電気工事屋時代の話
その3
| 大当たり! | 仕事の合間に一休み。アイスをかじっていた先輩が「よっしゃ!」とか言うので何事かと 思ったら棒に「当たり」の文字が。何か良い事でもあるかと笑いながら仕事再開。 と、先ほどの先輩の目の前にGASと呼ばれる特殊な機械が落ちてきた。それは先輩の顔面を かすめて真下に落ちた。この事故で現場は工事の中断を余儀なくされ、大幅に遅れた。 ちなみに先輩は即入院。もともと彫の深い顔でそれ系の雰囲気だったのに(汗)頬に入った 傷のおかげでもうまさにヤ○ザ顔になりました。あうー(泣) |
| ヤマト、再び | 毎年恒例になりつつあるヤマトの上映に出かける。例によって徹夜で並ぶわけなのだが。 そうしたら何と、例の女の子が並んでいた(笑)何だかんだで再会を喜びあい文化祭の招待も 受ける事に。失恋はどうなったのか。まあ、聞かぬが花であろうかと(笑) |
| 故郷へ | 夏休み、故郷へ帰省。指輪をくれた彼女に会い謝罪。どうにか許してもらえて代わりに銀の 指輪を貰って帰る。禁酒も解禁にした。最初に飲んだビールが実に不味かった(泣) これで飲まなけりゃそのまま飲まない奴になってたかもしれない(笑) その時の発想「こんな不味いもの何で飲むんだろうな。以前は美味いと思っていたのに・・・ そうだ、もしかしたら次は美味いかも(そんな訳ねーって)」 で、結局また元の木阿弥(笑)まあ以前よりはセーブして飲むようになったし正体不明だとか 前後不覚だとかそう言う事は無くなったので進歩したと言えなくもないかな?(笑) |
| 旅は道連れ | 夏休みも終わるので故郷を離れ名古屋へ。途中のSAで「東京」と書いたダンボールを持った 二人組を乗せて走る。一人がアリゾナだかの留学生だそうでもう一人の日本人が通訳して どうにか会話が成り立った。行ける所までで良いと言うので養老SAまで送って別れた。 去り際に養老名物・・・・・・でもないが「五平餠」を食って帰るように勧めておいた(笑) |
| 重量物 | 新興住宅街の工事に出かける。電柱を支えるための鋼線のワイヤーを「支線」と呼ぶがこれは 太さが2種類あり、これを現場まで運ぶ事に。先輩が「軽い方を持たせてやる」と言うので肩に 担いでみたらこれが細い方にもかかわらず約92kgほどあった(泣)全身の骨が悲鳴を上げた。 ちなみに先輩のは120kgを超えるそうだ。しばらく満足に動けなかった(泣) |
| 再び文化祭 | 昨年に続きチケットが届いたので中○高校の文化祭へ出かけた。模擬店で珈琲を買ったら ストローがついてたのでアイスかと思ったらホットだった(泣)熱い物をストローで飲ますな(怒) 招待してくれた本人は役員をしていて出られなかったらしい。会えないまま帰る事になったが そのため彼女とは夏のヤマト上映時に会ったのが最後となるのだった。 |
| イベントへ | そして冬。名古屋市公会堂でコミカ・5が開催された。入ったサークルの会員としては初めての イベント参加だった。相変わらず場内は無秩序(笑)しかし今のコミケほど殺伐としてなくて 過ごしやすくはあった。表の公園では恒例となったガンダム一派とその他大勢による驚愕の 「花いちもんめ」が(笑) シャアとララァの集団は見ていて不気味ですらある(笑) 余談だがサークルの本はほとんど売れなかった(泣)仕方ないけどね(汗) イベント帰りにもう一つの有力イベント開催事務局の「アミカ事務局」へ立ち寄ってみると 既に閉鎖されていた。逃げたか?(笑)この頃からやたらにイベントが増え始めたような・・・・・・ |
| 流行 | 今となっては懐かしい話だが「ルービックキューブ」と言うサイコロ型のパズルが流行っていて どこに行っても品切れ状態。仕方ないので別のパズル「テンビリオン」を買ってみる。樽型の ボディに珠が入っていてこの色をそろえるパズルだった。挑戦は何時間にも及んだ!! ・・・・・・自分の頭の程度を再認識してしまった(泣) |
| 退社 | 後輩が家庭の事情とかで会社を辞める事に。で、そいつの送別会が所属班の中で行われる 事になったのだが当日仕事から帰ってみたらまだ寮にいたので話を聞くと「荷物整理してたら 時間を忘れていて困っている」との事。そいつは車も免許も無く送別会会場は寮から車でも 15分くらいかかる場所で開始時間まであと10分くらい。私は参加人数に入ってないのだが 主賓がいないでは話が始まらないだろうと言う事で送ってやる事に。当時私の車には何故か パトライトとサイレンが積んであって(笑)これをフルに活用して会場まで5分で到着。 一番気を使ったのは途中に2ヶ所ある交番だったり(笑)。使用はこの時だけだが。 |
| 鬱 | 肝心の電気屋の話もしなければならない。が、この時期人間関係のトラブルからかなり鬱が 入っていて、会社やめようと言う気分は日に日につのるばかりだった。苛められるのには割と 慣れていたつもりだったけど「高校出たから」と言う理由で疎外されるのはたまったものでは 無いのだった。自分らが中卒なのは私の責任ではないのだが、そう言う連中に限って他人の 意見を聞く耳など持っていないし。可愛がってくれた先輩や上司もいたのだがこのままでは 自分の心が朽ちてしまうと言う所まで来ていて会社に辞表を提出。 |
| 面接へ | 友人の紹介で故郷の会社に面接を受けに行く。寝台特急「さくら」で帰る途中鳥栖駅で列車が 切り離されるので時間待ち。この時食べた構内売店の肉うどんがとても美味しくていつかまた 食べに来ようと思った。そしてそれは数年後に実行されるのだった(笑) 面接そのものは行った途端に「いつから来れる?」と聞かれたくらい話が早くて3月からここに 働きに来ると言う話に落ちついた。後は帰って荷物整理をするだけである。 |
| さらば電気屋 | 荷物の整理も終わり役所の手続きもやって会社に別れを告げた。サークルは県外会員と言う 事で在籍する事になった。荷物満載のチェリーF2で西へ。2月の西日本は雪景色がいまだに 消えないままで帰りついた我が家も例外無く雪に埋もれていた。いや、半分嘘だけど(笑) |
| 今更 | まったくもって今更な話だが自宅は山の中、会社は海っぺた(汗)通勤にどのくらいの時間が かかるのだろう?考えてなかった(ォィ) 測ってみたら会社まで47kmほどあった。途中の山道 街中の渋滞とか考えるとアパートでも借りた方が効率よさそう、とか考える。しかしこれは 浅はかな考えだったかもしれない事を後に思い知るのだった。(汗) |
| 役所へ | 帰って2日目、転入届とかその他の手続きをしに役所へ。車の足回りが重たい感じだったが 駐車場で車を降りて歩き出したら後ろで何かが落ちる音がして、振り向いたらタイヤハウスの 内側に貼りついていたと思われる雪の塊が剥がれ落ちていた。帰り道の車の調子がやけに 良いような気がしたのは多分気のせいだと・・・・・・(笑) |
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