■「悪役令嬢の十五年戦争」

■  348 「14歳の誕生日」 

(ついに、人型決戦兵器に乗れる年齢になったか。ニチアサの変身ヒロインでもいいけど)

 部屋にある姿鏡の前で、自身の姿を凝視する。
 女性としては凹凸はまだ貧弱で、子供の面影が濃い過渡期の姿。未だ朝に骨が軋む気がするけど、背はほぼ伸びきった。
 一時期、どんだけ背が伸びるんだとマジで焦ったけど、ほぼ予定通り160センチ代半ばから成長はほぼ止まった。もう数年伸びても、170センチには達しないだろう。
 ていうか、流石にこの時代に170センチは止めて欲しい。女子としては泣けてくる。

 前世では平均身長程度だったから、モデルのようなスラリとした姿に憧れはあるけど、実際に背がメキメキ伸びるとなると、話は別だ。
 ただ、子供の頃からゲームの鳳凰院玲華と同じ高身長になるように、せっせと牛乳と小魚を食べていた。さらに日々のトレーニングも、可能な限りやってきた。その成果が、如実に表れ過ぎているような気がしてならない。

(これからは、カルシウム系は控えよう。ウン)

 鏡の前で、ゲームそっくりの美少女が強く頷いていた。

「ア゛〜っ、疲れた」

「玲子ちゃん、口から何か漏れてるよ」

「ヨダレだろう」

「これで拭いておけ」

「お兄ちゃん、そう言う意味じゃないよ」

 盛大なだけの誕生日会が終わり、ホテルの控え室でみんなが改めて出迎えてくれた。
 ただ、龍一くんはいない。幼年学校は春休みが普通の学生のようにはないから、今日も平日の勉学などをこなしている筈だ。
 けど今月1日の日曜日に、先に誕生日プレゼントはもらっていた。

 龍一くんは攻略対象で一番の長身、父親のお兄様よりほんの少し高い190センチ近くに達するせいか、12歳くらいからグングン背が伸びて、あっという間に追い抜かれしまっていた。声変わりも終わり、もうほとんどゲーム時のイメージだった。
 それに寄宿で勉学に励んでいるせいか、それまでと比べると格段に大人びたり、凛々しくなった気がする。と言うか、お兄様に似てきている。

 みんなの顔をボケーっと見ながら、この場にいない男子の事を考えても仕方ないと、ゆっくりと思考を切り替える。

「勝次郎くん以外も、私と同じ事してみる? 多少はこの気持ちが分かってくれると思うんだけど?」

「一回くらいならしてみたいけど、私じゃあ玲子ちゃんみたいに人が集まらないわよ」

「そんな事ないわよ。今度する?」

「女子だけなら、してもいいけどなあ。玲子ちゃんを見る目のギラついた人達を見ていると、ねえ。たまに私も見てくるし」

「私らは、まだマシよ。マイさん、サラさんを見る大人達のギラついた目は酷いものよ」

「大人から見れば、鳳の女子は札束か金塊にでも見えるんでしょうね」

「間違いなくね。まあ、そう見せるのも目的だから、見られるくらいは我慢してちょうだーい」

「ハーイ」

 そう言い合って、瑤子ちゃんと軽く抱き合う。何より、女学生になってもこうして親族と触れ合えるのは、嬉しい限りだ。
 そんな私達、ではなく私を、勝次郎くんが少し真剣な眼差しで見てくる。

「ちょっとは元気になったみたいだな。それで、舞さんのお付き合いの件は、いつまで伏せているんだ?」

「彼氏さんは勤めて実質2年とはいえ、まだ実績と経験が足りてないから、もう少し噂止まりって言ってた」

 今回も出席してくれたマイさん、サラさんを思い浮かべつつのコメント返し。彼氏さんの涼太さんは、今日も普通に仕事だ。ちゃんと会う機会があるとすれば、社長会か鳳のパーティーだろう。

「大丈夫なのか?」

「マイさんは基本私の側だから、お邪魔虫は近寄りたくても近寄れないわよ。それに余計な話は、基本虎三郎がシャットアウト。鳳全体でも守っているし、問題ないわよ」

「そうか。確かに鳳は、警戒厳重でブン屋からも不評だったな。うちももう少し、警戒は強めたいところだが」

「うん、した方が良いわよ。今は好景気だから大人しいけど、ロクでもない事考えるバカはむしろ増えているって分析だから」

「了解だ。父上に相談してみよう」

「是非そうして」

 「ああ」そう結んで笑顔を返す勝次郎くんだけど、今年14になるだけあってか、もうゲームの姿に近い。身長ははまだ足りてないけど、あと2年あるから問題ないだろう。イケメンぶりも、徐々に磨きがかかりつつある。
 そんな顔を少し見つめてしまったけど、違う考えた不意に頭をもたげた。

(もしかして、姫乃ちゃんを勝次郎くんとくっつけたら、私的にはともかく鳳的には一番良いんじゃないの? て言うか、勝次郎くんが姫乃ちゃんを見て一目惚れでもしたら、全部問題をクリアしそう。どうせ私と勝次郎くんが結ばれる可能性は、奇跡の大逆転でもないと無いわけだし……)

「どうかしたか?」

「う、ウウンっ! 何でもない! 夏には勝次郎くんの誕生日会に行くわね」

「ん? まあ、その時は頼む」

(アレ? ちょっと歯切れが悪い?)

「どうかした? 行かない方が良い?」

「いや、むしろ来てくれ。鳳の者は、出来るだけたくさん来てくれる方が嬉しい」

「うん……何かあるの?」

「玲子の取ってつけたように言った言葉もだが、その微妙な返しは僕も気になるな」

「ボクも。相談に乗れるかは分からないけど、愚痴くらいならいくらでも聞くよ?」

 男子二人もそう思ったらしく、私の後に続いた。人の機微には私より敏感な瑤子ちゃんも、二人に言葉を譲った感じだ。そして瑤子ちゃんと目があったので、ここは男同士で話させた方が良かろうと頷き合う。

 そうして男子3人がしばし見つめ合う。こういう時の虎士郎くんは、一見天使のままだけど雰囲気が違っている。玄太郎くんの方は、切れ長な目線もあってか雰囲気にキレが出てきている気がする。
 そして数秒後、勝次郎くんが小さく嘆息する。

「こうなっては、黙っていても仕方ないな。まあ、家の中でのゴタゴタだ」

「と言うと?」

 受けた男子二人が一瞬視線を交わすと、玄太郎くんが呼び水をする。虎士郎くんは聞き役だ。

「うちの家以外の山崎家が、鳳家との関係を深めたいと本気で考え始めている」

「分からなくも無いが、小弥太様が形勢不利なのか?」

「不利とまではいかないが、一族の他の者にも良い思いをさせろという辺りだな」

 そう言う勝次郎くんの言葉には、少し侮蔑や嘲(あざけ)りが見える。鳳が短期間で大きくなりすぎて、言い出した人たちには肥え太った獲物にでも見えているんだろう。
 そして本家筋は、日本全体での政治力が強い。なにせ民政党の一番のバックは三菱で、加藤高明以外にも幣原喜重郎などとの姻戚関係がある。その他、元大名家の華族、高級官僚など人脈も広い。
 鳳が一族でこじんまりと固まっているのと比べると、流石は大財閥の一族だと感心する。

「勝次郎も大変だな。それで、うちの誰を狙っているんだ?」

「まだ具体的には。念の為、舞さんの事は伝えてある。もし強引な事をしたら、鳳一族が激怒するとな」

「それは有難う。じゃあ、年齢的には沙羅さんか? それとも紅家の誰か?」

「いや、沙羅さんは、外見が気に入らんのだそうだ。反吐が出る理由でな」

 そこまで言えば、言わずとも分かる。見た目がマイさんと違って白人っぽさが強いからだ。そして紅家だと、影響力や主導権で三菱が望む影響力は得難い。
 そして三菱も、私が鳳の意向を最大限反映する婿養子以外はノーセンキューなのは知っている。
 そうなると、残り一人しかいない。さらに10年ほど待てば2人エントリー可能だけど、現時点では幼すぎる。
 だから私は自然と瑤子ちゃんへと顔を向けると、瑤子ちゃんも私へ向いたから瞳と瞳ががっちんこした。

「ねえ勝次郎くん、瑤子ちゃんがお目当てなら、勝次郎くんが一番年齢的に相応しいじゃない。他に年の近い人は、確かいらっしゃらないわよね」

「ああ、こっちに特定の者はいない。ただな、鳳のことを良く分かっていないバカが、一族の中とその取り巻きに何人かいる。しかも、まだ鳳をずっと格下に見ている。正直、同じ一族として呆れ果てて言葉もないよ。だから、瑤子だけでなく玲子も目標だ。むしろ本命は玲子だな」

「へー、私がターゲットかぁ。なに、10億ドルが欲しいの? 大三菱が? ケツの穴の小さい事ね」

 最後に「ハッ!」と鼻で笑ってやる。大三菱が聞いて呆れる。

「女子が言う言葉じゃないが、全くその通りだ。ただな、要するに鳳が怖いんだよ。うちを超えるんじゃないかとな。だから鳳は小さいと思い込む、もしくは今ならねじ伏せて自分たちの下に置けると思っているんだよ。それどころか、置いているつもりの者もいる。
 そして俺は、そんな奴らに負ける気はサラサラ無いが、現状は有利と言えないのが実情だ」

 言い切って、小さく溜息をつく。勝次郎くんが溜息とか、余程の事態だ。
 だから私は、玄太郎くん、小次郎くん、瑤子ちゃんを順に見る。そしてそれぞれが、私に頷き返してくれた。この場にいない龍一くんも、話せば異存ないだろう。

「勝次郎くんが喧嘩するなら、喜んで加勢させてもらうわよ」

「いいのか?」

「エエ。本当なら高く売りつけるけど、マイさんの一件での恩返しよ」

「鳳と三菱の関係が悪くなるのは阻止しないとな」

「ボクは音楽で知り合いが増えたから、必要なら声をかけて回るよ」

「私は……どうしよう? 取り敢えず、マイさん達みたいに勝次郎くんか、従兄弟のお二人のどちらかとお付き合いするフリでもすれば良いのかしら?」

 私と玄太郎くんに具体案はまだないけど、全員の一致は見た。そしてそれを受けて、一瞬考える表情を見せた勝次郎くんだったが、すぐに破顔した。
 それでこそ勝次郎くんだ。

「有難う。是非とも協力してくれ!」

「……とりあえず、今日は私の誕生日だから、この後一緒に私達と食事をとって、私の誕生日を本当に祝ってちょうだい」

「心得た。お安い御用だ」

「いや、いつものノリはいいって。仮面や偽装でいいなら、私も付き合ってあげるから」

「うん、有難う。だが、いつの日か仮面で無くしてみせるからな」

「ハイハイ、言っててちょうだい」

 
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1934年4月:
田中角栄(この年16歳)が上京。まあ、主人公と出会う事はないでしょう。多分。

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