■「悪役令嬢の十五年戦争」
■ 283 「無人島リゾート」
「なんか、思っていたのと違うな」
「無人島っぽくはないよな」
「最近、色々と作ったみたいだね。全部新しい」
「でも人は住んでなさそうだし、無人島なんじゃないの?」
それが鳳の子供達の寸評だ。私の見た印象も、だいたい同じ。資料は1度目にしているから、こうなっているんだと言う程度の感想しかない。 目の前の島、施設建設中に古墳の遺跡が見つかったので、古くから人が住んでいたらしい。そして鳳が買い取る前も、十数名住んでいて小学校の分教場まであったけど、金を積んで転居先など諸々のケアをした上で円満に立ち退いてもらったらしい。
そこまでする価値があるのかは少し疑問だけど、その島に手を入れていった。どうやら、水島コンビナートに近いのが理由のようだ。それに、鳳の他の施設、主に姫路と今治の真ん中あたりに位置していて、船で来やすいのが理由になっている。 だからだろうけど、島の一角にはかなり立派な岸壁と桟橋がある。小さな港は多少の浚渫までされていて、鉄筋コンクリートの防波堤もある。
島の周囲は約3キロ。形はほぼ三角形。最高峰は28メートルと記されている。平らな島で、砂浜があるように港に適した海岸に乏しい。だから漁村じゃなくて、細々と農業をしていたみたいだ。そうした場所に、各所に最近作りましたと主張する建物が点在している。 島のほぼ半分が開発されていて、鉄筋3階建てのホテルのような建物を中心に、孤島に建てたリゾートホテルっぽさがある。壁は白く屋根はオレンジな感じなので、完全に南欧風だ。
設備は、他から砂を持ってきて広げたリゾートスタイルの砂浜、野球もできるグラウンド、テニスコートが数面、パター専用の小さなゴルフ場、島内一周の遊歩道も整備してあるからジョギングにも最適って感じだ。この時代の日本には珍しく、キャンプ場と野外での食事をする設備まである。まあ、私が作らせたんだけど。
建物は主に本館と別館、それに使用人棟。本館内には、宴会もできる大食堂、娯楽室、喫煙室、ビリヤード室など、欧米風のものがちょっと良い感じに揃っている。世話をする側を除いて、最大で200人程度が一度に滞在できる。 私的には、これで温泉があれば完璧って感じだけど、流石にそれは無理だった。それでも、露天風呂とサウナが併設された大浴場は完備されている。 とにかく、日本でこんなリゾートホテル型の保養施設は、まあ無いだろう。
そして地図を見ていて私だけが気づいたのは、この島の近くの本州と四国の間の狭さ。そして一番狭い場所のあたりで、別の島が連なるようにある事。そして位置。そこから導き出された回答は、瀬戸大橋だった。 この島に一番近い本州側の張り出している陸地も鷲羽山というから、多分間違いない。
そうした島に、船は近くの港から来た曳船に手伝われて、岸壁のある島の北西部に接舷。最初は後ろ向きになって、積んであった車両を下ろしていく。 積載しているのは、主に水タンクを搭載したトラック。島にはプールのような貯水槽があるけど、十分な水の備蓄はまだないから、運んだ水は今回私達が使うものだ。他にも、足りない機材や資材、生鮮食品などを積んだトラックなども上陸していく。
「さあ、鬼ヶ島に上陸よ」
「えっ、そうなのか?」
「確かに対岸は吉備だな」
「『桃太郎さん 桃太郎さん お腰につけた 黍団子〜♪』」
「それにしては欧州風で、鬼ヶ島っぽくないわね。鬼が住む洞窟みたいなものも見当たらないし」
「瑤子ちゃんが正解。実はこの島じゃなくて、十数キロ東にある女木島ってところがそうらしいの」
わざわざ総研が調べた資料の事を思い浮かべつつ、そんなトリビアを提供しておく。 そうして徒歩で、島の真ん中あたりにある建物へ移動。一番大きな建造物ではなく、別館のような場所へ。そこは造りも他より豪華だ。ただし、全員が滞在するには小さい。
「ねえ時田、ここは鳳の者だけ?」
「左様です。側近候補と使用人は、あちらの本館に滞在致します。ですが、ご希望でしたら別館の方でご用意させて頂きますが」
「食事と風呂は?」
「食事はお運びします。お風呂は別館内にも小さなものが御座いますので、本館の大浴場とお選び下さい」
「だってさ。他に聞きたい事はある?」
私の言葉に、シュッと龍一くんの手が上がる。
「野営が出来ると聞いたけど、どこでするんだ?」
「海辺の近くに専用の区画が御座います。明日にはご用意可能です」
「よっし!」
「意気込んでるところ悪いけど、野営って言っても遊戯や娯楽としての野営で、軍隊のとは似ても似つかない快適な奴よ」
「それくらい分かってる。天幕で眠れるのが楽しみなだけだって」
「なら良いけどね。私もキャンプは楽しみ。ルブアルハリ砂漠以来だし」
「ルブアルハリ砂漠? どこ、それ?」
「中東、アラビア半島のど真ん中」
「って、言われても分からないわ」
「後で地図で教えてあげる。さあ、入って一服しましょう」
そうして豪華な別館に入るのは、私達5人とマイさん達3人。涼太さんは一族じゃないけど、もう公認だし未来の一族って感じだ。それ以前に、リゾートに来て二人別々は酷というものだろう。 そして別館の使用人の数も、最小限にしてある。島に接近する不埒者の監視以外に護衛も必要ないから、シズ達も側にはあまり控えさせない様にしている。
私の側近候補達は、本館の各部屋に分散。休暇で訪れたので、あとは好きに過ごしてもらう事になっている。これがゲームだったら適当な理由が付いて輝男くんが一緒になるけど、それも無い。 使用人達も使用人棟ではなく、出来るだけ本館で過ごさせ、交代で休暇も取らせる。
「それで、ここで玲子は何をするんだ?」
「ダラダラするのよ」
玄太郎くんのやや厳しめな視線に、完全だらけモードに入った私が、気だるげに答えてあげる。けど玄太郎くんは、私への厳しめな視線を変えてくれない。
「本当よ。まずは数日、何も考えずに過ごすの。絶対に何もする気は無いから。そのあと、少し書類仕事とお手紙を書いて……あ、そうそう、明日くらいには撮影班が来るから」
「撮影? 何の?」
「この休暇を記録させるの。他の時と同じよ。それに、せっかくの海だから、マイさん、サラさんには広報で使う写真と動画を撮ってもらう予定。お願いしますね」
「ええ。ここなら湘南みたいに野次馬もいないし、気楽に出来そうね」
「でも、最新水着とかほんとに必要なの?」
「シャネルの新作の宣伝だから、お願いします。私じゃあ、まだ子供すぎますから」
「仕方ないなあ」
そうは言っているけど、マイさんよりサラさんの方が乗り気だ。そしてそのまま、男子な顔が薄く浮き出ている涼太さんに「ムフフ」な表情を向けている。 合わせて私も、お子様達に半目で見据える。
「二人の撮影中、男子はビーチに接近禁止だからね」
「勿論」「当然だな」「ちょっと残念」と、それぞれ素な反応。そろそろ本気で気になるお年頃かと思ったけど、育ちが良いせいかやせ我慢くらいは出来るらしい。それにひきかえ庶民代表の涼太さんは、私に愕然とした顔を向けている。飄々としたタイプだけど、年相応に男子だったようだ。
「私達は水着はいいの?」
「撮影はね。けど、個人用に記念に撮ってもらいましょう。今の姿は残しておきたいし」
「玲子ちゃん、それよく言うよね。分からなくはないけど、マイさん、サラさんみたいに大人になってからの方が良いんじゃない?」
「ずっと撮り続けて記録に残すから意味があるのよ。それに専門の人が沢山来るのに、撮ってもらわないでどうするのよ。勿体無い」
「玲子ちゃん、最後の言葉は胸にしまっておこうよ。玲子ちゃんが言うと、全部損得勘定の上での言葉に聞こえてくる」
ちょっとげんなりした表情で見られてしまった。 何だか、瑤子ちゃんの私への評価が、徐々に下がってきている気がする。
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目の前の島: モデルにした島は実在しています。
釜島。瀬戸内海の瀬戸大橋の近くにある島。1980年からは無人島なので採用。 戦前は少人数が住んでいた。その時代に海水浴場など保養施設など作っているので、島の歴史を大きく書き換えています。
女木島 (めきじま): 桃太郎伝説: 1930年に橋本仙太郎が、四国民報(現・四国新聞)に発祥地などの論文を掲載した。 翌年には、瀬戸内海に浮かぶ女木島に人工の大洞窟が発見されて、論文の効果と相まって桃太郎伝説の信憑性は一気に高まった。