■「悪役令嬢の十五年戦争」

■  284 「ビキニはまだ遠い」

 1932年の夏は、私の前世では大した事は起きない。この世界でも、春は大変だったけど夏は何も無い筈だ。
 だからこそ、こうしてビーチパラソルの下で、ボケーっと過ごす。隣のパラソルでは瑤子ちゃんも同じ様にビーチチェアに寝そべっている。

 二人とも、この時代風のお子様用水着。その私風アレンジの、ワンピース調の可愛いスタイルにしてある。それでも1930年代に入ると、今までの服の延長みたいな感じから、体にかなりフィットする水着っぽいデザインに変化している。
 素材はウールとレーヨンを編み込んだもの。絹でも作れるとか言われたけど、誰かに見せるわけでもないし、成長中の子供だから一夏限りになって無駄遣い過ぎるのでやめさせた。
 そして私の背は一年でかなり伸びたけど、背だけが伸びただけだから、他所様に見せられたものじゃない。何しろ、まだ12歳のガキンチョだ。
 水着自体の布面積も、私が転生する前くらいのスクール水着くらいだから、私的にはなおさら子供っぽく思える。

 そうして浜辺でボーッとしていると、少しザワつきが近づいて来る。
 本日の真打ち登場だ。

「キレーっ!」

「ほんと。もう、別次元ね」

 既に波打ち際で待っていた撮影班のところに、最新の、しかもシャネルの最新水着に着替えたマイさんとサラさんが、お付きの人などを連れて現れる。
 そして、その場の全員の視線を集めた。
 日米のハーフというのもあるけど、体の均整の取れ方や手足の長さが、この時代の日本人とはかけ離れ過ぎている。下着による矯正ゼロでこれは、21世紀の人よりスタイル良いだろう。

 水着の方は、私はココ・シャネルに水着のデザインは教えてないけど、少し21世紀に寄っていた。今から半世紀くらい先と言われても、普通に納得しそうになるデザインだ。
 私が着ている水着は、まだボトムスのカット位置は低くて、太ももの一部を隠すくらいの長さだけど、二人の水着は足を完全に露出させるデザインに進化している。それでもハイレグはゼロだけど、この時代だと大胆すぎるほどだ。

 ビキニどころか、お腹を見せるセパレーツタイプもまだ無いから、全体のデザインはワンピース。マイさんの方は胸元にリボンが、サラさんは洋服のような襟がついている。胸を強調するどころか、特に東洋だと平らに見せるのが綺麗だとされているから、この辺りは多少は仕方ない。
 それでも二人とも、21世紀の湘南に持っていっても普通に通用するデザインだ。流石はシャネル。
 ただ1932年、昭和7年の日本では、別次元すぎた。

「これって、水着の宣伝になるのかなあ?」

「瑤子ちゃんもそう思う」

「うん。あの二人だからあそこまで似合うんであって、ねえ」

「ねえ」

 思わず見つめあって同意してしまう。
 そして私は、内心で戦後日本の給食の牛乳がいかに正しいかを、改めて実感した。そしてさらに、今後の事業展開まで思考の翼が羽ばたきそうになる。

 そんな私達の懸念も何処へやら、撮影そのものは順調に進んだ。ただ、私の見るところ、水着の宣伝の為の撮影というよりは、水着アイドルの撮影じみていた。
 スタッフの女性は虎三郎の家の使用人と化粧担当の人だけで、他は全員男性というのもあるだろう。そしてあんなに日本人離れしたべっぴんさんを見たら、男どもが色々と元気になってしまうのも分かる。
 取り敢えず私は、シズとリズを武装モードで呼んで『警備』させておく事にした。

 撮影自体は、数種類の水着があるので3回ほど着替えたから、相応の時間が必要だった。
 ただ、全体としては、私はちょっと反省。財閥のお嬢様にさせる様な事じゃなかった。

「ゴメンなさい! 水着はもうこれっきりで、二度とお願いしませんから」

「エッ? 結構楽しかったけど」

「あれを着て泳いだり湘南海岸を歩いたりは、あんまりしたくは無いけどね」

 拝みながら下げた頭を上げると、柔らかめの言葉通り特に私を咎める表情じゃなかった。
 大人が子供に見せる寛容さでも無いし、本当にそう思っていると感じられた。

「マイさん、サラさん的に、あれは有り?」

「ええ。ここでなら着てもいいわよ」

「しかも、シャネルのデザインだもんね。友達に自慢したいから、写真も焼き増しのお願いしたもん」

「私もあと何年かしたら、挑戦してみようかなあ」

「うん。絶対可愛いわよ!」

「今でもこの可愛さだもんね」

 私の懸念をよそに、女子たちは楽しげだ。
 内心ホッとして、つい口が滑ってしまう。

「瑤子ちゃんがもう少し大きくなる頃には、別の素材のもっと大胆なやつも出来ているわよ」

「……それ、『夢』の景色?」

「あーっ、そんな感じ。あと何年かしたら、ナイロンっていう合成繊維がアメリカで発明されるの。うちでも帝人とかに研究してもらってはいるけど」

「ナイロン?」

「マイさん、サラさん、玲子ちゃんの言う事はあんまり気にしないで。私もそうしているから」

「え、エエ。でも私、来年春から玲子ちゃんの秘書かメイドになるから、こう言うのに慣れた方がいいのかしら?」

 瑤子ちゃんの達観具合にツッコミを入れたかったけど、マイさんを優先する事にした。

「シズ達も、私が妙なこと口走っても敢えて無視してくれているから、マイさんも同じで構いません。知りたい時だけ、聞いてください」

 (うん。スルー力は大事よね)

 強くそう思いつつ言ったけど、私に視線を注ぐ瑤子ちゃんは半目気味だ。

「でも玲子ちゃん、聞いても良く分からない事が多いから、私聞かなくなったのよ」

「そ、そうなの? まあ、私も自分で口走っていて、たまに理解出来てないから」

「なんだか分かんないけど、『夢見の巫女』も大変なのね。あ、ついでだから聞いてもいい?」

「なんですか?」

 マイさんはまだ少し悩み顔だけど、サラさんはアッケラカンとしている。実に助かる。

「私達がまだ子供の頃から、たまに本邸から変わったお菓子とかお洋服が伝わって来てたけど、アレって玲子ちゃんだったの?」

「ええっと、多分そうです」

「じゃあ、鳳ホテルの食堂街とかで出ている変わった料理も? ジェニーがアメリカにも無いって驚いてたから」

「ホテルレストランのビュッフェ形式と料理の幾つか。それと、イタリアレストランと中華料理店、あと1階のメイド喫茶は私のプロデュースです。今度、別館にスペイン料理の店も開く予定です。この休暇中にもシェフを呼んであるから、色々食べられますよ」

「やっぱりそうかあ。うん、ああ言うのなら、私は大歓迎。トラのしている仕事は、あんまり分かんないけどね」

「沙羅、これからはそうもいかないでしょ」

「お姉ちゃんはそうだけど、私はまだ時間あるし」

「もうっ!」

 マイさんが可愛く拗ねてしまった。
 二十歳を超えて拗ねても可愛いのは、女子的にポイント高いと同時に羨ましくも有り、少し卑怯にすら思えてしまう。見てくれが悪役令嬢な私じゃあ、多分無理ゲーだろう。
 そんな一瞬遠い目になりそうになっていたら、助け舟がやって来た。

「どうしたんですか舞さん?」

 涼太さんを先頭にした、男子一同だ。
 こっちはもう夏の爽やかな洋服に着替えていたけど、男子達はまだ水着姿。この時代の男子の水着は、レスリング選手っぽい感じで、上半身もかなり隠すスタイルだ。そうでなければ褌かオールヌードになってしまうから、水着着用を厳命してあった。
 ただ前世が21世紀な私としては、違う意味で違和感を感じてしまう姿でもある。

「なんでも無いわ。それよりそっちは、今まで泳いでいたの?」

「はい。近くの小島まで、遠泳の競争してきました」

「涼太さん、水泳出来るんだ」

「あ、はい。ホラ、僕の苗字って安曇野でしょ。本当かどうか分かりませんが、ご先祖様は海の民だからって子供の頃から泳ぎを仕込まれるんですよ。それで大学でも水泳をしていて、西洋の最新式の泳法を習ったばかりなんです」

「涼太さんめっちゃ上手いぞ。俺も歯が立たなかった」

 軽く頭を掻く涼太さんを、龍一くんがサムズアップばりに賞賛する。脳筋の龍一くんが褒めるなら相当だろう。
 最新式の泳法とやらも、私がよく知る泳ぎ方に違いない。

「そうなんだ。じゃあ、玄太郎くんじゃあ勝負にもならないわね」

「し、仕方ないだろ。運動は苦手だ」

「ボクもねー。多分、輝男くん達なら、いい勝負したんじゃないかな?」

 ゲームでも聞いたような言葉に思わずニヤリとしながら、何でも出来る虎士郎くんは多分手加減したんだろうと察せてしまう。

「私の側近候補達は、毎日鍛えているからね」

「だろうな。今も、別の場所で遠泳してたぞ」

「えっ? 訓練は禁止してた筈だけど」

「そうなのか。でも声援とかかけてたから、遊んでたんじゃないかな?」

「それなら良いけど。あの子達、真面目なのよね」

 そう言いつつ、両手を腰に当てて軽く嘆息してしまう。
 せっかくのモダンな休暇なのに、もっと満喫して欲しいものだ。
 そしてそんな子達の上に立つ者として、この夏休みは休暇を満喫した。

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平らに見せるのが綺麗:
1930年代に入り、変化が見られ始める。
それまでは胸元はスリムに見せるのが主流。

西洋の最新式の泳法:
1920年のオリンピックまでは、日本古来の泳法だった。オリンピック参加とともに日本に導入され、1930年代はオリンピックの水泳競技で大活躍している。
教育としての水泳は、戦後の1955年の紫雲丸事故を契機としている。

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