■「悪役令嬢の十五年戦争」

■  282 「海上視察」

「こんな船どこにあったの?」

「でも流線型で真っ白だし、綺麗な船ね」

「足も早いんですよ」

「へーっ。どれくらい出るの?」

「お上には内緒ですけど、巡航で最大24ノット、最高速度は何と32ノット。普段は24ノット以上は出さないそうですけどね。鳳が建造させた最新の高速連絡艇で、同じ船がもう1隻あって急ぎの貨物や人を運ぶんです」

「32ノット……時速60キロくらいか。軍艦並みね」

「だから、特に海軍には内緒にしています」

 そんな、横浜港での追加の人員を乗せる時のやり取りだった。
 横浜港で乗り込むのは、虎三郎の娘さんたち。マイさんとサラさん、それに私が貪狼司令から解放させたマイさんの彼氏の涼太さんだ。
 もちろん、使用人の人達も追加される。虎三郎ら残りの虎三郎一家は、今年は別行動だそうだ。長男は働いているから長期すぎる休暇は無理だし、両親は夫婦水入らずでこの夏を過ごすらしい。
 そして姉妹の方だけど、次男の竜(りょう)さんの渡米送別会で話したら、ちょうど夏の旅行先を探していたので同行することになった。

 出発地の東京からは、私以下いつもの鳳の子供達5人。それに私の側近候補9人と、シズらメイド達、それに時田以下使用人達も。勿論、護衛も加わる。合わせると30人以上の大所帯。マイさん達を加えると、40人近くになる。

「外から見たら流線型なのに、変な形の船ね」

「ほんとだー、真ん中が駐車場になってる」

「カーフェリーってやつで、岸壁に後ろから付けて車が自力で乗り降りするんです」

「へーっ! 私の車も持って来れば良かった!」

「いやいや、お姉ちゃん。行き先は小さな無人島でしょ」

「それに舞さん、その島は道すらないって話だったでしょ」

 私が突っ込み入れる前に、二人に説明されている。それで我に返ったようだ。

「それもそうだったわね。でも、こんな立派な船を私用で使っていいの?」

「グループ内の偉い人の移動用でもあるので、構いません。と言いたいところですけど、しばらくワガママで借り切りました」

「流石は鳳の長子」

 そう言って絶句し、改めて船を見る。
 船は全長約70メートル。幅12メートルほど。船内の真ん中が見た目の甲板より低くなって、車庫になっている。
 動力はディーゼル。ドイツの輸入品を据え付けてあって、そのせいか煙突は小さい。
 船体内の殆どは、高速発揮できるように船の割には大きなディーゼルエンジンと、それなりの距離を航行できる燃料庫だそうだ。そして上部構造物の上層にキャビン、客室がある。と言っても客船じゃないから、それなりの調度の個室が並んでいる。それでも無理をすれば、200人程度は運べるようになっている。

 車両の方は、1トン半のトラックだと20台ほどが積載できる。
 以前、満州行く時に乗ったカーフェリーよりかなり小型だけど、何より快速が売りだ。たった丸一日で、海軍の高速艦隊みたいに長崎から上海に行ける。東京湾から広島辺りでも、丸一日の行程だ。

 そして船は進み、太平洋に出てしばらくして周辺に行き交う船が減ったところで、高速発揮を開始する。私が見たいと頼んだもので、一時的だけど軍艦並みの32ノットの快速を披露してくれた。それでも昼間の太平洋上では、基本24ノットの速度で飛ばして進む。

 ただし大型客船じゃないから、太平洋上では相応に揺れたせいで、船酔いを出してしまった。私はこういうのは全然平気で、鳳の一族も基本平気にしている。けど、側近候補や使用人のかなりの数がダウンしていた。
 そうして夜になると、衝突などの危険を避ける為に速度も少し落とし、夜は船内のラウンジで船上パーティーを開催。
 そして翌朝、船は大阪湾上にあった。

「あちらに見えますのが、現在埋め立て工事中の神戸製鋼神戸製鉄所の予定地になります」

 時田の案内で、舷側にへばり付いたお子様たちが船の上から陸地を眺める。
 その向こうには神戸の街並みと、すぐ後ろには六甲山の山並みが迫る。なかなかに見応えのある光景だ。そしてその岸辺の一角では、私が前世で見たような埋め立て工事現場があった。土砂運搬船とそれを牽引する船。埋め立てがある程度進んだ場所では、土木作業機械の群れが作業している。

 同じような光景は、鳳が関わる日本各地で見られるようになっている。そしてさらに、似た光景は日本中に広がっていく予定だ。
 ただ、近くで見ればそれなりに見応えがある景色も、沖合を通過しながらだと少し迫力に欠ける。子供達も、埋め立て現場より街並みを見入っていた。 
 けどこれで終わりじゃない。続いて今度は、明石海峡を抜けて瀬戸内海に入ってすぐの姫路の沖合。

 ただし、当初は神戸には立ち寄る予定だった。沖から見るだけにしたのは、七月の頭に神戸の内陸部で大きな水害があったから。
 金子さんのところに子供が押しかけるのも、憚られた為だ。当然だけど、水害直後に義援金を多めにしてある。

「右手に見えますのが、現在組み上げ中の鳳製鉄広畑製鉄所になります。既に工事は最終段階で、今年の秋には操業開始予定となっております」

 引き続き時田の案内が続く。すでにアメリカ製の高炉が二つ据えられていて、工場全体も見た目は完成しているように見える。けど各所にクレーンや機械がうごめているので、まだまだ工事中と分かる。
 しかもまだ更地の場所も、工事が始まっていた。さらなる拡張の為の、埋め立て工事も始まっている。当初計画よりも前倒ししている形で、それだけ日本国内での鉄鋼需要が伸びている証拠だった。

 だから鳳だけでなく、日本の製鉄を牽引している八幡製鉄所も、大規模な拡張工事の計画が本年度予算で通過していた。
 目の前の製鉄所も、2年以内には当初の2ラインから4ラインに増える予定だ。埋め立てが進めば、さらに二倍にする事も可能だ。
 そして鳳が作っているのは、製鉄所だけじゃない。

「さて、目の前に見えますのは、現在埋め立て工事中の水島工業地帯です。ここには、当面は三菱、浅野とも協力した鳳の化学石油コンビナートが建設される予定です。そしてさらなる埋め立ての後には、鉄鋼コンビナートも建設し、複合的な重工業コンビナートが形成される予定となっております」

 時田の説明が再開されたけど、もう子供達の関心は大きく下がっていた。せっかく紹介されても、似たような景色ばかりでは、子供が飽きるのも当然だ。

「なあ玲子、まだ見学は続くのか?」

「夏休みの社会勉強としては悪くないと思うが?」

「3つも続くと、ちょっと飽きてくるわ」

「せめて上陸できたらいいのにねー」

「これでも、相生の造船所には寄ってないし、この先の今治の造船所とかにも行かないのよね。今、戦艦よりも大きな貨物船を作っているのよね」

「はい。大型の鉱石バラ積み船が、この夏にそれぞれの造船所で就役し、秋までには最初の荷を広畑の製鉄所に届ける予定です」

「戦艦よりデカイのか。見に行くのか?」

 龍一くんが少し興味ありげだ。ただ、他は反応が今ひとつ。

「いえ、参りません。造船所はどちらも奥まった場所にあり、海上からの見学が難しく御座います。その代わり、他に向かう事もできますが?」

 私としては、海からでも見られるのならと思ったけど、行かない理由はちゃんとあった。
 そして時田の言葉に、子供達はさらにげんなり気味。

「まだ他にあるのか?」

「ちなみに、造船所以外は?」

「もう、お腹いっぱいよ、玲子ちゃん」

「僕ももう十分」

 子供達を見て時田が黙ったので、私が知っている限りの概要を付け加えてやる。
 鳳の人間なんだから、聞く義務くらいあるだろう。

「海から見えるところだと、最初に寄った神戸のもう少し東に川西飛行機があるわね。前に行ったでしょ。瀬戸内海だと、廣島に松田さんのオート三輪の工場。下関まで行けば、鳳の硫安工場ね。あとは、男子が好きそうな呉は、事前に連絡すれば案内してもらえるんじゃないかな?」

「呉? 呉鎮守府か? でも海軍だもんなあ」

「連合艦隊か。一度くらいは見て見たいかもな」

「『守るも攻むるも黒鉄の〜♪』って、あの音楽は良いよね」

「私、軍艦はいいわ」

 さらにお答えしてあげたら、意外に海軍人気は低かった。やっぱり鳳一族が陸軍なせいなんだろう。そう言えば、この船や造船所への反応も薄かった。
 そんな鳳の子供達に対して、私の側近候補は熱心にノートを取ったりしている。年長のマイさん達は、ちょっと引き気味。「全部鳳のかよ」って涼太さんの呟きが全てを現していた。大きな財閥と言っても、あんまり現実感がなかったんだろう。かく言う私も、正直驚いている。
 けれども時田は、そんな驚き、そして飽きつつある私達のことなど、最初から織り込み済みだった。流石は時田だ。

「というところで、鳳グループの見学はここまで。少し引き返しますが、これより目的地へと向かわせて頂きます」

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