■「悪役令嬢の十五年戦争」

■  295 「共産主義の脅威」

 視線を巡らせるも、セバスチャンが小さく肩をすくめた程度。日本人は、正直アメリカの事はよく分からない。時田は何度もアメリカには行っているけど、政治を肌で感じるほどじゃない。だから今度、虎三郎一家に聞いてみようと思った程度の結論しか私にもない。
 だからルーズベルトの話は、ここまでらしい。
 そんな中でお芳ちゃんが、少し厳しめの視線。

「どうしたの、何かある?」

「お嬢は、ルーズベルト新大統領がこれからする政策より、前々からルーズベルト本人が相当気に入らないみたいだけど、何かあるの?」

「前に話したでしょ。私の『夢』の中でも、悪夢の総大将の一人だからね」

「……それは、民主党が社会主義的政策をするのと関係ある?」

 話の流れから汲み取ったのは間違いないから、私も強めに頷き返す。

「ある。ルーズベルトとその取り巻きだけじゃなくて、色々手を伸ばそうとしている筈よ。もう根を下ろしている連中もいるでしょうね」

 「ある」を強めに言ったその言葉が終わると、トリアが真剣味を増した表情をしている。

「だからお嬢様は、ハースト様を通じてアメリカの反共への啓蒙をされてきた。そのおかげで、かなりが炙り出されたかと存じますが」

「氷山の一角だと思うわよ。共産主義者って、シンパも含めるとインテリ、頭の良い人が多いから、お人好しを騙すのなんてお手の物よ。
 しかも狂った宗教と同じで、善悪や倫理観、何もかもを無視してでも、自分達の主義主張を通す為なら何しても良いって考えているでしょ」

「それは、否定致しません」

「トリアは、日本で赤いロシア人や大陸人が何をするのか、随分見てきたもんね」

「はい。それでお嬢様は、左派的なルーズベルト政権下のもとで、ステイツでも共産主義者が跳梁するとお考えなのですね」

「うん。左派的な政策をするなら、そういう人を集めないと難しいからね。そして、もっと左寄りの人達の隠れ蓑にはもってこい。しかも、政府の深くに入り込めるでしょ」

 そこまで言えば、部屋にいる人達は全員察しがつく。ついてくれる。セバスチャンとトリアは、加えて表情を悪くした。
 代表したのは、またもトリアだ。

「お嬢様は、共産主義者がルーズベルト政権を介して、アメリカを赤化しようと目論んでいると?」

「アメリカ人が、そこまで勝手を許すとは思ってない。私の『夢』にも、赤化したアメリカはないわね。けど、タチの悪い病原菌みたいに深く広く入り込んで来るわよ。これからもっとね」

「それは由々しき問題ですね。ですが、アメリカが赤化しないのなら、お嬢様が強くご懸念される事でしょうか?」

「連中の大きな目的の一つが、私や鳳だけじゃなくて、日本にとって死活問題なのよ」

 そこで言葉を切ると。全員が考え込む。
 だから言葉を続ける事にした。

「良い? 連中の第一の目的は、ソビエト連邦ロシアと共産主義を世界から守る事。世界中に広める方針が変更になったからね。で、今の所、赤いロシア人の一番の敵は誰?」

「日本です。ですが、なぜアメリカに? 日本の政権転覆や赤化を狙うべきでは?」

「日本の中にも手を伸ばしているわよ。まあ、日本の共産主義者は先月末に一網打尽にされたりして、真面目というか間抜けが多くて助かっているけどね」

「ですが、浸透もされつつある、と。そしてアメリカは今後、共産主義の浸透が酷くなるのですか」

「アメリカだけじゃないけど、ソ連の敵をソ連以外に潰させる為、自分が正しいと信じて決して疑わない心とお目々の綺麗な真性の人達が、それぞれ自分達の国と民を焚きつけるのよ」

「そんな目的の為に、アメリカを利用しようと?」

 そこで言葉が止まったけど、内心かなりお怒りのご様子だ。かなり煽った言葉を選んだけど、半ば煽られてしまっているところは、トリアは知的エリートながら上流のお嬢様の出だと推測できてしまう。

「勿論、アメリカ自体を赤化する目的もあるわよ。けどね、あくまで私の『夢』の中の話よ。実際は『夢』とは違ってきているし、この先も違ってくるかもしれない」

「ですが、同じ可能性もあるという事ですよね。ハースト様への働きかけをされている理由も、単に共産主義を潰す為ではないと解釈させて頂きますが?」

「お好きにどうぞ。ただ、この話をあなたのご主人様達に話すのなら、相手には気をつけてね」

「どこに繋がっているか分からない、と」

「うん。まあ、現時点では米ソの国交も結ばれていないし、スターリンが方針転換して間なしだから、財界にはあまり浸透はしていないとは思うけど、上流階層全体だと危険ね。日本でも公爵様の御曹司や、公爵自身が染まっているし」

「……浸透していたら悪夢ですね」

「そう? まだ序の口よ。悪夢はその先に待っているから」

「で、そうならないように、子供が頑張っているわけだ」

 トリアが軽く絶句したところで、お芳ちゃんがポツリと呟くように言った。大人達ではなくお芳ちゃんに言われると、私としては苦笑しかない。何しろ私の中身はアラフォー。それにひきかえお芳ちゃんは、本物の幼女だ。
 けど今は人も多いから、強気で通すより他ない。

「私の将来もかかっているからね。しかも、どんどん悪い方向に向かうフラグが立ちそうだし」

「フラグ? 旗? なんですかな?」

 油断して出てきた前世のオタク言葉に、貪狼司令が首を軽くかしげた。けど貪狼司令の場合、これは相当疑問って事だ。正直どうでも良いけど、答えないと先に進めなさそうな雰囲気がある。重要な言葉が出てきたとでも思ったんだろう。
 時田やセバスチャンは今更気にしていないけど、善吉大叔父さんも疑問符を頭に浮かべている感じだ。

「えーっと、悪い未来へ向かう、通過しちゃいけない道標ってとこね」

「なるほど。で、そのフラグが、アメリカで立ったわけですな。ですが、お嬢様のお話を色々と総合すると、アメリカの方はまだ楽観されているご様子。となると、ドイツの赤化をご懸念なのでしょうか」

「赤化もだけど、ファッショ化もご懸念よ。どっちも最悪」

 ファッショという、日本ではまだ比較的珍しい言葉に、大人達の一部が反応した。今いる中でナチスの件を話した事がないのは、善吉大叔父さんとトリアだ。
 そしてヨーロッパ情勢に疎いのは、善吉大叔父さんの方だった。

「ファッショ? そのファッショ政権のイタリアは、それ程悪い状態ではないと思うけど、ドイツで国家なんたら党が政権を握ると悪い方向に? 今まで共産主義がどれほど悪いか話していたのに、それ以上だと?」

「はい。世界恐慌前の世界経済の状態に戻らないと、ファッショ政権が出来たらドイツを悪い方向に向かわせる可能性が高いんです」

「世界恐慌前か。確かに、健全な世界貿易あってこその経済浮揚だからね。大体は分かった。それで、このお話は、他に誰が?」

「随分前になりますが、曾お爺様、お父様、龍也叔父様、それに時田には話しています。ただ、実際に起きないと」

「うん。納得も理解も難しいね。いや、それなら良い。それで玲子ちゃんは、アメリカの新政権とドイツのファッショ政党、そのどちらがより危険と判断しているんだい?」

「今のところ両方です。どっちかが、最終的に日本の敵になるから」

 一瞬返答に詰まったけど、今だとこれ以上は言いようがない。何がどうなるのか、もはや私の前世の知識だけでは断言出来ない事が多すぎる。
 ただ、この場の大半の人を軽く混乱させてしまっている。
 だから私としてはこう続けるしか無かった。

「だから、時田、セバスチャン、貪狼司令、情報収集をお願いね」

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