GENOCIDER ANGEL
オーバーハングした絶壁の途中の洞窟の中で二人は息を潜めた。
「どうやらまいたみたい。これでしばらく休めるわ。
見つかるのも時間の問題かもしれないけど。」
リリスとアッシュは少し離れて思い思いに腰を下ろした。
アッシュの顔色がさえない。震えている。
「どう……したの?寒い?」
「初めてだ……。話には聞いていたけど、実際にバイオアーマーを見るのは
これが初めてだ。何なんだよあれ……まるで化物……。」
だが、そこまで言ってアッシュは思わずはっとして言葉を止めた。
リリスが悲しそうにうなだれている。
「ごめんね、アッシュ……。
私のせいで、結局あなたを巻き込んでしまって……。
私なんか助けたから、私なんかのために……。」
細い体が小刻みに震えて、小さな嗚咽と共に抱えた両ひざの間から
涙が乾いた岩の上に滴り落ちた。
「ごめん、言い過ぎたよ。君は、その、政府軍の奴らとは違うよ。
だから……あの、泣かないで?」
いつの間にか洞窟周辺を小雨が濡らしていた。
霧を含んだ雨の為にエネルギートレースができなくなったので
五番隊はリリスの追跡を一時中止してワーカーに戻り、
とりあえず本部への報告を行った。
「グラック、リリスとは一体何物だ?
我々以外に存在しないはずのバイオアーマーだ。
それも我々以上に強大なパワーを持っている。どこで生まれた?
そして何故我々に戦いを挑んだのだ?」
グラックは言葉に詰まった。不可解すぎる。
「すまんが、今は何も言えん。大神官に言上して指示を待とう。」
「そうか。そうだな……また連絡する。」
五番隊は再び追跡の用意を始めた。斥候を出すしかない。
シオンはマチスに命令して〈ビイ〉と呼ばれる小型偵察装置を飛ばさせた。
雨は今も降り続いていて、遠くの景色も心なしか少し霞んでいる。
何と無く気まずくなった話題を変えようとするアッシュ。
「リリス、一つ聞いてもいいかい?」
泣きやんだリリスが涙を拭いながら小さくうなづいた。
「君はどうして奴らと戦ってるんだ?エデンの兵器部が作り出した
バイオアーマーは全部がその統括下に置かれていると言われてる。
それなら君は一体誰なの?奴らは君の事を初めて知ったようだけど
君は向こうを知っているの?これは余計な事、だったかな?」
リリスは、静かにつぶやくように語り始めた。
「ねぇアッシュ、エデンの軍事部開発局でバイオアーマーを
最初に開発したのは誰か知ってる?」
アッシュは首を振った。
「かつての最高軍事顧問であり、生物工学の第一人者でもあった、
フランツ・ガーフィールド……私の父よ。」
「何だって?それじゃあ、君は?」
「父が何回かの試作の末に、この世界に初めて送り出した
まともなバイオアーマーが私だった。
まあその時はまだ厳密には完成品では無かったのだけどね。」
リリスは足元の石を手に取るとエネルギー波で粉々にして見せた。
「私だって、生まれた時からバイオアーマーになっていた訳じゃあない……
父の研究が終りに近付いた頃、病気で死にかけていた私を
何とか救おうとしてこの身体に研究のすべてを注ぎ込んだの。
……本来、父が研究していたものは生物の生命力の強化であって、
バイオアーマーが作られたのはその延長でしか無いの。
確かに私の身体は強化されたけれど、軍内部に知れたら規律違反になるから
私の事は内緒にされたわ。そして細胞のサンプルを幾つか取りそれを基に
培養を続けた末に生まれたのがシオンを初めとする五人の各分隊隊長……。」
「そ、それじゃ……もしや他のバイオアーマーもそうなのか?」
「まあね。無から生まれる生命はいない。
私は人間として生まれてその後強化細胞でアーマーになった。
けど彼女達はそうじゃない。言わば、みんな私のコピーと言う訳なのよね。」
複雑な表情をしながら、アッシュはさらに質問を続けた。
「さっき、未完成だと言ってたけど?」
「あぁ、あの時はね。私の病気を治すためだけだったし。
ところが第一助手が裏切って細胞を奪い取り、そして父を殺して逃げたの。
私は自分の細胞に最後の処理をして自らバイオアーマーになった!
仇討ちと本来父が望んだものではない者を総て処分するために。」
アッシュはしばらく考え込み、そして訴えた。
「僕も……一緒に行っていいかな?」
リリスは少なからず驚いた。
「何故?そりゃ、あなたの家が無くなったのは確かに
私のせいではあるけど……でも私はこれからもどちらかが全滅するまで
政府軍と戦い続けるのよ。命がいくつあっても足りないわよ?」
「わかっている。足手まといだと言うんだろ?さっき君が奴らから逃げたのは
僕がいたからと言う事はわかるよ。だけど僕は……」
リリスに背を向けたままアッシュは顔を赤らめつつ言葉を探した。
今にも心臓が破裂しそうだ。
「初めて会った時から心がときめいていたんだ。
今離れたら二度と会えないような気がする。たとえ足手まといだと怒られてもいい。
……リリス、君が……君が好きだ!いつまでも一緒にいたいんだ!
迷惑とは思うけど……。」
少し困ったような表情をしたリリスの瞳から涙がこぼれ落ちた。
彼女はそのままアッシュの背中にもたれてつぶやくように言った。
「私……わがままだよ?」
振り向いたアッシュに潤んだ瞳を向けて続けた。
「性格きついし、女の子らしい可愛さなんかもないよ?
それに……今はもう人間じゃないし……それでもいいの?」
潤んだ瞳を向けるリリスの体をアッシュがそっと抱きすくめると、
リリスも僅かに震える指先をアッシュの背中に回した。
見つめあう瞳と瞳……雨音だけを残して時間が立ち止まる……。
雨の中、二人はお互い初めてのキスを交わした。
五番隊の飛ばした〈ビイ〉が洞窟の中の足跡を発見した時は
既に日没が目前の頃だった。副長キャリーは地図を広げて考え込んだ。
「約2時間……我々ならばどれほど移動できるか?」
「コブ付き、とは言え並の速さでは無かろう。このあたりまで?」
シャルルがメインパネルの図面の上で洞窟を中心に円を描いた。
位置的には地図の下方にコロニー・ロックウェル、
そのやや右上に五番隊のワーカーがある。
対角線上の先にはコロニー・ラゴラがあった。
「まさか、再び戻ったとは考えられんが……しかし……。
三番隊がたたいたゲリラの追跡調査のために一番隊が出動していた筈だ。」
「副長、それが何か?」
「奴の……リリスの目的が我々の壊滅ならば一番隊もその対象の筈だが
一番隊はアーマーの中でも戦闘能力よりも情報収集とか調査にたけた部隊……。
そして、我々の中では奴の一番近くにいる。」
「ではリリスが一番隊を狙うと?それはまずいな、情報が減る。」
シャルルが一番隊に注意を促すために通信機に向かった。
しかし吹き出した前時代の戦争の遺物・磁気嵐に通信は途切れた。
「おのれ、こんな時に……!」
キャリーは情報をつめた〈ビイ〉を一番隊に向けて飛ばした。
一方その頃リリス達は確かに思惑どうりラゴラの傍まで来ていたが
目的はやはり一番隊なのか?背中にアッシュを背負ったまま
およそ一時間も走り続けたリリスは街の入り口が見える所で止まった。
「疲れたのかい?だったら……。」
気遣うアッシュを制してあたりをうかがう。
周囲に誰もいない事を確認するとリリスは目前の大岩の端に手をかけて
岩を持ち上げた。一体全体この小さな体のどこにこんな力があるのだろう。
驚くアッシュをせっつくリリス。
「入って、早く!」
見ると岩の下に階段が続いている。
アッシュの後から彼女もそっと岩を降ろしながら入って来た。
トンネルには光を放つ苔が群生して行くべき道を指し示している。
「これは、一体……?」
「この付近のゲリラの通路よ。もっとも、あの入り口は今は私しか開けられないけど。あなたにはしばらくここにいてもらうわ。」
入り組んだ通路を何度か曲がるうちに前方に大きな金属製のドアが道をふさいでいた。どうやら目的地に着いたらしい。
「私よ、リリス。プロメウスは帰っている?」
見るとドアの上方に監視カメラが付いていてこちらを伺っている。
やがて重苦しい音と共に入り口が開いて数人の男達が姿を見せた。
「無事だったか、リリス……。ところでこの人は?」
「とても大事な人よ。暫く預かって欲しいんだけど……彼は?」
驚愕するアッシュを促して奥へ進むとグレーのマントに身を包んだ
顔の右半分が仮面に覆われた奇怪な男が姿を現した。
どうやらこの男がゲリラ達のリーダーらしかった。リリスは手短に説明した。
「わかった、しばらく預かろう。君はこれから?」
「例の現場へ。多分、一番隊が来ている頃だろうからね。」
リリスはアッシュの手を取り、そしてつぶやくように言った。
「少し……待っていて。すぐに帰って来るから。ホントよ?」
そう言うと彼女は踵を返して小さく手を振りながらドアの向こうに消えて行った。
心配そうなアッシュの肩をプロメウスがたたいた。
「案ずるな。彼女は無敵のジェノサイダー・エンジェルだ。」
「殺戮……天使………………?」
「そうだ。科学が生み出した地獄の怪物共を一掃するために天から地上に降臨した。
まあ、少なくとも私はそう思っている。」
話しながら周囲を見渡してアッシュは自分の身の置き場に窮した。
「それで、僕は何をすれば?」
「何も?君はリリスの大切なお客さんだからな。」
「でも……僕だけ遊んでいる訳にも……。」
部屋の中には入り口で見た男達を初めとして十数人の戦士が
武器の手入れや修理・改造にいそしんでいた。
「そうだな……君は、銃は使えるか?」
アッシュは首を横に振った。玩具の拳銃でさえ持った事がない。
「だろうな、民間人には規制が厳しいし……。
しかし、少なくとも彼女と一緒に戦おうと言うのなら、自分の身は
自分で守れなければならない。彼女の負担を減らすためにも、な。来たまえ。」
プロメウスについてドアを出て通路の一番奥の部屋に案内されると
射撃練習場とおぼしき設備が眼前に広がった。
「好きな銃を選んでここで練習するがいい。弾丸もたっぷりある。
この次の戦いでリリスの足手まといになりたくなかったら
せいぜい頑張ってみる事だ。我々も出来る限り力になろう。」
アッシュは適当に銃を手に取った。
プロメウスの助言を受けながらゆっくりと的に銃を向け、
そしてとりあえず一発撃ってみた。
その頃、コロニー・ラゴラのはずれには一番隊が到着していた。
各隊員達は隊長・エルの指示を受けて昨日三番隊が殲滅したはずの
ゲリラの残骸を調べ始めた。
「やはりダミーをつかまされたのか……?」
下士官のラビはわざとらしく散らばった鉄屑を横目で見ながら
後のジャネリンに声をかけた。
一体何故奴らはこんな手の込んだ芝居をしたのだろうか?
三番隊が来るように仕向けて正面から戦うようにみせかけて実は撤退していた……?
「どの隊が来ても良かったのさ、多分な。
あのリリスとか言う奴が戦えるように……三番隊はおびき出されたようなものだ。」
別の地点から合流したエリスが吐き捨てるように言った。
「では、奴はゲリラとつながって……?」
「当然だろうな。姿をくらますにはゲリラの力は頼りになろう。」
と、その時二人の会話をさえぎるようにラビが声をかけた。
「見ろ!人の手だ!」
目をやると、砂地の中のくぼみに人の手が突き出している。
「ゲリラか?やはり無傷では済まなかったと言う事か……。」
「手掛かりがあるかもしれん、行ってみる。」
ラビは一人で砂地へ入って行った。