GENOCIDER ANGEL
シオン達が酒場を出たのと同じ頃、谷川に水を汲みに来た少年が
大きな岩の陰で負傷した一人の少女を発見していた。
とりあえず応急で止血をしてから少年は自分の家へ彼女を運び込み
それから繁華街へ薬と食糧を買いに出た。
時間を前後して郊外の運搬指揮車(ワーカー)に戻ったシオンは、
上部司令室で専用のシートに腰を下ろして本部の指揮官グラックと連絡を取った。
が、連絡を聞いて耳を疑った。
「キャロルが沈んだ?」
沈んだと言うのは軍用語で死亡の意味である。
「どういう事だ?我々は絶対的に無敵の……。」
しかし、伝えた指揮官もまたとまどっている。
「わかっている……。あ、いや、わからんのだよ。
地獄の三番隊と呼ばれたキャロル達が何故?」
説明がやや遅れたが、彼女達は軍人ではあるが人間ではない。
エデンの政府軍、軍事部内兵器開発局の手による新型究極生物兵器
“バイオ・アーマー”だ。常人の何倍もの筋力と運動能力を持ち、
どんな傷も自力で修復できる再生能力を備えている。
しかもエネルギーは強大無限で、もしバイオアーマーが一人いれば
旧世界の戦闘時の主役を占めていたメカニカルアーマーなら
二十機以上の力があるとも言われている。
だがバイオアーマーの製造は培養細胞を育てる過程に
膨大な時間と経費が必要であり、そのために最初のアーマーから
現在に至るまでアーマーはわずか四十人しか作られていない。
そしてそのうち五人は培養過程で成長しそこねて死んでいる。
現在は生き残った三十五人のアーマーで五個小隊を編成していて、
今回『死んだ』とされるキャロルはその三番隊を率いる隊長であり
シオンとも仲良しだった。そのキャロルが死んだ?納得できない。
例え腕を切り離されてもくっつければ元に戻る。
無くなれば自力で再生する。自分達は無敵の究極生物兵器なのだ。
「まず現場に行ってみる。場所を教えてくれ。
敵の手掛かりが何か一つでもあれば嬉しいが……。」
「わかった。また連絡してくれ。」
グラックは悲痛な面持ちで三番隊が送信を絶った地点を転送した。
それからおよそ十五分後シオンの指揮のもと
五番隊のワーカーは目標地点へ到達した。
前時代の文明の瓦礫が散乱する荒野の中に、車体を傾けて煙を上げた
三番隊のワーカーがあった。隊員達は車を降りてそれぞれに調査を始める。
「これは……?一体、何があった?これは……エネルギー弾?」
車体に残る傷痕は、通常戦闘時のレーザー痕のものではなかった。
それはまさしくバイオアーマーの攻撃跡だった。
だが、隊員の姿はどこにも見えない。乾いた風だけがあたりを駆け抜けて行く。
「キャリー、お前はどう思う?」
シオンは傍らにいた副長キャリーに今回の事件の真相をゆだねた。
カマキリのような細い姿態に逆立った短い髪。
そして切れ長の目をした彼女はたとえるならば鋭利な刃のようだ。
だがどちらかと言うと彼女は肉体派と言うより頭脳派のアーマーで
シオンが最も信頼する五番隊の参謀長だ。
「戦闘があったのはたぶん間違いないでしょう。しかしゲリラとは思えません。
何故なら敵は通常兵器を使わずに戦いを挑んでいる。
これがゲリラであればワーカーを止めるために
敢えて発砲する事もあるでしょうが……ご覧下さい。」
見るとワーカーのタイヤと通信機の付近が大きくえぐられている。
「多分これが最初の攻撃だと思います。」
キャリーの意見はこうだ。最初の攻撃で通信を黙らせ、
足を止め、そして総攻撃をかける。
この付近は一定の時間帯に磁気嵐が吹く為電波が乱されると
個人の小さな通信機では本部に連絡すらできず、応援を呼ぶ事もできずに戦い、
そして敗れたのだと。
「全員が、か?なぜ?誰に?」
シオンの問いかけにキャリーは首を振った。
その時ワーカーから約500M程離れた小高い丘の上から下士官のリーザの声がした。
「あった、隊長、レコーダーがありました!」
レコーダーとは個人の行動データを記録した物で、
飛行機で言えばフライトレコーダーに該当する物だ。
「誰のだ?キャロルか、それとも……?」
シオン以下全員が集まった。彼女らの目前には焦げた軍服が風になびいている。
しかし死体はない。まるで体だけが消えたようだ。
「これは……パティのレコーダーですね。」
「声は聞けるか?」
「お待ち下さい。バッテリーが……。」
下士官のカーシャが予備電池を使ってレコーダーの再生を始めた。
それによると三番隊はコロニー・ラゴラでゲリラを鎮圧した帰途に
ここで休憩を取った。それはエデン本部でも確認している。
パティはどうやら哨戒に立ったらしい。
〔こちらパティ。異常無し。〕
レコーダーがその時の声をつぶやき始めた。
〔相変わらず空が暗い。磁気嵐が来そうだ。〕
〔そろそろ出よう。帰れ、パティ。〕
「キャロルの声だ。」
〔了解、それでは帰投します。ん?……だ、誰だ貴様は!
我々をバイオアーマーの三番隊と知って……〕
その後雑音にまぎれてパティの悲鳴が響き、
轟音と共にワーカーが傾く音が聞こえてきた。
そして次におそらく他の隊員達との戦闘が始まったらしい音声が続いて、
そののちにとぎれた。
シャルル達は、再び手掛かりを求めてあたりを調べ始めた。
まずは残っているかもしれない他の隊員のレコーダーを探す。
「パティは死んだのか?死体は?」
シオンのつぶやきにキャリーが答えた。
「敵は、人間とは限りません。もしや……。」
「もしや、何だ?言ってみろ。」
「あ、いえ、それは……思い過ごしだと……。」
「言えないのか?ならば私が言おう。敵は多分バイオアーマーだ。
それも強力な。そうだろう?」
キャリーの頬から汗がしたたり落ちた。
「……違うのですか?」
「わからん!」
少しいらついたシオンが険しい表情を見せた頃、下士官のマチスが
ワーカーの吹き飛んだハッチの下にちぎれた片腕を発見していた。
「三番隊副長、リップのものですね。」
拳には録画機内蔵の特別製のレコーダーがしっかり握られていた。