第七節 アイヌ人の宗教

 アイヌでは、どういった宗教が信仰されていたのか? アイヌ人にとっては問うことすら愚かしい事かも知れませんが、少し紹介しましょう。
 古来よりアイヌはカムイと呼ばれる全てのものに宿るものを崇拝する原始的な自然崇拝を行っていました。これはモンゴルの治世の時でも変わりませんでした。モンゴル人はむしろ宗教らしい宗教を持たないアイヌに困惑したとすら言われます。これは、心理的に統治するのがかえって難しいからです。ですが、結局モンゴル人はアイヌに改宗を迫ったりはしませんでした。そう言う意味ではとてもいい支配者だったと言えるでしょう。もし、ラマ教などを強制されていたら今日のアイヌはかなり違ったアイデンティティーを持っていたかも知れません。
 アイヌ人がモンゴル人からの主権を回復すると、今度は旧アイヌと新アイヌの対立が発生しました。旧アイヌはモンゴルの統治を受けず、より深い地域で昔からの生活を守っていた者達です。これに対し新アイヌは、モンゴルの統治を受けた者や、エミシュンクルでの生活で現実的な考えを身につけた者達です。特に現実的考えをもったエミシのアイヌ達がアイヌの支配権を握った事が対立を激化させることとなります。これらの対立は建国当初かなり深刻になりましたが、結局建国王アテルイの仲裁で旧アイヌは「リクンアイヌ」または「カムイアイヌ」として、そのまま祭祀や民族の伝統的な文化保護を司どるような立場となります。これが、今のアイヌの大元となる宗教的なものの起こりです。
 その後も中国人から伝えられた儒教の教えや、日本より伝わった仏教などが民に伝えられましたが、儒教の一部教えはアイヌの価値観に合わない(部外者や職人軽視)ためそのかなりが拒絶され、また仏教的な考え方も同様にそれ程受け入れられませんでした。当初の支配層であった王族、貴族たちは優れた治世と軍事力さえあれば国を統治できると考えていたし、アイヌ全ての人間が身近な自然にこそ自分たちのアイデンティティーを見いだしていたのでそれ以上の宗教を必要としなかったからです。これは、リクンアイヌにより15世紀には「イオマンテ」や「ユーカラ」、「ウタリ」として一つの形にまとめられ、アイヌの心の源となります。
 ですが、国が大きくなり人口が増え、国外からの移民も増えると旧来のままではいかなくなりました。元からのアイヌでない新しい国民は様々宗教をアイヌ国に持ち込んだからです。この為、一時的に治安が乱れる事態となります。これを憂慮した国王と官僚達は、丁度強固な王制を作ろうとしていた事もあり、国として民族としてのアイデンティティーとなる宗教をまとめ上げる事としました。それは当然アイヌの根元のアイデンティティーである自然崇拝を完全に宗教としてしまうことです。これを元に自分たちの都合にあった儒教や仏教、神道の教えを教義として取り入れ宗教としての体裁を整え、また国王との繋がりを強くする事で王権をより強固にしようとしました。この方針に基づき当時広まり始めていた衆民の私塾や貴族、士族による学校、大学などあらゆる教育機関を使い短期間で徹底的に刷り込みが行われました。この辺りの強引さは、絶対王制というより挙国一致国家と言えるアイヌらしいと言うべきでしょう。しかし、強引に刷り込んだとは言え、元から自然を敬う心に不足のないアイヌの民はそれを自然に受け入れます。こうして完成されたアイヌ国の宗教は『天教』と呼ばれました。それは、強いて言うなら日本の古い神道に近く、大きな自然物(山や大河、大木、巨石、岬、峻険な泉など)をそこの『氏神』とし、それを統べるものとして大いなる炎の神「アペフチカムイ」を主神とする神話体系が作られました。
 『天教』には色々な神話や神々など揃えられたわけですが、これが成立した当時、この当時としては世界的に見ても最も合理的な考えたかを持っていたアイヌの民は、新しい宗教と神を『神権』としては捉える事はほとんどなく、あくまで民族全体として捉えることの出来る『アイデンティティーや倫理的道徳的価値観』として捉えたに止まっています。また、その教えは時の官僚達が考え抜いて作り出しただけにいささか杓子定規な点はありましたが、統一された民族観を育てるのには役立ち、アイヌ人としての意識を外来者にも簡単に受け入れさせる事にもなりました。
 宗教としてはあまり成功したとは言えませんが、アイヌの民を一つの心でまとめる事には成功したので、国としてはそれで大いに満足しました。
 その後、東欧からの移民などによりキリスト教も入りましたが、時の宣教師フランシスコ・ザビエルの墓などがあるにも関わらず、結局大きく定着する事はありませんでした。かえってシベリア各地や先住諸部族など北米大陸にアイヌの教えが広まる事となります。
 今日でもアイヌ人やその影響にある民族や国家では、国の儀式や各種行事で森や滝、岬などの社に詣でる事はしますが、アイヌに宗教的アイデンティティーと言えるものはない事から、国際的にアイヌ人は無宗教だと言われるのはよく知られているでしょう。
 また、今でも自然を敬い、自分たちもその一部だとする意識がアイヌとその影響圏の国では強くあり、環境保全には古くから熱心に取り組んでいます。またその独自の自然観からキリスト教的倫理観から急進的かつ偏執的な自然保護を訴える者たちとは、国と民族をあげて対立するのがニュースなどでも良く知られているでしょう。最近では、捕鯨問題の急先鋒として環境保護団体と対立している事は記憶に新しいと思います。
 この為、アイヌ的自然観を悪く言うものからは、「アイヌ人の心は文明人に非ず。彼らは『大地の眷属(ネイチャー・ファミリーズ)』だ。」と言われたのが有名です。本当は野蛮人だという事を揶揄した言葉だとされますが、アイヌ人達はこれをかえってこの言葉をいたく気に入り、この『大地の眷属』という言葉が出て以後、自分たちから好んで使うようになっています。



第六節 王国の政治制度  第八節 アイヌの経済と文化