その8

 それって……? 時間は飛ぶが先日の事故について年が明けてから相手方から連絡があった。ほとんど例外なく
運送屋で保険使って事故処理をするのなら保険屋に全て任せるものなのに、である。
しかし相手の言い分が凄い。「実はあのあと身体の調子が悪くてねえ」「そうですか、
病院に行って下さい。」「いや−、そうすると事故が人身扱いになって大変でしょう?でね、
保険とは別にね、30くらい出してくれません?そうすれば病院には行かずにすませようかと
思うんですけど
」30はもちろん「30万円」と言う意味である。あのー、もしもし?それ世間的には
「恐喝」って言いませんか?無論うちの事務所も私も蹴った。すると10日程過ぎてから彦根の
警察署から呼び出しが来た。普通なら「すぐ来なさい」とか言われるのに「まあ暇な時か
こちら向の荷物がある時に来て下さい」と言われたので荷物ついでに行くと警察も怒っていた。
「何で過ぎた事を改めて処理せにゃならんのでしょうかねえ?」事の次第を話すと
「調べさせますわ」と言う返事。ともあれ診断書が出てしまったので事務処理は必要だけど
世間話と署名捺印で終わる。改めて聞く事など無いからである。
 査問会そして
 免停……
そして3月、査問会に出席。平たく言えば「言い訳をしに行く」訳だが人身事故扱いになった事で
点数も無く免許取り消しは確実だった。だから事の子細を話し「恐喝野郎に金出すなら取消の
方を選びます」とまで言いきって帰ってきた。運転手と言う事情を考慮してもらっても良くて
270日の免停は避けられないだろう。そして普通1ヶ月くらいで来るはずの通知は5月下旬に
やっと来た。結果。「80日の免停、罰金無し」もはや疑う余地も無い。こちらの言い分は
ほとんど通ったと言う事だ。しばらくはバイト生活だが(笑  
とりあえず講習に行ったので実質免停期間は46日だった。相手はどうなったのか定かではない。
 トラックとは
 直接関係ないが
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免停中なのでとりあえずバイトに出る。盆過ぎまで某「」の集配センターで荷物仕分けと
梱包及び在庫チェック等など。あいにく有明行きの荷物は取り扱ってない所だった。いや、
正しくは扱品にそう言う荷物が無い営業所を選んだのだが。事情は知っているし(爆)しかし
盆明けのインテックスにその時のメンバーが荷物搬入の手伝いに来ていてあわてて逃げた(笑)
この免停中に長崎に帰省したり有明に行ったりして、私の車に同乗して運転する羽目になった
同行メンバーには悪い事をした。それでもコミケの会場内では少しだけ運転しストレス解消(笑)
さらに内緒だが帰りにメンバーの運転に業を煮やし途中で運転交代した。
流行りのAT車しか運転しない者にMT車は動かせないと実感した。できれば練習してきて欲しい
 仕事に帰る 盆明け、ようやく仕事に復帰する。で、事務所に行ってみたら例の「年上の後輩君」は
退職していた。詳しく話を聞いてみたら病院から電話がかかってきたとか。行き付けの病院の
先生曰く、「入院するように言ってるのにちっとも来ない。」何の病気か聞いてみたら糖尿病。
それもそろそろ失明寸前だとか。冗談じゃない、そんな状態で大型トラックに乗っていたら
どうなるか……て言うか運転するなよ。あわてて呼び戻して問いただしたら白状して
退職したとか。後日、と言っても一年近くあとだが、退院したときには
別人のように痩せていたとか聞いた。私は結局会わずじまいだったんだけど。
 新人来たる 新しい運転手がきた。いかにも「今時の」人類だ。しかしこいつが例の後輩君以上に
ねぼすけで少しでも距離があると間違いなく遅刻する。で、高速とか乗る。ところが領収書を
出さない。出すと自分の遅刻がバレルと思ったらしい。運送会社はほとんど「別納プレート」と
呼ばれるカード型のチケットを持っていて各自一枚ずつ渡されていた。都市高速や一部の
有料道路以外はこれで通れるのだが当然後日請求書が送付されるのでプレートナンバーを
見れば誰が使ったかも一目瞭然。……結局給料から引かれる羽目に(爆) 茶髪はまだ
我慢してもらえるが遅刻はねえ……段々こいつも客先が減っていく。客先から「来るな」と言う
指定があると別の運転手が行かざるをえないが代りがなければ断るしかないし下手したら
他の運転手が余分に働く事になるのだ。結局一年ほどいたが行き場所が無くて
辞めていった。しかしその時腹いせか八つ当りか知らんがトラックに載っていた
具やワイヤーを駐車場の隣の公園に投げ入れ、トラックは他の車が入れないように
斜めに突っ込みおまけにトラックの鍵穴を瞬間接着剤で塞いでいた
。……お前さあ、
そんな事するくらいなら最初から遅刻しないようにするか遅刻しても良い会社に行けよな。
余談だけど、遅刻の理由の大半は無論寝坊だが原因は夜明け近くまで
ゲームしていたせいらしい。
 退 職 古い運転手が病気の母を看護すると言って退職した。これで会社で二番目の古株に
なってしまった。定年でもないのに退職してどうするのかと思っていたらどうやら生活には
困らないだけ銭があると言う。以前から金持ちと言う噂はあったがどうやら株で儲けたのは
本当らしかった。バブル崩壊の時は大丈夫だったのかと言うと「ちゃんとその前に売った」と
言ったくらいだし。その金で買ったマンションに住んでいる。らしい。
 大規模な工事 大阪此花区で2001年春に開業の「ユニバーサルスタジオジャパン」の工事が始まる。
最初の鉄骨の建て方に行き半日待たされる事に。日本人ってホントにセレモニーが
好きだよね。建てた鉄骨のアンカーボルトを固定するのだけどこの時に工事の安全祈願で
神主が御払いをして8本のボルトをお神酒をかけながら関係者と役員など約50人近くが
金色に塗られた特注のスパナで締めていくのだけど一人頭がボルト半回転くらい。
それが延々と続くのよ。……しかも工事開始時刻は地域協定で8時半以降だし。
あ〜あ、良く寝た(笑
「ターミネーター館」の鉄骨は私が運んだのだよ(笑   でも自分では行かないだろうな、多分。
 思惑とは…… ユニバーサルスタジオジャパン。略称USJ。ここと隣り合わせる埋立地に焼却場が作られた。
とは言え、この時点ではまだ基礎の段階だけど。建設当時の工事用のフェンスにはゴミを
なるべく出さないようにとの意味で絵が描かれていた。妙なコスチュームを着た3人の女の子が
ポーズをつけてこう言うのだ。「むやみにゴミをポイする奴ぁ、天に代ってお仕置きよ!」

……あー……いや、何も言うまい(笑
建物が形を作ってくると何ともヘンな形になってきた。USJ開業の頃には操業しているとは
思うが……。建物のあちこちにたまねぎのような物が乗っている。挙句の果てに煙突まで。
目指したのはアラビアの建物風のイメージだったらしいが初めて見た他所から荷物を
運んできた来た運転手が一言、こう言って帰ったそうだ。
「うわー、でっけえチ○ポみたいな煙突ー。」……んまあお下品(笑
 どいつも
 こいつも
一応新しい運転手はやってくる。しかし駄目なのが多い。待機させるとすぐにパチンコ屋に
行く奴だとか(いや、行くのは別に構わんのだよ。一仕事終えて事務所に帰り伝票も出さずに
次の仕事も聞かないままいなくなるから困るんだよ。仕方なく替わりに現場に出た事も有ったし)
そうかと思えば道路から信号まで地図を書いて説明もして送り出しているのに「場所が
わからない」と連絡してくるのやら。先日など同僚の車と競争していて駐車車両に
ぶつかったのまで出てきた。前見ろよ、前!ちなみにそのぶつかった車は
結局両方とも廃車になってしまった。何とかならんかなー。無理かなー。困ったものだ。うぐう(謎
 トラックで
 走りまわる
現実にはできない事。トラックに乗り荷物を積んで走りまわりあまつさえ他の車をぶつけて
怒鳴り散らしパトカーさえ踏み潰して行く。……発売されたばかりの「20世紀最大のバカゲー」と
言われた運転ゲーム「爆走デコトラ伝説〜男一匹夢街道〜」は運転で溜まるもやもやを見事に
フッ飛ばしてくれた。当初世間に数が出回らなくて東京の友人に秋葉原で買ってもらった。
これほどトラッカーの心を鷲掴みにしたゲームは今まで無かった。
レースゲームの裏オプションとして使える物もあったが基本的にトラックのみと言うのは
初めてで斬新なシステムも楽しかった。オープニングは一見の価値ありである。しかし何が
凄いと言ってこれのおかげでプレステが従来と違う客層に売れたと聞いた事ではないか。
これの続編「芸術伝」では10トン車が運転できるようになり楽しさも倍増した。
免許を取らなけりゃならないって言うのが面白い。
 …連帯感…? 先述のゲーム「爆走デコトラ伝説〜男一匹夢街道〜」の音楽集を買う。タイトルの一部でもある
主題歌の「男一匹夢街道」はそれからしばらく、いや、今でも私の車の重要なBGMである。
ある日仕事の帰りに市場の前を帰っていたら信号待ちの時にどこかで聴いた音楽が。
荷物の積込みを待っていたトラックから流れていたのは紛れも無く例の曲ではないか。
その時私は同じゲームの別の曲を聞いていた。お互いにそれに気づいて目が合った。が、
互いにひきつった笑いをしてその場を離れた。うーむ、妙な連帯感(笑
 倒 産 人生で一番長く勤めた会社が不況のあおりで倒産してプー太郎になってしまった。
トラックに乗らなくなったらもう「トラック人生」も無いものだが。頭がパニックして現実逃避で
ホームページを作ってしまった。しかし良い機会だと開き直って更新の毎日(笑)ところで
どーゆー訳か年末に熱を出して寝こんでしまった。今までは仕事があるからと無理を押して
動きながら治していた程度のものだったはずだ。ところがどうも、「もう仕事に行かなくても
良い」と言う安心感からだろうが立ち上がる事さえできない状態が続きせっかく描いていた
クリスマスのトップ絵も飾りそこね(寝てろよ、俺!)世紀末と21世紀初頭を寝こんで迎えると言う
不覚を取ってしまった。この時を境に身体が凄く楽になったのは確かだが疲れてたんだろうなあ。
 ぐうたらな日々 目覚しもなく自然に目が覚めて職安へ行って近所の公園で猫と戯れながら冬の日溜りに目を
細める。おうおう、隠居生活も悪くは無いのう…………って、違ーーうっ!!
このままではいかーん!とか思うの。
思うんだけど仕事が無ければ仕方ないやねえ。原稿は進まないがHPの更新はちょこちょこ(笑
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