電気工事屋時代の話

その4

 入社〜その現状  故郷に帰りとりあえず就職。船舶機器の製造販売をする会社だったが社長自らが「趣味は
仕事!年中無休で仕事!」と言うタイプで少し、いや、かなり、不安が。初日からいきなり
作業終了時間が日付を変わって(泣)しかもそれが珍しくないと聞いて一気にやる気が失せて
しまったが生活のためにもう少し頑張る事に。翌日からは帰れない事を前提に着替えなどを
車に積んでおいて備える事に。仕事の合間に不動産屋へ行きアパートを物色する。
 工場 配属された部門で部品製造のために工場に入り浸る事に。中2階の物置に荷物を上げるのに
荷物を抱えたまま梯子を登っていたら「クレーン使え」とさとされた。電気屋の頃の癖がまだ
抜けてない事に気がついたり(笑) 結局その後もクレーンは使わなかった。
 貸家 田舎の事なので賃貸料は安い方かも。本間の6畳と4畳半の二間に台所と風呂、トイレが
ついて一軒家の貸家が17000円。その代わりぼろぼろだった(泣) とりあえず場所が会社に
近かったのと安さに負けて契約。寝られれば構わないかな、と。家財道具が無いので部屋が
実に広くて春先は4畳半で炬燵に入って寝ていた。夏になったら6畳に。涼しい(笑)
良い所は一軒家で気楽な事と目の前の畑に猫がよく来ていて仲良くなった事だ(^_^)
ちなみにこの猫、元は飼い猫だったそうで家には入らないが実に人懐っこい。帰ったら一番に
この猫と遊ぶのが楽しみになった。耳が縮れていて後姿はドラ○もんに似ているかも(笑)
初めて見た時は夕暮れの中だったためカワウソかと思ったくらいだが。
 別れ さて。以前指輪をくれた彼女。帰った事で距離が一気に短くなったつもりだったが、なりすぎて
相手の事情を知ってしまう羽目に。二股を掛けられていた事に気がついてしまった。
悩んだ末、別れる事に。しばらく女性不信に陥る。足掛け8年に及ぶ愛は何だったんだろう。
いや、多分相手が長距離恋愛に疲れたのだと自分に言い聞かせるが涙が止まらなかった。
 深夜のトラブル  夜中に仕事で島原半島の峠越えをしていたら足元で妙な金属音がして車が止まってしまい
会社に救援を求める。夜中に電話して誰かが必ずいる会社っつーのもどうかと思うがいくら
古いとは言えドライブシャフトが破断するスズキフロンテもどうかと思う。結局会社の車で来て
貰って配達品を届けた後会社まで牽引してもらった。やれやれである(汗)
 連休!? 3月に入社して以来初めての休みは5月の連休だった。2日間だけ、だけど。労働基準法に
違反している事は言うまでも無い。民明書房刊。給料には残業時間が最初から70時間で
固定されていたが私の部門はまだ120時間くらいで軽い方だった(汗) 遠洋漁船の部門に
いる人など月に300時間はざらだとか。会社にいることがまずいような気がしてきた。
 営業会議 私の所属部門は人数がいないので営業も兼ねている。そのため営業会議にも出る事がある。
そこで知った事実。毎月数百万円単位で赤字が出ていると聞いて本気で辞める事を考えた。
 退社 入って半年、結局身体が持たないとの理由で辞める事に。たちまち次の仕事に。とは言っても
バイトだけど(笑) 辞めた会社の取引先に不定期のアルバイトに。職種は無論船舶関係だが
電気屋だった。入った途端に船のマストの航海灯を交換する仕事があったが「高所作業が
できる」と言う事で大変重宝がられた(笑) 今までやってきた仕事の経験は決して無駄には
ならないと言う事を知ったような気がする。この頃に職安の紹介で大型免許を取得するのだが
これについては「とらっく人生」の1を参照の事。
 重い・・・ 長崎港の周遊観光船「ぐらばぁ」「あじさい」「あんぜらす」の定期点検が始まる。自動車には
車検があるが船にも似たような制度がある。バイト先は電気関係なので前述の航海灯や照明
その他の電気配線の点検と修理を行う。一番難儀なのがバッテリーの点検整備と充電。
実はこれ、一度全て陸揚げして行うのだ。型番N-200というタイプは鉛板が封入された重量約
50kg近い代物である。蓄電池室から担いで上げて来れるのが私と他に二人。普通の人は
そんなもの担げないのだと知った。(笑)電気工事の仕事していたおかげで力はあった。
 ケーブル船 海底に電話ケーブルを敷設する工事船「津軽丸」の点検に行く。この船は日本電電公社の、
つまりのちのNTTの持船で偶然にも大阪に越してきてから全然違う仕事で再会する事になる。
乗組員は入れ替わっていて誰も知った顔はいなかったのだけど。
 底引網漁船 長崎を母港に東シナ海付近を猟場にしている船の点検が始まった。大抵この手の船は2隻で
組んで漁をするので点検も同時期になる。帰港して接岸中の船に乗って準備をしていたら隣の
船との隙間が広かったので繋いでいたロープを手繰って引き寄せたらたまたま見ていた船の
甲板長に気に入られてしまい「船に乗れ」と口説かれる羽目に(汗)
今時の若い者は引っ張れる奴がいないのだそうだ。とりあえずカナヅチなので固辞する(笑)
この頃、仕事の合間に自動二輪車の免許を取るために教習所へ通う。大型免許を取った所に
通ったので授業時間が少しだけ短くて得した気分に(笑)
 失業 検査が一段落するとバイトが終わると言う事になる。春までは次の仕事がなさそうなので求人
情報を見て酒屋のバイトに出る。年末年始の贈答品が多量にあり力仕事を実感する(汗)
近所を回っていた焼き芋屋につられて仕分け中に「い〜しや〜きいも〜♪」と歌っていると店の
人が「本職になったらどう?」等と言い出す(汗) さすがにそれは・・・・・・
とりあえずこれで年は越せると言う感じだった。この頃経費節約にCB50JXを買う。
 凍結 正月休みに実家へ帰る。前述したとうり実家は山の中で帰るにはいくつかの山越えをする
必要があるのだが天気も上々で気持ち良く舗装路を走行していた。で、コーナーを回った先の
山かげが日の当たらない場所で凍結したままだった・・・・・・瞬間、CB50は空を飛び転倒(泣)
幸いたいした損傷も無く自身にも怪我は無くほっと一息。崖下に落ちていたらどうなったか。
いや、実際この道ではよく道路から転落する車が多いのだ。景色に見とれるらしいのだが。
 就職 春先、例のバイト先の関連でモーターの仕事をしている小さな会社に入った。ホイスト、発電機、
コンプレッサー等の修理を主にやっているのだがあまり仕事は無かったり(笑) まあ、仕事を
覚えるにはちょうど良いペースかもしれない。しばらくしてバイクをVT250Fに乗り換えた。
CBのつもりで乗っていたらブレーキが効きすぎてびびった(汗) せめてローンの支払いが
終わるまではコケないようにしたいものだと誓った。
 慣らし運転 最初の500kmは慣らし運転。早くそれを終わらせたくて毎晩島原まで走りに行き次の週には
慣らしが終わっていた。若かったなあ。うん。で、走りすぎて梅雨時に免停に(泣)
 未曾有な・・・ モーター屋をしばらくして辞めた。理由は色々あるが思い出したくない(怒) で、偶然にも前の
バイト先に仕事が入っていたのでそっちへ行き始めたのだが、ある日。午後から市内に大粒の
雨が降り始める。傘に当たる雨粒がビー玉かと見まごう程の大きさだった。不安を感じながら
バスで帰宅。そしてその後も雨は降り続きわずか2時間でおよそ180ミリを越える豪雨となって
長崎の街を襲った。7/23、長崎大水害である。死者、行方不明者299人を数え、うち298人の
死亡が確認された。残る一人は今も行方もわからない。水かさが次第に増していく商店街の
パチンコ屋で膝まで水に浸かって尚打ち続けるバカもどうかと思うが実況中継するTVの方も
如何なものかと(笑) 商店街の一角には今でも当時の水位を示す印がつけられている。
 腹減った〜 とりあえず就職した所が全然募集内容と違っていたりして何度か就職斡旋のやり直しが続く。
次第に所持金が乏しくなっていく。けれど仕事が無い。ついに食うものが無くなって水だけで
毎日を過ごす事に(汗) 一週間ほど過ぎると空腹感もほとんど無くなり落ちついてきた(ぉ
以前のバイト先に仕事が無いか聞きに行ったら「身体が揺れてる」と言われてようやく自分が
空腹のために足元がおぼつかなくなっていると気がついた。あいにく仕事はまだ無い。この時
偶然通りかかった友人が家に連れていって飯を食わせてくれた(嬉)人の情けが身に染みた。
そんな男がのちに私と先輩を連帯保証人に車を買い、払えなくなって夜逃げするなどとは誰が
思っただろうか。そのために私は長い間人間不信になったのだった。
 引越し 借りていた借家が雨漏りとか酷くなってきたので大家に修理を依頼するが全然知らん顔なので
やむなく引っ越した。今度は6畳相当の洋間だったが風呂無し。近所の銭湯に行く事に。
ついでに乗用車を処分。その頃はまだ廃車しても金が貰えたのだが。タイヤとアルミホイールは
最初にバイトしてた会社の専務が買い取ってくれた。微妙にリッチかも(笑)
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