人のような人から、漫画の登場キャラばりにゴリゴリ鍛えられている。
 みっちゃんも、剣道の試合などはあまり出ていないけど既に剣道二段で、実際はそれ以上だと言う。それ以前に、実戦的な戦闘技術の訓練をしている。
 背の方も、私と競うようにすくすく伸びている。現時点だと、成長期の遅い男子より腕力でも上回ると言う。
 相変わらず、私が大量の牛乳を飲ませている影響だ。多分。

 そう言えば、鳳学園では中学、女学校も給食制だ。だからこそ私も、小学校と同じように学校でみんなと同じ給食を食べてから帰宅する。
 そして学校給食は、この4月からは日本中の小学校で実施され始める。去年の1931年9月に、『学校給食臨時施設方法』が定められたおかげだ。

 豊作飢饉の時から、私が鳳グループを通じて強く働きかけていた案件が、ようやく実施の運びとなったのだ。
 しかも鳳は、100万円の寄付金と共に豊作飢饉の時に買い込んだ古古米20万石も合わせて国に献納した。

 ただし、突然全ての学校で行われないし、義務でもない。だから限定的でしかない。それに、各学校に給食を出せる設備や諸々が足りてない場合も多いけど、しないよりはマシと思うしかない。
 それでも、欠食児童などとも呼ばれる貧困児童の救済も、多少は改善される筈だった。

 それでも凶作続きの寒い地方は酷い有り様なので、鳳が行う慈善事業の一環として、寺社など地域に根ざす組織、団体を通じて、貧困者への炊き出しを行わせている。
 焼け石に水かもしれないし、多くの人が非難するように大儲けしている事の誤魔化し、免罪符だけど、『しない善よりする偽善』が良いと思えばこそだ。

「カーンコーン、カーンコーン」

 そんな事を思っていると、昼休みが終わる鐘の音。
 そう、給食後に資料を漁りに来ていたのだ。

「さあ、もう調べ物はいいわ。それぞれ昼からも勉強や鍛錬、訓練を頑張ってね」

「ハイッ!」

 小学校なら「はーい」だったのが、中学校ではまるで軍隊みたいだ。可憐なセーラー服まで、軍隊の服と錯覚しそうになる。
 返事については、後日改めようと思った。

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「学校給食臨時施設方法」:
史実は1932年の9月に定められる。
小学校の給食を定めた制度。だが、義務でもないし全ての小学校が一斉に給食を始めるわけでもない。
それでもこれ以後徐々に広がっていく。

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