●統合戦争勃発
私自身が魔王の玉座を占める首相官邸の地下深くにある政府用の統合発令所は、私の眼前で混沌に満ちていた。ドイツ人達の言う所の『魔女の大釜』という有り様だ。こういう場合、日本ではどういう表現を用いれば良いのだろうか。
1995年4月初頭に始まった共産中華国内での内乱は、お釈迦様の誕生日を迎える頃には中華大陸全土を巻き込んだ戦闘状態へ移行し、近隣諸国全てを巻き込んだ大戦争に発展していた。 全てに追いつめられた共産主義者の衣を纏った独裁者達にすれば「死なば諸共」とでも言うのだろうか、それとも彼らなりに何か勝算があったのだろうか。 確かに先制奇襲に成功した人民解放軍は、奇襲効果と攻撃側という戦争において何よりも重要とされる要素、そして局地的制空権の確保、ドイツ・ロシア式の電撃戦の展開など様々な彼らなりの努力の成果もあって、いまだに中華民国軍を押して海を目指しての進撃を継続していたが、いかに彼らが頑張っても現代戦で進撃に必要とされる物資の量を思えば、彼らが本当に海に達することが出来るとは到底思えなかった。私の側にある専門家達も等しくその意見を持っているようだ。いや、この事は1980年代以降は多少専門知識を持つ者にとっては一般常識とすら言える事だ。基本的に貧乏人たる彼らに広大な中華大陸征服は、全く以て重荷でしかないのだ。現状では予想に反して頑張っていたが、侵攻開始から1週間が経過する頃には前進は完全に鈍化し、まもなく人民解放軍の全てが自然停止するだろう。 そして、大軍ではあるが所詮二流に過ぎない中華民国軍には、人民解放軍を100km単位の後退と遅滞防御によって押しとどめる事はできても、ここから大反撃に転じて中華大陸を統一するどころか、元の国境線に押し戻す事すらできないだろう。事が全面通常戦争もしくは限定核戦争であるなら、その答えが出るのが当然だった。まさにこれこそが模範解答というヤツだ。ついでに言えば、ニュークを使用しない限り、どちらも相手首都に決定的ダメージを与えることはできない。互いに、国民生活の過半を犠牲にしてまで、そういう体制を作り上げているからだ。
では、なぜ『魔女の大釜』なのか? 答えは簡単だ。戦闘開始から一週間して本当に自暴自棄となった共産主義者たちが、自らが滅びる前に敵対者全てに切り札を使ったからだ。いや、切り札を出す事で本気で起死回生が出来ると考えていたのかもしれない。もっとも、それを彼らに聞くのはいささか難しいだろう。さっき、中華民国軍の攻撃により彼らの首都に50キロトン級ニューク2発の地上爆発を確認したと宇宙軍が報告してきたからだ。 そして今、日本列島には彼らの有する中距離弾道弾6基が突き進みつつあった。短距離弾道弾については既に中華民国領内の各地で大宇宙の神秘と同じ現象を多数引き起こし、数百万、場合によっては数千万単位の無辜の人々を地上から蒸発させていた。人民の指導者達に対して行われたように、中華民国軍による報復攻撃も躊躇なく行われているようだ。実に大陸人らしい報復主義の実践だ。欧米の報道は、自分達の理屈にあわない行動にクレイジーに類する言葉の大量特売状態だ。 そしてこの事は、言うまでもないが彼らは東アジア全土を巻き込んだ中華大陸での全面核戦争を開始した事を物語る。最初の一発が放たれてからは、どちらも取りあえず手の届く限りの邪魔者を全て吹き飛ばしてから、後の事を考えようと言うらしい。 共産主義者たちが発射した弾道弾の数は、確認されただけで中距離弾道弾が22発、準中距離弾道弾が169発。この中のうちどの程度にニューク・ヘッドが装備されていたかは定かではないが、中華大陸での惨状がその比率をこれ以上ないぐらいに表していた。詳細は判明していないが、大半の通常型弾道弾に紛れて発射された大小9発が既に炸裂し、さらに主に中華民国やその一応の同盟国とされる日満越軍に向けて100発単位で発射された中に同比率で紛れていると見られていた。 これだけ使用すれば、人民解放軍が有する全てのニュークが発射されたと言えるだろう。彼らは、偉大なる先祖の孫子の手による兵法の原則を忠実に守ったのだ。それにしても、よく溜め込んでいたものだ、腐っても人口3億以上を抱える大国の軍事力を呼ぶべき所だろうか。 一方、中華民国軍はこれよりもいささか少ない数の弾道弾しか発射していない。内容も彼らは我が国を始めとする各国の努力によりいまだ短い射程距離しかない中距離弾道弾までしか有しておらず、しかも祖国統一という錦の御旗を自由主義陣営に見えるようにしなければならない事から、本当の意味での報復攻撃しか行っておらず、人民解放軍側の攻撃を察知してから行われたニューク・ヘッドを搭載した弾道弾の発射は7発に留まっている。いや、この場合敵の頭上で炸裂した数と表現しなければならないだろう。何発発射されたかは闇の中だ。 と言っても彼らにとってこの攻撃は、その半数以上を使用しての攻撃になる筈だ。 そして、我が国が確認できただけで、既に10数発の大型弾頭が中華大陸上で炸裂し、双方合計で3000万人近い人々が蒸発したか、これから数日以内に死亡していくと超高速電算機に接続された無機質なモニターが告げていた。どちらも最大級の大都市に向けて放った数が思いの他多かったようだ。なお、横の小さなモニターは、社会そのものの一部崩壊から中華大陸での死者の数は最終的に億の単位に達するだろうと、確率論の神からの神託を告げていた。
今のところの朗報は、距離的な問題からひと足早く満州に向った中距離弾道弾3発のうち、機能不全など起こさず順調に進撃を継続していた2発のどちらもが我が国と同様の弾道弾迎撃システムにより撃墜されていた事と、早期迎撃弾と戦闘機発射型迎撃弾の活躍などにより、わが国・軍に向けられた数十発もの各種弾道弾の迎撃に成功していた事だろう。 だが、それでも今6発もの中距離弾道弾が弧状列島に向けて進撃を継続していた。いや、最も遠距離への攻撃となったからこそいまだ上空に存在しているのだ。 表示される大型スクリーンと派遣参謀たちの説明から、もうすぐ日本国内からの迎撃が開始される事までは分かった。また、対馬海峡、新潟沖、そして整備の関係で東京湾に展開した艦隊もあり、日本列島に限りなく近づいていた各地の大型水上艦が最後の盾として迎撃を始めるとも伝えていた。 参謀からの報告を聞いている間に1発が弾道弾迎撃弾により撃墜された。これで後5発。もちろん、残りの各弾道弾には最低4発の迎撃弾が2分以内にランデブーすべく進撃している。後詰めについても万全だ。 念のための都市部住民の避難誘導については言うまでもない。 派遣参謀の言葉も高速電算機の計算でも99.999999999%の確率で、人民解放軍の弾道弾迎撃は可能だと伝えていた。宇宙軍の宣伝する所の被撃墜率0.000000001%、『オーナイン・システム』を実証してくれているわけだ。 それはそれで実に頼もしいわけだが、この混沌を目にしつつ私の思考は全く別のところにあった。 日本帝国は、ニュークを使用された。 つまり、覇権国家としてプライドに賭けて報復攻撃を行わなくてはならないわけだ。しかも、伝統の戦略に従えば、共産中華の大地を全て焼き尽くさねばならない、と言うとんでもない選択をしなくてはならない。 まあ、わが軍の活躍でいまだ南京で健在の中華民国政府の手前そのような無茶な攻撃をするわけにはいかないが、我が国が直接殴られた以上、何らかの結果が出るまで中華大陸で戦闘行為を続けなくてはならないだろう。具体的には、共産中華という国家をこの地上から滅ぼすまでだ。 いったいあの大陸での全面戦争は、どれほどの戦費を必要とするのだろうか。少なくとも大規模な臨時増税か国債発行は決定間違いなしだ。私と同じことを考えているのだろうか、たまたま別件で報告に来ていた財務担当のブレーンもスクリーンを目にして渋い顔をしている。 まあ、せめてもの救いは、経済が上向きはじめた中華民国が、いくつかの主要都市が焼き払われた事と世界で一番貧しい国を抱える事で、向こう半世紀は経済覇権競争に参加する力を持つことはできない事だろうか。こうも大きな近隣の競争相手といのは、経済立国たる日本にとってはゾッとしないのだから。
それにしても、自暴自棄になった国というのは恐ろしいものだ。 本当にあのバカバカしい道具を使用するのだから。
・
Bad End
「いいわけ9」を聞きますか?
1.聞く 2.聞かない