GENOCIDER ANGEL

プロメウスの告白にアッシュは再び言葉を失った。
『に……、二百年!?』
『そうだ。この世界がまだ美しい森や青い海に覆われていた頃は、
たくさんの種類の動物や植物、昆虫等が生きていたのだ。
それまで生命の頂点に立ったように傍若無人だった人類が
やっと動植物達と共存しようとした頃にあの戦争だ。
世界中を巻き込んだ戦火はもう誰にも止められなかった。
森は焼かれ地上の生き物は死滅した。
海はそのほとんどが水を失い、砂漠と化した。全人口の九十%を失いながらも、
人類はかろうじて生き残った。そして今に至る。』

プロメウスの顔に悲痛の色が見えた。つらい思いでなのだろう。
『シティを倒せばすべてが変わると?』
『いきなりは無理だろう。
だが少なくとも人が人として暮らす事ができるようになる、と思う。
例えばコロニーに常駐する軍の兵士はいなくなるし
必要以上の税金をむしられる事も無くなるだろう。』
アッシュはしばし考えこんだ。そんなの今まで考えた事も無かった。

『…………ピンときませんね、なんだか。』
『無理もない。まあ、いずれわかるようになるさ。』
その時、若い兵士がプロメウスを呼びに来た。
『アダムス議長が到着しました。』
『わかった、すぐに行く。待ってもらってくれ。』
静かに立ち上がるプロメウスにアッシュは声をかけた。
『あの……アダムス議長って?』
『そうか、君は初めてだったな。
各地のゲリラで構成される議会の議長……つまりはリーダー、と言うところか。』
『そして中央政府が倒れたら新たな政府のリーダーになる人よ。』
いつの間にか後にリリスが立っていた。
『行きましょ!これからが本番よ!』
『えっ、あ……うん。』
リリスに続いてアッシュもプロメウスの後を追った。

一同はゲリラの地下拠点、その中の広まった空間に集合していた。
随所に補強のための柱があった。
各自は思い思いに場所を取って、やや緊張した面持ちでリーダーの言葉を待った。
『諸君、ようやく時は来た。我々の世界を奴らから取り戻す時が!
あの戦術兵器《バイオアーマー》はリリスの尽力で六割を失った。
本来なら全部のアーマーを倒してから決起すべきなのだろうが……
今や敵は危機感を抱いて篭城戦を取ろうとしている。
ここで奴らに態勢の立て直しをさせる時間を与える訳にはいかん。
少々無謀だが……今なら勢いに乗って戦えると思う。』
『やろう!』
『そうとも、今こそ!』
『やろうぜ!』
『もう、待ってるのは飽きちまった。』
プロメウスの言葉にみんなは気勢をあげた。
『それでは、以後の指揮命令についてはアダムス議長に一任する。
みんなは議長と共に行動しその指示に従ってくれ。
なお、コロニーラゴラの代議員はデイック、君に頼む。』
指名された兵士・デイックはややうろたえながら聞き返した。
『あの……プ、プロメウスさんは?』
若い兵士の質問に彼は寂しげな笑顔を作ってみせた。
『私はシティに戻る。私にはまだやらなければならない事がある。
もし、君達がうまくシティに入れて私がまだ生きていたらその時は
再びみんなと合流する事もできるだろう。』
みんなは怪訝そうな顔をしたが深くは聞かなかった。
『それでは、全員準備にかかれ。夜になり次第出発する。』
慌ただしい兵士達を横に見ながらリリスはプロメウスと対峙した。

『無理な注文、かもしれないけれど……お願い、死なないで。』
リリスにはプロメウスが何をしに行くのかわかっているらしい。
彼にとっては実の娘のように愛しいリリスの訴えに、
マントの中の両腕がかすかに震えた。そしてそのまま彼女を抱擁し静かに答えた。
『これは私自身のけじめだ。……リリス、君に会えて幸せだった。』
そしてプロメウスは軽い会釈をすると踵を返して歩き始めた。
兵士達のほとんどが準備の手を止めてその後姿を哀しげに見送った。
『……リリス、プロメウスは一体、何をしに行ったんだ?』
『私はもういいって言ったのに……前世界の戦争に加担した
責任をとらなければならないって、生き残っているメカニカルアーマーは
すべて消去するんだって……彼は責任感が強くて……それで……。』
悲しみに震えるリリスの細い肢体をアッシュはそっと抱きしめた。
『大丈夫だよ、プロメウスのことだもの。きっとまた会えるさ。』
やがて、周囲には夜の帳が降りようとしていた。

中央政府がまだ〈シティ〉と呼ばれていなかった頃この一帯には
地下部分に広大な下水道が広がっていた。戦火でふさがったものもあるが
それでも迷路のように広がったそれは有効な通路だった。
ゲリラがあちこちに出没できるのも下水道のおかげだった。
そして今、彼らは再び地下迷宮を通って敵地へ近付きつつあった。
『コロニー・ブライア到着まであと十五分……位かな?』
兵士の一人がそうつぶやいた。最初の目的地はコロニー・ブライア。
それはシティに最も近くに位置するゲリラの攻撃拠点でもあった。
『リリス、本当に勝てるのかなぁ……。
武器がこの程度じゃあ何とも頼りないんだけど?』
隣を歩くリリスが笑って見せた。
『バッカねえ。この通路を大きな兵器や大量の弾薬を
持って歩ける訳無いでしょう?
そういう物はちゃーんと、ブライアに運んでいて、
私達は自分の武器だけ持って行けばいいのよ。わかった?』
そのやり取りを後で聞いていた若い女性兵士がクスリと笑った。
『だめねぇ、アッシュ。そんな事じゃあ将来尻に敷かれるわよぉ?
まあ、姉さん女房に甘えるのもいいかもしんないけどね。』
『なっ、何言って……。』
顔を赤くするリリスに怪訝そうなアッシュが聞き返した。
『姉さん女房って……リリスって僕よりも年上なの?』
『そうよ?前にあなた確か十五歳だって言ったでしょう?』
『そうだよ。じゃあ、リリスはそれ以上?』
『あ……あのねえアッシュ。女性に年齢を聞くのは失礼よ。』
傍から見ていると何ともかわいらしい痴話ゲンカだ。
『でも……。』
『わかったわよ、私は十六歳よ。いくつだと思っていたの?』
『えっ?いや、あの……てっきり十二・三歳位かなって……。
だってその……体小さいし、体型的にも……。』
と、そこまで言ってアッシュはしまった、と思って口を閉じたがもう遅い。
『わ、悪かったわねっ!どうせ、どうせ私は幼児体型よ!
そりゃあ確かに、胸も大きくないし、ずん胴のちんちくりんよ!
それが嫌ならとっとと他の素敵な女の子を探せばいいでしょうっ?
アッシュのバカぁ!あんたなんか大っ嫌いっっ!!!』
『あっ……あの、ごめんよリリス、謝るからっ……。』
聞いていたみんなは思わず笑ってしまった。
平身低頭、懸命に謝罪するアッシュに背を向けたまま、
膨れっ面のリリスは怒りがおさまらない。
無論、何も本気でアッシュを嫌いになったのでは無いが、
彼女が怒っているのには二つの訳がある。

一つは自分で言ったとおりの幼い体型である。
バイオアーマーになってからの彼女は体の成長を止めた。
年頃の娘としては、やはりスタイルが気になってしまうのだ。
もう一つはそのことを知っているはずのアッシュが
時々周囲にいる女性兵士達を横目で見ていたりするのを知っていたからだ。
アッシュのそれは思春期にありがちな事だが。
それにしても比べられる彼女にしてみれば極力忘れようとしている
コンプレックスをつつかれるのだからおもしろくないのは当然だ。
『ごめん、ごめんよリリス。何もそんなつもりで……。』
男としては少々情けない姿だが、今にも泣き出しそうなアッシュの形相に
リリスは心の中で笑ってしまった。
しかしながら、あっさりと許したのでは気がすまないのも事実だ。

『ねえ、アッシュ?そんなにグラマーな女性が好きな訳?』
横目でにらむように、それもつっけんどんな言い方をされてしまい
アッシュはより一層落ち込む事となってしまった。
『あーあ、大事なファーストキスをあげたのは失敗だったかなー?』
『あっ、いやっ、それは、その……。』
あわてふためくアッシュの顔が真っ赤になって行く。
『リリス、もう勘弁してやったら?』
『このままだと後で首吊りかねないよ?』
まわりで聞いていた女性兵士達が笑いを押えながら声をかけた。
『アッシュもさ、こんないい娘がいるんだもの。
わがまま言っちゃ罰が当たるよ?浮気はもっと大人になってからで十分さ。』
傍らの恰幅のいい中年の女性が諭すように言った。
『着いたぞ!ブライアだ!』
地下道を歩く事数時間、ゲリラ達はようやく目的地へ到着した。
コロニー・ブライアからはシティが目前に見える。
『いよいよかぁ……。』
『そう、やっとこの時が来たのね……。』
さっきまでの喧嘩はどこへやら、アッシュとリリスは
仲良く広場の端っこに置かれたモニターを見ていた。


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