■「悪役令嬢の十五年戦争」

■  296 「試食会」

「ん〜っ! これよ、これ。これが食べたかったの!」

 久しぶりに心から満たされる。胃袋を幸せにする事の重要性も再認識させられる。
 体にはあまり良くないのかもしれないけど、そう言った食べ物は得てして心を満たしてくれる。
 けど、シズの視線は厳しい。

「お嬢様がこのような物を食されなくても」

「そんな事言ってないで、シズも食べて。今日は試食会よ。ホラ、皆さんも美味しそうに食べているでしょ。ホラ、冷めないうちに、早く」

「……はい」

 渋々と言った感じで、ようやく私と同じものを口にする。そしていつものクールな表情と雰囲気が、軽くだけど喜色に染まる。
 そうだろう。この魔力は、世界中を魅了する事になるんだ。この場にいる全員、鳳ホテルの宴会場の一つを埋める人達も、十分以上に魅了していた。
 何しろ、今私達が食べているのは、即席麺。そう、あのインスタントラーメン。最初に調理人に話してから5年以上の歳月を経て、ようやく私に出せるところまで漕ぎ着けたのだ。

 そしてそれを私も公然と食べるべく、『試食会』を開催している。
 呼んだのは、主にお兄様が親しい帝都とその近辺を任地にしている将校の皆様。
 何しろこのインスタントラーメンは、陸軍糧食の改善というお題目が掲げられている。だから試食となれば呼ぶべきだろうし、私も食べる口実にもなる。
 ただまだ量産には程遠いので、合わせて数百食を揃えるのが精一杯。だから近くの兵隊さん達ではなく、将校に絞った。

(それにしてもシュールな光景)

 取り敢えず心とお腹を満たしたので顔を上げ周囲を見渡すと、日曜日なので殆どが私服姿の中央勤めの将校達が、インスタントラーメンに舌鼓を打ちつつ談笑している。
 しかもそのメンツは、豚骨スープよりも濃い。
 上は、永田鉄山を始めとした一夕会のお歴々。下は、お兄様を慕う青年将校の皆さん。合わせて50人ばかり。
 人数を沢山入れる為の立食パーティー、と言うより立ち食いラーメン屋状態だ。

 また、他にも広く意見を求めるというお題目のもと、鳳の本邸などからやって来た人達も、普段は絶対に食べないであろうインスタントラーメンを物珍しげに食べている。
 鳳の子供達もその中にいる。他にも、色んな顔が並んでいる。

(まあ、美味しいものはみんなで食べるものよね)

 そう思い直して、二つ目に取り掛かるべく人を呼ぶ。
 そう、今日のメニューは2品もある。
 一つは鶏がらスープを麺に染み込ませた、私の前世での最初のインスタントーラメン。もう一つは、麺とスープが別々の普通のインスタントラーメン。
 
 鶏ガラの方は、お約束で生卵と刻みネギを添えただけのシンプルなもの。もう片方は、普通のラーメンもしくは中華そばとほぼ同じ具材を載せる。
 乾燥野菜なども考えたけど、まずは知ってもらう事。何しろ、中華料理、中華そばも十分には広まっていない時代だ。

「如何ですが、玲子お嬢様」

「うんっ! これが食べたかったの。満点よ!」

「有難うございます。開発の苦労も、その一言で報われます」

「私の方こそ、ワガママを叶えてくれて本当にありがとう。次は工場を建てないとね!」

 そんなやり取りをするのは、昔から鳳の本邸で働いていた調理人の一人。五年前に私の話を聞いて、即席麺の開発を請け負った人だ。
 今は鈴木系列の会社で開発主任となり、私が頼んだインスタントラーメンに情熱を燃やしてくれている。だから調理人というより、食品開発者だ。

 そして情熱を燃やしてなお、開発は予想以上に大変だったらしい。インスタントラーメン特有の、くねくねと曲がった麺に行き着くまでが一苦労。私が最初に言ってなかったというか、思いつきすらしなかった案件に、開発スタッフ達と自力で辿り着いていた。
 けど問題は他にも山積みで、揚げ方、出汁の染み込ませ方、麺の製法、何もかもが大変だったと報告書をもらっていた。
 けど、5年もかけて十分に開発しただけあって、申し分ない出来栄えだ。しかも最初から2種類もあるとか、私的に嬉し過ぎる。

「それで、何か問題はある?」

「そうですね。やはり値段でしょうか」

「どれくらい?」

「限界まで下げても20銭です」

(えーっと、今の1円が平成円で2500円として、500円か。そりゃあ高いなあ)

「それは大量生産した場合?」

「はい。その試算です。ですが、生産量を多くすれば、値段はもっと下げられます」

「みんなに食べてもらえるように、宣伝しっかりしないとね。他に何かある?」

「軍への納入なら大丈夫だとは思いますが、市販するとなると1つ1つの包装が少し問題ですね。保存食ですが、湿気ってしまっては意味がありませんので」

(そっか。ビニール袋はまだないもんね)

「どうするの? 缶詰ってわけにもいかないわよね」

「軍納入の長期保存用なら、密閉度の高い大きめの金属容器に大量に入れる手を考えています。市販用となると、1つ1つ、多くても5つで1組ですので、油紙かセロファン包装をと考えています。どうするかは、価格面との兼ね合いですね」

「なるほど。どっちにせよ問題は値段か。軍隊も、戦争しているわけじゃないから、保存食とはいえ大量購入ってわけにもいかないだろうしね」

「はい」

 そこで問題の持ち帰り案件が出て、会話が途切れてしまった。だから気分転換といく。

「それじゃあ、もっと簡単に食べる方法ってある?」

「これ以上ですか? 探してはみますが、軍の飯ごうをどんぶり鉢代わりに使ってもらうのが無難でしょうね。鉄かぶとでも、代用できるかもしれませんが」

「それなら紙コップはどう? 大きめに特注した紙コップに、丸く整形した麺を入れれば、一食食べ捨てで持ち運びも便利だし」

「紙コップですか。モダンですね。ですがお湯を入れるので、ロウ引きした紙は材料に使えませんね。ロウが溶けて、食べれたもんじゃない」

「あー、そういう問題もあるのか。じゃあ、無理ね」

「いえ、包装用の器と食べる器の併用として特注するんでしたら、別の防水手段を考えればいけるかもしれません。戦地でも気軽に食べられて、持ち運びも便利となるものを目指すのですから、考えてみます」

「それなら、いっそ乾燥した具材も入れて、本当にお湯を入れるだけにできない?」

「鶏ガラ即席をさらに発展させるんですね。面白そうですね。早速、相談してみます」

「お願いね」

「いえ、これも鳳とお国の為です」

 そこでお互い軽くだけど頭を下げ合う。
 そして一旦開発主任と離れて、子供達のところへと向かう。
 そこでは、鳳の子供達に加えて虎三郎達も来ていた。ただし、お父様な祖父や玄二叔父さんはいない。お父様な祖父は、軍人が多いのに元上官がいたら煙たいだろうと欠席。玄二叔父さんは、公の場には現れないのが基本だから。
 あとは私の側近候補達。日曜日なので、時田やセバスチャンもいる。
 そして女子供が固まっているエリアなので、一番賑やかというか華やかだ。

「どうでしたか?」

「凄く旨いな! でも、何澄ましてんだ」

 いつもながら、龍一くんのツッコミはストレートだ。

「色んな人がいる場よ。私ももう女学生だから、取り繕わないでどうすんのよ」

「玲子ちゃん、もう取り繕えてないよ」

「だが、玲子はそれくらいがちょうど良い」

「そうだよね。あっ、インスタントラーメン、凄く美味しいよ」

 瑤子ちゃん、玄太郎くん、虎士郎くんも相変わらず。鳳の子供達と話すとホッとする。
 まあ、それ抜きに、今日は誰もが笑顔。インスタントラーメンの開発が大正解だと雄弁に教えてくれている。
 そんな人の中を次へと進む。

「お嬢様、今回はご相伴に預かり有難うございます」

「有難うございます!」

 目ざとく私を見つけた輝男くんの言葉で、9人全員が一斉にお礼&お辞儀。白い髪の子除く、だけど。

「どう?」

「美味しいです! 中華そばってこんなのだったんですね」

「これはラーメンだよ、お光。お嬢の発明品」

「私はちょっと助言しただけ。作ったわけじゃないわ」

「あっそ。でもこれ、直ぐに作れるから、夜食に良いかもね」

「おっ! 流石はお芳ちゃん。夜中の高カロリー食って、背徳感があって美味しさ倍増よねっ!」

「……お嬢、考え方が年寄り、いや、年長者っぽい」

「ウッ!」

 アラフォーの魂のままの言葉は、私にブーメランとなって突き刺さった。
 だからそのままフェードアウトして、次へと進む。

「どうですかー?」

「良いなこれ。現場でも工場でも、直ぐに食えるし食べやすい。大発明だぞ」

「有難う虎三郎。開発者に言ってあげて。マイさん、サラさんはどうですか?」

「凄く美味しい。こんなヌードルは初めて。麺に味が付いてない方は、スープと具材も色々工夫出来そうね」

「だよね。でも欲を言えば、ヌードルってお箸以外の食べる手段が欲しいところね。ジェニーがいつもぼやくのよ」

(おーっ、もうカップヌードルの話にまで到達している。流石はアメリカン)

「スパゲッティみたいに、フォークで食べると良いと思いますよ」

「あーっ、なるほど! うちじゃあジェニーの愚痴のせいで、ヌードルは滅多に食べないから気が付かなかった。有難う玲子、良い事聞いたわ」

 この地味な大雑把さも、アメリカンのハーフらしい。
 それはともかく、好評なのは確認できた。
 次は本丸の将校どもだ。

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私の前世での最初のインスタントーラメン:
日清のチキンラーメン。恐らく、ほぼ同じものの筈だ。

セロファン:
19世紀末に発明されて、昭和初期には日本でも生産されるようになっている。

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