■「悪役令嬢の十五年戦争」

■  281 「渡米送別会」 

「よく来たな」

 ガレージを上がると、屋敷の玄関で虎三郎一家が待ってくれていた。
 虎三郎と妻のジェニファーさん、それに長男の晴虎(ハルト)さんと次男の竜(リョウ)さんだ。内輪だけの送別会とはいえ、本家の私や勝次郎くん達も呼ばれているから、全員フォーマルなスタイル。こちらも全員同じだけど、やはり洋服は白人の方が似合うと感じさせられる。

「わざわざのお出迎え、ありがとうございます。また、この度はお招きいただき、ありがとうございます」

「玲子、今更何を言ってるんだ。さあ、早く入れ」

「皆さんいらっしゃい。よく来てくれたわね」

 息子さん二人を半ば無視したような虎三郎だけど、流石は奥さんの方はそれでもちゃんと声をかけてくれる。息子二人は、苦笑いの後軽く挨拶。姉妹二人も、「ただいまー」と軽く挨拶する程度。この家の家風をよく現していた。

 この一家は、虎三郎がデトロイトのフォードさんのところで働いている頃にジェニファーさんと結婚し、日本に来るまでに全員アメリカで生まれている。
 末っ子のサラさんが生まれて半年もしないうちに日本にきているけど、今の国籍は全員日本だ。それに一番上の晴虎(ハルト)さんも、学校に通うギリギリ前に日本に来ているから、普通に日本人として育った。
 けど、竜(リョウ)さんとサラさんは、見た目が白人っぽい。だから、横浜の外国人居留地あたりに住んでいるというのもある。昭和に入っても、日本で白人は珍しい。

 そして長男の晴虎さんだけど、見た目は父母の血が程よく混ざった感じ。ただし、白めの肌に黒い髪と瞳だ。それに対して竜さんは、若い頃の虎三郎が白人になったらこんな感じだろうって印象が強い。
 サラさんがジェニファーさんにそっくりで、マイさんは二人のいいとこ取りな上に、さらに隔世遺伝で両一族の良いところまで余すところなくキャッチアップした感じがする。

 何にせよ、ジェニファーさんがいかにもな白人の美人って感じの人だから、この一家は派手だ。虎三郎もイケメンの多い鳳一族だから相応に見栄えが良いし、白人に勝るくらいの体つきだから全員が日本人離れしている。
 鳳一族全体が日本人の規格の外って感じだけど、虎三郎一家はさらにその外にいる。
 だからと言うわけじゃないだろうけど、パーティーもアメリカンな立食スタイル。

「今日は竜の為に来てくれて、ありがとう。乾杯!」

「乾杯!」

 簡素すぎる虎三郎の音頭取りで立食パーティーが始まったけど、竜さんの友達など今回の騒動を知らない人もいるから、無難な催しだけって感じだった。
 基本的に、アメリカ留学する竜さんがみんなとご歓談。けど一度に全員を相手もできないし、家族、一族、子供達と3つに別れてまずはスタート。
 その後、徐々に色んな人との話に花が咲く。この辺りは、みんな上流階級だから無難に進んでいく。子供でもボッチがいないのは、幼少期からの鍛錬の賜物って感じだ。

 そしてその後、関係者だけになった夜。
 送り出される竜さんは、この春までの学友と別室で朝まで飲み明かし、子供達は他の家族と一緒に夕食を食べて帰宅というお膳立てだ。
 そして夕食も済んで、食後のスイーツを食べつつのティータイム。
 マイさんが深々と頭を下げ、他も続く。

「この度は、本当に有難うございました。これで晴れて、涼太くんとのお付き合いに戻れます」

「今度は嫉妬と羨望の的だけどねー」

「そう言うの、涼太さんは気にしないんじゃあ?」

「マイさんとの事はね。でも就職で、一足早く鳳の一族に認められた形だから、後期の授業では学友から突かれるかな? まあ、気にはしませんけど」

 サラさんと私の言葉に苦笑する涼太さんだけど、あの貪狼司令の元で元気にやっているらしい。貪狼司令も「使い減りしないので、重宝しています」との高評価。
 学業はそこそこだけど、貪狼司令が高評価すると言う事は、実戦では優秀な人なんだろう。お試し期間が終わっても、引き続きこき使われる予定らしい。

 そしてお相手のマイさんだけど、こちらも夏休みのかなりは鳳の広報活動に、サラさん共々駆り出されている。さらにマイさんは、来年春から私の元で仕えるべく、夏休みからインターンシップ的な形になる。だから涼太さんと二人で過ごす時間も、あまり取れないみたいだ。だから、心の中でちょっと謝っておいた。
 もっとも、二人のダダ甘な関係は、私にとっては隣の芝生。それにこの場は、一連の話の最後の報告会みたいなものも兼ねている。

「それで玲子ちゃん、アメリカの方から何か反応はあった?」

「そう聞くって事は、虎三郎には何もないの?」

「王様だか何だか知らん連中からは何もない。だが、フォードさんからは手紙をもらった。竜がアメリカに来たら、必ず訪ねろとな。それでもう話した通り、竜のMITへの入学手続きは完了。あとは入学しろってだけだ」

「そっか。こっちで掴んだ限りでは、王様達から鳳へのアプローチは沈静化。けど、フォードさんとアメリカの財閥の多くは関係が今ひとつだから、フォードさんが窓口って事はないと思うのよね」

「じゃあ、別の方から連絡なり接触があるって事か?」

「多分。今、私の方からも手紙を出してその返事待ちだから、何かあれば伝えるわ」

「是非頼む。何しろ竜の将来がかかっているからな」

「それを言うなら、鳳の将来も、よ。だからお父様も、くれぐれも宜しく頼むって」

「ああ。麒一郎からなら、直に何度か会って話しとるよ。竜と一緒にな。それに留学自体は、向こうが色々お膳立てもしてくれたし、渡りに船に近い。これで良い縁談がまとまれば、言う事なしだ」

 言外に最後が一番難しいと言っているようなものだけど、虎三郎としては本心だし、楽観してそうだ。多分、当人の経験からなんだろう。何しろ虎三郎は、自力で伴侶を見つけ幸せな家庭を築き上げている。
 竜さんは虎三郎に一番似ているから、その辺りでも安心感というか信頼しているのかもしれない。

 一方で、タイミング的には絶妙だった。
 アメリカ株が底打って、私が復帰した事もあって大きな上昇に転じた。これはアメリカ財界への別の貸しになる。さらにアメリカの景気自体が鍋底状態な中で、鳳がアメリカでの大きな買い物を盛大に始めている。これも大きな貸しだ。

 そして二つ目の貸しがあるから、アメリカ株で多少無茶をしても許してもらえる。そもそも再浮上させたのがフェニックス・ファンドという形になるから、その点でも安心だ。
 そして当面の金を使い切っても、一度は株から退いて、さらには大きくしぼんだ資金が、再び膨れ上がる。それをアメリカの王様達は無視できない。さらに買い物をしろと言うだろうけど、この数年の貸しが大きすぎるから、極端に大きな声にならないだろう。

 こちらも全く買い物を止めるわけじゃないし、ものによってはアメリカに輸出もするようになる。今後は、緩やかな協力関係になっていく筈だ。
 アメリカの王様達が、大きく損をしない限りは。
 そしてそうならない為のパイプ役の一人が、竜さんになる予定だ。そしてさらに竜さんは、向こうから見ても鳳一族の中で程よいポジションに位置している。

 竜さんは鳳一族の宗家じゃないけど、中枢には近い一家になる。しかも親は鳳の重工業部門のトップだ。フォードとも直接のつながりがあるし、虎三郎はアメリカ生活も長いのでアメリカの流儀もわきまえている。
 日本人との関係を結ぶ場合、ほぼ最良の物件ってところだ。

 しかも夫人がアメリカ人で、子供達は当然全員が混血児。だからこそ、鳳一族の中でも虎三郎の子供達に縁談話がやって来たわけだ。勿論年齢もあるだろうけど、それだけではない利点が沢山ある。

 鳳一族もアメリカの王様達も、虎三郎とその一家には、しばらく最大級の対応をしないといけないくらいだ。
 だからこそ、竜さんのアメリカ留学と縁談話は安心して進めることができる。
 この辺りの事は、お父様な祖父やその他ブレイン達とも話し合って結論した事で、虎三郎も納得している。

 正直、子供達の偽装恋愛話がどこまで効果があったのか、向こうがどう見ていたのかは不明だけど、私としてはマイさんと涼太さんが仲よさそうにしているのを見られたので十分に価値はあったと思えた。

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