■「悪役令嬢の十五年戦争」

■  349 「昭和9年昭度鳳凰会」 

 4月中ばの日曜日、今年もやってきました鳳社長会の『鳳凰会』。鳳グループに属する社長や重役など偉いさんが一堂に会する、鳳のお祭りだ。
 確か今年春だったと思うけど、『帝人事件』の兆候は全くなし。鈴木が関係していたから、私にとっても実に良い事だ。

 そして今回の社長会でも、いつも通り私の表向きの役割は、鳳グループの保有者である鳳伯爵家当主の鳳麒一郎の名代。
 子供が名代と言うのも変な話だけど、1930年、昭和5年からしているから、今年で5回目。もう、その年の新参以外は慣れっこになっている。それどころか、お約束すら超えて当然となりつつある。
 だからと言うわけじゃないけど、今年も早めに会場入りして人間ウォッチングをする。

 けど、今年早めに座るのには、ほんの少しだけ別の理由がある。伸びるまでは気にしていなかった身長だ。男性の平均すら超える巨女と言うのは、我ながらちょっと凹む。
 しかも、靴のヒールの高さもかなりのものになる。21世紀のようなハイヒール、ピンヒールって事はないけど、靴を履くと170オーバーになってしまう。
 けど、表向きは優雅に悠然としつつ、衣装も完璧に決める。

(この社長会始めた頃は、まだ幼女枠だったのになあ)

 会場の風景より、我が身を見下ろして内心でため息つきそうになる。けど反面、順調に美少女に成長しつつあるから、年月との等価交換だ。
 そして早めに席をつくのは、手足が長いおかげで座るとそこまで高身長が目立たないと言うのが大きい。
 それにもう一つ、今年の主役、一族からの主役が別にいるからでもある。

「それでは、昭和9年度鳳凰会を開催します!」

 いつも通りの言葉で、鳳の社長会が始まる。
 そして私は、名代として一言だけ言ったら、あとはご飯を食べて席を後にする。私以外の一族の子供達だと、虎士郎くんがこちらも毎年ピアノの演奏を披露する。
 最近では実質プロとして活動し始めて多忙な虎士郎くんだから、一族の者以外が無料で演奏が聴けるのはこの社長会くらいだ。
 私と同世代の鳳の子供達は、いつも通りこの会場が見下ろせる別室で過ごしている。そして今日は、虎三郎の一家の残りの人達も、同じような部屋で待機していた。

 他、私の周りだと、側近候補達のうち私の警護担当の輝男くん、みっちゃんら6名は、メイドや執事の格好で警備の手伝いに出させている。
 みんな私より1歳年上で今年15になるから、基本的には今年からプレデビューだからだ。シズも15歳で私付きになっている。
 社会的には18歳もしくは20歳まで色々と制限があるけど、屋敷内、鳳の敷地内なら、もう十分以上に役に立つ。

 ブレーンや補佐担当のお芳ちゃんと他2名も、それぞれ得意分野で大人達を手伝ってもらっている。お芳ちゃんだけでなく、他2名の銭司(でず)と福稲(くましろ)もオツムの出来が並みじゃないから、こっちは去年くらいから人手の足りない時には駆り出している。

 そして会場の私の後ろに控えるのは、今回は一族枠で席に着いているマイさんを除くと、時田、セバスチャンが私と同じテーブルについて食事を共にする。
 去年同席した貪狼司令は、目立つ場所はやはり勘弁して欲しいと懇願され、今回は地味な場所に移っていた。

 シズとリズは、メイド姿で私の後ろに控えるだけ。
 そして今回から、イケメンパツキンのエドワードも控えさせる。アメリカの良いとこのボンボンらしいけど、短期間でセバスチャンに仕込まれたらしく、イケメン執事ぶりを見せている。そして後ろに侍らせて飾る分には、うってつけの人材だ。
 ただし、来たばかりから、今回の社長会はほぼ見学者状態になっている。それに今回執事姿を見せて、私の部下だと認識させるのが目的なだけで、この姿、この位置での参加は今回限りになるだろう。

「ねえセバスチャン、例の発表はいつするの?」

「二次会の立食パーティーでの冒頭、他の人事異動の発表の時に合わせて行います」

「そっか。けどこれで、時田にもようやく少し楽をさせてあげられるわね」

「常日頃からのお気遣い痛み入ります。今後は、執事としてのお役目を存分に務めさせて頂きます」

「時田様には、今後もファンドの金庫番をしていただかなくては」

「セバスチャンは、いつ裏切るか分からないって、もっぱらの噂だもんねー」

「この通り、胡散臭いですからな。ですが、そのくらいに思われている方が、むしろ安堵いたします」

「そうなの?」

「はい。私のような役回りの者が組織内にいる方が、組織が強くなりますので」

(これがユダヤ的なのかな? まあ、日本人って島国根性じゃないけど、内でまとまり過ぎではあるよね)

「なにか?」

「ううん。その見方は無かったから、今後の参考にするわ」

「恐れ入ります」

 セバスチャンが座りながらも綺麗なお辞儀をするのを見つつ、その先へと視線を向ける。

(考えてみれば、鳳グループ全体が色々抱えているわよね。意外に元のままの鈴木はどうなんだろう)

 鳳財閥は、人員規模が資産に比べて大きい財閥だったけど、財閥としては小さかった。それが1927年春に鈴木商店を丸呑みして、1930年からの大膨張、そして未曾有の不景気を前にしての人員獲得で膨張を果たした。
 だから色んな人達が属している。

 財閥内、グループ内で、企業間の序列を御三家、親藩、譜代、外様と分けるけど、人の方も似た感じだ。
 鳳財閥時代の古くからの人達が御家人、旗本。鈴木は吸収したのも、そのままのも基本的には外様の家臣団。新しく雇い入れたのは、普通の武士って感じだろうか。

 そうした中で、当然のように競争が生まれている。
 ただ旧鈴木系の企業とは、住み分けができている。鳳が丸呑みした企業は小さいところが多いから、こちらも問題はない。鈴木以外の、飲み込んだ会社も同様。
 問題は新旧の対立。新卒は鳳グループは学閥ではなく実力、実績重視と最初から強く言ってあるから、今のところ問題は少ない。鳳大学卒を強く馬鹿にした帝大卒を解雇した事例もあるけど、反発は出ていない。

 問題は、一度他社、他財閥で首を切られて鳳に来た再就職組。
 ハングリーなのは結構だし、無理をして実績をあげようと言う向きがあるけど、後ろ向きよりはいい。けど、古参を蹴落とそうと、やりすぎる人がちらほらいる。
 鳳の古参の方も、やる気のある人はいいけど、古いだけの人は置いていかれつつある。そうした人は、都落ちさせるか、最悪首を切るわけだけど、景気が良いのにポンポンと首も切れない。

 それに新旧の対立が原因だから、古参の士気を下げすぎてもいけない。逆に古いだけで要職に置いたままだったりすると、新参の士気が落ちてしまう。成果主義で終身雇用などない時代でも、守るべき一線がある。
 その辺りの機微は私には今ひとつ分からないから、百戦錬磨な大人達に任せるより他ないのが歯がゆいところだ。

「玲子お嬢様は、鈴木の方々が気になりますかな?」

「えっ、うん。鳳より人材が揃っているかなって」

「鈴木様、金子様のご人徳の賜物でしょう」

「本当に。けど、鳳製鉄社長の長崎さんって、元は鈴木の人よね?」

「左様です。ですが、鳳との合併の頃には、鈴木を辞めておいででした。合併の折に鈴木様と共に声をおかけし、幾つかの統廃合の指揮を取ってもらった後に、鳳製鉄をお任せしました」

「その来歴は見たことある。何でもできる人ね。さすが帝大卒。けど、製鉄所の立ち上げは確か」

「はい。神戸製鉄所を実質的に取り仕切っておられる、田宮嘉右衛門様に多大なご助力を頂きました」

「そして今度は、時田の後任に永井さんが鳳商事社長か。鳳は元が小さいから、助かるわね」

「まったくですな。私も、安心して任せられます」

「鈴木さんの方は?」

「永井様、そして出光様とも神戸高等商業学校同窓の高畑様が、今後は金子様のお役目を担われると聞いております」

「金子さんも、慶応のお生まれだもんね」

「はい。私よりお年を召しておいでですな」

「それでも相談役に留まるんだっけ。元気よね」

「はい。私も見習いたいものです」

「いや、時田も働きすぎ。少しは休んで」

「玲子お嬢様のお言葉とあれば」

「うん。その為にセバスチャンがいるし、人も増やしたし、順番に世代交代していかないと」

「左様で御座いますな」

 そう言って柔らかに時田が微笑んだ。
 その顔は血色も良く穏やかで、体の主のループ時のような心労や過労の影は見られなかった。
 そうでなくては困る。

__________________

長崎さん:
長崎英造。鈴木商店初の帝大卒入社。金子直吉の片腕として辣腕を振るうも、1925年に退社。その後、旧鈴木系列の旭石油再建、昭和石油立ち上げを行う。
この世界の鳳には出光佐三がいるので、以後石油には関わらず。

田宮嘉右衛門:
神戸製鋼立ち上げ時からのボス。

永井幸太郎:
高畑の誘いで鈴木に入社。日商を再建した。
出光佐三と高校(大学)が同窓。

高畑誠一:
鈴木商店の生え抜き。日商を再建した。
出光佐三と高校(大学)が同窓。

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